240話:移動商団
「存外、歯応えのない相手だったな」
やや遅れて、ボレアスもオレ達のところに戻って来た。
その手には合わせて五人の「殺し屋」がぶら下げられていた。
全員、例外なくボコボコに叩きのめされた後だ。
「そっちにも、ソイツらいたのか」
「こそこそしてるのを偶々見つけてな。
片手間に捻っておいたぞ」
転がるアッシュを助け起こすオレに、ボレアスはにんまりと笑ってみせた。
実に頼もしい笑顔で嬉しくなるね。
ボレアスは、そのまま掴んでいた「殺し屋」どもを地面に放り捨てる。
一応、かろうじて死んではいないようだが。
「加減なされているのですね?」
「そもそも本調子にはほど遠いからな。
その気がなくとも、どうしても力が入らんだけだ」
他意のない姉さんの問いに、ボレアスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
まぁ、敵に情けをかけるタイプじゃないしな。
「その上で、コイツらが思いの外頑丈なのは間違いないがな」
「頑丈、というと?」
「理由は想像つくのではないか?」
そう言って、ボレアスは肩を竦める。
理由――想像がつくと、ボレアスがそんな風に表現するとなると。
思い浮かぶのは、《休息地》のことだった。
ボレアスの言葉が正しければ、アレは死んだバビロンの一部であるらしい。
そして食べるのを止められた赤い果実。
《休息地》の恵みもまた、バビロンの血肉に等しいのなら――。
「何の話だ?」
「……いや、何でもない。こっちの話だ」
首を傾げるアッシュに、オレは小さく首を横に振る。
地味に重要な事実な気はするが、今は考えても仕方がない。
それよりも。
「コイツらをどうするか、だな」
オレと姉さんが叩き伏せたのを合わせると、八人。
シラカバネ
改めて観察すると、身に着けてる装備はかなり上等な部類だ。
肉体にいれた機械処置も、かなり高度な代物だ。
オレが知る中では、都市でなら《牙》以上の上級戦闘員に施すレベルだろう。
少数精鋭ってのも納得の話だ。
ただ、気になるのは……。
「多分、コイツらの装備も『外』から調達してるんだよな」
「そりゃあな。
今のこの《天の庭》に、こんな物を製造する施設はないからな」
「だよな」
出処が、この廃墟ではなく外にある都市なのは間違いない。
そうなると、「三頭目」はそんなものをどうやって調達しているのか?
考えてみれば、《戦争車》にしたって大分おかしい。
あれだけまとまった数の戦闘車両、一体どこの誰が用意したのか。
この「殺し屋」どもを絞れば、何か分かるだろうか。
「一先ず手当をして、目を覚ましたら尋問するか?
どれだけ情報を持っているのか、何とも言えないところだが」
「だな。外付けの記録装置でも入ってりゃ良いんだけど……」
そうすりゃ尋問なんて面倒をする必要もない。
入ってる情報を、オレが抜き取っちまえばそれで済む。
まぁ、流石にそう都合良くはいかない。
とりあえず拘束して、それから場所を変えて……。
「…………」
「? イーリス?」
「……そういや、使ってた車がぶっ飛ばされたな、と」
八人もいるんだけど、コイツらどう運ぶべきだ?
