504話:不完全な神様


「――――――ッ!?」


 刃が振り下ろされる。

 《造物主》の残骸、その力が結晶化した光の剣。

 俺はそれを避けようとして――気付くと、思い切り吹き飛ばされていた。

 何が起こったのか。

 驚きはしたが、直ぐに理解できた。

 別に難しいことではなく、単純に相手のパワーがデカ過ぎるのだ。

 こっちはギリギリで回避したつもりでも、実際は回避し切れていなかった。

 全身を打つ衝撃に息を詰め、派手に祭壇の床を転がる。

 そこを狙って、《造物主》は追撃を仕掛けてくる。


『砕けろ――!!』

「嫌なこった!」


 莫大な魔力を帯びた一撃。

 剣の一振りだが、実際は巨大な不可視の鉄槌ハンマーと認識を改めた。

 紙一重で避けても、引っ掛けられて潰される。

 なので、俺は思いっきり床を転げ回った。

 見た目の無様さなんて気にしない。

 兎に角回避して、生き延びることが最優先だ。

 激しい衝撃が、黄金の祭壇を揺さぶる。

 《造物主》は何度も、何度も何度も剣を振り下ろしてきた。

 その様は、癇癪を起こした子供そのものだった。


『不快だ、不愉快極まる……!

 私が、《造物主》たるこの私が……!!

 何故このような、原始的な行いをせねばならんのだ……!!』


 叫ぶ。

 不愉快で、気持ち悪くて堪らないと。

 《造物主》は、この戦いそのものを激しく罵った。


『私は完全で、完璧な、唯一無二の神たる者だ!

 それが不出来で、不完全な、貴様のような生命を殺すのに、こんな……!!』

「――まぁ、そう言っても殺せていないのだけどね」


 繰り返される悪罵に、愛らしい声がするりと割り込む。

 アウローラの言葉が響くと同時に、閃光が瞬いた。

 指先から放たれた《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 それは刃を振り下ろし続ける《造物主》の顔面に直撃し、その動きを妨げる。

