163話:鎖を解け
『協力するのは良いんだけども、まぁ問題はある』
頭に響くヴリトラの声。
それを聞きながら俺達は再び洞窟めいた竜の体内を進んで行く。
さっきと違うのは本人(?)の誘導付きな事だ。
なんとなく何処をどう進めば良いかのイメージが浮かんでくるのだ。
とはいえ整備された道ではないので多少苦労しながらだが。
『今のオレは封印喰らってるから、ぶっちゃけ自力じゃ動けないワケよ』
「それをこっちで解いてあげるって話でしょ?」
『あぁ、その為にもオレの本体――魂がある場所まで誘導してるんだけど。
どうにも封印自体が一つじゃないっぽいんだよな』
「どういう事だ?」
言ってる意味が直ぐには理解できず、俺は首を傾げた。
気のせいかもしれないが、ヴリトラから肩を竦めたような気配がする。
『言葉通りさ、彼氏殿。
今アンタらが彷徨ってる場所の奥に、封印で拘束されたオレ自身の魂がある。
ただそれとは別に、力を一部切り取って別の場所に封印してるみたいだ。
繋がりが薄いせいでハッキリとは分からんけども』
「やったのがゲマトリアなら、そのぐらいの小細工はしそうね。
あと、お前、その……彼氏ってのは、ちょっと」
『もっと古風に婿殿の方が良かったか?』
「お前あとで覚悟しなさいよ」
『スンマセン』
うーん、やっぱり仲が良いのでは?
内容は兎も角、傍で聞いてると普通の姉弟みたいな会話だな。
ボレアスの方も呆れ半分に笑っていた。
「ヴリトラ、長子殿をからかうのが愉しいのは良く分かるがな。
やり過ぎるとヘソを曲げて面倒ゆえ、程ほどにしておけよ」
『りょーかいりょーかい、程ほどにしとくよ』
「アンタ達、長子だの長兄だの言うならもうちょっと敬意を持ちなさいよ」
『持ってる持ってる』
そういう割には返事が適当な気はするが、ウン。
突くと藪から竜が出そうだし置いておこう。
道中に危険がないかを注意しつつ、指示(?)された道を探索していく。
少しずつだが、鎧越しにも分かるぐらいに魔力が濃くなって来たのを感じる。
目的地はそう遠くないようだ。
『まぁ兎も角、封印についての詳しい事は長兄殿が調べてくれよ。
長兄殿が構築した術式なんだろ?』
「それは間違いではないけどね」
それから暫くは進む事に専念した。
狭い道を削って広げ、竜の気配が強まる奥へ向けて。
俺が先頭に立ち、後方はボレアスに警戒して貰う。
アウローラは俺の腕とかに引っ付きながら、此方も周辺を注意してくれている。
『……なぁ、レックスだったか?』
「? あぁ」
『いや、オレがこんな事を言うのも変かもしれないけど。
…………此処まで、長兄殿に付き合ってくれてありがとうな』
「別に礼を言われるような事じゃないだろ」
『かもしれないが、相手が長兄殿だからなぁ。
ワガママだし短気だしで色々大変だったんじゃないか?』
「ちょっと、それを本人の前で言う??」
うん、まぁ、ヴリトラ君の懸念しているところは分かる。
キレそうなアウローラの頭を撫でて、とりあえず宥めておく。
「付き合ったというか、俺の方がアウローラに助けて貰った側だからな。
此処まで来たのも自分で決めた事だし、そこは気にしなくて大丈夫だぞ」
『……そうか。いや、変わった人間だなぁアンタ』
「そうかなぁ?」
「そういうところだぞ竜殺し」
何故かボレアスさんにまでツッコまれてしまった。
俺としては自分の事をそこまで奇人変人の類とは思ってないんだが。
少なくとも
うん、マシなはずだな。ヨシ。
「下と自分を比較して、それで自分の位置が上がるワケではないぞ?」
「正論はいつも人を傷つけるだけなんだよなぁ」
『うーん、やっぱ面白い人間だなアンタ』
「……まぁ、仲が良いのは別に構わないけど」
そんな俺達の話を横で聞きながら、アウローラは呆れたように言った。
「そっちこそ、協力してくれて助かるわ。
途中までは無理だと思ってたが」
『……まぁ、長兄殿にお願いされちゃあな。断るのも悪いだろう』
歯切れの悪い言葉は、もしかしたら照れているせいかもしれない。
アウローラの方は目に見えて顔を赤くしている。
「あんまり何度も言わないで頂戴。恥ずかしくなるでしょう」
『この反応もなぁ、昔なら考えられねぇよ。
オレとしちゃあ度々長兄殿がこさえてたモニュメントの方がよっぽど……』
「ちょっと古い話を持ち出すのはやめて貰える??」
「もにゅめんと?」
はて、何の話だ?
