239話:イーリスの奮闘

 

 最低限、こっちに直撃するのは避けた。

 しかし車体の一部を粉砕され、これ以上の運転継続は不可能だった。

 追いかけてくる「殺し屋」。

 それが次弾を撃ち込むよりも早く。

 

「ちょっと我慢してくれ!」

 

 そんな一言と共に、アッシュがオレの腕を引っ掴んだ。

 操縦桿は完全に放棄し、そのままこっちを抱えて車の外へと飛び出す。

 驚きはしたが、オレは一先ず身を任せた。

 下手に暴れたらその方が危ない。

 高速でぶっ飛ばす車両から飛び降りるとか、下手すれば死にかねないが。

 

「ッ……!!」

 

 抱えられた状態で、全身を打つ衝撃。

 視界も何も定まらぬ中で、オレは敵の姿を探した。

 制御を失った《戦争車》を、今度こそ完全に破壊する相手。

 銀色の装甲で全身を覆い、肩にはゴツい擲弾投射器グレネードランチャーを装備している。

 そんなほぼ同じ見た目をした奴が三人。

 足には車輪でも付いてるのか、地面を滑るような動きで走行していた。

 ――強化人間ブーステッドマン、或いは機械化兵サイボーグ

 ホント、見るのも久々な相手だな。

 

「おい、生きてるか?」

「ッ、何とかな……」

 

 オレを庇う形で、派手に地面を転がったアッシュ。

 当たり前だがボロボロで、呼吸して意識もあるのは奇跡だ。

 逆にこっちは、身体の節々が多少痛む程度。

 礼を言いたいところだが、今は目の前の状況を優先する。

 「殺し屋」連中も、オレ達が爆砕された車から逃げ出したのは見えていた。

 無様に地べたを転がるオレとアッシュも、すぐに発見したようだ。

 高速で移動し、こっちに向かって来る「殺し屋」三人。

 オレは、その全員の姿を捉えていた。

 

「――単なる獲物と舐めてんなら、後悔させてやる」

 

 オレ一人で、ガチガチに機械化した兵隊三人を相手に勝つのは難しい。

 難しいが、やってやれない相手じゃない。

 集中し、意識の網を広く伸ばす。

 狙うのは「殺し屋」どもに組み込まれた機械部分。

 ――ちょっと前は、直接触れなければ干渉できなかった。

 だけど、今は違う。

 

「ッ……何だ……!?」

「おい、どうした?」

「? 何をして――っ、これは……!」

 

 三人の内、先ずは二人。

 身体の各所に埋め込まれた人工筋肉に誤作動を起こさせる。

 電磁波などの影響を防ぐため、一応の防御はしてあった。

 してあったが、オレにはそんなもの関係ない。

 完全に機能停止シャットダウンさせたかったが、流石にそれは時間が掛かる。

 それに二人の動きは一時止められたが、もう一人は手応えが悪い。

 

「貴様か!」

 

 普段ではあり得ない異常事態。

 ならば元凶はこっちだろうと、動ける奴が銃口を向けて来た。

 当然、その銃も照準補正などの機械化がなされている。

 誤作動で安全装置を起こしてしまえば、どれだけ頑張っても弾は出ない。

 オレは即座にそちらにも意識を向ける――が。

 これは間に合うか……!?

 紙一重で、撃たれるのも覚悟して。

 

「ッ!?」

 

 「殺し屋」が銃撃するよりも早く、軽い銃声が轟く。

 顔面に弾を撃ち込まれ、「殺し屋」は思わず仰け反った。

 装甲に止められて、弾は貫通していない。

 けれど、動きを止めるだけなら十分だった。

 

「ハッ、どうだ……!」

 

 撃ったのはアッシュだった。

 走行中の車から身を投げて、あまつさえこっちを庇い。

 立ち上がるのもキツいぐらいにはボロボロだろうに。

 懐から取り出した銃を構えて、苦しげな顔で笑っている。

 銃を持つ手も震えっぱなしのクセに、良くやる。

 

「助かった、後はそこで寝てろ!」

 

 オレはそう一言だけ残し、乾いた地面を蹴る。

 狙うのは、機関銃を構えていた「殺し屋」。

 銃弾を顔に浴びて怯んだ隙に、既に銃の安全装置は起動してある。

 だから反射的に構えても、引鉄は何の反応も示さない。

 