 手を止め、ひび割れた顔面を更に醜く歪めながら。


『失敗作が、父たる私に何をしている――!!』

「親を気取るのなら、もう少し親らしい事をするべきじゃないかしら!!」


 向けられた憤怒に、アウローラは嘲笑で応える。

 敵意ヘイトの矛先を自身の娘に合わせ、《造物主》はその剣を――。


「おい、余所見するなよ!!」

『ッ……!?』


 振るうよりも早く、こちらの剣が届いた。

 既にアウローラの魔法で、身体能力に強化が施されている。

 そこに自分の魔法による強化も加えて、転がっていた床から素早く跳ね起きた。

 挑発に気を取られていた《造物主》は、まったく隙だらけだった。

 一閃。

 胴体に剣を打ち付け、そのまま切り裂く。

 硬いのもあるが、それ以上に異様に『重い』手応えだった。

 分厚く、とんでもなく密度の高い塊を斬ったような。

 剣が弾かれてしまわぬように、柄を一層強く握り締める。

 結果、《造物主》の残骸に新たな傷が刻まれた。

 ダメージとしてはまだ浅い――が。


「よし、ちゃんと通るな……!」

『貴様ァっ!!』


 馬鹿デカい世界蛇だった時と同じだ。

 剣が通る。斬れる。

 それならば勝ち目はある。

 確かな勝機を見出した瞬間、《造物主》の敵意が再度こちらに向く。

 また光の剣を振り回す――と、思ったが。


『塵となれ――――!!』

「っと……!?」


 剣を振るうのではなく、高く掲げた。

 次の瞬間には、その剣が音もなく弾ける。

 全周囲に対して放たれる破壊の光。

 逃げ場はない。

 逃げ場はないが、俺は殆ど直感で後ろに下がっていた。

 それによって、直撃の時間は僅かに遅らせる。

 本当に僅かな時間差だが。


「《盾よシールド》!!」

「壁を!!」


 力場の盾と、アウローラの防御結界。

 瞬時に展開される複数の防壁。

 《竜王の吐息》にも似た破壊の光は、それらを一息で粉砕した。

 貫いてきた光を浴びるが、流石に威力は大分弱まっている。

 おかげで甲冑の表面が焦げる程度で済んだ。


「今のはヤバかったな……!」

「まだ来るわ! 気を付けて!!」


 距離を取っているおかげで、減衰した光はアウローラにまでは届いていなかった。

 そんな彼女の警告よりも先に、こっちは気配を捉えていた。

 自分の放った破壊の光を突き抜けて、《造物主》が迫ってくる。

 手にはまた、同じ光の剣が握られていた。


『不遜だぞ! 何故、まだ生きている!!』

「死んでないからに決まってんだろうが……!」


 振り下ろされる剣を、大きく横に飛んで躱す。

 力の余波が鎧の表面を掠めるが、特に問題はない。

 当たればヤバいが、《造物主》の攻撃はいちいち大振りだ。

 なので回避さえできれば、こちらから仕掛ける隙間チャンスは十分にあった。

 二度目の斬撃は、相手の右腕に。

 本音で言えば切り落としたかったが、流石にそこまでは届かない。

 だが成果はあった。

 剣を受けて、《造物主》の腕には一筋の太刀傷が刻みつけられていた。


『ッ――貴様、また完全な私に傷を……!!』

「そんなボロボロのナリで、完全もクソもあるかよ!!」

「レックスの言う通りよ、お父様……!」


 叫ぶ声と共に、展開される防御魔法。

 ぼぼ同時に、《造物主》は腕を払う動作で衝撃波を巻き起こした。

 威力はさっきの破壊の光よりはマシなようで、力場の防壁と完全に相殺される。

 ただ、威力が低い分だけかなり『速い』攻撃だった。

 少なくともこっちは、衝撃波が放たれる寸前までは反応が間に合わなかった。

 アウローラがいなければ、間違いなく直撃していただろうな。

 どうやら彼女には、《造物主》の動きが読めていたようだ。


「ほら、今の貴方なら私には良く見えてる!

 何をするつもりか、どうする気なのか!

 不出来で不完全な私でも、このぐらいのことはできてしまうのに!

 そんな貴方の、何処が完全だと言うの……!」

『余計な真似をするな、失敗作ッ!!』


 嘲るアウローラに、《造物主》が咆哮する。

 その絶叫に乗せる形で、真っ赤に輝く《吐息ブレス》が放たれた。

 次から次へと、地味に多芸だなコイツ……!

