238話:殺し屋
低い
見上げれば空は青く、太陽は眩しいぐらいに光っている。
今日も白々しいぐらいの良い天気だ。
視線を少し下ろせば、目に入るのは繁栄を失った都市の残骸ばかり。
かつての面影の多くを残しながら、それでも輝きを失った屍。
横たわるその死に様は、オレの視界を高速に流れていく。
「意外と速度出るんだな、コレ」
「だろう?」
独り言に近いオレの声に、アッシュは軽く笑う。
――現在、オレ達は街の中を《
この前、無傷で確保することの出来た車両の一つ。
運転はアッシュに任せて、オレは隣に。
姉さんとボレアスは後方にそれぞれ乗り込んで。
車の加速はなかなかだが、道が荒れてるせいか振動は結構激しい。
長時間乗ってたら、尻が痛くなりそうだな。
「コイツも『外』から仕入れた代物らしいからな。
見た目はアレだが、中身は立派な最新機器だ」
「みたいだな」
アッシュの説明に、オレは素直に頷いた。
見た目は本当にどうかしてるが、実際はアッシュが語った通り。
オレも自分の《奇跡》で、簡単に構造などは調べてある。
恐らくは、大量生産を前提にした小型の戦闘車両。
装甲は少ないが
だから外見が妙にゴテゴテした車両が多いのだろう。
なんにせよ、ぱっと見の悪趣味さとは裏腹に兵器としては存外まともだ。
こんなものを、田舎のゴロツキ集団が何台も配備できるのか。
……『三頭目』とやらが、オレが思っている以上に強大な組織なのか。
或いは、背後によっぽどの大物が付いているのかもしれない。
情報が足りないので、想像の域は出ない。
「……しかし、作戦として大丈夫なのか?」
後部座席から、姉さんが疑問の声を上げた。
流れる景色は悪くなかったようだが、楽しんでばかりもいられない。
前を向いたままで、アッシュはやや大きめな声で応える。
「大丈夫――と、断言できりゃ良いけどな。
まぁ、こんなのは釣りみたいなもんさ。
獲物が餌に食い付くまで、糸を垂らして待つしかない」
「適当なのをそれっぽい言葉で誤魔化してるだけじゃねぇか、ソレ」
「手厳しいなぁ」
オレのツッコミに、アッシュは苦笑いで応えた。
ちなみに、ボレアスは退屈そうに流れる風景を見ている。
今は大人しいが、あんまり長引くといつ爆発するか分かったもんじゃない。
「目立つように、奪った《戦争車》を『三頭目』の縄張り近くで乗り回す」
それがアッシュから提案された「作戦」の全てだった。
いや、作戦なんて呼んで良い代物でもないか。
アッシュ自身が語った通り、魚に糸を垂らしているに等しい。
食いつくか否か、全部まとめて運次第。
敵がよっぽど間抜けでない限り、そう無視される事はないと思うが――。
「……ん」
ぴくりと。
後部座席でだれていたボレアスが身を起こした。
合わせて、姉さんの方から微かに張り詰めた空気を感じる。
噂をすれば、って奴か?
「この車とやらと同じ音だ。後方から来るぞ」
「来たか。数とか分かるか?」
「多いな。距離もあるし、混じり合ってて細かくは分からん」
そう言葉を交わしている内に、オレの耳にも音が届き始める。
墓標めいた都市には似つかわしくない、派手な騒音。
何台もの《戦争車》が、こちらを追ってくる。
「「「ヒャッハー!!」」」
そしてお決まりの奇声を発するゴロツキども。
つーか、アレはそういう風に言わなきゃならないかけ声か何なのか?
