42話:橋の大男


 木から下りて来たのは五人。

 頭上にもまだ同じぐらいの気配が残っている。

 前衛と後衛で分かれたか。

 飛んでくる矢を弾きながら、向かって来る《牙》を見る。

 そっちもただ突っ込んでくるのではなく、俺を包囲する形で動いていた。

 同時に。

 

「「「《束縛バインド》!!」」」

 

 五人の内の三人が、同じ《力ある言葉》を吼えた。

 それに応えて、森の木々がざわりと動く。

 地面から木の根っこが起き上がり、蛇の素早さで俺に絡みついて来た。

 足から這い上がる形で身体を縛り付けようとしてくる。

 其処を狙って、無数の矢が雨のように降り注ぐ。

 呪文を維持している三人以外、残る二人の《牙》も地を蹴った。

 不死身らしいとはいえ、味方からの誤射フレンドリーファイアーも恐れないのはなかなか。

 だが、別にこっちもやられっぱなしなつもりはない。

 

「《盾よシールド》」

 

 動けずとも、呪文を唱える事は出来る。

 先ず上方向に力場の盾を展開し、降ってくる矢を防ぐ。

 後は目の前まで迫って来た《牙》だが――。

 

「ふん……っ!!」

 

 絡まっている木の根の内、腕に絡まってる分を気合いで引き千切った。

 とりあえず剣は振れるようになったので、叩き付けられた刃を受け止める。

 続く斬撃も弾き、鎧の表面で受け流す。

 その間も、無理やり力を入れて拘束する根っこを振り解く。

 

「化け物か、貴様……!」

「失敬な」

 

 このぐらい、「がんばる」の精神があれば何とかなるのだ。

 足に絡んでいた分も力を込めて千切れば、大分身体も軽くなる。

 最早呪文がほぼ機能してないと見るや、《牙》の方も集中を解除する。

 改めて武器を構え、こっちに向かおうとして――。

 

「ッ!?」

 

 その内の一人が、声もなく頭を矢で射貫かれた。

 確認するまでもない、アディシアだ。

 確かにお前達の相手は基本俺だが、彼女が手を出さないわけではない。

 そして俺も、生じた一瞬の動揺を見逃さない。

 

「《炎の矢ファイアボルト》」

 

 頭に矢が刺さった《牙》へ向けて、此方は炎の矢を撃ち込む。

 避ける事も出来ずに胴体を射抜かれて、《牙》はそのまま火に包まれる。

 《牙》である狩人達はこの森にいる限りは不死。

 だが傷の再生速度には限度がある。

 アレなら火を消さない限り、暫くのた打ち回ってくれるだろう。

 当然他の連中に、火を消すような余裕は与えない。

 剣を振り抜き、受け止めた《牙》を力技で押し退ける。

 生じた空白へとすかさず踏み込み、俺の方から攻め立て圧力をかける。

 《牙》以外の、《鱗》である黒獣達だが。

 

「ま、そうなるか」

 

 何匹か向かっては来るが、大半は退路を塞ぐ形で展開しているだけだった。

 数が多すぎる上に、動きからしても複雑な連携が取れるとも思えない。

 結果、獲物を逃がさない「壁」ぐらいにしか使えないようだ。

 森の中を山ほどの獣に包囲される、というのはなかなか威圧感あるけど。

 偶に突っ込んでくる奴だけ雑に切り払い、俺は《牙》に意識を向ける。

 一人脱落したぐらいでは、相手もまだまだ元気なようだ。

 

「怯むな! 我らは森の狩人!

 王の加護を授かった我らが、獲物如きの何を恐れる!」

 

 自らと仲間を鼓舞するように叫び、《牙》の一人は剣を構える。

 やや小ぶりの広刃剣ブロードソード

 障害物の多い森の中だが、身軽な動きで的確に斬撃を打ち込んでくる。

 俺はその場でそれを弾く。弾く。弾き落とす。

 数合ほど刃を交わしたところで、相手に向けていきなり身体をぶつけた。

 降って来た矢が鎧の表面を引っ掻く。

 体重の軽い森人の身体を地面に蹴散らしてから、俺は大きく跳んだ。

 《跳躍》の力で、一息に樹上までの高さを潰す。

 

「よう」

「なっ……!?」

 

