第二章:愚か者たちの狂想曲

237話:悪だくみ

 

「……なぁ、姉さん。ホントに良かったのか?」

「それを聞くのはイマサラじゃないか?」

 

 苦笑いを浮かべる姉さんに、オレはぐっと言葉に詰まってしまう。

 確かにそれは、我ながら今さら過ぎる言葉だった。

 《休息地オアシス》の一角、木々の陰になってる場所に腰を下ろす。

 アッシュとの協力を決めてから数日ほど。

 ロンデミオの人狩りマンハントから助けた子供二人は、そのまま《休息地》の者に任せた。

 ……オレ達はまだ、警戒されてるしな。

 戦う力はあれど素性の怪しい新参なんて、まぁ距離を取って然るべきだろう。

 こっちとしても、それは逆にありがたかった。

 

「今のところは、アッシュの奴が言った通りにしてるけど。

 これでちゃんと話が進むのかとか、オレなりに心配にはなるんだよ」

「あぁ、言いたいことは分かるよ」

 

 ため息交じりに吐き出した言葉。

 微妙に弱音も含んだそれを、姉さんは微笑みながら受け取る。

 

「お前は良く考えて、良くやってる。

 私も全力で助けになるから、大丈夫だよ」

「……うん。何か、言わせたみたいで悪いな。姉さん」

「私が言ってやりたかったんだ、気にしなくていい」

 

 そう言って姉さんが笑ってくれるだけで、随分と気持ちは軽くなる。

 甘えてるな、とは自分でも思う。

 きっと姉さんは気にしないが、寄っかかってばかりもいられない。

 自分の頬を軽く叩いて、気分を切り替える。

 ――アッシュには、オレ達の当面の目的については伝えた。

 即ち、この残骸となった《天の庭》の中心――《天の柩ナピシュテム》を目指している事だ。

 それを聞いたアッシュ曰く、都市中枢は例外なく「三頭目」の縄張りらしい。

 当たり前だが、余所者を易々とは通してくれない。

 アイツの言葉が正しいなら、「三頭目」に喧嘩を売るってのは利害が一致してる。

 あくまで「正しいなら」だが。

 

「……全部は言ってないだろうが、多分嘘までは吐いてないはずだ」

 

 呟く。

 少なくとも、都市中枢に向かうには「三頭目」が邪魔ってのは間違いない。

 だからこそ怪しいとは知りつつも、オレはアッシュの取引を受けた。

 それでやってるのは、ロンデミオ一家の手勢を叩く事だ。

 

「主に、霧に閉ざされた外縁部を中心に活動してるのがロンデミオ一家、だったな」

「あぁ。人員の数や武装の充実具合、諸々含めて『三頭目』でも最大勢力って話だ」

 

 この辺りは全て、アッシュから聞いた話だ。

 そして頭目であるロンデミオは、予定外の事態を死ぬほど毛嫌いしているとか。

 だったらオレらが部下をチマチマ潰すのは、さぞや癇に障ることだろう。

 人狩りをしてる連中を削ることで、ロンデミオを挑発しつつ人員も減らしていく。

 一先ずこれを繰り返す、ってのがアッシュから聞いた作戦だった。

 まぁ、作戦ってほど上等でもない気はするが。

 

「そうして挑発を繰り返し、巣穴から大物を引き摺り出そうという腹だろうな。

 やり方としては単純極まりないが、故に効果も高かろうよ」

 

 と、応えたのはボレアスだった。

 一仕事終えた後だからか、木の根を枕に地べたで横になっていた。

 ……やっぱ、弱ってるってのはマジだよな。

 ゴロツキ相手には大暴れだったが、今は消耗してるのは目に見えて分かる。

 そんなオレの視線に気付いたか、ボレアスはニヤリと笑う。

 牙を剥き出しにした表情を、笑顔と言って良いのか分からんが。

 

「なんだ、かつての《北の王》たる我を気遣っているのか? 小娘」

「一応な。そっちが変に不調だと、こっちの身も危うくなる。

 気にするのは当然だろ?」

「ハハハハ! 素直で結構。だがまぁ、心配せずともそう問題はない。

 少なくとも、あの程度の連中を相手にするだけならな」

「……どれだけ弱っていても、竜は竜。

 しかも《古き王》ともなれば、徒人では及びも付きませんか」

 

 弱り果てた身でありながらも、竜の傲慢さには陰り無し。

 事実として、弱体化してもボレアスは十分以上に強大だった。

 その力を肌で感じているのか、姉さんの声には微かな畏怖が混ざっている。

 分かっているなと、ボレアスは機嫌良さげに頷く。

 

