幕間1:五龍大公の憂鬱

 

 其処は雲を見下ろす程の遥か高空。

 その存在を知る多くの者は《天空城塞》と呼ぶ巨大な岩塊。

 かつては偉大であった《古き王》の一柱。

 その亡骸も同然の躯体を利用した浮遊する城。

 見た目以上に複雑怪奇なその内部。

 許可された者以外は近付く事すら叶わぬその中心にて。

 己が用意した玉座に腰掛けながら、ゲマトリアは大きく息を吐いた。

 

「どうしましたかぁ? あんまりため息なんて吐くもんじゃないですよー」

「そうそう。上が辛気臭い面してちゃ下の者に示しが付きませんよ!」

「五月蠅いですよボク達」

 

 他に誰もいない、無駄に広い謁見の間。

 黄金宝石散りばめた調度品が無数に置かれ、それと同じく豪華絢爛な玉座が五つ。

 その三つに、それぞれ全く同じ外見をした少女が腰を下ろしている。

 唯一の違いは身に纏った衣装の色。

 この場にいるのは赤と黒と青。

 その全員が「大真竜ゲマトリア」本人(?)に間違いなかった。

 

「ため息の一つぐらい出てきますよ!

 ボクがどれだけ忙しいか、ボクなら当然分かってるでしょう?」

「いやぁ分かりますけどね、当然。なんたってボクなんですから!」

「大真竜の中でもこれだけ熱心に働いてるのなんてボクらぐらいでしょうねぇ」

 

 どのゲマトリアがどの言葉を口にしたのか。

 それを気にする意味はない。

 今はこの場にいない二人も含めて、その全てがゲマトリア自身だ。

 誰が偽物で誰が本体などという事も無い。

 彼女らは統一された意思の下、自分同士で違和感なく会話を続ける。

 

「そうですよ、そうなんですよ!

 そこもぉーちょっと評価されて良いと思うんですけどねぇ!」

「え、何がですか?」

「ちょっとボク、良く分かんない事言うの止めてくれます?」

「ボクの癖にボクの扱い悪くないですか??」

 

 ぶーぶー文句を言うゲマトリアに、それを笑うゲマトリア。

 この古き竜の屍の上に立つ寂しい城に、今いるのはゲマトリアだけ。

 真竜達の会合を開くのも珍しくはないが、次の開催予定は当分先になっている。

 ――現在の大陸、その秩序そのものとも言うべき《大竜盟約》。

 その礎である七柱の大真竜だが、彼らの多くは真竜の社会全体には大きな関心が無い。

 好意的に言えば各々の裁量に任せているし、より率直に言えば放任主義だ。

 故に積極的な干渉を行っているのはゲマトリアぐらいだ。

 この大真竜は、真竜全体に対する影響力の拡大には余念がない。

 定期的に傘下の者達を招いて自分の拠点で会合を開き。

 人材の育成や技術交流を盛んに行う為に《学園》へ支援を行い。

 各都市の利益調整をスムーズに進める為に都市一つ分の巨大な闘技場を主催する。

 賛否はあれど、これらは間違いなく盟約に属する真竜全体に利益を齎していた。

 その為に、ゲマトリアは基本忙しく駆け回る羽目になっているが。

 会合以外で「首」が三本も揃うのも非常に珍しい。

 

「まーボクはまた直ぐに別の都市に視察に行っちゃいますけどね!」

「流石に忙しすぎて首が回らなくなって来ましたよ。首が五本もあるのに!」

「喧しいですよ??」

 

 ハッハッハと、同じ声で同じようにゲマトリア達は笑う。

 そんな彼らだが、ただ意味も無く玉座で駄弁っているワケではなかった。

 三本のゲマトリアの首、彼らの視線は常に正面に向けられている。

 広い謁見の間の中央辺り。

 其処には何枚もの水晶板が浮遊していた。

 その表面に映し出されるのは、水晶板と同じ数だけの争いの風景。

 森であったり街であったり、或いは砦らしき建造物の中であったりと。

 戦場となっている場所は様々だ。

 多くの人間が戦い、そして死んでいく様をゲマトリア達は眺めていた。

 戦争都市オリンピアで行われている《死亡遊戯》。

 映像として映し出されているのは、一つ前に行われたゲームを纏めたモノだ。

 ゲマトリアにとっては数少ない個人的な娯楽の一つ。

 同時に、自身の「野望」に繋がる大事な確認作業でもあった。

 

「で、どんな感じですか?」

「そんな代わり映えはしないですかねぇ。まぁいつも通りって感じで」

「上位闘士ランカーの顔ぶれもここ最近は変化もないですからねぇ」

「ゲーム自体は盛況ですから、それは大変結構ですけどね」

 