良く分からんし、まぁ確かめる意味もない。
今はそんなことより。
「っと……!?」
飛んで来た銃弾が、何発かこちらの車体を掠めた。
当然の如く問答無用だ。
土煙を無駄に巻き上げながら、相手の先頭車両が躊躇なく機関銃をブッ放す。
照準は機械が補正しているようで、適当に見えて意外と正確だ。
とはいえ、距離もあるし簡単には当たらない。
的を散らそうと、
激しい揺れにうっかり酔いそうだ。
「見たところ、今までと同じロンデミオ一家のようだな……!」
「やれやれ、勿体ぶってんのか!?」
激しく揺れる車体の中で、一切ブレずに姉さんは後方の様子を伺う。
更に激しく続く連続射撃を、アッシュは器用に回避した。
これはちょっと凄いな。
「……ちょっと遠いな」
《奇跡》で、相手の《戦争車》を掌握しようと思ったが。
残念ながら微妙に距離が遠い。
その気になれば「届く」が、それをやるには集中する必要がある。
激しく揺さぶられている状態では、少々厳しい。
……だったら。
「おい、アッシュ」
「あ、なんだっ?」
「勝手に使わせて貰うぜ」
返事は聞いていない。
一応、「やる」という意思表示を見せる意味で言っただけだ。
だからアッシュが疑問を口にするより早く、オレは自分の力を使う。
こっちの車両にも搭載されている機関銃。
ソイツを、オレは自分の意識一つで操作する。
予め組み込まれている自動照準とか。
動作を効率良く自動化する為の
「……よし」
未だに好き勝手バカスカ撃って来るゴロツキども。
機械の性能で狙いは正確でも、使い方が悪くてまともな直撃は無し。
じゃあ、こっちもそろそろ反撃させて貰うか。
「うぉっ……!?」
激しい銃声に、目が眩みそうな
アッシュが驚いた声を上げるが、今は無視だ。
オレが操る機関銃が火を噴き、ロンデミオ一家の《戦争車》を襲う。
向こうの弾がロクに当たってないのとは真逆に。
こちらの弾は容赦なく、相手の車体に風穴を開けていく。
先頭付近を走っていた《戦争車》の一台は、制御を失って派手に横転する。
それを避け切れず、後続も何台かを巻き込んだ。
「ハハハハ! 良いな、なかなか派手にやるではないか」
「気に入って貰えたんなら何よりだね……!」
笑うボレアスに軽く応えつつ、更に射撃を重ねる。
追加で何台かの《戦争車》が吹き飛んでいくのが見える――が。
「ヒャッハー!!」
「っ、頭おかしいのかアイツら……!?」
そんな事は知らぬとばかりに、ゴロツキ連中は一切速度を緩めない。
奇声を上げ、すぐ横で地面を転がって行く仲間を笑い飛ばし。
何も構わずに、オレ達を追跡し続ける。
つーか数多いな……!?
走りながらだと、総数がどれほどなのかは把握できない。
それにしても、味方が傍でぶっ飛んでるってのにあの熱狂ぶり。
何かヤバい薬でもキメてるんじゃ……。
「――さて。見物も悪くないが、そろそろ動くか」
そんなことを言いながら、ボレアスはゆるりと立ち上がった。
合わせて姉さんの方も動き出す。
この状況で大丈夫なのかと、一瞬心配にはなるが。
「なに、その玩具は構わず使え。
我には通じんし、お前の姉もそこまで柔ではなかろう」
「竜の王から過分な評価、光栄だな。
イーリス、ボレアス殿の言う通り私達は気遣わなくて良い」
「……無茶苦茶なことサラっと言うよなぁ」
ホント、頼りになるわ。
我ながら自棄に近い笑みを浮かべて、二人の言葉に頷く。
「さっさと蹴散らしてくれよ。何せ本命がまだみたいだしな」
「あぁ。雑魚を踏み潰すのは嫌いではないが、そればかりでは退屈だ」
「手早く済ませよう」
それだけ言うと、先ずはボレアスが車の外に飛び出した。
ほんの一瞬だけ遅れて、姉さんの姿が掻き消える。
さぁ、騎兵隊の
「そっちは運転に専念してろよ」
「ハハハ、言われるまでもないね……!」
