第一章:戦争の街オリンピア

120話:死亡遊戯

 

 戦いの空気は過熱していた。

 あちらこちらから銃の音が聞こえる市街地を、俺は独り走る。

 狭い路地にキラリと光る線が見える。

 誰かが罠の為に仕掛けた鋼線ワイヤー

 速度は落とさず、それらを剣で切るか飛び越えるかしてやり過ごす。

 わざわざ戦場とする為に用意された灰色の街並み。

 人の気配は無く、殆どの建物には銃火の痕跡が刻まれている。

 そうだ、この場所に「人間らしい」者は存在しない。

 いるのはただ、自ら好んで戦いに身を投じた物好きばかり。

 

「オラッ、死ね!!」

 

 酷い罵声と共に、視界の端で光が走る。

 そこらの物陰でじっと待ち伏せしていたんだろう。

 ゴツい銃を構えた男が、俺に向けて銃弾を浴びせてくる。

 激しい銃火に、勝利を確信した男の汚い笑みが浮かび上がる。

 俺はばら撒かれた弾を適当に剣で切り払い、後は鎧で弾いて処理する。

 何が起こっているのか、男が理解するよりも早く。

 振り下ろした刃が手にした銃ごと男を縦に斬り倒した。

 さて、これで何人目だったか。

 

「撃て! 撃て!」

「クソッタレ! ふざけやがってっ!!」

「おい、手間取ってないで早くぶっ殺せ!」

「嫌だ、待ってくれ! まだ死にたくなっ……!?」

「うーん、地獄地獄」

 

 銃声に混じって聞こえる幾つもの罵声と悲鳴。

 周囲に一先ず敵の気配が無い事を確認してから、俺は自分の手首をちらりと見る。

 鎧の上から嵌められた細い金属製の輪っか。

 その表面に小さな映像が浮かび上がっていた。

 詳しい仕組みは分からんが、現状をある程度はこの輪っかで確認出来るらしい。

 映し出されているのは、戦場に指定された区画エリアの簡単な地図。

 自分の現在地も表示されているのはなかなか便利だ。

 今いるのは大体戦場の中心近く、白く表示されている範囲の内側。

 それ以外の場所は黒く染まっており、その部分が少しずつ白い範囲を削っていく。

 確かこの黒い部分は侵入禁止で、此処に留まると酷い目に遭うらしい。

 もう一つ、地図の横に浮かんでいる数字。

 最初は確か五十ほどだったものが、今は十二まで減っている。

 これが戦場に参加した人間の数――だったはずだ。

 何にせよ大分減ったっぽいな。

 

「もうちょいか」

 

 腕の輪っかから顔を上げて、俺は小さく呟く。

 他に誰もいないのがやや寂しいが、こればかりは仕方ない。

 剣にボレアスぐらい入れてこうかとも思ったが。

 最初から目立ちすぎるのはどうかという事で一人旅ソロプレイだ。

 とりあえず今いる場所はまだ安全っぽいし。

 また適当に走り回って敵でも探すか……?

 

「ん?」

 

 そう考えた矢先、進行方向からまたゴツい音が聞こえた。

 岩を砕いたような破砕音。

 轟音に混じって何かが潰れたような音と、か細い悲鳴も耳に入ってくる。

 気付けば周りに響いていた銃火の音が大分小さくなっていた。

 俺は剣を構えて、前方に意識を向ける。

 ガシャリ、ガシャリと。

 重く硬い足音を響かせて、「ソイツ」は姿を現した。

 デカい。俺は一瞬、岩人形ストーンゴーレムか何かかと思った。

 が、違う。確かに岩のような肌をしているが、ソイツは人形ではなく人間だった。

 人間――と言うと、それもまた微妙に違うかもしれない。

 俺の倍近くはあろうかという巨体をガチガチの筋肉の鎧で固めた大男。

 その上から装甲も身に着けているが、それ以外に見える肌も岩のように硬質化している。

 恐らくは、森人エルフなどと同じ亜人種。

 俺の知識では、その中でも魔物の類と同じ扱いを受けていた魔人ダークワンの一種。

 岩人トロール。岩の如き肌と、人間を遥かに超える体躯を持つ怪物だ。

 ソイツは両手を含めた全身を返り血で染めて、好戦的な笑顔で俺を見ていた。

 