 何処か覚めた口調で、ゲマトリア達は見ている遊戯を評する。

 いや、実際にそう悪くはない。

 大半は見るべきところもない雑魚だが、中にはかなりの強者も混ざっている。

 特に最近闘士として登録したばかりの者で、有望株は何人か目に付く。

 絶対などというモノが存在しない以上、現時点では断言は出来ない。

 が、順当に行けば上位闘士に喰い込んでくる逸材を、既に大真竜は見定めていた。

 ――だが。

 

「別に、上がってくる奴は珍しくはないんですよねぇ」

「ええ、単純に“上には上がいる”ってだけの話ですから」

「それだけじゃあダメなんですよね、ボクら的には」

 

 ゲームの鑑賞としては楽しんでいる。

 可能性を持つ者もちらほら見つける事もできた。

 だが、それだけでは意味がない。

 ゲマトリアが真に望むのは、その更に上にあるモノだ。

 

「……《闘神》」

 

 ぽつりと、ゲマトリアの一人がその名を口にする。

 今この場では、恐らく最も重要な意味を持つ名前を。

 

「挑戦者はどれぐらいいますかね?」

「少し前に何人かいましたけど、結果はお察しですよ」

「まーそうなりますよねぇ。アイツ、ボクの配下じゃ一番強いですし」

「自慢の部下だからこそこの役目も任せてるわけですからねぇ」

 

 同じタイミング、同じ動作でゲマトリア達は嘆息する。

 実際のところ、《闘神》は良くやっている。

 《学園》を預かる「学園長」と同等か、或いはそれ以上に重要な役割ポジション

 《闘神》自身はお世辞にも有能とは言えないタイプの輩だ。

 むしろ戦闘力の高さ以外は見るべき部分の無い、率直に言って阿呆だ。

 それでもゲマトリアは《闘神》を高く評価していた。

 彼に任せた役目に彼自身の知性は不要。

 その強さと愚鈍さこそがゲマトリアが《闘神》に求める役割の全てだ。

 故に配下の働き自体には一切文句は無い。

 文句はないからこそ、ゲマトリアの胸中は憂鬱だった。

 

「……いっそ条件を緩めてみるのは?」

「それじゃ意味無いでしょうが。馬鹿なんですかボク」

「そうですよ。本末転倒って知ってますか馬鹿なボク」

「ボクがボクに対して辛辣過ぎる……!」

 

 冗談にしか聞こえない会話だが、当の本人らは至って真面目だ。

 やがて水晶板に映された戦いの大半が終わりを迎える。

 どれもこれも見ごたえのある闘争だった。

 しかしその中に、《闘神》に届き得る刃は果たして存在するのか。

 ゲマトリアにとって重要なのはその一点のみだ。

 

「てゆーか、そっちはそろそろ行かなくて大丈夫なんですか?」

「まだ平気ですよ、御心配なく」

「自分の事だから別に心配はしちゃいませんけどね」

「いやもうホント忙しいんで、息抜き出来る時はしないとやってられないんですよ」

「それはまったくその通り」

 

 自分同士でケラケラと笑い合うゲマトリア。

 かなり異様な光景であるが、それを指摘する者はこの場にはいない。

 と、黒いゲマトリアは指先で虚空をなぞる。

 すると水晶板には先ほどの試合が再び流れ始めた。

 一つではなく、目立ったゲームを幾つかピックアップする形だ。

 

「これは完全に興味本位なんですけど。

 今見た中でそれぞれ注目株はどんな感じでした?

 上位闘士でなく新顔ニュービー限定で」

「全員ボクなんですから大体被りません?」

「それは分かった上で聞いてるんじゃないですかー」

 

 文字通りの一人遊び。

 随分と長らく実りの無い企みだからこそ、ゲマトリアは戯れを欲していた。

 不変こそが古竜の本質ならば、ゲマトリアは特級の異端児だ。

 多くの竜が変化に無頓着な中、彼女だけは異なっていた。

 より強く、より高く。

 千年前のあの日の前も後も。

 変わることなくゲマトリアは変わる事を望み続けて来た。

 別に他の大真竜らを疎んじているワケでも、何か邪悪な企図があるワケでもない。

 ただ「高みを目指す」事はゲマトリアにとって本能に等しく。

 その為に様々な努力と計画を積み上げ、盟約における序列の「上」を目指していた。

 そんなゲマトリアにとって、無変化による退屈は何よりも厭わしい。

 

「さぁさぁ、偶にはこういうのも楽しいですよ?」

「それに関しちゃボクに同意しますけど、そうですねぇ……」

 

 一頭のゲマトリアが水晶板に目を向ける。

 三人ともが同じゲマトリアなので、色で区別する意味も実はあまりない。

 ともあれ一人目のゲマトリアは、弓を構えるエルフの男を指差した。

 その人物が誰なのかは、ゲマトリア達は多少記憶していた。

 

