319話:戦いの後
《巨人》の解体は程なく完了した。
完全にバラバラの肉片となった《巨人》は、元の原形は欠片も残っていない。
辺りにはむせ返るほどの血臭が漂っていた。
こっちは平気だが、この状態じゃイーリスとかはちょっと出せんな。
鬼たちは勝利を祝うように雄叫びを上げている。
中心にいるのはトウテツで、折れた大刀を空に掲げていた。
そして、それとは離れた位置で。
「…………」
全身を黒と赤で染め上げた装甲姿の少女。
自らを《巨人殺し》とだけ名乗る彼女は、無言で《巨人》の肉片を見ていた。
はて、あれは何をやってるんだ?
「――レックス、大丈夫?」
「ん? あぁ、お疲れ。こっちは平気だぞ」
傍らに降り立ったアウローラに軽く手を上げて応じる
「そっちこそ平気か?」
「大した事はしてないから、私の方は大丈夫よ」
『良い運動になったな』
剣の中でボレアスがケラケラと笑ってる。
こっちは楽しそうで何よりだな。
で、俺の視線を追ってアウローラも《巨人殺し》を見た。
相変わらず地面に散らばった肉片を念入りに確認しているようだった。
「あれは何をしてるの?」
「俺も分からん」
『ふむ、死体――というか、残骸を検めているように見えるが』
うん、大体そんな感じだよな。
眺めていても仕方なし。
本人に直接聞いてみるか。
「よう、お疲れ」
「…………」
無言。
砕けた《巨人》の破片からは目を逸らさず。
俺の言葉に対して、装甲姿の少女は何も応えなかった。
無視されたのが腹立たしかったか。
傍にいるアウローラがちょっとだけムッとした顔をする。
その頭を緩く撫でて宥めておく。
返事をしていないだけで、別に無視されてるワケじゃない。
聞こえてるのは間違いないのだから、こっちは気にせず言葉を続けた。
「それは何をしてるんだ?」
「……《巨人》は不死」
ぽつりと。
小さいが、今度はハッキリと返事が来た。
うぞうぞと蠢く肉片。
比較的に大きなソレを、手にした鉈ですり潰しながら。
「どれほど細かく砕こうが、本質的には絶対に死なない。
本能もないクセに、中には『死んだフリ』をする奴までいる。
だからこうして、大きな破片は出来るだけ小さく潰してる」
「成る程なぁ」
まだこの《巨人の大盤》にやって来たばかりの身だ。
《巨人》に関して素人だし、参考になるな。
「…………よし」
一通り潰し終えたのか。
更に念入りに確認をしてから、ようやく《巨人殺し》は一息吐く
それから改めて、俺の方に向き直った。
が、無言。
少女は何も言わず、自分より背の高い俺をじっと見ている。
はて、どういうことだ?
疑問に思って首を傾げたが。
「……あ、紹介するんだったな」
「…………」
ついさっき、俺の方から言ったばかりだ。
俺の言葉に少女はほんの僅かに頷いたような気がした。
「何の話?」
「いや、さっき名乗った時に『俺の仲間は後で紹介する』って言ったんだよ」
『そういえば言っておったなぁ』
笑みを含んだ声と共に、剣から炎が零れる。
それは半人半竜の、いつも通りのボレアスの姿へと変化した。
堂々たるその全裸姿を見て、果たして《巨人殺し》は何を思うのか。
『発育の悪さは今さらなんだ、気にする必要はないぜブラザー?』
「うるさい」
まただ。また男の声が聞こえた。
けれどそれらしい姿は何処にも見当たらない。
彼女にも仲間がいるんだろうか?
