第二章:見知らぬ地で出会う者たち

318話:その下の素顔


『GAAAAAAAAA――――!!?』


 死んだ荒野に轟く《巨人》の絶叫。

 突然身体を貫かれた苦痛から、《巨人》はのた打ち回ろうとする。

 が、その動きがかなり弱々しい。

 さっきまでは、アウローラによる拘束の上でもかなり激しく暴れていた。

 しかし今は精々四肢をばたつかせる程度。

 魔法の拘束は軋みを上げながら、その役目を果たしつつあった。


「良く分からんが……!」


 《巨人殺し》と呼ばれた相手。

 黒い装甲姿の誰かが何かをしたんだろう。

 何をしたかまでは良く分からん。

 良く分からんが、今が好機である事は理解できた。


「このままバラバラに砕くぞ!」

「おうよ!」

 

 俺の声に応じて、ボレアスがひと際大きく吼えた。

 鈍った《巨人》の肉を爪で抉り、内側に向けての《吐息》の連打。

 こっちも剣で斬り裂いた傷口に、《火球》などの攻撃魔法を放り込む。

 爆発。衝撃。

 炎で焼いた事を差し引いても、再生速度も相当に遅くなっている。


「…………」


 暴れる俺たちの方に、装甲の下から一瞥をして。

 《巨人殺し》もまた自分の仕事に取り掛かっていた。

 貫いた槍からは手を離し、背中に負った無骨な剣を抜き放つ。

 剣――というべきか、鉈と言うべきか。

 材質は恐らく金属じゃない。

 トウテツの大刀と同じ、《巨人》の骨から削ったものか。

 斧並みに分厚い刀身を獲物に向けて振り下ろす。

 刃の切れ味よりも、腕力と速度で頑強な肉を抉り裂く。

 そして抉った肉の隙間へと、無造作に片腕を突き入れた。

 肘の辺りまで潜り込んだかと思うと――。

 

「ッ……!」


 爆発した。

 魔法か何かを使ったのか。

 《巨人殺し》が腕を突っ込んだ辺りの肉が内側から爆発したのだ。

 吹き出す炎に《巨人殺し》自身も焼かれながら。

 呻き声の一つも漏らさず、炎は立て続けに《巨人》の内部で爆ぜた。

 ……アレは突っ込んでる腕とか大丈夫なのか?


「無茶苦茶してるわね」

「だよな」

 

 拘束魔法を維持しつつ、その様子をアウローラも見ていた。

 こっちも届いた声に同意を返しながら、引き続き《巨人》の解体を続ける。

 動きが大幅に鈍ったおかげでかなり楽だ。


「《火球》の魔法を、手と接触してる面に対して発動してるも同然ね。

 あんなの、肘から先が炭化して終わりじゃないかしら」

「……でも、その割には平然と連発してんな」

 