「とはいえ、流石にこのままの状態が続くのは我としても不都合だ。

 竜殺しと――ついでに間抜けな長子殿も、さっさと引っ張り出したいところだ」

「それはオレも同感だね」

 

 こんな状況、いつまでも続いたらこっちの身が持たない。

 特にボレアスの相手とか、態度に出しちゃいないが結構キツい。

 いざとなれば歯止めストッパーになるレックスが、完全に不在な状況だ。

 どんな気紛れを起こすか、オレの頭じゃまったく予測できない。

 不用意に下手に出るよりかは、強気に出た方が良いと。

 そう判断して実践して、結果的には上手く行ってる。

 けどそれだって、いつまでも続けられる保証はないんだ。

 ……ホント、なんでこんな時にいないんだよあのスケベ兜は。

 また漏れそうになったため息を、オレは何とか呑み込む。

 

「……そういえば、アッシュの姿が見えないな?」

 

 そう呟くように言ったのは姉さんだ。

 特に意味はないが、軽く辺りに視線を巡らせる。

 

「オレも今日は一度も見てないな。

 そもそもあの野郎、コソコソしててなかなか捕まらねェし」

「そうか。……一体、何を考えているんだろうな」

「それはオレも聞きたいわ」

 

 言っても仕方ないが、言わずにはいられなかった。

 ――「三頭目」に喧嘩を売る。

 この《休息地》を含め、抵抗する力を持たない弱い連中のために。

 それ自体は理解できる。

 語った事の多くも虚偽ではない。

 そこまではオレも分かってる。

 分かっているが、何故か不信感が拭えない。

 単純に、あの野郎の態度や言動が胡散臭いからなのか。

 オレ自身も、ちょっと良く分からなくなっていた。

 

「……アッシュの事が気になるのか?」

「あん?」

 

 自分の思考に没頭していたが。

 何やら姉さんが妙なことを言って来たせいで、中断せざるを得なかった。

 顔を上げると、また微妙な顔で笑っている。

 ……何か変な誤解をしてないか?

 

「いや、そりゃ気になるだろ。

 あんな怪しい奴、どこ探したってそうはいないって」

「まぁ、確かに。とはいえ怪しいと言えば、向こうから見た私達も大概だろう」

「……それはそうかもしれないけどさ」

 

 その辺、主観次第と言ったらそれまでか。

 

「隠している事はあるだろうし、完全に信用できるとは言いがたい。

 私だって警戒をしていないワケじゃない。

 ……それでも、私達を騙そうとかそういう悪意は感じなかった。

 《休息地》の者からは慕われているし、『三頭目』に喧嘩を売ると口にした動機。

 それらを考慮すれば、少なくとも彼は悪人ではないと私は思うよ」

「……まぁ、そうだな」

 

 姉さんの言葉は正論だった。

 オレ自身も、アッシュが悪党だとは思っていない。

 良い奴だとも、そんなに思ってないが。

 ――敵ではない。少なくとも、今の状況では。

 それについてはある程度、確信を持って言える。

 だったら、オレはアイツに関して一体何に引っ掛かってるんだ?

 

「……まぁ、あの野郎のことはとりあえず良いや。

 必要があれば向こうから来るだろ」

「そうだな。……そういえば、腹は減っていないか?」

「ん? あー、そういやまだ何も食べてないよな」

 

 時間は多分、お昼はとうに過ぎてる。

 動き回ってたのもあって、飯のことはすっかり失念していた。

 あの食べる泥を腹に詰め込むかと、そう考えたが。

 

「この《休息地》で取れる果実、アレを食べてみないか?」

 

 と、姉さんは近くの枝に生ってる実を指差した。

 赤い、手のひらに丁度収まるぐらいの大きさの果実。

 アッシュも《休息地》ではこれが食料になるとか、そんなこと言ってたな。

 オレ達は手持ちの携行食料だけで、まだ口にした事がなかった。

 

「確か食って良い、って話だったよな」

「あぁ、正直あの圧縮食料ばかりはちょっとな」

「うん、辛いよな。ぶっちゃけ」

 

 食事というか、栄養だけとりあえず詰め込むだけの作業。

 目的を果たすまでそれを続ける覚悟はあったが、やっぱ辛いもんは辛い。

 許可は出てるし、見た目も怪しいところはない。

 だったら、手持ちの食料を節約する意味でも良いか。

 そう思って手を伸ばしたところで。

 

「やめておけ」

 

 と、何故かボレアスの方からストップが掛かった。

 予想外のことに、オレも姉さんも驚いてそちらを見る。

 変わらず地べたに寝転んだまま、元《北の王》はしかめっ面をしていた。

 それは、この《休息地》に来たばかりの時と同じ表情だ。

 

「確証はないが、この木や実からはバビロンの匂いがする。

 接する程度なら問題なかろうが、実を口にするのは止めておけ」

「は?」

 

 おい待て、今なんて言った?