 「随分とカッコいいじゃねぇか、人間ヒューマン

 「そっちも似たようなもんだろ」

 

 まぁ今の時代に甲冑姿が珍しい事は流石に理解している。

 しかも武装が剣だけとか、相手からすれば珍妙極まりないだろう。

 岩人の男はそれを笑いつつも、態度ほどには油断はしていない。

 装甲や肌には銃弾を受けたらしい痕が幾つもある。

 だがそのどれも男の肉まで貫通した様子はなく、実質無傷という有様だ。

 銃も含めて、武器らしい武器は見当たらない。

 この岩人は最低限身に着けた装甲以外は、自分の五体だけでこの戦場を駆けていたらしい。

 

「残りは五人だ」

 

 輪っかの付いた右手を軽く掲げてみせながら、岩人の男は言う。

 さっき確認した時は十二人だったが、あっという間に七人もいなくなったか。

 

「そして直ぐにもう一人減る」

「だなぁ」

 

 俺が軽く頷くと、岩人は愉快げに笑った。

 そうやって簡単な言葉を交わす間も、互いの距離はゆっくり縮まる。

 互いに向けては当然として、周囲への警戒も緩めない。

 こういう状況ではいつ横殴りしてくる奴がいるか分からないしな。

 俺は剣で、向こうは素手。

 射程リーチはこっちに分があるようで、体格差では圧倒的に負けている。

 こっちの剣が届く間合いと、相手の拳が届く間合い。

 恐らく大体似たようなものだろう。

 それ以前に、ちょっと気合いを入れて走れば一瞬で潰せる距離だ。

 特に示し合わせたわけでもなく、敢えてどちらも歩くペースで間合いに近付く。

 一番遠い位置が接しても、まだ足を止めない。

 岩人は堪らず笑い声を漏らす。

 

「いいな、イカれてるぜお前。出来ればもうちょい仲良くしたかったところだ」

「いやぁ俺はどっちでも」

「釣れねぇなぁ、今時剣と甲冑だけなんて気合いの入った奴はそうはいねぇ。

 俺は嫌いじゃないんだがな」

「そっちも素手ステゴロオンリーなのは割とカッコイイと思うわ」

「そうかい、ありがと――よっ!!」

 

 言葉を言い終えるより早く、岩人の拳が飛んで来た。

 無骨で粗暴な外見に似合わず、その動きは洗練されている。

 大振りではなく丁寧に、けれど速度と体重が十分乗った必殺の拳打。

 真っ直ぐ撃ち込まれた砲弾じみたその一撃を、俺はギリギリで回避する。

 返す拳が狙い難い相手の身体の外側。

 そのまま脇腹辺りを剣で払おうとするが――。

 

「ふっ……!!」

 

 気合いと共に、岩人の身体が沈む。

 拳を振り抜いた勢いで放たれる強烈な後ろ蹴り。

 恐らく此処まで何人もの人間を物理的に粉砕してきた蹴撃。

 俺はそれを腕で受け止めるが、流石にガタイの差は如何ともしがたい。

 重さと勢いに押される形で後ろにふっ飛ばされる。

 きっちり防いだのでダメージは無い。

 が、圧された事でどうしてもバランスは崩してしまう。

 パワーは負けちゃいないが、やっぱデカいってのは強いな。

 大振りの蹴りから素早く体勢を立て直す岩人。

 その眼は鋭く此方の隙を逃さない。

 地面を踏み抜く勢いで蹴り、文字通り弾丸の勢いで迫る。

 その拳の破壊力は銃どころじゃ済むまい。

 

「終わりだ! 時代遅れの騎士サマよ!」

 