その辺を紹介してくれるかどうかは、まだちょっと分からんが。
「先ず、彼女がアウローラだ」
「長い付き合いにはならないでしょうけど、宜しく。
《巨人殺し》のお嬢さん?」
初対面だからか、それとも別の理由があるのか。
その辺はイマイチ不明だが、アウローラの挨拶には微妙な棘があった。
まぁ、言われてる方は気にしてる様子も見えないが。
「で、こっちはボレアス。
恰好についてはいつもの事だから気にしないでやってくれ」
「王たる我が身に恥じることなど何もないが?」
裸族の戯言はスルーしておく。
さて、ドラゴン姉妹の紹介はこれで良いとしてだ。
「ねぇ、あとの二人はどうするの?」
「……そうだな、後回しにしてもそれはそれで面倒だしな」
せめて《巨人》のバラ肉からは距離を取っておこう。
こっちが移動したら、《巨人殺し》も素直について来てくれた。
こう、見た目とか無口なのとかで勘違いしそうだが。
これで根は素直な良い子なのかもしれないな。
下手に口に出すと怒られそうなので、その人物評は胸にしまっておく。
「よし、アウローラ」
「ええ、ちょっと待ってね」
促すと、アウローラは唇の内で小さく言葉を呟く。
空間に微かな光が走ると、そこから姉妹の姿が吐き出された。
テレサの後にイーリスが荒れた地面の上に落ちる。
「きゃっ……!?」
「うぉ!?」
姉の可愛らしい悲鳴の後に、妹の男らしい声が続いた。
どうやら予告も何もなかったらしい。
辛うじて転ばなかったテレサが、イーリスの身体を抱き留めている。
その様子を眺めながら、アウローラはにこやかに微笑んだ。
「あら、大丈夫? 気を抜き過ぎてない?」
「あ、主よ。いきなりは流石に驚きます」
「保護してくれてたのは感謝するけど、それとこれとは……って」
文句を言いかけたところで、イーリスは気付いたようだった。
凄惨極まりない《巨人》の解体現場に。
一応距離は取ったので、解体したばかりの肉片のど真ん中ってワケじゃないが。
「オイ、何だコレ。すっげェ血生臭いんだけど」
「鬼との殴り合い中に《巨人》に殴り掛かられました。
で、こっちの子とも協力してバラバラに」
「…………」
《巨人殺し》はやはり無言。
焼け焦げた黒と《巨人》から浴びた返り血の黒。
それらで全身真っ黒にした姿のまま、じっと現れた姉妹を見ている。
微妙に威圧感を感じたか、テレサが微かに息を呑んだ。
イーリスの方は特に気にせず、「成る程ねぇ」と俺の話に頷いた。
「前はもうちょっといたんだが、今はこの二人で最後だな。
小さい方が姉のテレサで、大きい方が妹のイーリス」
「れ、レックス殿??」
「おう何のサイズの話をしたよスケベ兜」
「ちょっとレックス??」
すいません、つい出来心だったんです。
いや場を和ませるジョークぐらいの気持ちでして。
即座にイーリスの蹴りが飛び、アウローラは片手に齧り付いて来た。
テレサは微妙に赤い顔でオロオロして、ボレアスは腹を抱えて笑っている。
「…………」
そんな俺たちの様子を、《巨人殺し》の少女は黙って見ていた
黙ってそのまま見ているだけかと思ったが。
「……ちょっと」
『あん?』
「出て来なさいよ」
『いやいや、必要ないだろ』
「こっちだけ紹介しないままじゃ据わりが悪い」
『……オッケーだ、ブラザー。
お前がそこまで言うなら仕方ないな』
なにやら短い問答の末。
《巨人殺し》の少女は、おもむろに顔の装甲を引っぺがす。
ベリベリと肉から皮を剥がしているような音。
赤い体液に塗れた素顔を見て、姉妹は若干驚いた様子だった。
その直後。
『……ま、ブラザーの頼みだからな。
御機嫌よう、旅人の方々』
するりと、《巨人殺し》の首元から何かが出て来た。
どうやら今までは装甲の下に隠れていたらしい。
一見すると、その生き物は蛇のように思えた。
ただ、その蛇は全体が真っ黒い闇のような色をしている。
加えて鱗はなく、影が蛇の形に立体化したかのようだ。
顔に当たる部分には白く光る目が二つ。
値踏みでもするみたいに、黒い蛇はぐるりと俺たちの顔を見回した。
「クロ。私はそう呼んでる。本名は知らない」
『とまぁ、そういうワケだ。
ブラザーの狩りを手伝ってくれた事は感謝してる』
蛇のクロは、そのまま丁寧に
ふむ、初対面だからなのかは不明だが。
何というか、意図的に距離を取ってるみたいな対応だな。
本人的には顔を出すつもりもなかったようだし。