 そろそろピシピシ矢を撃たれるのもウザくなってきた。

 ので、上にいる奴も削る事にする。

 こっちに来ると考えていなかったか、驚きに身を固めてしまった《牙》の一人。

 ソイツの首を素早く引っ掴むと、そのまま一緒に地面に落下する。

 落ちる速度も上乗せし、大地の上に思いっ切り頭から叩き落としてやる。

 骨が砕ける鈍い感触。

 更に踵の硬い部分で胸を踏み砕き、剣で頭を叩き割る。

 其処までの作業を瞬時に済ませ、今度は別の《牙》へと向かう。

 未だに敵の数は多いので、手を緩める暇はない。

 

「この……!」

 

 すると、《牙》の一人がこっちに何かを投げ付けて来た。

 掌サイズよりやや小振りな鉄球……が、二つ。

 投げ分銅ボーラかと思ったが、それなら鉄球同士を繋ぐ紐があるはず。

 だが投げられたのは二つの鉄球だけで、間には何も見えないような。

 

「むっ」

 

 良く分からんので、鉄球をキャッチしておいた。

 万一でも紐は絡まないよう注意した上でだが、どうやら正解だったようだ。

 鉄球の間には、蜘蛛の糸ぐらいの細い鋼線で繋がれていた。

 もしかしたら鋼線じゃないかもしれないが、どっちにしろ絡んだらヤバそうだ。

 だから試しに、適当な《牙》目掛けてそれを投げてみる。

 

「ぎっ……!?」

 

 首の辺りを狙って投げたわけだが。

 絡むどころか、巻き込んだ腕と一緒に首が綺麗に飛んだ。

 こわ。なんつーもん持ってんだコイツら。

 

「いやいや流石に危ないだろコレ」

 

 更に同じモノを投げられたので、今度は剣で斬り払っておいた。

 さっきは思いつきでキャッチして投げ返したが、指巻き込んだりするのは正直恐い。

 なので弾きパリィ、剣と攻撃魔法で残る《牙》を叩く。

 そうしていると。

 

「む」

 

 先ほどまでは散発だった黒獣の襲撃が、徐々にその数を増していく。

 ……成る程、最初からそういうつもりでの配置か。

 《牙》の数が減れば、その分だけ戦線に隙間は出来る。

 黒獣達は、そうした場合の穴を埋めるのが本当の役割だったわけか。

 雑魚が押し込んでくれば、倒れた《牙》が再生する時間を稼ぐ事も出来る。

 考えた奴の性格の悪さが滲む陣形だ。

 

「そうなると、さっさと離脱するべきか」

 

 実際、倒れている《牙》の再生も進みつつある。

 このまま月が沈むまでのリミットいっぱい殺し合う、というのも面倒だ。

 幸いアディシアは子供は背負って確保出来た。

 さっさとこの場は逃げるべきだろう。

 

『――無論。そうはさせないよ、真夜中の来訪者殿』

 

 その声を聞いて真っ先にイメージしたのは、蛇だった。

 しかも毒蛇の中で、特にタチが悪そうな。

 肉声ではなく、恐らく魔法か何かで風に乗せたものだろう。

 木々の隙間を這うように、嫌らしい男の声が響く。

 

『君は此処で死に、王の供物となる。

 諦め給えよ。この森は我ら狩人の領域なのだから』

「アディシア、そろそろ行くぞ」

 

 いやこっちはそういうの聞く義理ないですし。

 無視してアディシアと手早く離脱するつもりだった――が。

 

「ッ!」

 

 強烈な敵意。

 群がっていた獣の群れを蹴散らして、何かが迫る。

 眼で捉えるのが困難なほどの速度。

 半ば反射と勘で、俺は振り下ろされた一撃を剣で受け止めた。

 其処でようやく敵の姿を確認するが――。

 

「なんだ……!?」

 

 思わず目を疑いたくなるような異様。

 襲ってきたのは《牙》の狩人、その一人だった。

 但し、まだ状態のだが。

 普通に考えたらまともに動けるはずがない。

 しかしこっちの常識を無視して、首無しはとんでもない力で武器を押し込む。

 

「気色悪いなオイ……!」

 