 猛る獣の表情で岩人は勝利を歌う。

 トドメを狙って拳を握り、けれど其処に油断は無い。

 俺が攻撃を防ぐか回避しても問題なく対応してくるはずだ。

 思った以上の強敵。

 だから此方も、少し手札を晒す事にした。

 

「なっ……!?」

 

 向こうからすれば、俺がいきなり視界から消えたように見えたろう。

 やった事自体はいつもと変わらない。

 ただ《跳躍》の魔法で頭上へ跳び上がっただけだ。

 しかし岩人はこっちが魔法を使うなんて想像の外だったらしい。

 まぁ古ぼけた全身甲冑こんなナリだしな。

 虚を突かれて反応が遅れた処に、俺は容赦なく上から襲い掛かった。

 奇襲に近い形だが、それでも岩人は防御を間に合わせた。

 頭と首、そのどちらも太い腕で守る構え。

 銃撃すら防ぐ岩の外皮と装甲。

 これなら致命傷は避けられるという確信があったんだろうが。

 

「悪いな」

 

 振り下ろした刃は、殆ど抵抗なく岩人の身体を斬り裂いた。

 防ごうとした両腕を纏めて切断し、肩からみぞおちの辺りまで一息に。

 岩人の男は驚愕の表情を浮かべ、溢れ出す血を吐き出した。

 

「糞っ……次は、ぶっ殺す……!」

「おう、機会があればな」

 

 末期の言葉まで戦意を衰えさせない。

 そんな岩人の在り方には素直に感服するが、それはそれだ。

 ダメ押しで剣を横に払った上でその巨体を蹴り倒す。

 相手が完全に戦闘不能になった事を確認して。

 

「よっ」

 

 それで気を抜いたりはせず、飛んで来た銃弾を弾き落とす。

 ほぼ勘で剣を振った形だが上手いこと当たったようだ。

 遅れて音が響く辺り、撃って来た奴とはそれなりに距離があるっぽいな。

 繰り返し狙われても面倒だし、一先ずその場から走り出す。

 障害物となる建物の影と影。

 その隙間を駆け抜けながら銃弾を撃ち込まれた方を見る。

 ぱっと見てそれらしい姿は見当たらない。

 が、既に黒色のエリアは戦場の大半を覆っている。

 狙撃手はそこまで遠くにはいないはずだ。

 

「《鷹の目ホークアイ》」

 

 《力ある言葉》を小さく唱え、望遠の魔法を発動させる。

 近くも遠くも同じように見える優れものだ。

 しかし独特の視界にまだ慣れていないせいで、微妙にクラクラする。

 それで足元が疎かにならないよう注意しながら相手の姿を探す。

 

「……アレだな」

 

 他より背の高い建造物。

 その上から丁度飛び降りたばかりの人影を見つける。

 長い筒のようなモノを持っているし、ほぼ間違いないはずだ。

 狙撃を防がれたのを見て場所を変えるつもりか。

 そうはさせまいと、俺は強化した脚力で走り出す。

 見失わない内に距離を詰めたいところだ。

 

「……っ!!」

 

 迫る俺の存在に相手も気付いたらしい。

 慌てて銃口を此方に向け、立て続けに引鉄を引く。

 音を越えて飛来する銃弾。

 それを走りながら躱し、或いは剣で叩き落す。

 速いは速いが反応できない程じゃない。

 走るスピードは緩めず、むしろ相手が迎撃の為に止まったのを狙って加速する。

 もう少し近付けば《炎の矢》なり飛ばせば当たる距離だ。

 影に紛れる黒い外套に身を包んだ敵は、更に銃で俺を狙って来るが。

 

「がッ……!?」

 