 だが今度は、こちらの反応が間に合った。

 開かれた口から《吐息》が吐き出される、その直前。

 射線上に刃を割り込ませて、《吐息》の光を大きく弾き落とす。

 剣がふっ飛ばされないように、全身全霊で柄を握り締めた。


『邪魔を――――!』

「オラァっ!!」


 また何か吠えかけたところ、無視して剣を叩き付ける。

 今度は袈裟懸けに切り裂く形で。

 切っ先は、これまでで一番深く《造物主》の身体を抉った。

 刻んだ傷口から、赤い血が流れることはない。

 ただ、石膏が崩れるように白い灰がポロポロとこぼれ落ちる。

 新たな傷を受け、《造物主》の表情が酷く歪む。


『不遜ッ!!』


 絶叫は物理的な圧力を伴い、波濤の如く押し寄せる。

 流石に回避も防御も間に合わず、俺は再度地面を派手に転がった。

 アウローラは咄嗟に下がって直撃を避ける。

 避けた、その時。


『私の何を見えていると言うのだ、失敗作風情が――!!』

「……!!」


 《造物主》の声。

 それは俺の方ではなく、アウローラのいる側から響いた。

 《転移》だ。

 転がしたこちらは無視して、後方のアウローラを狙いに行きやがった。

 追撃が来ないなら、兎に角全力で立ち上がる。

 見えた光景は、アウローラの背後で剣を振り上げる《造物主》の姿だ。

 嘲笑う父と呼ぶべき相手を、彼女は見上げていた。

 その表情に、感情らしき色はなく。


「――当然、。お父様?」

『――――!?』


 光が振り下ろされた。

 それに合わせるように、アウローラは笑っていた。

 自身を嘲笑う父を、逆に嘲り返す。

 避けられるタイミングではないし、こっちもギリギリ間に合わない。

 刃の切っ先が、アウローラの細い肩を捉える。

 そのまま、刃が肉に食い込んで――。


『ガ、ァ……ッ!?』


 驚きと、想定外の苦痛。

 無様に呻き声を上げたのは、攻撃を仕掛けた《造物主》の方だった。

 振り下ろされた光の刃。

 力の結晶であるそれが、アウローラの肩を切り裂いた瞬間。

 先ほど《造物主》が放った《吐息》モドキの時と同様に、その剣が爆ぜたのだ。

 但し、今の光は《造物主》も――いや、《造物主》のみを焼いていた。

 まったく唐突に、ゼロ距離で炸裂した破壊の光。

 無防備な状態で喰らうのは、流石に《造物主》でも堪えたようだ。


『き、さま……! 一体、何を……!?』

「っ……貴方自身の、力……なかなかに効いたでしょ……!」


 笑う。

 憤る《造物主》を、アウローラは笑い飛ばす。

 肩は大きく抉られて、白い肌は流れた血で真っ赤に染めながら。

 それでも彼女は、怒れる《造物主》を強気で煽った。


「絶対に、どこかのタイミングで、私を狙ってくると思ったわ……!

 だから敢えて、余分にレックスから離れてたのよ、貴方を誘うためにね!

 反射術式で自爆狙いなんて、想像もしてなかったの……!?」

『ッ――小賢しい、真似を……!!』


 怒り、吼える《造物主》。

 血に染まりながら笑う娘を、憎悪に燃える眼で睨む。


『死ね、失敗作!!

 偉大なる私に歯向かった、その報いを受けろ――!!』

「っ……」


 再構築された光の剣。

 さっきまで以上の力が、刃に漲っているのが伝わってくる。

 アウローラは、黙ってその切っ先を見ていた。

 傷付いた身体を、強力な術式を行使した反動が縛っているようだ。

 振り下ろされるだろう一刀に、今の彼女では抗う術がない。


「――おい。無視するなって言っただろうが、クソ野郎」

『――――!!』


 だから、こちらが間に合わせた。

 剣の間に割り込んで、逆に魔剣を叩き込んだ。

 《造物主》の刃と、竜殺しの刃。

 正面からぶつかるには、互いの力の差は歴然としていた。

 それでも。


「オラァっ!!」


 構わず振り抜く。

 気合いと根性、後はアウローラの魔法の強化バフ

 諸々を積み重ねた上で、俺の剣が《造物主》の剣を弾き飛ばした。

 真っ向からの力比べ。

 押し勝ったワケではなく、受け流したに近い形だが。

 それでも、《造物主》の顔は驚愕に歪んでいた。

 ――叩き潰して終わりだと、心底確信してたんだろうな。

 目論見が外れたことが、余程意外だったらしい。

 反撃する隙はあった。

 が、今回はそれを見逃す。

 剣は片手に、空いた腕でアウローラを抱え上げた。

 強く床を蹴り、《造物主》との間合いを大きく開けておく。

 距離にそう意味はないだろうが、気休めにはなる。


「流石に無茶し過ぎだろ」

「貴方と、良い勝負でしょう?」

「確かにな」


 そう言われると、こちらは何も言い返せない。

 なんだったら、今からさっきのアウローラ以上に無茶するだろうしな。

 笑っているが、アウローラは苦しげに息を吐く。

 既に血は止まっているが、それでも傷自体はかなり深い。


「治せそうか?」

「ちょっと、時間は掛かりそうだけどね」

「なら、そっちに専念してくれ」


 言葉を交わしながら、視線は一点に向ける。

 先ほど、剣を弾いた時点から動かない《造物主》。

 不動のまま、周りの空間が陽炎の如く揺らめいている。

 怒りの強さを示すように、魔力が激しく燃焼する。

 黄金の祭壇は揺らぎ、黒い汚泥の海は嵐の如くに荒れだした。


「怒り狂い過ぎだろ。

 はらわたが煮えくり返ってるのが、自分だけだと思ってないよな」

『――――――――!!』 


 敢えて笑う俺とは真逆に、《造物主》は吼えた。

 人の言葉を忘れた、獣じみた咆哮。

 世界を歪ませる圧力と共に、光の剣が振り下ろされる。

 まともに受ければ、その時点で死ぬ一撃。

 俺は治癒に専念するアウローラを抱えたまま、全力で駆け出した。

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