 執拗に。

 徹底的に。

 《巨人殺し》は自爆であるはずの術を、躊躇いなく叩き込み続ける。

 周りの肉が完全に焼け、ボロボロの炭へと変わる。

 そのぐらいになってから、ようやく腕が引き抜かれた。

 装甲に覆われた腕は、真っ黒に焼けていた。

 焼けてはいたが、焼け落ちて炭になったりはしていなかった。

 数えたワケじゃないが、少なくとも十回ぐらいは爆発してたんだが。

 それを目にしたアウローラも、やや怪訝な顔をする。


「……流石に、頑丈なんてレベルじゃないでしょ。アレ」

「何か種があるやもしれんな。

 まぁ、今は詮索しても仕方あるまい」

「だなぁ」


 《吐息》の合間に口を挟むボレアス。

 彼女の言葉に頷き、改めて《巨人》の様子を確認した。

 《巨人殺し》の槍で動きを鈍らせてからは、圧倒的にこちらの優勢だ。

 全体の半分近くを焼かれ、再生もロクに進んでいない。

 鈍った辺りから鬼たちの攻勢も凄まじく、残る血肉をガリガリと削られている。

 特にトウテツは、容赦なく《巨人》の四肢をもぎ取りに行っていた。

 程なく《巨人》はバラバラに引き裂かれるだろう。

 俺の目から見ても、勝利は間近だったが。


「……何か嫌な予感がするな」

「? レックス?」


 呟く声に、アウローラが首を傾げた。

 おかしい。

 《巨人》は確かに動きが鈍った。

 そうなった原因は、間違いなく《巨人殺し》の槍だろう。

 ただ鈍った事を差し引いても、妙に《巨人》の動きが大人しい。

 貫かれた直後ぐらいは暴れようとしていたが。

 今は無抵抗に近いぐらい、敵を払おうという動作すら見せなくなった。

 弱っているだけなら良いが。


「アウローラ」

「なにかしら?」

「アイツの魔力とか、何かおかしいところあるか?」

「少し待って」


 見た目上は特に変化はない。

 であれば、目には見えない範囲で異変はないか。

 アウローラへの確認も、「念のため」ぐらいだった。

 軽く集中した彼女の表情が、いきなり硬く強張らなければ。


「アイツ、胴体の真ん中の辺りに異常に魔力が集中してる!

 外に向けてないから気付かなかった……!」

「胴体の真ん中だな」

「レックス、多分この化け物は自爆を――」


 最後まで聞く前に、俺は真っ直ぐ駆け出した。

 そうと分かって観察すれば、《巨人》の動きは分かりやすい。

 ろくに動かず無抵抗に見えたのは、胴体の真ん中ぐらいを庇っていただけ。

 動きを鈍らされた時点で、コイツは手段を自爆に切り替えたんだ。


「不死身だからって無茶苦茶過ぎるだろ……!」


 殺意が高いにも程がある。

 間に合うかどうかまったく分からんが、兎に角急ぐ。

 と、すぐ視界の端を何かが掠める。


「………」


 それは《巨人殺し》だった。

 俺が走り出した時点でこっちも行動していたようだ。

 向かっている先はどうやら同じであるらしい。


「……《核》を暴走させての自爆」

「うん?」

「偶にやる奴がいる。

 爆ぜる前に《核》を叩き割ればいい」

「成る程な」


 顔まで覆った装甲のせいで、声はかなりくぐもっている。

 とはいえ問題なく聞こえはした。

 頷く俺を見てから、《巨人殺し》は視線を自爆寸前のデカブツの方に戻す。

 さっきまでは距離があったので分からなかったが。

 並んでみると意外と小柄な事に気付いた。

 身長は俺よりも頭一つ分以上は低い。

 装甲の中身は子供なのか、それとも……。


『……思ったより臨界までの時間が早いな。

 コイツは間に合うか怪しいぞ、ブラザー?』

「??」


 今、何か声が聞こえたような。

 俺が喋ったワケじゃないし、《巨人殺し》の方も無言だ。

 ただ、そっちの方から囁く男の声がしたような。


「……《核》は硬い。砕ける?」

「がんばる」

「なら、こっちで穴は空ける。

 露出したら、すぐにそっちが《核》を砕いて」

「分かった」

 

 簡単だが、流れは決まった。

 一つ頷くと、《巨人殺し》は走る速度を上げる。

 《巨人》の胴体に辿り着くと、その一点に向けて迷わず鉈を打ち込む。

 ギシギシと、肉と骨の軋む音が聞こえた。

 それは《巨人殺し》の腕から響くものだった。


「――――!!」


 無音の咆哮。

 《巨人殺し》は声なく叫び、片手で鉈を振り回す。

 技も何もない、ただ腕力と精神力で力任せに肉を裂く。

 竜の鱗と同等か、それ以上に頑強な《巨人》の肉。

 大きく切り開いたなら、また躊躇いなく片腕を突き入れた。

 爆発。間髪入れずに爆発。

 衝撃が爆ぜること三度。

 俺が追いついた頃には、そこにはデカい肉の大穴が開いていた。

 その奥に見えるのは、赤く脈打つ結晶のようなモノ。

 直接眼にすれば、其処に尋常でない魔力が収束してるのが見て取れた。


「マジで限界ギリギリだな……!」


 勘だが、多分あと数秒ぐらいで破裂する。

 一撃で叩き割る必要があった。


「ボレアス!」

「ハハハッ! 何やら窮地のようだな!!」


 呼びかけに応じるまでは一秒にも満たない。

 炎に変じたボレアスは、すぐさま剣を通して身の内に宿る。

 走り出す直前に、アウローラも追加で身体強化を施してくれたらしい。

 全開以上の力が総身に漲る。

 竜さえ殺す剣の柄を、通常に倍する腕力で握り締めて。

 