 グロいしあんまり近づかないで貰いたい。

 隙はデカかったんで、腹を思い切り蹴飛ばしておいた。

 首無しは派手に地面を転がるが、また直ぐに起き上がる。

 その時の姿は、糸で操られた人形のように不自然なモノに見えた。

 ……いや、「ような」ではないのか。

 見れば、倒れていた他の《牙》も起き上がっていた。

 どいつもこいつも妙な気配を放っており、どう見てもまともではない。

 さて、これは一体どんな手品だ。

 

憑依精霊パラサイトだ!」

 

 そう叫んだのはアディシアだった。

 彼女は背に負った子供を守りつつ、油断なく周囲の獣に弓を向ける。

 しかしまた知らん単語が飛び出したな。

 世の中には俺の知らない事がとても多いようだ。

 

「姿を見せろ、ウェルキン!

 真竜に尻尾を振り、同胞の命を弄ぶ卑劣漢め!」

『酷い言われようだ。

 しかし、君が私の事を知っているとは光栄だよ。赤帽子の娘』

 

 せせら笑う不明の人物――アディシアはウェルキンと呼んだか。

 ソイツは俺の方へと意識を向けて。

 

『はじめまして、強い方。私はウェルキン。

 “森の王”たる真竜サルガタナス様に仕える《爪》に御座います。

 今宵限りの縁でしょうが、どうぞよしなに』

「ふーん」

 

 成る程、コイツが《爪》か。

 自分は姿を見せず、仲間を操って襲って来た辺り性格は悪そうだな。

 しかし。

 

「ウィリアムの奴じゃないんだな、《爪》」

 

 そういえば、アイツは《牙》の筆頭って話だったか。

 つまりこのウェルキンって奴の方が、格付けとしてはヤバいのか?

 適当にそんな事を考えていたら、漂う空気に不穏な気配が混じり出す。

 操られた《牙》が放つ殺気も強まった気がした。

 

『……なかなか、面白い事を言う客人だ。

 あぁお望みであれば、たっぷりと教えて差し上げましょう。

 《爪》の称号が持つ意味というものをね』

 

 声に怒りを滲ませるウェルキン。

 どうやら比較された事がよっぽど癇に障ったらしい。

 

『さぁ踊れ、我が人形達! 五体を八つに引き裂いてやれ!』

 

 その叫びと共に、《牙》が動く。

 どいつもさっきとは比較にならない速さだ。

 まともに正面から受けるのは余り良くないな。

 そう判断して、地面に身を投げ出す形で転がる。

 一瞬の遅れの後に、振り下ろされた武器が派手に大地を叩き割る。

 馬鹿馬鹿しい程の腕力だ。

 しかしあんな無茶な力を出して、操られてる方は大丈夫なのか。

 

『ハハハハッ! どうですか、私の憑依霊術は素晴らしいでしょう?』

 

 ウェルキンは完全に勝ち誇った様子で高笑いを上げている。

 その間も、《牙》は避ける俺を追いかけ回す。

 こっちの予想通り、無茶な動作で手足がひん曲がっている奴もいる。

 それでも連中は決して止まらない。

 いや、操っているウェルキンが止まる事を許さない。

 

『憑依させた使役精霊マイナースピリットによって、彼らは限界以上の力を発揮する。

 加えて、精神は憑依した精霊に支配される為、苦痛を感じる事もない。

 これこそ完全で完璧な兵士だとは思いませんか?』

「その上で、《牙》はこの森にいる限りは不死身ってわけか」

 

 成る程、確かに厄介な戦法だな。

 死なない人形の群れを操って、ウェルキンはさぞ気持ちいいだろう。

 笑い声は甲高く、赤い森に響き渡る。

 

『諦めなさい、強い方。そして敗北を受け入れなさい。

 これすらも、《爪》たる私からすればほんの児戯なのです。

 この程度の人形にすら勝てぬようでは――』

「よし」

 

 何かグダグダ言っているが、気にする事はない。

 とりあえず、大事なのは一つだ。

 

 

 逃げ回るのは、もう十分だな。

 先ずは一番近い位置にいた《牙》をぶった斬った。

 袈裟懸けに抜ける形で一直線。

 《牙》の動きは大雑把で、わざわざ隙を探すまでもない。

 両断したその身体を蹴り飛ばし、直ぐに別の《牙》へと走る。

 慌てて迎え撃とうとしているようだが、その動作は緩慢なものだ。

 こっちが避けて走り回る間、散々無茶な身体能力で暴れていた代償だ。

 治り切っていない歪な手足じゃあロクに回避も出来ない。

 更にもう一人の《牙》が輪切りになって地を転がる。

 ……そういえば、コイツらは「森の中では不死身」なんだよな。

 であれば、こうしたらどうだ。

 