「あー、確かサルガタナスのとこの」

「ええ、恐らく点数稼ぎに遠征しに来たんでしょうね。

 あの森の辺りは随分田舎ですし」

「相変わらず食っちゃ寝してヒキコモリ満喫してるのか。

 招待飛ばしても一向に会合にも出て来ませんよねアイツ」

 

 そうゲマトリア達が独り言を交わしている間。

 エルフの男――ウィリアムの戦いが水晶板に映し出される。

 見事な隠形と身のこなしで、敵に一度も姿を捉えられる事もなく。

 逆に機を逃さぬ見事な弓捌きは多くの敵を仕留める。

 手の内はまだ見せていないだろうが、それを差し引いても素晴らしい腕前だ。

 今見た範囲でも十分に上位闘士に匹敵する。

 ゲマトリアは本心からその実力を高く評価していた。

 ――確か、森林都市の運営は実質この男が取り仕切っているはず。

 勝利を重ねた暁には、本当に都市の玉座を与えても良いかもしれない。

 戯れ半分とはいえ、ゲマトリアはそんな事も考えていた。

 

「――で、ボクの一押しはこっちですね」

 

 二人目のゲマトリアが水晶板を操作する。

 映し出されたのは、灰色の帽子と外套を纏った人物。

 ぱっと見では分かりづらいが恐らく女性だ。

 先程のウィリアムとは異なり、その灰色の女は身を隠す事すらしていない。

 むしろ戦火の色濃い場所に敢えてふらりと現れる。

 そして――。

 

「うわぁ」

「うわぁ」

「うわぁぁ……」

 

 ゲマトリアが三者三様、思わず呻き声を漏らした。

 水晶板が写したモノの凄まじさに。

 その全てが終わるまでほんの数分程度。

 灰色の女が水晶板から姿を消した瞬間にも、ゲマトリアは小さく息を吐いた。

 

「……今の見ましたか?」

「ヤバいですね、いや冗談抜きに」

「これなら割と期待大じゃないですか?」

「いやいやまだ分かりませんよ、このぐらいの期待値なら過去にもありましたし」

「見たところ前情報は無し、最近都市に入ったばかりの本当の新顔ですか……」

 

 そういった点でも期待が高まるのは事実。

 ただ気になる事が無いわけでも無い。

 

「……何となく、見覚えがあるんですけどねぇ……?」

 

 具体的には出て来ずに、ゲマトリアは首を捻る。

 勘違いの可能性は十分あるが、どうにも引っ掛かる。

 などと悩んでいる内に、水晶板に新たな映像が映し出されていた。

 三人目、つまり最後のゲマトリアの推薦枠。

 其処に見えるのは巨体を遺憾なく振り回す恐るべき岩人の男。

 ――それを圧倒する、一人の騎士の姿だ。

 古臭い甲冑に剣一本だけで、その男は並みいる敵を容易く蹴散らす。

 目を見張る程の派手さはない。

 むしろ時に逃げ回るような戦い方は不格好でさえある。

 しかしゲマトリアは侮りを覚えなかった。

 先の二人に劣らない――或いはそれを上回る「何か」。

 言語化の難しい感覚を抱きながら、ゲマトリアは小さく唸った。

 分からない。脅威と呼ぶには曖昧過ぎる。

 その未知なる可能性に、大真竜はどうしても目を引かれてしまっていた。

 

「この男は?」

「《学園》からの推薦で来たみたいですねぇ。

 登録名はレックスとありますけど」

「レックス……」

 

 王様とはまた御大層な名前だ。

 しかしゲマトリアは不快とは思わなかった。

 仮にも王を名乗るのなら、相応の実力を示して貰わねば。

 

「とりあえずは、この三人ですかね」

「ええ。この中から《闘神》に挑める者が現れるのか」

「もしかしたら他に伏兵も潜んでいるかもしれませんよ?」

「いやぁ、期待に胸が高まりますねぇ!」

「主催者としては、ゲームを盛り上げないとって熱が入るもんですよ」

 

 愉快げに笑う大真竜ゲマトリア。

 それぞれどんな欲望を、若しくは思惑を抱いているかは知らないが。

 其処はオリンピア、戦いの為に戦う戦争都市。

 その全てはゲマトリアの掌の上。

 戦って戦って戦って、そして《闘神》の頂きを目指すと良い。

 

「――ま、最後に笑うのはボクなんですけどね?」

 

 古き王の屍、その上に設えられた玉座にて。

 ゲマトリアは――ゲマトリア達はクスクスと笑っていた。

 それは傲慢極まりない王の嘲笑だった。

 

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