「おおおおぉぉぉぉぉ!!」


 振り下ろした。

 ぶち当たった刃からは、肉や骨より更に硬い感触が返って来る。

 が、そんなものは関係なかった。

 この剣は、アウローラが鍛えたただ一振りの刃。

 そして支援も貰った俺の力は全力以上。

 だったら斬れないはずもない。

 砕く。砕け散る。

 《核》であるらしい結晶は、その一刀で完全に粉砕された。

 溜まっていた魔力が噴き出したか、強い突風みたいなものを感じるが。

 変化としてはそれぐらいだ。


『G……G、AAA……』


 自爆を未然に阻止された《巨人》。

 その動きはますます大人しくなった……というか、止まった?

 どれだけ肉を抉られ焼かれようが、構わず暴れようとしていた《巨人》。

 それが今、まるで死んだように動作を停止した。


「……《巨人》は不死。

 血肉のひと欠片までバラバラにしようが死なない」


 《巨人》のドス黒い返り血。

 それと自らの爆ぜる炎で全身を真っ黒に染めて。

 佇む《巨人殺し》は淡々と言葉を口にする。


「けど、その巨体を動かすための基点――《核》は存在する。

 基本的には複数、大体三つ以上はある。

 『力』を分配するその器官を潰せば、死にはせずとも動きは封じられる」

「成る程なぁ」


 最初に《巨人殺し》が現れた時。

 槍でブチ抜いた瞬間から《巨人》の動きが鈍くなったが。

 アレは《核》の一つを貫かれたせいだったと。


「…………」


 納得して頷く俺を、《巨人殺し》は見ていた。

 どこか観察するような眼差しだ。

 

「……《核》の再生は、他の部位と違って時間が掛かる。

 動けない間に、完全にバラバラにして焼く。

 それから破片は大地に撒く」

「徹底してるな」

『それだけやらねば足りぬという事だろう』

 

 内側から響くボレアスの声。

 大陸にいる竜だって大概だが、厄介さで言えばそれ以上かもな。

 ともあれ、後始末もさっさと済ませるか。

 そうだ、その前に。


「俺はレックスだ。他の仲間は後で紹介するよ」

「…………」

 

 名乗ると、《巨人殺し》は一瞬だけ沈黙した。

 はて、何か拙いことでも言ったか?

 首を傾げる俺に、相手は黒い装甲越しに視線を向けて来て。


「……名前は、ない。

 《巨人殺し》と呼んでくれたら良い」

「ん。そうか」


 まぁ、その辺の事情は人それぞれだろう。

 だから俺は特に気にしなかった。

 ただ、どうやら《巨人殺し》の方は違うようだった。

 恐らく、名乗り返す事ができない事を気にしたのだろう。

 その代わりなのか、おもむろに頭部を覆う装甲に指を掛ける。


『おいおいブラザー?』

「《核》はさっきのが最後の一つ。そうでしょう?

 すぐに戻すから、問題ない」

 

 また不明の声。

 それに素っ気なく応じながら、《巨人殺し》は装甲を剥ぎ取った。

 ベリベリと、皮膚から引っぺがすみたいな音。

 虫か何かの殻を思わせる装甲、その下にあった顔は。


「……どういう付き合いになるかは分からないけど。

 はじめまして、レックス」


 温度のない、淡々とした少女の声。

 血やら体液に塗れてはいるが。

 黒い髪の少女――《巨人殺し》の素顔は、意外なほどに年若く。

 表情の方も声と同じぐらいに低温だった。

 けど状態こそ酷いが、その顔立ちはかなり可愛らしかった。


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