299話:再起する雷


 状況は滅茶苦茶にキツかった。

 相対するのは大真竜ヘカーティアの《爪》。

 それが一体ではなく十体以上。

 しかも能力的にはどれも殆ど同じと来てる。

 そこまで広くもない通路。

 限られた空間の中を、青い稲妻が縦横無尽に駆け回る。

 

「きっついなオイ!」

「そう言いながらも崩れる様子もないのは、流石と言うべきか!」

 

 叩き込まれる蹴りの三連打。

 その全部を剣で弾き、続く拳は転がって回避する。

 後方、アカツキを抱えたテレサはアウローラに任せて。

 俺とボレアスは《爪》の集団と殴り合っていた。

 

「ハハハハハ!! 数ばかり増えたところでな!」

 

 強気に笑い、竜の王は《吐息》を吐き散らす。

 鋼をも溶かす炎熱の奔流。

 広範囲を捉える《吐息》は複数の《爪》を巻き込む。

 が、そのどれもが力場を防御として纏っている。

 熱は表皮を焼いているが、芯にまでダメージを届かせていない。

 

「《北の王》、万全であればこの身は焼け落ちていただろうな!」

「なに、丁度良いハンデという奴よ!!」

 

 尾を振り下ろし、鋭い爪を打ち込む。

 《竜体》でなくとも、竜の膂力から放たれる一撃だ。

 それを《爪》は平然と受け止める。

 直後、その手から撃ち込まれる衝撃波で逆にボレアスがふっ飛ばされた。

 

「チッ……!!」

「あの防御も全員標準搭載か」

 

 攻撃による衝撃を吸収し、蓄積したそれを任意で放つ力場の防御。

 一体だけでも厄介だったが、それが十以上だ。

 まったく面倒極まりない。

 体勢を崩したボレアスと、ひたすら防戦する構えの俺。

 そのどちらに対しても《爪》は等しく攻撃を仕掛け続ける。

 

「「「休ませるつもりはない」」」

 

 同じ口で同じ言葉を語る《爪》。

 なかなかに不気味な光景だ。

 

「投降を勧めるが、聞いてはくれんだろうな」

「悪いがウチの子を迎えに行かなきゃならないんでね!」

 

 降伏を促してくる個体。

 多分コイツは、さっきまで殴り合ってた《爪》だろう。

 剥がれた皮膚の下に金属の光沢が見えている。

 鋼の拳が剣の刃とぶつかり合う。

 

「ヘカーティアは破滅を望んでいるワケではない。

 ただ、彼女はささやかな願いを叶えたいだけだ」

「それ、あっちの自分に言って聞いてくれそうな話か?」

 

 今はテレサに抱えられている機械の生首。

 同じ魂から複製されながら、違う結論を持った「アカツキ」。

 俺の問いに、《爪》は沈黙を返した。

 まぁ、そうだろうな。

 

「レックス殿……!」

「あの数じゃ、迂闊に手を出したら邪魔になるわ。

 貴女は身を守る事に専念しなさい」

 

 戦況がまぁまぁヤバいのは一目瞭然だった。

 焦ったテレサが踏み出しそうになるのを、アウローラが押し留めている。

 向こうに《爪》連中は殆ど攻撃を仕掛けていなかった。

 狙いはあくまで俺とボレアス――と、いうより。

 俺一人に対して集中している気がした。

 

「君が一番の脅威だ、竜殺し」

「人の顔色読まないで貰える?」

 

 至近距離から叩き込まれた衝撃波を回避し。

 反撃で繰り出した刃が、《爪》の肩を僅かに削る。

 更に横から、タイミングを合わせて別の個体が複数同時に殴り掛かって来た。

 拳と蹴り、そこに紛れ込む圧縮された衝撃波。

 まともに受けると拙いので、なりふり構わず床を転がる形で避ける。

 追撃の手は決して緩むことはない。

 

「ヘカーティアを阻み、届き得るのは君だけだ。

 殺せずとも構わない。

 私と――『私たち』と暫く、ここで戯れてくれれば良い」

「厳つい男と遊ぶ趣味はあんまないんだけどなぁ!」

 

 体勢を立て直す前に、加速した蹴りが飛んできた。

 咄嗟に力場の盾を展開し、これを受ける。

 同時に、受けた衝撃に合わせる形で後方へと。

 一瞬前までいた空間を、雷電を纏った一撃が四方から薙ぎ払ってく。

 うーん、やっぱ数は力だな。

 