「オラッ!!」

 

 その一瞬の隙で、オレは思い切り蹴りを叩き込んだ。

 狙うのは銃を持つ両腕。

 装甲は硬く、オレぐらいが蹴っても大した事はないだろう。

 それでも、持っている銃を叩き落とすぐらいはできる。

 

「ッ、このアマ……!」

「悔しかったら根性見せろや、タマ無しが!」

 

 忌々し気に吐き捨てる「殺し屋」に、オレは正面から罵声を浴びせる。

 銃は足元に落ちたが、相手はそれで焦ったりはしない。

 例え銃が無かろうとも、女一人を制圧するぐらいは簡単だ。

 考えとしては、多分そんなところか。

 実際、間違っちゃいない。

 オレの力じゃ、ガチガチに強化された奴の腕力に勝てる道理はない。

 「殺し屋」に腕を掴まれた瞬間、「こりゃ勝てない」と素直に認めた。

 相手も、捕まえた時点で勝ちを確信したことだろう。

 

「ハハッ! これで――」

 

 終わりだ、と。

 吐き出しかけた勝利宣言。

 けど、それは最後までは続かなかった。

 確かに「殺し屋」は、オレの腕を捕まえた。

 けど同時に、オレも相手を捕まえていた。

 離れた状態では、イマイチ精度に欠けるし力も弱くなる。

 遠隔の通信機能を持たない機器なら猶更だ。

 けど、直接触れた状態ならば関係ない。

 相手の生体電流を介して、全身に埋め込まれた機械部分に干渉する。

 現実の時間では一秒にも満たない。

 その一瞬だけで、オレは目の前の「殺し屋」を機能停止に追い込んだ。

 

「なっ、んだと……!?」

 

 一体、我が身に何が起こったのか。

 恐らく「殺し屋」にはまったく分からなかっただろう。

 肉体を機械的に強化してある事。

 それはそのまま、身体の動きを大半機械に補助させてるって事だ。

 だからそいつが全部沈黙すれば、もう手足すらまともに動かせない。

 

「テメェ、何を……!」

「相性が悪かったな」

 

 最後にそれだけ言い捨てて。

 オレは崩れ落ちた「殺し屋」の頭を、渾身の力で蹴り飛ばした。

 どんだけ頑丈だろうが、無防備な脳みそを揺らされたらひとたまりもない。

 あっさり意識を飛ばした「殺し屋」にはもう目もくれず。

 オレは足元に落ちていた機関銃を引っ掴んだ。

 同時に、跳ねるように横に跳ぶ。

 その直後、弾丸の雨がオレのいた空間を薙ぎ払った。

 

「くそっ、ちょこまかと!!」

「もっとしっかり狙え!」

 

 さっきまで停止フリーズしていた「殺し屋」二人。

 まだぎこちなさが残るが、それでも構えた銃口でオレに狙いを定める。

 思ったよりも回復が早い。

 完全に「落とした」今の奴と違い、コイツらは一時的に止めただけ。

 恐らく、すぐにでも元の性能を取り戻すはず。

 

「くたばれ!!」

「ハッ、やってみせろよ!」

 

 無駄に吠える「殺し屋」どもに罵声で応えて。

 手にした機関銃で撃ち返しながら、オレは全力で走り出す。

 敵はまだ照準が甘い。

 元の状態まで復帰するのに、推定で十秒前後。

 また侵入ハックするにしても、遠隔からだとどうしても動きが止まる。

 一人だけならまだしも、今の状況で二人同時は厳しい。

 だから近付いて、先ずは片方を直接落とす。

 触れさえすれば即機能停止に追い込める。

 そのために、オレは機関銃の弾で牽制しながら距離を詰める。

 

「クソッタレ!!」

 

 未知の事態に、「殺し屋」どもは冷静さを欠いていた。

 オレという目標に固執し、足を止めて撃ち合いに応じて来る。

 肩に載った擲弾投射器グレネードランチャーは動かない。

 そっちも念入りに自動照準をバグらせてある。

 だから「殺し屋」連中は、震える手で弾丸をばら撒き続けるしかない。

 

「当たるかよ!」

 

