123話:道端での出会い

 

「そういえば、アディシアやヴェネフィカは大丈夫なのか?

 来てるのお前だけって事は、森で留守番なんだろ?」

「問題ない。俺がいなくともあの二人がいれば森に支障はない」

「そっちじゃなく、二人の方を心配してんだと思うぞ」

 

 イーリスのツッコミはいつも的確だ。

 微妙にズレた回答を寄こしたウィリアムは「そちらか」と小さく呟いた。

 協力の為の密談がひと段落した後、俺達は酒場を後にしていた。

 オリンピアは中心に《死亡遊戯》の戦場が置かれ、それを囲む形で街が存在する。

 その都市部分をゾロゾロと歩きつつ、適当に話を続けていた。

 登録している宿まではもう少し掛かりそうだ。

 

「そちらの意味でも、特に問題はない。

 都市長としての業務も既に幾らかはアディシアに任せるようになった。

 まだ不慣れな部分も多かろうが、それも直ぐに慣れるだろう」

「ヴェネフィカはやっぱ大変そうだよな」

「それも問題ない。

 口では何だかんだと言うが、あれは苦労してる方が生き甲斐を感じる質だ」

「苦労させる側が言うこっちゃねぇけどな」

 

 ホント、イーリスは容赦なくズバズバ言うなぁ。

 糞エルフの方はちょっと咳払いなどしつつ微妙に視線を逸らしている。

 本人もその辺りについては思う事はあるっぽいな。

 

「……労ってはいるつもりだ。

 今回の遠征も同行はさせず、俺が単独で請け負う事にしたしな」

「それは逆に心労が溜まりそうだが」

「定期的な連絡は欠かしていないし、俺に万一があった場合の備えもしてある」

 

 多分、そういう問題じゃない気もするが。

 テレサにまでツッコまれたウィリアムは、俺の事をチラリと見て来た。

 いや、姉妹の言ってる事は大分正論だと思うので。

 糞エルフなりに必要な事は万全にやってるってのは分かるけどな。

 

「……どうやら俺は、若い娘と話をするのは余り得意ではないらしい」

「うーん今さら」

「アディシアも物言いに遠慮が無くてな。

 それに影響されてか、ヴェネフィカも大分言うようになって来た。

 まぁアイツは『若い娘』なんて歳でもないがな」

「最後のはガチで怒られるぞ??」

 

 ほら、姉妹からの視線の温度も下がってるし。

 それ自体はウィリアムは何処吹く風と気にしてない様子だ。

 

「レックスはそういう気遣いはちゃんと出来るものね?」

「そうかな……?」

 

 腕に抱き着きながら微笑むアウローラさん。

 正直そういうのは良く分からんです。

 割とイーリスには罵倒されている気もするし。

 

「……ところで、協力についてだがな」

「露骨に話を逸らしに来たな??」

「喧しい。確認する事は重要だぞ」

 

 そうだね、お前と付き合ってくなら必須だね。

 「嘘は言ってないが事実を分かりやすくも言ってない」系男子だもんね。

 やや後方を付いて来ているボレアスが、少し退屈そうに欠伸をする。

 

「手を組んで大真竜とやらの首を取る以外に確認する事があったのか?」

「その前段階、このオリンピアでは《死亡遊戯》での勝利を重ねる必要がある。

 やる事そのものは確かに単純だがな」

「で、具体的には?」

「……お前は余りルールを把握していないようだからな」

 

 うん、それはちょっと申し訳ない。

 一応最低限は頭に入ってる。

 ただ「残機」だの特典関係とかはまだ良く分かっていない。

 ウィリアムは一つ頷きつつ、その辺についても簡単に説明してくれた。

 要約すれば、「勝った際のポイントを使って戦いを有利にする物」であるらしい。

 一番使われている……というか、参加する闘士がほぼ例外なく使っているのが「残機ライフ」だ。

 《死亡遊戯》はその名が示す通りの殺し合いだ。

 敗退の条件は「参加闘士が生命活動を停止する程の負傷ダメージを受ける」事。

 当たり前だがそんなモン喰らったら死ぬしかない。

 その為の救済措置が「残機」だそうだ。

 