「――まぁ、評価して貰えてんのはありがたいけどな」

 

 ぶっちゃけ、この状況だと迷惑な面も強いけど。

 それでもまぁ、敵の戦力を引き付けてはいる。

 だからそれ自体は問題ない。

 ゴチャゴチャ戦ってる内に、相手の数も把握できた。

 この場にいるのは十二体。

 戦った感じ、性能は全部同じぐらいだ。

 雷を纏っての加速に、衝撃を吸収・放出する力場の防御。

 攻撃手段は力場の衝撃破以外は徒手空拳。

 十二体の内、四体がボレアス、六体が俺の方へ。

 残り二体は後方を警戒しつつ、状況に合わせて俺かボレアスに仕掛けてくる。

 全員同じ複製品だからか、連携にまったく穴はない。

 ボレアスも、仮に一対一なら問題なく勝つ事ができるはず。

 しかし常に複数同時に相手をしているため、なかなか攻め切れていない。

 こっちもこっちで状況は似たようなものだ。

 

「砕く――!!」

「っと……!」

 

 意識を観察に向けていたら、すぐ傍を稲妻蹴りが掠めた。

 今のはちょっと危なかった。

 これはどうにか数を減らさないとジリ貧だな。

 

「――――」

 

 ふと。

 視線を感じた。

 相変わらず息つく間もなく襲って来る《爪》の攻撃。

 その隙間を縫って、俺は視線を辿る。

 それは後方にいるアウローラのものだった。

 彼女は何も言わない。

 《念話》を飛ばすこともしない。

 どちらでも、相手に何かしらの「意図」を気付かれてしまう。

 そう危惧しての事だろう。

 俺が分かったのは、事ぐらい。

 それだけ分かれば十分だった。

 

「《火球ファイアーボール》――!!」

「何……!?」

 

 自分も威力範囲に巻き込んでの火球の爆発。

 いきなり仕掛けた半ば捨て身の攻撃は、《爪》の虚を突けたようだ。

 相手が受けるよりも自爆ダメージの方が多分デカいが。

 そんな事は構わず、俺は更に押し込む事にした。

 

「どうした、ヤケになったか竜殺しよ!!」

「いや、やられっぱなしはちょっとな?」

「ハハハ、それは同意見だな!!」

 

 テンション高めに大笑いするボレアス。

 こっちの無茶に触発されたか、いきなりゴリゴリ攻め始めた。

 《爪》の放つ衝撃波や、拳と蹴りの連打。

 それらを身体で受けながら、《吐息》を大きく吐き出した。

 吐き出したまま、それを無茶苦茶に振り回すオマケ付き。

 いや、こっちも巻き込まれそうなんですけど??

 

「ちょっと??」

「どうした、ボーっとしてると焼けてしまうぞ!!」

「うーんこの脳筋め!」

 

 いやまぁ良いですけども。

 二人揃ってのヤケクソ気味の攻撃だが、効果はそれほど高くはない。

 確かに驚かせたし、不意のデカい一撃でダメージは通した。

 だが、押せたのはそこまでだ。

 何体かに手傷を与え、しかし《爪》は冷静に対処してくる。

 

「無駄だ」

 

 事実を端的に言葉で表す、皮膚の剥がれた個体。

 炎は力場の防御で防ぎ、また此方の動きを封じるように連携を取る。

 結局、受けた被害的にはこっちの方が大きいぐらいだ。

 それを《爪》は愚かとは笑わない。

 油断はしていない、少なくとも俺たちに対しては。

 警戒も外しているワケじゃなかった。

 ただ結果から言えば、それは「不足」していたんだが。

 

「無為に消耗を重ねたな。ならばこのまま――ッ!?」

 

 俺に向かって来た《爪》が、何かを言おうとして。

 その姿が凄まじい激突音と共に、視界からいきなり消え去った。

 何が起こったのか。

 仕掛けたのは、アウローラに守られているテレサだった。

 彼女お得意の《転移テレポート》から撃ち込まれる必殺の打撃。

 それが《爪》の横腹に突き刺さったのだ。

 力場の防御なんてものともせずに。

 

「警戒が甘かったですね、大真竜の《爪》よ」

 