 突然か細い悲鳴を上げて、その身体が仰け反る。

 まだ魔法の効果を受けている俺の目はその瞬間を捉えていた。

 矢だ。何処からか射られた一本の矢が、狙撃手の背から心臓を正確に貫いた。

 それを目にすると同時に背筋に走る悪寒。

 俺は即座に足下の地面へと身を投げ出した。

 ほんの一瞬の後に、俺のいた辺りの空間を二本の矢が射貫いていく。

 一本ずつ、ごく僅かにタイミングをずらした射撃。

 仮に反応して剣で叩き落しても、二本目の矢は恐らく防げなかったろう。

 随分性格の悪い相手だと、頭を回しながら地べたから立ち上がり――。

 

「うぉ……ッ!」

 

 いきなり爆発した。

 規模は大した事ないが、爆心地はすぐ足元。

 さっきの矢に仕込みがされていたか。

 細かい金属片の含まれた爆風を浴びて、今度は意に反して地面を転がる。

 避けられる事も考えての保険か……!

 恐らく追撃で更に矢が飛んでくるはずだ。

 そう予測し、不安定な状態でも何とか剣を構える。

 

『――試合終了ゲームセット

 二名を除く全ての参加者の残機ライフ喪失を確認しました。試合終了です』

 

 ……構えたところで、終わりを告げる声が響いた。

 改めて腕の輪を見れば、いつの間にか数字が二まで減っている。

 一応警戒したが、追加で矢が襲って来る気配もない。

 どうやら本当に終わったらしい。

 緊張感は解かないまま立ち上がると、何やら頭上が騒がしい事に気付く。

 見上げれば、戦場の空を埋め尽くす光が見えた。

 さっきまでは夜空が暗く広がっていただけだが、これは本物の空じゃない。

 夜を映しているのはそういう機能を持った天井らしい。

 其処に今は色とりどりの星々が瞬いている。

 その無駄に派手な光の中心。

 黒いドレスを揺らしながら、でっかい少女の幻像イメージが踊っていた。

 

『はーーい!! 元気にしてますかクソ野郎どもぉファッキンガイズ!!

 このボク、大真竜ゲマトリアちゃんは平常運転でーす! イエーイ!!』

 

 割りとキツめのテンションで少女――ゲマトリアは高らかに声を上げる。

 同時に何処からか流れてくる無駄に明るい調子の演奏。

 ゲマトリアが踊るのに合わせて光も弾ける。

 うーん、何だこの見世物。

 

『只今の《死亡遊戯デスゲーム》、皆愉しんでくれましたかぁー?

 外野で賭けをしてた臆病者チキン! 推しの闘士ファイターはちゃぁんと利益還元してくれたかい?

 勝ち馬に乗るのも時には大事だって事をボクは声を大にして言いたいねぇ!

 そして戦場キリングフィールドではしゃいでた馬鹿野郎どもぉ!

 死んじゃったクソ雑魚ナメクジは残機ライフの有難みを百回ぐらい噛み締めてよ!

 残機縛りで本当に死んだ大間抜けはご愁傷様! また来世でご贔屓に!!』

 

 無駄にクルクル回りつつ、喋る舌も良く回る。

 見ていてまぁ飽きないのは間違いない。

 金髪金眼の少女は、しかしふとお道化た表情を消し去った。

 代わりに浮かべたその笑みは、獲物を見定めた蛇のように冷たい。

 

『――そして無事に生き残った二人には、惜しみない賛辞を。

 けれど此処はオリンピア、戦いの為に戦う闘争の祭典。

 どうか一度命を拾えたからと安心しないように。

 簡単には死なずとも、容易く生きられないのが戦場の常。

 勝って、勝って、勝ち続けて。

 このボクの前に辿り着ける強者が現れる事を大いに期待しているよ――』

 

 その言葉を最後に、ゲマトリアは優雅に一礼する。

 光と共に消えるその姿を見送ってから、俺はようやく身体の緊張を解いた。

 アレが大真竜って連中の一人か。

 幻像越しに見ただけじゃあまだ何とも言えないが。

 

「……なかなか厄介そうな相手だな」

 

 現時点でのゲマトリアに対する印象を呟きながら。

 俺は一先ず、この戦場から出る為のゲートを探す事にした。

 

 

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