一応、操縦桿を握ってるアッシュにも一声掛けておく。
程なく、轟音が
先手を決めたのはボレアスの方だ。
真っ向から飛び込んでくる相手に対し、敵の銃火器は容赦なく火を噴く。
外れる道理もなく、弾の殆どはボレアスに命中しただろう。
だが、まともに受けたのは避ける理由がないからだ。
「痒いぞ、阿呆が」
大口径の機関銃。
それが吐き出す弾丸を喰らって、傷どころか
そんな理不尽、ゴロツキどもはこれまで見た事もなかったろう。
腕の一振りで乗ってる車体を砕かれて、ンなこと考えてる余裕もないだろうが。
振り回されるのは、ただただ純粋な暴力。
掴んで、投げて、飛んで、引き千切る。
薬か何かで頭を沸騰させたゴロツキ連中は、そんな地獄を見ても怯まない。
怯まないが、物理的にはどうしようもなかった。
抗うことも許さない人外の腕力。
蹂躙という言葉を、ボレアスは容赦なく実行し続ける。
「――降伏を促しても、これでは聞きそうにないな」
ボレアスほど派手ではないが、姉さんも負けてはいなかった。
短距離の《転移》を繰り返し、まだ無事な車両に乗ってるゴロツキを叩き伏せる。
相手も武器を振り回しちゃいるけれど、そんなもんじゃ対応不可能だ。
時折、《分解》の閃光を放って《戦争車》を抉り取ってもみせる。
……なんつーか、ホントに一方的だな。
まぁ姉さんとボレアス相手じゃ、雑魚の数押しは意味がない。
それは分かってるから、一先ず安心して見てられる。
「……今さらだが、無茶苦茶強いな。あの二人」
「本気で今さらだな」
呻くようなアッシュの呟きに、つい笑ってしまう。
これでもボレアスは、本調子と比べたら程遠い。
いつもだったら、それこそ《吐息》の一発で薙ぎ払ってる。
それをアッシュに言うつもりはないが。
「で、だ。『殺し屋』とやらはまだ来ねぇのか?」
「来る。いや、来るはずだ。多分」
「急に自信なくすなよ。
追っかけて来た奴らは多分、ロンデミオ一家の連中だろ?
てっきり紛れ込んでるかと思ったが……」
サクサクと二人で蹴散らしてるし、特に手応えのある敵はいないようだ。
――これはアテが外れたか?
可能性としては十分にあり得る。
とはいえ、一番数が多いロンデミオの戦力は削り取れた。
流石にこんだけ大量にぶちのめせば、無視できない程度の痛手には――。
「……ッ!?」
瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。
根拠なんざ何一つない、単なる勘働き。
近くに敵の姿はなかった。
追っかけて来てるゴロツキ連中は、後方で姉さん達にボコられてる。
ならば何がと、考えるよりも早く。
「悪い、ちょっと踏ん張れ!!」
「えっ、何を……!?」
オレは《奇跡》を使い、車体の
そのまま勢い良く進路を曲げた――瞬間。
「ッ……!!」
爆発。
熱風と衝撃が車体を叩き、思わず叫びそうになる。
無理やり進路を変えていなかったら、そのまま頭から突っ込んでたはずだ。
それだけでも九死に一生だが、状況はまだ続く。
更に二度、三度と。
強烈な爆撃が、こっちの車体を砕こうと破壊を撒き散らす。
間違いなく、誰かから攻撃されている!
「来たかよ、本命……!」
「――あぁ、来たとも。随分と好き勝手してくれたようだ」
囁く声は、驚くほど近い位置から聞こえて来た。
速度も大して落としていないはずなのだが。
ソイツは、こっちの車の近くを走っていた。
あぁそうだ、走ってた。二本の足でだ。
銀に輝く装甲を纏った怪人は、走りながらオレ達を見ている。
――コイツが、シラカバネ一家の『
「では死ね」
挨拶の言葉は、実に
爆発は今度こそ、オレ達が乗る車体を直接揺さぶった。
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