122話:不本意な一蓮托生

 

 以前、森で出会った時と何一つ変わらぬ様子でその男は佇んでいた。

 殊更身構える事も無く、警戒に意味が無い事を示すように無防備さを晒している。

 だがそんなものが擬態である事は良く分かっていた。

 仮にこの場で襲われたとしても、コイツは巧みに迎え撃って見せるだろう。

 立場や状況に関わらず油断ならない男。

 それが俺の中での変わらない糞エルフウィリアムに対しての評価だった。

 

「で、だ」

「あぁ」

「何でお前こんなところにいるの??」

「それはこっちの台詞だと思うがな」

 

 言いながら、ウィリアムは手近に空いていた椅子を一つ引っ張る。

 それを俺達のテーブルの傍に置くと、ごく自然に腰を下ろす。

 アウローラが俺の腕をぎゅっと握って、警戒するように小さく唸った。

 

「貴方、まさか森での一件を忘れたワケじゃないでしょうね?」

「勿論、忘れていないとも。むしろ感謝の念すら抱いているぐらいだ。

 此処で見かけたのは偶然だが、それで挨拶の一つもしないのは失礼だろう?」

「ホントに偶然なのか疑わしいんだよなぁ……」

 

 イーリスの呟きに同意するしかない。

 いや、俺達がこの都市にやって来た事自体は偶然だが。

 

「……さっきの《死亡遊戯》。最後に矢をぶち込んで来たのはお前か?」

「今言った通り、挨拶は大事だ。

 俺がどういう男かは十分思い出してくれたはずだ。そうだろう?」

「うーんブン殴りたい」

 

 それほど付き合いのある間柄じゃあないが。

 ホントに相変わらずだなこの糞エルフ。

 アウローラもだが、テレサなんてあからさまに睨んでるぞ。

 

「落ち着け。今さらお前達と敵対するつもりもない。

 俺は俺の目的があってこの場にいるだけで、お前達と出くわしたのは偶然だ」

「でもこの酒場に来たのは偶然じゃあないよな??」

「お前達という不確定要素をただ放置しておく理由はないからな」

 

 やっぱゲームが終わった後に尾行してたか。

 悪びれもせず言いながら、ウィリアムは軽く肩を竦める。

 ボレアスの方は状況を面白がってる様子でニヤニヤ笑いで眺めている。

 とりあえず、先ず聞いておくべき事は。

 

「で、何が目的だ?」

「それは俺が聞くべき事じゃないか?」

「腹の探り合いとか面倒だし、お互い正直に言うべきだと思うわ」

「ハハハ、まぁそれが一番面倒がないのも事実だな」

 

 気の利いた冗句を聞いたようにウィリアムは喉を鳴らす。

 まぁ別に、こういう会話も嫌いじゃないんだが。

 俺以外――特にアウローラさん辺りのボルテージがジリジリ上がってるんで。

 分かりやすく話を進めるのがお互いの為だと思う。いやホントに。

 その辺の気配も間違いなく察しているだろう。

 ウィリアムは一瞬此方の様子を見てから話を始めた。

 

、森林都市の代表という形での遠征だな」

「遠征?」

「お前達はこのオリンピアについて、何処まで知っている?」

「都市そのものが闘技場のような場所でしょう?

 それ以外に何かあるの?」

 

 糞エルフの問いにアウローラが小首を傾げて応える。

 その答えに対し、ウィリアムは一つ頷いてから。

 

「概ね間違っていないな。

 だが何故、わざわざ都市一つをそんな場所にする必要があるかだ」

「勿体ぶってねェではよ教えろや」

「簡単に言ってしまえば、此処は都市間の利益調整の為の場でもある」

 

 イーリスにツッコまれたせいか、糞エルフは淡々と結論を口にする。

 だが、それだけだとやっぱり良く分からん。

 首を傾げる俺をチラっと視線を向けてから、ウィリアムは更に続ける。

 どうでも良いが「やっぱこういうトコは馬鹿だなコイツ」とか思わんかった?