いや、仮に車が無事だとしてもそんなに詰め込めねーけど。
オレの言葉に、姉さんも「あっ」て顔をする。
ボレアスの方は緩く首を傾げて。
「別に全員運ぶ必要もあるまい。
一人か二人、それで十分事足りよう」
「いや、捕虜から情報聞き出すなら数は必要だろ。
吐かせたネタが正しいかどうか、こっちには判断材料がないからな」
「だな。いや、まさかこんなとっ捕まえられるとは思ってなかった」
オレとアッシュが言うと、そんなものかとボレアスは頷いた。
まぁ、竜が人間を尋問するとかそもそも発想がなさそうだよな。
かくいうオレも、別に経験があるってワケじゃないが。
「……まぁ、ここで何言ってても仕方ない。
ボレアス、悪いけどコイツら抱えて貰って良いか?」
「我に荷運びをせよと?」
「頼むって。オレやアッシュじゃ一人抱えるのもしんどいんだ。
姉さんだって良いとこ二人ぐらいだろ」
「無理をすれば三人までなら何とかなるとは思う」
頼んではみたものの、ボレアスはあからさまに面倒臭そうな顔をする。
いや、確かに面倒なのは分かるけどな。
「で、アッシュ。この近くに使えそうな《休息地》ってあるのか?」
「あるにはあるが、結構遠いな。
『三頭目』の息が掛かってる場所なら近いけど」
「流石にそれはちょっとな」
敵の部下を抱えて、わざわざ敵地に上がり込むとか。
流石に意味が分からん過ぎるからダメだ。
さて、まさか襲撃をぶちのめした後の方が困るとは……。
「……ふむ?」
と、不意にボレアスが視線を上げた。
何が――と聞く前に、オレも聞こえてくる音を感じた。
遠い。まだ距離は相当ある。
低く重く地面を揺らす音。
姉さんも感じ取ったようで、訝しげな顔をする。
「何の音だ、これは」
「……《
ぽつりと。
アッシュがその言葉を呟いた。
「《移動商団》?」
「あぁ。『三頭目』の一人、カーライルの《移動商団》。
奴の拠点であり、足であり、商売道具だ」
「回りくどいな。音を聞く限り、かなり巨大な物が移動しているようだが」
ボレアスの言う通り、響く音はどんどんデカくなっていく。
廃墟の向こうで上がる土煙。
まだ遠いが、確かに巨大な「何か」が動いている。
それを見ながら、アッシュは軽く笑った。
「カーライルは、この《天の庭》の跡地での物資の流通を管理してる。
主に水や食料を、自分達の支配域の連中に行き渡らせてる。
けど、ここはどうしても物騒な土地だ。
細かく物を運んでも、望んだ場所に届くとは限らない」
だから、と。
言いながら、アッシュは「ソレ」を指差した。
廃墟の一部を崩しながら、移動を続ける巨大な物体。
「なんだありゃ……?」
アッシュの説明を聞きながらだが、オレは思わず呟いてしまった。
一言で表せば、それは超デカい芋虫だった。
あくまでぱっと見の印象で、実際のところは違う。
これまで何度も目にしてきた《戦争車》。
それを三倍か、それ以上にデカくしたような車両。
そんな化け物みたいなのが何台も。
蛇か芋虫みたいに連なって、廃墟の都市を我が物顔で進んで行く。
……見てるだけで遠近感とかおかしくなりそうだな。
「アレが?」
「あぁ、《移動商団》だ。
偶々出くわしただけか? それとも……」
『――勿論、偶々じゃあないよ?』
アッシュの声を遮って。
低い、けれど軽薄そうな男の声がオレ達に語り掛けて来た。
あの《移動商団》から大音量で――というワケじゃない。
多分、超音波か何かを使って、オレ達にだけピンポイントで音を届けてる。
軽く探ってみると、上空にいつの間にやら超小型の無人機らしき物が飛んでいた。
アレでこっちに音を飛ばしてるワケか。
「誰だよテメェ。一体何の用だ?」
『いやいや、名乗る程の者じゃない――なんて。
わざわざ言うまでもなく、私が誰なのかは想像つくんじゃないか?』
「名乗る気がないなら、敵って事で良いんだな?」
ふざけた調子など無視して、オレは言葉をぶつける。
こういう煙に巻きたがるタイプは、言いたいことだけゴリ押すのが楽だ。
向こうも悪ふざけは意味がないと考えたか、細く息を吐いた。
そうしてから、改めて。
『《三頭目》の一人、カーライルだ。
派手に暴れてくれてたおかげで、見つけるのが楽だったよ』
「…………」
男――カーライルの声は、いっそ友好的にすら聞こえた。
見えちゃいないが、きっと満面の笑みで言ってるんだろう。
その辺りは容易に想像できる。
――微妙にイラっと来るタイプだな。
一瞬だけ糞エルフが脳裏をよぎるが、アレとはまた違う。
自分が
そんな風に勘違いしてるか、それに近い妄想をしている輩。
……まぁ、単純にオレが嫌いなタイプってだけだな。
少しばかり想像力が逞しくなった頭の中を、軽く揺すって整理する。
そんなことよりも、だ。
「で、ボスの一人がわざわざ何の用だよ。
手勢を蹴散らされたお礼参りか?」
『いやいやまさか!
