41話:二度目の狩猟
そしてその夜も、赤い月は上る。
血をぶち撒けたかのように染まる森の中。
木々の陰には獣が潜み、狩人達が獲物を待つ。
俺は再び、そんな森の中を駆けていた。
邪魔な枝は切り払い、木々の隙間を縫うように走る。
足は止めないまま、後方の様子をチラっと確認しておく。
問題なく付いて来てるようだが、念の為に声もかけておくか。
「大丈夫か、アディシア」
「あぁ、勿論。このぐらいは何てことはない」
実に頼もしい返事だった。
今この場にいるのは、俺とアディシアの二人だけ。
アウローラやイーリス、テレサとは別行動中だ。
森の中を走りながら、今朝方にあった会話を思い出す。
「――今日の《狩猟祭》に関して、占術の結果が出来ました。
星の声が正しければ、普段より多くの生贄が森に取り込まれると出ています」
それは館の広間にて。
朝食を配り終えたヴェネフィカは、静かにその事実を告げた。
渡された木製の皿には、具がたっぷり入ったスープで満たされていた。
基本は様々な野菜が煮込まれていたが、大きな肉の塊も入っている。
漂う香りは食欲を刺激して来る。
「それは確かな情報なのですか?」
「母さんの占術はいつも正しいよ。
あたしは基本、それに従って動いているんだから」
疑問を口にするテレサに、応えたのはアディシアだった。
彼女はそれによって、今まで何度も死線を超えて来た自負があるのだろう。
全幅の信頼を寄せている事がこれ以上なく伝わってくる。
俺はスープを匙で突きながら、アウローラの方に視線を向けた。
「高位の占術なら、情報の確度は十分じゃないかしら。
とりあえず続きを聞きましょう?」
「畏まりました」
テレサは頷くと、スープを匙で掬い上げて一口啜った。
俺も口にしてみたが、なかなか美味い。
スープ自体は薄味だが、肉の旨味が良く出ている。
味からして、多分鹿肉辺りだろうか。
「……話を続けましょう。
普段の《狩猟祭》ならば、一度に囚われる獲物は多くても二、三人。
ですが今回は、それよりも遥かに多い数が取り込まれるようです」
「五人か、六人ぐらいって事か?」
「或いは、それ以上かもしれません」
そうなると、最悪十人近くなるわけか。
獲物とされるのは、人間の奴隷か年若い半森人という話だ。
スープを飲みながら、イーリスはあからさまに顔を顰めていた。
「……どうすんだ? レックス」
「協力者の意向次第だな」
そのイーリスに聞かれたので、俺は素直に答える。
俺達の目的は、あくまで真竜を殺す事。
それ以外についてはこっちが判断するべき事じゃないだろう。
だから視線をアディシアの方へと向けると。
「あたしは……出来る限り、獲物にされた人達を助けたい。
今までもそうして来た。
成功した回数より、失敗した回数の方が多いけど」
そう言って、彼女は傍にいる半森人の子供達にスープを与える。
確か半森人の成長は、人間と大きな差はないらしい。
見た通りの年齢なら、彼らはまだ十にも満たないはずだ。
これを獲物として追い回して、狩人がどうのとあの連中は言っていたらしい。
「協力、して貰えるだろうか。
出来る事があれば、あたしなら何でも……」
「あぁ、やるなら付き合うぞ」
その辺は協力関係だしな。
頼まれたなら、別に拒否する理由もない。
「……ま、こういう人だから。
私は別にどちらでも良いんだけど」
何やら言葉に詰まってしまったアディシアに、アウローラは肩を竦めて笑った。
ちなみに俺の膝の上でくつろいでいらっしゃいます。
俺の決定にテレサは何も言わず、イーリスは「知ってた」って顔だ。
大分慣れて来たようで大変ありがたい。
「私の方からも、御協力感謝します。
それと《狩猟祭》についてですが、獲物の事以外にも凶兆が出ています」
「? 凶兆、ってのは?」
「普段は、姿を現さぬ危険。
確証はありませんが……恐らくは、《爪》が関わってきます」
「……《爪》が?」
それを聞いたイーリスは、思わず姉の方を見てしまう。
元《爪》だったテレサだが、それ関してはノーリアクション。
しかし《爪》とは。
此処にも真竜がいて、《鱗》や《牙》もいたのだ。
当然、最高戦力らしい《爪》もいるわけか。
果たして、今回はどんな奴が出てくるんだろうなぁ。
「昨日の《狩猟祭》で、供物であるあなた方を取り逃がした影響もあるかと。
真竜は獲物が捕れなければ、無能な狩人を供物にします」
「物騒だなー」
大体そんな仕組みだろうとは思っていたが。
しかし、そうなると気になるのは……。
「確か、ウィリアムらしき相手もいたと思うんだが。
そうなるとアイツも真竜に喰われたのか?」
「…………」
何気ない疑問だったが、明らかにアディシアの空気が硬くなった。
確か以前も、ウィリアムの名を出したらそんな反応だった気がする。
俺の問いに関しては、ヴェネフィカの方が応えてくれた。
「彼は、恐らく無事でしょう。
ウィリアムは《牙》の筆頭であり、都市行政の長。
多少の失態で粛清しては不利益の多い人物です」
「成る程なぁ」
流石にその辺はやり手なようだ。
仮に殺される段になっても、簡単に死ぬ気はまったくしないが。
