121話:噂をすれば影が差す

 

 戦いの為に戦う戦争都市オリンピア。

 今俺達がいるこの場所について、マレウスから聞いた情報を思い返す。

 此処は《学園》同様、大真竜ゲマトリアが支配する特殊な都市の一つらしい。

 多くの都市の御多分に漏れず、構造は巨大な塔に似た積層型。

 しかし外部との行き来は殆ど制限されていない為、出入りするのは容易だ。

 その最大の特徴は、ほぼ毎日のように行われる《死亡遊戯デスゲーム》。

 分かりやすく言えば殺し合いだし、分かりやすく言わずとも殺し合いだ。

 都市の大半がそのゲームの為の戦場として造られているらしい。

 「残機」とか独自のルールがあるようだが、それはまだ完全には把握していない。

 俺としてはいつもと変わらずやるのが一番気楽だしな。

 

「待たせたか?」

「いいえ、大丈夫。それよりお疲れ様」

 

 ゲームを終わらせた俺が訪れたのは、都市の一角にある大きな酒場。

 広い店内に無数の椅子とテーブルが並び、その数より多い客でごった返している。

 天井には大きな水晶板が何枚もぶら下がっていた。

 磨かれたその表面には《死亡遊戯》の映像が流れている。

 その一つが良く見える位置のテーブルに、慣れ親しんだ顔が並んでいた。

 手を振って微笑むアウローラに、俺も軽く手を上げて応える。

 

「お疲れ様です、レックス殿。何か呑まれますか?」

「とりあえずは水で」

 

 酒でも良いが、一応物騒な場所だしな。

 テレサが水を用意してくれている間に、改めて店内の様子に目を向ける。

 場末の酒場という程に荒れてないが、必ずしもお上品な場所というわけでもない。

 ただ、客層については本当に色んな奴がいる。

 明らかにならず者風の連中もいれば、上等な服を着てる奴も珍しくはない。

 総じて活気があり、全員独特の「熱」を共有している。

 漏れ聞こえてくる話題の多くは、やはり《死亡遊戯》に関してだ。

 

「そっちの調子はどうだ?」

「悪くはないが良くもねぇな。

 そろそろ『残機』の補充もしたいが、手持ちもカツカツでな」

「もうちょっと計画的に使えよ。縛りも良いが程ほどにな」

「先ほどのゲームはどうでしたか?」

「いやいや大損ですよ。《岩鎧》は良いところまで行ったんですがね」

「私も大穴に賭けたんですが、まぁ結果はご存じの通りだ」

 

 他も色々と耳に入ってくるが、内容的には大体似たようなものだ。

 この都市で生きる方法は二つ。

 自分で戦って稼ぐか、戦う者に賭けて稼ぐか。

 どちらにしろ勝てば確実に利益リターンが得られる分、仕組みとしては良心的と言える。

 

「文明の野蛮さを見てる気分だなぁ……」

 

 が、視点が違えば意見も異なる。

 イーリスはややげんなりとした表情でそんな事を呟いた。

 

「こういうのはあんま好きじゃないか?」

「嫌だとは言わねェけど、そう気分の良いモンでもないわな。

 殺し合いを見世物にすんのが都市最大の娯楽とか」

「大昔も闘技場コロッセオとかあったし、この手の興行は別に珍しくもないけどね?」

 

 そう言ったのはアウローラだ。

 この話題自体にそこまで興味がないらしい彼女は、俺の傍にぴったりとくっつく。

 そんな彼女の頭を撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らした。

 

「――戦う為に戦う闘争の都市か。

 我はなかなか良い趣味をしていると思うがなぁ」

 

 樽に似た形状のデカいジョッキ。

 それになみなみと注がれた酒をあっという間に飲み干しながらボレアスは笑う。

 匂いからして、相当に強い火酒だろうが。

 竜であるボレアスにとっては水とそう大差あるまい。

 ……ちなみに、《学園》の時もまぁ何かと裸族気質が問題になった彼女だが。

 今回も都市に入る関係上、苦心の末にそれなりの恰好をして貰っている。

 アウローラとマレウスの共同作業による成果。

 なるべく身体を締め付けない感じのゆったりとした真っ赤なドレス。

 背中とか胸元とかかなりオープン何だが、本人は当然そんな事は気にしない。

 むしろ解放感があって清々しいぐらいだろう。

 当人が不満を言わなくなるまで軽い殴り合いまで起こったが。

 尚、普段と違う恰好なのはボレアスだけではなかった。

 

「? どうかなさいましたか?」

「いや」

 