 バビロンの匂いがする?

 

「どういう意味ですか、ボレアス殿」

「どういう意味も何も言ったままだぞ。

 恐らくだが、この《休息地》とやらの木々は死したバビロンの肉体の一部だ」

「バビロンの肉体の一部って……」

 

 いきなり突っ込まれた衝撃の事実に、二の句が継げない。

 いや、そもそもだ。

 

「そういう重要なことは早く言えよ……!?」

「いや、我も最初は警戒していたのだがな。

 気配はするが特に反応もなく、木々もそれ自体は怪しい部分もない。

 故にすっかり伝えるのを忘れていたのだ」

 

 とはいえ、流石に実を食うのは危なかろう、と。

 ボレアスは軽く言ってのけた。

 ……しかし、そうか。

 だからこんな荒れ果てた廃墟にも関わらず、小さい森みたいな物があったのか。

 これが死んだ竜王の肉体から生じてると言われれば、納得はできる。

 納得はできるが――。

 

「……ホントに、何も危険はないのか?」

「今のところはな」

 

 途端に、この《休息地》も不気味な生き物の腹の中にしか見えなくなった。

 レックス達が取り込まれたのも、バビロンの名が付く《聖櫃》だ。

 関連がないと思うのは、流石に楽観が過ぎるのではないか。

 

「我としては、『念のために実は口を付けるな』としか言えん。

 今は害がない以上、警戒し過ぎても疲れるだけだぞ」

「……まぁ、そうだな」

 

 ボレアスがそう言うなら、オレとしても頷く他なかった。

 ……既に滅びた《天の庭バビロン》。

 朽ち果てたはずの都市に芽吹くのもまた、バビロンの一部とは。

 既に死んだはずの古い竜は、一体何を思っているのか。

 

「……そんな事、考えても仕方ないか」

「大丈夫か、イーリス」

「あぁ。まぁ、流石にビックリはしたけど」

 

 気遣う姉さんに、オレは苦笑いで返す。

 で、ボレアスはもう話は終わったとばかりに、また地面でゴロゴロしている。

 まぁ、あっちに文句を言っても仕方がない。

 美味そうな果実を口にできないのは未練だが、観念して携行食料を取り出す。

 これを食べるしかないもの、仕方のない事だ。

 

「――あぁ、今良いかな?」

 

 悲しい栄養補給をさっさと済ませようとしたところで。

 見計らったように、アッシュの奴が木々の隙間から顔を出して来た。

 理不尽にブン殴りたい衝動が沸き上がったが、それはどうにか抑え込んだ。

 それが不機嫌面に見えたか、アッシュは愛想笑いで首を傾げる。

 

「と、お邪魔しちゃったかな?」

「ンなこと気にするなよ。で、何の用だ?」

「あぁ。忙しくて大変申し訳ないが、また一つ頼みたくてね。

 今回は俺も同行するよ」

 

 人好きしそうな笑みが、オレにはどうしても胡散臭く見えて。

 それを口に出しても仕方がないので、オレは話の方を優先した。

 

「具体的な事を言えよ。何するんだ?」

「獲物が早速釣れたんだ。

 ロンデミオの一声で『三頭目』全体が俄かに騒がしくなりだした」

「つまり?」

「シラカバネ一家の『殺し屋マーダーインク』が動く」

 

 姉さんに対し、アッシュは笑みと共にその単語を口にした。

 シラカバネ一家の「殺し屋」。

 事前の説明では、確か「三頭目」が有する一番の武力。

 数頼みの雑魚ではなく、この地における本気の戦力が出てくるワケか。

 

「ロンデミオの木っ端共と違って、シラカバネは少数精鋭。

 『殺し屋』ともなれば頭目の直属だ」

「それを無力化すれば、『三頭目』の戦力を大きく削ぐことができる。

 加えて、より貴重な情報も手に入れられる可能性がある、と」

「そういうこと。思ったより向こうの動き出しが早くて助かった」

 

 いっそ楽しそうな笑みで、アッシュは姉さんの言葉に頷く。

 そこに悪意はなかった。

 少なくとも、オレ達に対しては。

 

「相手は狩人のつもりで獲物を探してる。

 だが実際の立場は逆だってことを、たっぷり教えるんだ。

 悪い話じゃないだろう?」

 

 そう言って笑うアッシュの表情は、完全に悪童のソレだった。

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