あの男とは、言葉を交わしたのすらほんの僅かな時間だ。
それでも、ウィリアムのろくでも無さについては妙な確信があった。
「……彼もまた、今夜の《狩猟祭》には関わってくるでしょう。
供物を急に増やした意図も明白かと」
「誘っているんでしょうねぇ、私達を」
膝の上で、アウローラが喉を鳴らすように笑った。
「《爪》も出て来たという話だし、迎え撃つ気満々でしょうね。
救助対象の数も増やす辺り、本当に露骨というか」
「まぁ面倒なのは間違いないな」
さて、どうするか。
こっちも頭数はいるし、そうさせる事が相手の狙いだろう。
ならば此処は、あえて向こうの思惑に乗っていくか。
「よし、分かれて動くか」
「……それは、本気で言っているのか?」
「相手もそれを期待してるだろうしな」
確認するアディシア自身も、同じ事を考えていたはずだ。
敵の数は多く、素早く動かねば獲物にされた連中を助けるのは不可能。
なら一塊で動くより、二手に分かれて動いた方が効率が良い。
「それはいいけど、どう分けるつもり?」
「あー……」
突っ込んで来たアウローラに、どう応じるかは少し悩んだ。
いや実際、組み合わせの選択肢はほぼ一つしかないわけだが。
「アウローラさん、悪いんだけど」
「私があっちの姉妹のお守りでしょう? そうだと思ったわ」
テレサとイーリスを指しながら、アウローラは大きくため息を吐く。
いや本当に申し訳ない。
戦力はテレサがいれば十分だろうが、万が一はあり得る。
その場合のフォローも、アウローラに任せれば何も問題はないはずだ。
「で、俺はアディシアと動くわ。
現地に詳しい奴にフォローして貰えれば、まぁ大体何とかなるだろう」
「それは……勿論、構わないが。本当に良いのか?」
「まぁ協力するって話だしな」
重ねて確認してくるアディシアに、軽く頷いておく。
多少は厳しいかもしれないが、それはそれ。
相手の罠をがっつり食い破ってやれば、真竜を引き摺りだせるかもしれない。
出来れば油断している内に、《爪》とか強そうな奴も仕留めたい。
其処までやれれば完璧なんだが、まぁ難しいだろう。
ウィリアムの奴がどう動くのかも全く予想できないしな。
「とりあえず、敵の相手は俺がするから。
アディシアは基本、自分の判断で動いてくれ。
助ける相手とかは、俺も確実に守れる保証は出来ないからな」
「いや、十分だ。ありがとう、レックス」
「そういう約束だからな」
微笑むアディシアに、こっちも笑って返す。
アウローラさんがちょっとむくれて小突いて来るが、俺悪い事してないと思う。
イーリスがまた呆れ顔で見てる気がするが、まぁいつもの事です。
「……方針は決まったようなので、細かい段取りに入りましょうか」
ヴェネフィカはそう言うと、手元に小さな水晶球を取り出す。
その表面には、星の輝きに似た細かい光が揺れていた。
「私も占術で、可能な限りのサポートを致します。
どうか、森の深淵に呑まれる事なきよう……」
彼女が口にしたのは、森人の祈り文句であるようだった。
そうして現在。
幾つかの支援を受けた上で、俺達は《狩猟祭》のど真ん中に飛び込んでいた。
頭の中に浮かぶ矢印は、ヴェネフィカに貰った「手助け」の一つ。
「《
「そうだろう?
母さんのこの魔法のおかげで、あたしもレックス達を見つけられたんだ」
「成る程なぁ」
それは簡単に言えば、モノ探しの魔法であるらしかった。
探したい何かを指定する事で、それを見つける為の道筋を示してくれる。
俺達はその魔法により、先ず救助対象の元へと走っていた。
この感じなら、そろそろ見えて来そうだが。
「……アレか」
見えた。
木々の陰に隠れるようにしている小柄な人影。
俺はそちらに真っ直ぐ――ではなく。
「よっ」
予め発動していた《跳躍》の力で、先ずは大きく跳んだ。
それから適当に辺りを付けた木の一つ目掛けて、思いっ切り蹴りを入れる。
森全体を揺らすような激突音。
蹴った木は圧し折れそうな勢いで大きく撓んで。
「お、いたな」
「貴様……!」
その上で待ち伏せしていた狩人が、堪らず地面に下りて来た。
予想通りの釣りだったか。
奇襲が不発したと判断したか、更に幾つもの気配が樹上で動く。
これまたいきなり大漁っぽいな。
「アディシア、こっちは任せろ」
「分かった! 武運を祈る!」
突入前に取り決めた通り。
敵は基本、俺の方が引き付ける。
多少は漏れるかもしれないが、それぐらいは彼女も何とかするだろう。
降り注ぐ矢を切り払い、俺は敵の位置を視線で追う。
「たった一人で挑むつもりか、剣士!」
「おうよ」
挑むというか、蹴散らすつもりだけど。
《牙》である狩人達だけでなく、《鱗》の黒獣も無数に沸き出す。
アディシアの方は――見れば、囮に使われた半森人の子供を抱えていた。
あっちは何とかなりそうだな。
「供物を“森の王”に捧げよ! 狩猟の喜びは、我ら狩人の手に!」
仰々しい叫びと共に、《牙》達の殺意が此方に殺到する。
俺は言葉ではなく、剣を構えてそれに応じた。
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