「喋る……蛇?」
「一体どういう生き物だよ、コレ」
そして姉妹、正確にはイーリスの方は本当に物怖じしない子だった。
突然姿を見せた謎生物に対し、ストレートに自分の疑問をぶつけていく。
俺もその辺は気にはなっていたが。
不躾な言葉だったが、クロはあまり気にはしていないようだった。
若い男の声で笑い、小さく喉を鳴らす。
『世の中には不思議な事ってのはゴマンとあるものさ、お嬢ちゃん。
お互い詮索しないって事で流して貰えるとありがたいね』
「あー。そりゃまぁ、別に良いけどな」
「……悪いわね。実は私も良く分かってないから」
「良く分かってないのか」
フォローのつもりだったらしい少女の言葉に、ついツッコんでしまった。
「ええ。今は装甲の下に入れるぐらい縮んでるけど。
サイズも可変だし、蛇以外の姿にもなる時もあるから。
……というより、装甲を着てる時は中に入れるサイズの蛇になるって言った方が正しいかな」
『ヘイ、ブラザー。あまり相棒のプライベートを暴露するのは感心しないぜ?』
「秘密主義が過ぎるのよ、お前は」
装甲に再び潜り込みながら、クロは相方の少女に抗議する。
どこまで本気で文句を口にしたかは不明だが。
少なくとも《巨人殺し》には一蹴されてしまったようだ。
うん、とりあえずは仲が良さそうだな。
「――さて、話は済んだか?」
頭上から覗き込む形で、鬼のトウテツが声を掛けて来た。
さっき表に出て来たばかりの姉妹は、今度はこっちで驚く羽目になる。
「おい、レックス。コイツは?」
「さっき殺し合ってたトウテツさんだな。
で、一応こっちは挨拶ぐらいは済んだけど」
「そうか。であれば、このままワシの領地に来ないか?
話をしたいと、そう言っていたのはお前の方だったと思ったが」
「あー」
確かに、こっちが勝ったらって話はしてたな。
《巨人》が横槍入れて来たせいで有耶無耶だったが。
約束として有効だと言うなら大変ありがたい。
けれど。
「邪魔入ったし、俺が勝ったとは言い切れなくないか?」
「気にするな。結果としては良い戦を楽しめた。
まぁ当然、お前とはまた死合いたいとは思っておるがな」
「やるにしても日を改めてからだと助かるなぁ」
こっちの返事がツボに入ったのか、トウテツは腹を抱えて笑う。
呆れ顔のアウローラがため息一つ。
「とりあえず、客人として招いてくれるって認識で良いのかしら。
あと貴方たち、確か鬼同士で戦ってたと思うんだけど。
そっちの結果はどうなったの?」
「あぁ、それは気にせんでも良いぞ。
何せそこなレックスと《巨人》との戦いが楽しすぎてな。
どういう理由で殺し合ってたのかも綺麗に忘れてしまったぐらいだ!」
「おおらかだなぁ」
ガハハと笑うトウテツに、他の鬼連中も釣られて笑う。
手とか足とかもげてる奴もいるけど、アレは本当に平気なのか?
死なないどころか、それでも普通に動ける辺り凄い生命力だ。
「そういえば、お前はどうする? 《巨人殺し》」
「…………」
「同じ獲物を仕留めた仲だ、来るならば歓迎するぞ?」
『……だそうだが、ブラザー?』
問われて、少女は少し考え込んだ。
無表情ではあるが、微妙に悩んでいる気配が見て取れた。
チラリと、視線が俺たちを軽く掠める。
「……同行する」
「ハハハハ、そうでなくてはな!!」
短めな返事に、トウテツは機嫌良さげに大笑い。
そのまま折れた大刀を肩に担ぎ、拳を空に突き上げる。
「さぁ行くぞ、我が鬼属領に!
ついて来れぬ者は荒野に捨て置くぞ!」
「あ、走る感じですか??」
どうやらホントにそうらしい。
トウテツの言葉に鬼たちは一斉に吼える。
一番手で走り出したトウテツを追って、鬼の一団が移動し始める。
うん、これは仕方ないな。
「悪いな、イーリス」
「へ? あ、ちょっとお前……!」
「こら、暴れないで大人しくしてなさい」
まだ本調子でないイーリスと、あと傍にいたアウローラを担ぐ。
ボレアスは言わずもがな、テレサの方も問題ないはずだ。
トウテツらを追ってこっちも走り出す。
ちょっと抱えてるモノが多いが、このぐらいなら何とか。
「…………」
走り始めた俺たちを追って、装甲姿の少女もまた走る。
《巨人殺し》である彼女は沈黙したまま。
俺たちと共に、トウテツの
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