「戦場内でのみ有効な特殊な魔術式だ。

 対象の生命活動が停止した瞬間に発動、戦場で受けた負傷の全てを帳消しにする」

「出来るのか? そんな事」

「予め設定された『身代わり』に押し付けてる形でしょうね。

 死んだ人間を蘇生させるよりかはずっと難易度が低いはずよ?」

 

 成る程なぁ。

 アウローラの説明に頷きながら、ウィリアムは話を続ける。

 

「難易度が低い、という意見は参考にならんが。

 概ね魔術の効果としては、そちらが今説明した通りだろう。

 この「残機」のおかげで、多くの闘士は躊躇わずにこの馬鹿げた遊戯ゲームに参加できるわけだ」

「ふむ、《死亡遊戯》などと言ってもそれでは死人は出ないわけか」

「あぁ、基本的にはな」

 

 呟いたボレアスに対して、ウィリアムは意味深に言葉を返す。

 特典と呼ばれている通り、あくまで「残機」は希望した者に対して施される特別な処置だ。

 それを使用していない者も中にはいる。

 

「『残機』も特典である以上、使用にはポイントの支払いが必須だ。

 これも高くはないが別に安いわけでもない。

 少なくとも開幕早々にあっさり死ぬような闘士では支払いがキツい程度にはな。

 加えて、《死亡遊戯》には『縛り』というルールも存在する。

 特定の条件を自らに課した上で戦場に参加すれば、得られるポイントを増やす事が出来る」

「……成る程。『残機』を使わない、という縛りもあるわけだな」

「そういう事だ」

「成る程なぁ」

 

 テレサと二人、ウィリアムの言葉に思わず頷いた。

 普通に考えたら危険だが、そういうルールがあるなら「残機」無しで挑む奴はいるだろうな。

 そもそも「残機」を毎度買えない奴は自然と縛りを付けた状態になるし。

 それでそのまま戦って死ぬ奴は幾らか存在するわけだ。

 ……ちなみに特典とか良く分からんかったので、俺も使ってなかったが。

 それを知ってか知らずか、ウィリアムは笑いながら肩を竦めて。

 

「まぁ、《死亡遊戯》に参加する闘士ならこれは必須の備えというわけだ。

 よもや使い方を知らずにそのまま突っ込む馬鹿はいないと思うが」

「うるせーよ?? そういうお前は使ってんのかソレ」

「いいや、使っていないが」

 

 やっぱブン殴って良いかなぁコイツ。

 ただ使い方が分からん俺とは違って、ウィリアムには別の理由がありそうだが。

 

「出処の分からん魔術を自分の身体に施す。

 そう考えれば警戒して然るべきだと思わんか?」

「ええ、それは分かるわ」

 

 アウローラさんはノータイムでウィリアムに同意した。

 成る程、その辺は正直考えてなかった。

 良く考えると、俺は分からんでもアウローラが分からんワケもない。

 彼女は悪戯を仕掛けるように、兜の上から俺の顔を突いて来る。

 

「貴方は何も考えてなかったでしょうけど。

 それでどんな影響があるか分からなかったから、敢えて私は言わなかったのよ?」

「成る程なぁ」

「まぁ杞憂かもしれんが、警戒はするに越した事はない。

 戦いなど一度負ければ死ぬのが道理だ。『残機』など無くとも何も問題はない」

「一度負けた奴が言うと違うなぁ」

「アレは俺が勝ちを譲っただけだがな」

「ハハハハ」

「……やっぱお前ら地味に仲良いよな」

 

 イーリスのツッコミは本当に鋭い。

 まーちょっと話が逸れたな。

 

「ともあれ、俺個人としては特典の使用は勧めない。

 用意したのがゲマトリアである以上はな」

「変な仕込みされてる可能性は十分にあると」

 