君らを襲ったのはロンデミオの部下が大半で、私の手駒じゃない。
そこにいる『殺し屋』も、ロンデミオがシラカバネに依頼したものだ』
「だから自分は無関係だと?」
姉さんの言葉は、鋭いナイフのようだった。
返答次第では、すぐにでもお前の居場所まで殴り込んでやると。
言外にそう示す強い敵意。
だが、そのぐらいではカーライルは動じなかった。
『勿論、無関係などとは言わない。
遺憾ではあるが私も「三頭目」の一角。
同胞の不始末に対しては詫びる用意があるとも』
「話が長いが、結局は何が言いたいのだ?」
欠伸混じりにボレアスが言う。
確かに、ぐだぐだと持って回った言い回しばかり。
カーライル自身、結論は何であるのか。
まぁ概ね想像は付くが。
『――私と話し合わないかな、お客様がた。
不幸な行き違いはあったが、我々はまだ十分交渉の余地があるはずだ』
やっぱりそんなところか。
揉み手でもしてそうな、にこやかな声色。
聞いてて逆に神経に障るな。
「本気で言ってんのか?」
『冗談でこんなことは言わないさ。
既に君らの力は見させて貰っている。
偏屈なロンデミオや真面目なシラカバネと私は違う。
避けられる
あくまでも、自分は敵ではないと。
巨大な城も同然の《
ぱっと見ても、商団を形成する大型車両にはゴツい武装が幾つもある。
その気になれば、アレらがオレ達に向けて火を噴くはず。
まぁ、姉さんとボレアスには通じないと思うが。
オレとついでにアッシュ辺りは、流石に喰らえばひとたまりもない。
カーライルがそこをどう考えているか。
ハッキリとは言えないが、少なくとも自分の優位は疑っていないはず。
……さて、どうするか。
「聞くだけ聞いても良いんじゃないか?」
そう言い出したのは、まだ微妙にふらついてるアッシュだった。
彼は痛む身体を軽くさすって。
「『三頭目』の一人と接触できるなら、こっちとしても好都合だ。
まぁ、相手の要求次第ではあるけどね」
「まぁな」
確かに、捕虜を大量に背負ってうろつくよりは良いかもしれない。
ただ――十中八九、とまでは言わないが。
オレとしては、半分ぐらいは罠の可能性は疑っていた。
どんな罠でも食い破れる――なんて自信は、流石に持ち合わせていない。
レックスなら断言しただろうかと、少し考えてしまう。
まぁ、今この場にいない奴を頼っても仕方がない。
この場はオレ達で何とかしないとな。
「分かった」
舐めた態度の相手に、舐められたまま終わるのも面倒だ。
オレは頷き、音の発信源である無人機を見た。
飛んでる高度とサイズの小ささで、肉眼じゃ豆粒程度。
それをしっかりと目線で捉えた上で。
「話ぐらいは聞いてやるよ。
けど、招待したのはそっちなんだ。
それなりのもてなしは期待して良いんだよな?」
『――勿論だとも、レディ。
これでも「三頭目」の肩書きを持つ身だ。
客にケチ臭いなどと思われては沽券に関わる』
たっぷりと笑みを含んだ声。
けれど、響きには先ほどとは異なる何かがあった。
その中身は判然としないが。
『迎えを寄こそう。
申し訳ないが、もう少しだけ待っていて欲しい』
「早くしろよ。オレは兎も角、あんまり気の長くない連れがいるんでね」
「我のことか? であれば正しい認識よな」
こっちは半分皮肉のつもりだったが、ボレアスには冗句としてウケたようだ。
まぁ、笑って言ってる言葉まで冗句とは限らんけど。
ともあれ、音を飛ばしていた無人機は商団の方へと引っ込んで行く。
それを確認してから、オレは小さく息を吐いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ、姉さん。本番はこれからだしな」
気遣う姉さんの声に、オレは笑って応えておいた。
そう、本番はむしろこっからだ。
《三頭目》の一角、カーライルとやらは果たしてどんな奴か。
「早々にカーライルと接触できるのは僥倖だが……」
と、何故かイマイチ浮かない面のアッシュ。
交渉を推したのはそっちだろうに。
一体何が気になるのか――と、思ったが。
「……アレ、あのままで大丈夫だと思うか?」
「…………」
示した先にいるのは、変わらず堂々と全裸な《北の王》様。
二の句が継げず、思わず姉さんの方を見てしまった。
「……諦めよう。時にはそれも必要なことだ」
「姉さん……」
これからが本番だっていうのに、そんな悲しいことを言わないで欲しい。
ただ一人、当事者だけは不思議そうに首を傾げていた。
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