 首を傾げるテレサから水の入ったグラスを受け取る。

 常は男装に近い服装だが、今は《学園》から引き続いて彼女も女性らしい姿だ。

 カラーはいつもの通りの黒で、ボレアスと違って露出は少ない。

 ただ長めのスカートには深いスリットが入っており、なかなか色っぽさが凄い。

 本人に自覚は無いので敢えて言及しないようにする。

 まぁ俺の視線については妹の方がばっちり気付いてるっぽいですけど。

 

「イーリスもなかなか似合ってると思うぞ?」

「急に何言ってんだこのスケベ兜め」

 

 軽くジト目で睨んでくるイーリスも、姉のモノとほぼ同じデザインの黒いドレスだ。

 此方は肩とか胸の辺りはテレサよりもオープンになっている。

 スカートの丈は短く、健康的な脚がなかなか目に眩しい。

 などと考えていたら軽く頭を引っ張られた。

 腕に抱き着いているアウローラが、片手で俺の兜を掴んでいた。

 

「レックス?」

「はい」

「何か言う事は?」

「アウローラさん超可愛い」

「宜しい」

 

 俺の素直な感想に、アウローラは満足そうに微笑む。

 彼女は普段とそう変わらない恰好だが、少し装飾とかは増やしているようだ。

 キラキラした金細工の首飾りや指輪は彼女の美貌に華を添えている。

 総じて普段より煌びやかな女性陣だが、俺はいつもの通りです。

 基本、この都市で戦うのは俺の仕事なのでそれは全く問題ないわけだが。

 

「……一応、確認良いか?」

「はい」

 

 いい加減に真面目な話がしたいと全身から主張するイーリスさん。

 俺としても此処での目的は再確認しておきたいし丁度良い。

 予め注文されていたらしい料理がテーブルの上に置かれる様子を眺めつつ。

 イーリスは少し抑えた声で話を始めた。

 

「先ず大前提として、オレらの目的はゲマトリアをぶっ倒す事。

 それで良いんだよな?」

「だな」

 

 焼いた骨付き肉を一つ摘まみながら頷く。

 思い出すのはさっきの《死亡遊戯》の終わりに見た少女の姿。

 これまで何体かの真竜と遭遇し、ソイツらと戦ってきた。

 そのどれとも違う印象を、あのゲマトリアからは感じていた。

 具体的に何がどうとは言い難い。

 が、大真竜なんて肩書きを持ってるぐらいだ。

 どう控えめに見積もっても面倒な相手なのは間違いないだろう。

 

「拠点の《天空城塞》とやらに直接乗り込めれば楽だったんだけどね」

「全くだな。我としてはその方が良かったんだが」

「それはマレウスから止められましたからね」

 

 脳筋全開な竜姉妹の意見に、テレサは思わず苦笑する。

 ――《学園》での騒動がひと段落ついた後。

 消えてしまった「学園長」の知識等、その多くはマレウスが引き継ぐ形となった。

 そんな彼女からゲマトリアが拠点とする《天空城塞》の位置は既に聞いていた。

 しかし空高くに浮かぶその城はまともな手段では到達できないらしい。

 少なくとも力押しで乗り込むのはリスクが大きすぎると。

 其処で提示されたのが、この戦争都市オリンピアの存在だった。

 

「面倒は面倒だけど、やること自体はシンプルだ。

 兎に角レックスが勝ちまくってバトルポイントとかいう報酬を稼ぐ。

 この都市じゃ、そのポイント次第で何でも出来るらしいからな」

 

 全て今のイーリスの言葉通り。

 戦争都市オリンピアは、あらゆる事を戦いの結果で決められる。

 戦って勝つか、《死亡遊戯》の結果を予想する事で得られるバトルポイント。

 それがこの都市における貨幣の代わりでもある。

 ポイントがあれば大抵の事は困らないし、《死亡遊戯》に参加する上での特典も得られる。

 ――らしい。まだ使ってないから良く分からん。

 

「稼ぐのはレックスの仕事ね。貴方一人に負担かけて申し訳ないけど」

「いや、そういうのが役目だしな」

「竜――というか、真竜は《死亡遊戯》とやらには参加出来ないようだからな。

 参加資格があるのは人間か亜人種のみでなければ、我が幾らでも暴れてやったのだが」

「それは目立ちすぎるので止した方がいいでしょう」

 