 完全に印象だけだが、そういう手も普通に使いそうな相手ではある。

 ウィリアムは頷きながら、片手の指を二本立てて見せた。

 

「以上を踏まえた上で、《死亡遊戯》には勝利枠が二組デュオ以上の物を選べ」

「あぁ、確かゲーム毎に設定された勝者数が違うんだったな」

「流石にそのぐらいは理解していたか」

「おう、流石にな」

 

 最初は適当に選んだ事は胸にしまっておく。

 《死亡遊戯》における勝利者とは、当然ながら最後まで生き残った者だ。

 その「最終的な勝利者の枠」が少ない程に得られるポイントは多くなるらしい。

 枠が幾つかあれば参加闘士の間で共闘や裏切りの選択肢が生まれる。

 今の俺達のように、事前に示し合わせてる奴も少なからずいるだろうな。

 ちなみに勝利者枠が一組シングルのゲームも当然存在する。

 これはこれで完全な決死戦デスマッチで色々と人気もあるとか。

 

「同じ試合に入った場合は共闘する。それ以外では適宜情報交換。

 今のところはそれで問題ないな?」

「あぁ、問題ない。連絡はどうする?」

「既にそちらの娘イーリスに俺の持っている端末のアドレスを渡してある。

 必要があればそれに繋げろ」

「最新機器を使いこなす森人エルフ……」

「何かおかしいか原始人」

 

 なかなか反論が難しい事を言われてしまった。

 いや機会があればちょっと触ったりはしてますよ、機械だけに。

 ごめんちょっと、いや大分良く分かってないですけど。

 ウィリアムの軽い罵倒に対し、俺よりアウローラの方がぷりぷり怒り出した。

 

「ちょっと、あまりレックスを馬鹿にしないで頂戴」

「馬鹿にしたつもりはなかったがな。ただ事実を言っただけだ」

「余計に悪いわよこの糞エルフ。

 大体、彼がそういう不器用なのは事実だとしても言い方があるでしょ」

「主よ、それは微妙にフォローになっていないのでは……」

 

 はい、テレサさんありがとう。

 とりあえず真面目に怒ってはいるっぽいアウローラの頭を撫でておく。

 ややウケしたらしいボレアスは軽く腹を抱えているが、とりあえず無視スルーで。

 それはそれとして、ぼちぼち宿も見えてくる頃だが――。

 

「……ん?」

 

 ふと、何やら騒がしい声が聞こえた。

 街の賑やかさとは性質が異なる。

 軽く視線を向ければ、如何にも荒くれっぽい集団を見つける。

 恐らくは《死亡遊戯》に参加している闘士連中だ。

 ソイツらはどうやら細い路地に誰かを連れ込もうとしている最中のようだ。

 ガタイの良い男どもが邪魔でお相手はちょっと良く見えない。

 ただ明らかに小柄だし、コイツら全員が特殊な趣味でない限りは女性だろう。

 普通にナンパしてるだけならそっとしてやっても良かったんだがなぁ。

 

「おい、レックス」

「あぁ。一声かけるか」

 

 こういうのが嫌いなイーリスが不機嫌そうな声を上げた。

 俺は軽く頷いて、のしのし男どもに近付く。

 テレサには軽く手を振って此処は一人で十分な事を伝える。

 アウローラやボレアスも、こんな小物相手では当然傍観の構えだ。

 そう、俺一人で十分なんだが。

 

「間違っても武器を抜いたり攻撃魔法は使うなよ。

 罰則ペナルティを受けても面倒だ」

 

 何故か当たり前みたいな感じでウィリアムも付いて来た。

 いや、勿論それは分かってる。

 分かってるけど何というか、ウン。

 

「お前も来るの??」

「見捨てる理由がないのに見捨てるのは気分が悪いからな」

「そっかー」

 

 まぁ、悪い奴では無いんだよなぁやっぱり。

 間違っても良い奴ではないし糞エルフではあるけども。

 

「なぁなぁイイだろ? あんだけ一緒に酒呑んだんだしさぁ」

「そーそー、折角だしもうちょっと仲良くなろうぜ?」

「俺らこの辺に良い宿取ってるんだよ。だからさ、なぁ?」

 

 何と言うか、捻りもない定型文テンプレだなホント。

 見たところ全員人間で、近くに来ると分かるが強い酒の臭いを撒き散らしている。

 脳みそにアルコールが零れた状態じゃ話にならんな。

 だったら多少強引にやって…………?