 

「真竜の支配下にある都市に対して、他の真竜は干渉する事は出来ない。

 また真竜同士が直接争う事も《大竜盟約》によって明確に禁じられている。

 大体の都市は閉鎖型で内側だけでの循環を可能としてる。

 が、それも常に万全ではない。

 また欲深い真竜であれば、自身の領域の拡張を望むのも珍しい話では無い。

 そうなれば当然、近隣に存在する都市間での諍いが発生する」

「その場合はどうするんだ?」

「当たり前だが交渉の場が設けられるが、多くの場合は不調に終わる。

 派閥の上下関係でもない限りは竜が相手の要求を素直に聞く道理がないからな」

「まぁ、それは当然ね」

「うむ、欲するなら戦って奪うのが必定よな」

 

 ウィリアムの説明に、ドラゴンの二人が同意を示す。

 まぁそりゃそうだよな。

 対立する相手に逆らえない理由でもない限り、真竜が欲求を抑える理由も無い。

 しかし話し合いで解決しないなら、結局最後は争いになりそうだが。

 そんな俺の考えを読んだか、ウィリアムは一つ頷いて。

 

「交渉での解決に至らなかった場合、『私戦フェーデ』と呼ばれる都市間闘争が行われる。

 真竜同士が直に争う事は禁止でも配下を使って争う事は禁じられていないからな」

「あー、成る程な」

「まぁこれに関しては滅多に行われませんが」

 

 納得する俺の横で、テレサが控えめに捕捉してきた。

 滅多に行われないってのはどういう事だ?

 これについてはイーリスの方も小さく頷きつつ。

 

「大規模なって但し書きが付くけど、『私戦』は費用コストが馬鹿にならねェからな。

 動員するにしても《鱗》や《牙》までだろうけど。

 それでもマジで殺り合うんだったら相当な数を揃える必要あるしなぁ」

「そうして『私戦』を行って勝ったとして、得られる利益が費用に見合うか。

 結果として軍隊と呼べる規模での『私戦』が行われるのは殆どありませんね」

「ほほー」

 

 今まで見て来た都市は大抵デカかったしな。

 あの規模の街同士が本気で戦争するなら、当たり前だがそれだけ費用も高くなるか。

 

「じゃあ、その場合は揉め事はどう解決するんだ?」

「ダラダラ戦う」

「一気に動員するのは費用の高さで誰しも躊躇う。

 さりとて要求も引っ込められない。面子にも関わりますからね。

 なので互いに戦力を小出しにしながら延々と小競り合いに……」

「無駄じゃない??」

 

 それ結局、普通にドカンと戦うのと同じかそれ以上の損失が出るだけでは?

 俺の言葉を肯定する形で、ウィリアムは笑いながら頷く。

 

「その通り、まったくの無駄だがそれを理解できない輩も多い。

 揉め事は長期化し、それに比例して都市間の戦力も無駄に消耗してしまう。

 それらの問題を解決する為に用意されたのが、この戦争都市オリンピアというわけだ」

「……成る程、代理戦争の場を用意したわけね」

 

 どうやら今の説明だけで理解出来たらしい。

 アウローラはそう呟きながら、改めて酒場の様子に目を向ける。

 人間以外の、亜人デミ魔人ダークワンなどの異種族も多く見られる。

 それぞれの恰好もかなり個性が分かれており、文化的な違いが感じられた。

 恐らく、それだけ多くの場所からこの都市に集まって来たワケか。

 

「普通に兵力を動員しての『私戦』ではコストが嵩む。

 さりとて問題の解決を明確にしない限りダラダラと小競り合いが続く羽目になる。

 ――少数の戦力で、一定の秩序ルールに基づいた『戦争』を行う事が出来る場所。

 それがこのオリンピアという都市の役割なのね?」

「その通りだ。理解が早くて助かる」

 

 アウローラの出した答えに、ウィリアムは肯定を返した。

 成る程、今の説明で俺も何となく理解できた。

 しかしそうなると……。

 

「お前がこの都市に来てる理由も、やっぱその辺なのか?」

「あぁ、察しが良いな。

 今のところは内情は秘したまま『鎖国』路線で続けているが。

 そう何時までも引き籠っているだけで上手く進むとは限らんからな」

 

 森人エルフ達を支配していた真竜サルガタナスは俺達で殺した。

 正確に言えば、トドメを刺したのはこのウィリアムだが。

 今やあの森は真竜の支配下には無く、現在の大陸秩序からは宙に浮いてる状態だ。

 その実態を外に知られたら、まぁ確実に面倒な事になるわな。

 

「まだ近隣で目立った動きはないが、それを察知してから動いても遅い。

 『外』の情報収集も兼ねて、此処で予め点数を稼ぐ予定だった」

「まだ揉めてる相手もいないのに意味あるのか?」

「此処では勝者が正義で、そして勝ち得た権利で大抵の事が叶う。

 それを保証するのが大真竜ゲマトリアの力と権威だ」

 

 既に何度となく聞いた真竜達の頂点、その一角を示す名前。

 この戦争都市オリンピアの支配者。

 

「異なる真竜同士の利益調整。

 我の強い連中が内心はどうあれそれを認められるのも、全てゲマトリアの存在あってこそ。

 《大竜盟約》の礎、末席であってもその影響力は極めて強い」

「だからこそ、貴様も巣を離れて此処で戦働きをしに来たわけだ」

「その通りだ。ついでに他都市の情勢も探る事もできるからな」

 