 声は強気に、胸の内では祈りながら突っ込む。

 衣服にはアウローラが施した防護がある。

 それでも、機関銃の弾を無傷で弾けるワケじゃない。

 何発かが手足を掠め、痛みに身体が震える。

 それでも止まらない。

 止まったら、その時点で無抵抗に蜂の巣だ。

 そんな死に方だけは御免だから、オレは弾丸の中を無理やり突っ切った。

 あまりの無謀に面食らっている「殺し屋」。

 その片方を、とうとう手の届く距離に捉えた。

 

「バカな……!?」

 

 何か言おうとしたみたいだが、知っちゃこっちゃない。

 応えもせず、オレは目の前の「殺し屋」の腕を引っ掴んだ。

 やることはさっきと何も変わらない。

 相手が反応するよりも早く、体内の強化部分すべてに侵入ハックする。

 機能を止めて、木偶の坊をまた一つ。

 地面に叩き伏せて、これで残った「殺し屋」はあと一人。

 銃撃ぐらいなら耐えられると、そう覚悟を決めて――。

 

「げっ」

 

 ガチャリ、と。

 最後の「殺し屋」、その擲弾投射器が硬い音を立てた。

 そっちはまだ、停止状態フリーズから復帰していないはずだ。

 ――手動操作(マニュアル)に切り替えたか!

 機能の誤作動に備えて、高価な銃器は大体が自動と手動を簡単に切り替えられる。

 が、普段から銃器を自動化してる奴は意外とその発想には至らない。

 混乱している状況で、その判断ができるのは敵だからこそ腹立たしい。

 狙いが適当でも、炸裂弾なら無関係だ。

 爆風と撒き散らされる破片は、敵と味方を区別しない。

 間合いは、少し遠い。

 イチかバチかで遠隔からの侵入ハックを試みるか。

 迷っている余裕はなかった。

 

「吹き飛べ、クソアマ!!」

「死ぬならテメェ一人で死ね!!」

 

 互いに罵りながら、運命の瞬間は訪れる。

 「殺し屋」は、炸裂弾を放つための引鉄を躊躇なく叩いた。

 オレは、遠隔から再び相手の身体に侵入を仕掛ける。

 ギリギリだった。

 しかし、紙一重で敵が弾を撃つ方が速い。

 最悪、直撃でなければ死にはしないはずだと。

 そう覚悟を決めた――瞬間。

 

「――すまない、遅くなった」

 

 青白い光と共に。

 「殺し屋」が放ったはずの炸裂弾は、空中で消滅した。

 何が起こったのか、「殺し屋」の方は分からなかっただろう。

 硬直する間抜け野郎に、オレは軽く笑ってやった。

 あぁ、騎兵隊の到着だ。

 

「いいや、良いタイミングだ。助かったよ、姉さん」

 

 すぐ傍に現れた姉さんに、そう応えて。

 オレは改めて、「殺し屋」に向けて意識の手を伸ばす。

 慌てて退こうとしたって、もう遅い。

 

「終わりだ」

 

 その言葉と共に、再び「殺し屋」の動きは停止フリーズした。

 それに合わせる形で、姉さんが跳んだ。

 無防備な胴体に蹴りが突き刺さり、思い切り吹き飛ばす。

 強化の影響で大分重いはずだが、まったく関係ないな。

 

「……まだ、詰めが甘かったな」

 

 三人組の強化人間。

 昔のオレならば、当然手も足も出なかったはず。

 相性もあるとはいえ、少なくとも二人はオレ自身の力だけで倒せた。

 結局、最後は姉さんに助けられたけど――。

 

「良く頑張ったな、イーリス」

 

 そう言って、姉さんはオレの身体を支えてくれた。

 今の攻防だけで大分足にキてるの、流石にバレバレだったか。

 

「……とりあえず、良しとするか」

「? 何の話だ?」

「いや、こっちの話」

 

 不思議そうに首を傾げる姉さんを見て。

 オレは軽く笑って応えた。

 

「……悪いけど、こっちもぼちぼち助けてくれないかな?」

 

 と、ボロ雑巾状態のアッシュが地面に転がって呻きを上げた。

 あぁウン、悪いな。

 そっちは完全に忘れてたわ。

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