 

「……あ? 何だテメェら?」

 

 ある事に気を取られている間に、破落戸ゴロツキの一人が此方に勘付いた。

 仲間の声に反応し、他の連中も酒精で濁った眼を向けてくる。

 人数は全部で四人。とりあえず先に片付けるか。

 

「おいコラ、テメェ何黙って突っ立ってンだよ!」

 

 何も言わない俺に対して、威嚇だか寝言だかを口にしながら。

 男の一人が不用意に踏み込んで来た上に、突き飛ばそうと腕まで伸ばして来た。

 だからこっちは有難く、その手首を軽く掴む。

 そしてそのまま握り潰す感じで圧し折ってみた。

 

「っ、あ、ィ、ぎぃァッ……!?」

 

 いきなりの激痛に男はのたうち回ろうとするが、俺は手を離さない。

 折れた手首を更に握り潰せば、男はそのままの状態でビクンビクンと跳ねる。

 他の三人が狼狽と動揺を見せた処で、ウィリアムはするりと言葉を放つ。

 

「オリンピアの都市法で禁止されているのは、都市部での本格的な戦闘行為だ。

 それは武器、攻撃用の魔法を用いたモノと明記されている。

 つまり素手での殴り合いは喧嘩の範疇で、都市法にも引っ掛からない」

「っ、い、いきなり何言って……」

「お前達を全員愉快なオブジェに変えるのは、そう難しくはないと言ったんだ。

 それで、どうする? 『残機』が有効なのはあくまで戦場の中。

 道端で喧嘩して死ぬ分には、何もお前達を守るモノはないぞ?」

 

 なかなか良い感じの脅し文句に聞こえる。

 その説得力を補強する為、俺は引き続き男の手首を握り締める。

 ただ強く握るのではなく強弱も付けてみる。

 まぁぼちぼち悲鳴を上げる元気もなくなって来たようで、余り変化はなかったけど。

 破落戸一同も完全に腰が引けたようなので、そろそろ解放するか。

 

「そら、仲間はちゃんと拾っていけよ」

 

 俺が男をぼたりと地面に落とすと同時に、ウィリアムが笑いながら言った。

 連中は声も出せない様子で、ただ短い悲鳴だけを漏らす。

 そして慌てて気絶した仲間を担ぐと、一目散に逃げ散って行った。

 うん、死人も出てないし平和的に解決できたな。

 そうなると残る問題は――。

 

「……もしもし?」

「すぅ……」

 

 今まさに、男どもに絡まれていた当人。

 その小柄な人物は、壁にもたれた状態でまさかの寝息を立てていた。

 身体をすっぽりと隠すような灰色の外套に、同じ色の帽子。

 口元も覆面マスクで覆っているせいで表情も分かりづらい。

 恰好のせいか、何となく大昔の吟遊詩人めいた印象がある。

 微かに覗く肌は白く、髪の色は濃い目の銀。

 服のせいで身体のラインが判別し辛いが、女性なのは間違いないはずだ。

 体型的にも凹凸少なそうだけど、ウン。

 

「何処を見てる?」

「いや別に。それより気付いたか?」

「何の事だ……と惚ける意味もないか」

 

 俺の言葉の意図を察して、ウィリアムは小さく頷く。

 恐らく呑んだ酒か、その酒に混ぜ物でもされていたのか。

 酔った様子で立ったまま眠るその女。

 気のせいかとも思ったが、此処まで近寄ればハッキリと分かる。

 女の身体から漂うのは、酒の臭いともう一つ。

 ――それはどうしようもなく染みついた、血の匂いだった。

 

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