 肉を齧るボレアスに淡々と応じるウィリアム。

 此処までの発言に嘘偽りはないだろう。

 このぐらいの事で俺達を騙す理由は糞エルフにはないはずだ。

 そう、問題は其処じゃない。

 

「……予定だった、か」

「どうした、竜殺し」

「最初はお前自身が言った通りの予定だった。が、今は違うんじゃないか?」

「――あぁ、そういうところは察しが良くて助かるな」

 

 応じながら、ウィリアムは凄く悪そうな笑みを見せる。

 うん、さっき思いっ切り「予定だった」とか自分で言ってたしなコイツ。

 

「お前達が此処にいる理由はゲマトリアの首だな」

「断定して来たな」

「真竜を殺す事が目的ならば、此処で狙うべき一番の大物は奴だからな」

 

 まぁ、それは当然察しが付くよな。

 ウィリアムの言葉を聞きつつ、俺は傍らのアウローラを見た。

 此方の意図を既に察していた彼女は小さく頷いて。

 

「私達の会話は、周囲には『不自然でない世間話』として聞こえるようにしたから。

 仮に聞き耳を立てられていても大丈夫よ」

「流石だなぁ」

「手間が省けて助かるな。

 尤も、傍から見て分かるように耳を立てる輩なぞ此処では長生き出来んが」

 

 こっちはこっちでその辺の警戒はしていたらしい。

 ともあれ、対策してくれてるなら問題なく話を続けられるな。

 

「まー腹の探り合いは趣味じゃないしな。目的に関しちゃそっちが考えてる通りだ」

「そうか。ならば俺と手を組む気はないか?」

「ちょっと考えさせて」

 

 相手がウィリアムじゃなければ即頷いても良かったが。

 いや、コイツが凄い奴なのは認めてますけどね。

 じゃあ信用できる相手っつーと、利害が一致してる限りはと但し書きが付く。

 とはいえだ。

 

「……まぁ、組むのが一番か」

「本気か??」

 

 ツッコんで来たのは我らの中で多分一番常識的なイーリスさんだ。

 うん、言いたい事は良く分かる。

 「コイツ信用して大丈夫か」という一点では大体認識共有出来てるし。

 アウローラも文句は口にしてないが視線は色々物言いたげだ。

 うん、言いたい事は良く分かるよホントに。

 

「コイツも大概糞エルフだけど、此処で手を組む分には問題ないと思う」

「根拠はあるのか? 竜殺しよ」

「ウィリアムが一番優先してるのは森にいるコイツの仲間だ。

 その為に真っ先に排除したいのが真竜のはずだ」

「レックスの言う通り、俺にとって最も邪魔なのは真竜どもだ。

 連中が大っぴらに森に干渉するような事態は避けたい」

「元々はその対策の為にこの都市に来たとも言ってたしなぁ」

 

 成る程な、とボレアスは呟く。

 必要があれば、この男は間違いなく背中から刺すのを躊躇わないだろう。

 だが利害が一致している限りは軽率な真似はしない。

 その点に関してはある意味誰よりも信用できる相手だ。

 

「まぁ、私はレックスが決めた事なら文句はありませんけど?」

 

 文句が無いわけじゃなさそうな様子のアウローラさん。

 そんなに糞エルフが嫌いだったのか?

 少し疑問に思った俺の様子を察したか、彼女はそっと息を吐く。

 

「こういう男は、必要とあらば何をしでかすか分からないもの。

 私としては基本的に警戒対象よ」

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

 皮肉でも何でもなく、本心からそう思ってそうなのが怖いなコイツ。

 まぁそれは兎も角。

 

「……良く考えたら、手を組まずにそっちが好き勝手動くの放置する方が嫌だし。

 しょうがないから協力するか、ウン」

「あぁ、賢明な判断だ。挨拶代わりの矢が思ったより効いたか?」

「うーんやっぱ一発ブン殴って良い??」

「冗談だ」

 

 ホントかー、ホントに冗談かー?

 言いたい事は色々あるが、結局のところ選択の余地はあんまり無かった。

 そんな俺に対して、ウィリアムは右手を差し出す。

 口元に浮かぶ笑みは何処まで本心やら。

 

「じゃ、とりあえずゲマトリアの首を取るまでか?」

「其処までやるなら、一蓮托生と言い換えても良さそうだがな」

 

 成る程、それは確かにそうかもしれない。

 しくじったら死ぬだけのいつも通りの綱渡りだな。

 そんな事を考えながら、俺は差し出された右手をぐっと掴んだ。

 

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