 拳を捻じ込み、壁に叩きつける形で動きを止めた《爪》。

 それに対して囁いたテレサの言葉が全てだった。

 動かないアウローラの傍には、まだ「テレサ」の姿がある。

 だがそれは、次の瞬間にはすぅっと薄れて消え失せる。

 アウローラの魔法による幻覚だ。

 

「そう、私に対する警戒が不十分だったわね。

 ヘカーティアが見ていたら、こんな幻じゃ騙せなかったでしょうけど」

「っ、《最古の邪悪》……!!」

 

 呻くように叫ぶ《爪》。

 それが今度は、テレサと一緒に姿が消えた。

 再びの《転移》で、《爪》とテレサはアウローラの傍らに出現する。

 さて、こっから何するかは知らないが。

 

「邪魔する余裕はないだろ?」

「くっ――!?」

 

 意識がそっちに向きかけた残る《爪》の集団。

 そこに俺の方から剣で殴り掛かった。

 合わせてボレアスも、手近にいる奴を尻尾でブン殴る。

 向かおうとする者と足を止めようとする者。

 この瞬間だけは、互いの立場が逆転していた。

 さて、あっちはどうする気だ?

 

「これで良いんですね、アカツキ殿!」

「あぁ、構わない。やってくれ」

 

 距離もあるため、何をしているかは分からない。

 ただどうやら、生首状態のアカツキが指示した事のようだ。

 気にはなるけども、こっちの仕事が優先だ。

 

「何を企んでいる!」

「いや、こっちも聞きたいぐらいなんだよな!!」

 

 絶対に邪魔だけはさせない。

 俺の方はそれだけなんで、逆に聞かれても困る。

 刃と鋼がぶつかり、雷電と炎熱が互いを削り合う。

 拮抗したのはほんの刹那だ。

 そもそも戦力は未だに相手の方が大きい。

 

「何をしたところで……!!」

 

 この格差は容易く覆らないと。

 そう吼える《爪》の言葉は正しかった。

 ――あくまで、このままなら。

 

「!?」

 

 稲妻が宙を焼く。

 雷光を纏った《爪》が、俺と別の《爪》の間に割って入った。

 ソイツはついさっきテレサが引き摺り倒した奴だ。

 金属が一部剥き出しになった痕からもそれは明白だった。

 

「――強盗じみた真似で、少しばかり気は引けたが」

 

 声は変わらない。

 《爪》の誰もが同じ男の声だ。

 けれど、その響き。

 僅かにだが他の《爪》とは異なるものだった。

 それは――。

 

「貴様、まさか……!」

「その通りだ、『私』よ。

 首だけではどうしようもなかったのでな。

 悪いと思うが、

 

 それはアカツキだった。

 どうやったかは知らないが、《爪》の身体を奪ったらしい。

 

「さて――待たせてしまってすまない」

「いやいや、助かる」

「アカツキ殿を守る必要もなくなった以上、私も参戦します」

 

 そう言って、テレサも俺のすぐ傍に《転移》してくる。

 必然、アウローラもこれで自由フリーだ。

 加減は不要だと言わんばかりに、彼女の魔力が空間を押し退ける。

 

「ヘカーティアは手が離せないんでしょう?」

 

 実に凶悪な笑顔を浮かべるアウローラ。

 一体がアカツキに変わっても、敵の数はまだ十一。

 人数としてはまだこちらの倍だ。

 だが、天秤を揺らすには十分過ぎる。

 

「つまり今、お前たちをボコボコにしてもアイツは下手に動けない。

 そういう事で良いかしら?」

「肯定しよう、《最古の邪悪》。

 ――だが、『私』はお前たちを討つ必要はない」

 

 変わらない。

 声に込められた鋼の決意は揺るがない。

 障害として俺たちを押し留める。

 同じ魂を持つ《爪》の群れは迷いなく宣言する。

 

「容易いと、思い上がってくれるなよ」

「どちらが思い上がってるのか、すぐに分からせてあげる。

 ――レックスも、他も良いわね?」

「おうよ」

「問題ない」

 

 俺とアカツキが応え、テレサもボレアスも頷いた。

 本命はこの先で、この《爪》どもは前座だ。

 

「ぶっ飛ばす」

「やれるものならやってみるがいい、竜殺し――!!」

 

 雷光を纏う《爪》の一体に、剣を構えて踏み込む。

 大真竜の腹の中、戦いはまだ続く。

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