「ふんっ……!」

 

 《跳躍》の魔法で強化した脚力。

 それにモノを言わせて、《牙》の一人を思い切り空に蹴り上げてみた。

 蹴った時点で首の骨を叩き折り、身体は派手に上に吹っ飛ぶ。

 都市の方も、空だけは普通の空間に繋がっているとか何とか言っていたはず。

 ならば「空=森の外」判定でそのまま死ぬのでは?

 と、首の折れた《牙》が地面に落下する。

 勢い良く叩きつけられたことで、これも悲惨な状態になった。

 しかし残念ながら、そんなグロ肉でも再生しようとしているのが確認出来る。

 

「まぁ、そう上手くはいかんか」

 

 気にせず次を潰して行こうか。

 最初こそ、その派手な動きに面食らった。

 だが良く見れば動きは雑だし、自傷でどんどん鈍くもなる。

 確かに術者であるウェルキンが言う通り、子供のお遊びだったな。

 

「……凄い」

 

 そう呟いたのはアディシアだった。

 離れた位置で見ている彼女に、軽く手を振っておく。

 手品の種がこれだけなら、程なく無力化できそうだな――と。

 

「ッ!!」

 

 突き刺さるような殺気。

 風を切る音を置き去りにして、鋭い矢の一撃が森を貫く。

 操られた《牙》を、俺が斬ったのと同時。

 僅かな隙を狙い打った一矢を、身を捻ってギリギリ回避する。

 相変わらず撃ってくるタイミングが性格悪すぎる。

 そして本人の姿も、やはり森の彼方で見る事も出来ない。

 

『……そうだ、余り私を侮るなよ』

 

 ウェルキンもウェルキンで、どうやらムキになったようだ。

 《牙》連中から怪しい気配が引き、代わりに周囲一帯の空気が不気味に揺らめく。

 今度は一体なんだ?

 そう考えた瞬間に、地面が震えた。

 

「マジかよ」

 

 最初は単に木が揺れたのかと思った。

 だが違う。

 複数の木が一斉に動き出し、蛇が絡まるように一つの形を成す。

 変化が完了するまで、ほんの数秒。

 あっという間に、巨木を材料にした巨人が俺の前に立ちはだかっていた。

 操られていた《牙》同様、嫌な気配と殺気を漲らせている。

 

『《橋の大男ブリッジタイタン》よ!

 貴様の前に立つ者は、何人であれ潰れるのが運命だ!』

 

 ウェルキンの声に応じて巨人が唸る。

 お世辞にも出来が良いとは言えない不細工な拳を、凄まじい速度で振り抜く。

 間一髪、俺はその下を潜るように回避した。

 大気が破裂し、巨人の拳は森の大地を容易く粉砕する。

 

「自然破壊は良いのか森人……!」

 

 確か枝一本で腕の骨一本とか、そんな量刑じゃなかったか森人って。

 そんな俺の訴えに、目の前の巨人は聞く耳持たないようだ。

 雑で出鱈目な動きでも、質量パワー速度スピードが乗れば厄介極まる。

 避けつつ反撃を試みようとすると、横から鋭い矢が飛んでくるおまけ付きだ。

 これはちょっと地味にキツいな。

 しかも矢の方だが、その気になれば殺気とか隠して撃てるだろうに。

 見え見えの殺意を乗せて撃ってるのは果たしてどういう意図だ。

 まぁ避けて弾くのに手いっぱいで、其処まで頭を捻る余裕はないんだが。

 幸い、巨人の暴れっぷりに黒獣は下手に近付けない。

 憑依から解放された《牙》もふっ飛ばされ、アディシアを狙う者はいない。

 後は俺がこの状況をどう切り抜けるかだが……。

 

『――苦戦しているようだなぁ、竜殺し』

 

 その時。

 剣に宿った炎の内から、俺に語り掛ける声。

 それは戦の音に阻まれる事無く、ハッキリと頭の中に響いて来た。

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