 ツッコミ役のテレサが諫めてもボレアスは何処吹く風だ。

 まぁ最初から参加不能だし、無差別に暴れる程に溜まってないから大丈夫だろう。

 何にせよルールはルールだ。

 その為に古竜の二人は「ゲームを観戦しに来た真竜」という立場を取ってる。

 実際、自分の《爪》や《牙》を連れて足を運んでくる真竜もいるらしいからな。

 身分の偽造に関しちゃイーリスとマレウスがやってくれてるし大丈夫だろう。

 一応、資格ありのテレサも闘士として参加するのも考えたが。

 

「《死亡遊戯》の組み合わせマッチングは完全にランダムだ。

 都市の電脳上で決定されるからオレが操作しようと思えば出来るだろうけど……」

「露見した場合のリスクを考えると、余り上手い手じゃないわね。

 万一レックスとテレサの潰し合いになっても面倒だし、こればかりは仕方ないわ」

 

 という感じで、俺が一人でがんばる形になったわけだ。

 《死亡遊戯》に参加してる間は、アウローラ達の傍にはいられないし。

 その辺テレサが護衛に付いてくれればこっちも安心なので、何も問題はない。

 無いのだが、テレサ自身は参戦できない事を多少気にしているようだった。

 俺はそんな彼女の肩を軽く叩いて。

 

「単純に役目の問題なんだから、あんま深く考えるなよ」

「は、それは勿論……」

「俺に何かあった場合は頑張って貰わにゃならんし。

 勿論、そんな簡単にどうこうなる気は無いんだけどな」

「……はい。万が一そうなったら、死力を尽くさせて頂きます」

「あぁ、無理しない程度に頼んだ」

 

 微笑むテレサの頭をちょっと撫でてみた。

 普段あんまりやらん気がしたので、完全に何となくだが。

 特に嫌がる様子もなく、微妙に照れたように顔を伏せるテレサ。

 いつもとは違う恰好も合わせてなかなか可愛らしい。

 

「……で、話を戻すけど。

 レックスが死ぬ気で頑張ってポイントを稼ぐ。

 勝ってポイントを増やせばより難度ランクの高い《死亡遊戯》に参加できる。

 そんで最終的に狙うのは、『ゲマトリアへの謁見』の権利だな」

 

 微妙にジト目で見つつも、変わらぬ調子でイーリスは話を続ける。

 

「調べた感じ、コレは《天空城塞》への入城許可も含まれてる。

 で、これを得るには複数の条件があるみたいだな。

 ポイントも大量に必要だし、そう簡単な話じゃないな」

「兎に角俺が勝ちまくれば良いんだろ?」

「まー要するにそういう話だけどな」

 

 うん、だったら俺ががんばれば済む話だな。

 頼もしいわねと笑うアウローラの頭を撫でつつ、ついでに食事も進める。

 此処まで終始ドタバタしてたせいで、腰を落ち着けて何か食べるのも少なかったな。

 主に焼いた肉に煮た肉と、種々様々な肉料理が並んでいる。

 誰がメインで頼んだかはまぁ良く分かる。

 

「……ところで、竜殺しよ」

「うん?」

 

 ふと、その肉をガツガツと喰ってるボレアスが呼びかけてくる。

 珍しく神妙な顔をしてるが、口元に食べ滓が付いてるせいでイマイチ締まらない。

 

「お前、先程の試合ゲームで気付いていたか?」

「ん? 何がだ?」

「……まぁそうか、気付いておらんかったか」

 

 良く分からん事を言われた上に、何か残念そうな目で見られてしまった。

 うーん、一体何の話だ?

 俺以外も良く分かっていない様子だが。

 その反応にボレアスは小さくため息を吐き出して。

 

「我もあの水晶板に映された幻像越しに見ていたに過ぎん。

 故、ハッキリとした事は言えんがな」

「おう」

「最後にお前を狙った弓手、アレは恐らく――」

「……寂しい話だ。察してくれたのは一人だけか」

 

 反射的に。

 その声が耳に入ったと同時に、思わず剣を抜きそうになった。

 幸いと言うべきか、相手方に敵意の類が無かったので踏み止まれたが。

 もし仮に僅かにでもそういう感覚があったら、間違いなく斬りかかってたと思う。

 《死亡遊戯》で設定された戦場以外での戦闘行為は禁止されてる。

 万一そうなってたらかなりの面倒になってたはずだ。

 

「何だ、どうした?」

「……お前、わざとやってる?」

「はて、何の話か分からんが」

 

 振り向きながら、俺は改めて声の主の姿を確認する。

 少なくとも、気配や足音を消して間近まで来たのは間違いなくわざとだ。

 そんな俺を見下ろしながら糞エルフ――いや、ウィリアムは実に楽しそうに笑っていた。

 

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