初耳だったので首を傾げていると、後ろのボレアスが軽く吹き出した。
どうやらよっぽど面白いネタらしい。
「レックスは気にしないでいいから……! 昔の話よ、昔!」
「そうなのか?」
「別にそこまで慌てるような話でもなかろう。
ただ長兄殿は陰謀家で表に出るのを厭う割に自己顕示欲は強くてな。
度々、自分を意匠に用いた像や碑を創るのが趣味だっただけよ」
「ほほう、成る程」
そんな趣味があったとは意外だ。
何故かアウローラは真っ赤に茹で上がって悶えているけど。
要するに絵を描くとか、そういう芸術を嗜んでいたって事なんだろう。
うん、別段おかしい話ではないな。
ちょっと意外なのは間違いないけれど。
「言ったわね……! 私が彼に言ってなかった事を……!」
「そう怒る事もあるまい。
それとも恥を晒されたという自覚でもおありかな?」
「ち、違うけど、そういう事じゃ……!」
「流石に大昔の話だし、もうモノが残ってたりとかはしないよなぁ」
『保存の魔法が掛かってれば劣化はしないだろうけどな。
三千年となると、モノが無事かは何とも言えないところだなぁ』
「ねぇ、お願いだからこの話はもう止めない??」
照れてるというか、恥ずかしがってるアウローラはなかなか可愛らしいが。
本人が嫌だと言っているし、この辺にしておこう。
「何の話してたっけか。
あぁ、ヴリトラに協力してくれて助かるって感じだったな」
『オレも改めて言われるとこそばゆいんだよなぁ』
そう言ってヴリトラは笑った。
『まぁ、それこそ礼を言われるような話じゃないさ。
…………遠い遠い昔に、オレは親父殿の声を無視しちまったからな。
別に助けを求められたとか、そういう事じゃない。
向こうからしちゃ単なる独り言みたいなもんだったとしても。
それを聞き流して、結果はまぁ――面白い事じゃなかった』
「……ヴリトラ、それは」
『分かってるよ、長兄殿。罪に思う事じゃないってのは。
オレ達の親父殿は勝手に絶望して勝手に死んだ。
けど悔いはあるのさ、今も昔も』
だから長兄殿のお願いは聞く事にしたんだ、と。
ヴリトラは古い後悔を語った。
アウローラを含めた《古き王》を生み出した誰か。
その遠い遠い昔に死んだ「父親」を、この竜はずっと悼んでいる。
それは俺が死んださんぜんねんよりも遥かに昔のはずだ。
「やっぱ、家族の事が好きなんだな。アンタ」
『…………今の話で何でそうなるよ。ホントに変わった人間だな』
「そうか?」
『そうだよ、長兄殿がぞっこんなのも頷けるね』
ケラケラと、悪戯っぽい笑い声が頭の中に聞こえてくる。
アウローラは赤くなりながら、踵でガンガンと床を蹴り始めた。
「そういうのはいちいち言葉にしなくていいのよっ!」
『いやぁ、言わなきゃ伝わらん事があるからなぁ。
言葉にするのは大事だと思うぜ』
「ホント、ああ言えばこう言うわね……」
ぶつくさと文句を言うが、アウローラも本気では怒っていないようだ。
とはいえ力いっぱい暴れて貰うのは拙いので、また軽く頭を撫でておいた。
ボレアスの方も心得ているようで、笑っているだけで追い打ちは掛けていない。
そうこうしていると。
「……おっ」
視界が開けた。
今までの狭苦しさが嘘のように広大な空間。
日の光ほど強くないが、青白い輝きが全体をハッキリと照らし出している。
光源となっているのは空間の丁度中心辺りにあった。
ぱっと見は岩塊が宙に浮いてるだけだ。
ただその周りには幾つもの魔法陣めいた紋様が輝いている。
そして岩塊自体も白い光を帯びており、規則的に明滅を繰り返していた。
まるで生き物の心臓が脈打っているかのように。
「これがそうか?」
『あぁ。オレの魂が封じられている場所。
その岩っぽいのが今のオレの本体って事になるな』
「周りを囲んでいるのが封印術式ね。
万一でも解かれないよう、式が可視化されるぐらいに強化されてるわね」
「見た通り心臓のようなものだな」
言葉を交わしながら、とりあえず近付いてみる。
俺は何とも無いが、アウローラとボレアスは微妙に不快そうな様子だ。
この場所自体、竜を封印する術式の影響下にあるせいだろう。
ただ鬱陶しい以上の影響はないようだった。
『で、解けそうか? 長兄殿』
「当然よ。ただ簡単にも行かないわね」
大体頭の高さぐらい浮かぶ岩塊ことヴリトラの「心臓」。
改めて見ると大きさは人間一人分ぐらいか。
光る紋様に似た封印術式に縛られ、重力を無視して浮遊している。
アウローラは紋様に触れるギリギリまで手を伸ばす。
術式の解析をしているようだ。
自信を漂わせる言葉とは裏腹に表情は硬い。
「……
前に私も喰らったけど、アレとは似てるようで別物だわ」
「マーレボルジェの奴が使ってたな。あの時は割と簡単に解除してたよな?」
「ええ、基礎である私の術式を一部弄っただけだったから。
だからあの時の解除は簡単だったけど……」
「コレは少々異なると、そういうワケか」
ボレアスの確認に対し、アウローラは小さく頷いた。
「繰り返すけど、解除自体は可能よ。
問題は二つ。一つはどうしても時間が掛かる事」
「もう一つは?」
「弄ったら間違いなく気付かれるわ。
当たり前だけど、術式自体に『警報』が仕込まれてる」
「けいほう」
この場合、誰に異常の報せが届くのか。
考えるまでもない事だった。
『
「ええ。その上でこれを解除するなら私の手は暫く塞がってしまうわ」
「……つまり、封印を解いてヴリトラを起こすには。
長子殿抜きでゲマトリアの襲撃に耐えねばならんというワケだな」
「まぁまぁ厳しいな」
現状ではゲマトリア相手に勝つのは厳しい。
それを何とかする戦力としてヴリトラの協力が必要だ。
が、その為にはゲマトリアを迎撃しつつ封印を解除せねばならないと。
何だかトンチみたいな状況になってきたな。
「ヴリトラは何か出来そうな事はないか?」
『……身動きが取れないから、ぶっちゃけ難しいな』
「そりゃそうか」
『ただ、オレの本体と近い状態で相手が無茶してくる可能性は低いな。
封印を複数に分割されてるとはいえ、魂の入った入れ物は此処だけだ。
コレがぶっ壊れたら飛行の維持は難しくなる』
「ふーむ、成る程」
つまり近付けさせなければ、解除を試みるアウローラを狙われる心配は薄いと。
だったら後はオレがどれだけ頑張れるかって話になるな。
「……やるつもりなの?」
「此処まで来たワケだし、他に方法もないからな。
あんまりもたついてると別行動のテレサ達もヤバいだろう」
「あちらはあちらで、とびっきりの曲者がいるからな。
そうそうヘマをするとは思えんが」
「そこはまぁ一応信頼してるけどな、一応」
「我はどうする?」
「アウローラの傍にいてくれ。
複数で来られたら流石に俺一人じゃ対処が厳しいからな」
「……つまり実質、お前だけでゲマトリアと戦おうというワケか。
良かろう、精々男っぷりを見せてみるが良い」
「がんばる」
皮肉げな言葉は激励と受け取っておく。
やや不安そうな表情を見せるアウローラは一度抱き締めておいた。
それからわしゃりと頭を撫でる。
「封印とかはオレじゃどうしようもないからな。
そっちはお前に任せた」
「……ええ。貴方も、私の事をしっかり守ってね?」
「あぁ、任せろ」
それは間違いなく、俺がやるべき事だ。
離れると、アウローラは早速ヴリトラを縛る術式に指を触れさせた。
目を閉じて意識を集中させ、戒めを解く事に専念する。
それがどれだけ高度な作業であるのか、俺の理解の外側だ。
『……悪いな、彼氏殿。役に立てなくて』
「役に立って貰う為に必要な事だしな、気にしなくて良いぞ」
『そうかい。ならそう思っておくよ。
で、早速だが――』
「分かってる」
まだアウローラが作業に入って間もない。
しかし覚えのある気配は即座にこの場に迫って来た。
城の中とは違って、この場所では自由に移動できないのか。
岩壁を削る派手な音が聞こえてくる。
そして。
「――まさか、こんな所に入り込んでいるなんて!
いや流石にあり得ないだろうと思ってたらコレですよ!
虫かなんかなんですかねェもう!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら。
無駄に壁を粉砕しながら現れたのは青いゲマトリア。
現時点で見えているのはその一人……いや、首一本だけだった。
「遅いご到着だな、大公閣下。他の仕事が忙しかったか?」
「多忙だと分かってるのなら無駄に手間取らせないで貰えますかねェ!」
キレ気味に叫びながら、青いゲマトリアは真っ直ぐ此方に向かって来た。
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