115話:闇色の波濤

 

 青い雷光を帯びた鈍色の巨大騎士。

 手にした長剣を掲げるように構えながら、そのまま宙に浮かび上がる。

 一体どういう原理で動いてんのかは不明だが。

 

「ちょっとカッコいいなアレ」

「貴方ほどじゃないわ。

 それにしても、絡繰り仕掛けの巨大魔導人形ゴーレムとはまた随分趣味的ね」

 

 俺の漏らした感想にアウローラは律儀に応えてくれる。

 突然現れた巨大騎士に対し、真竜はまた歌うような声を上げた。

 渦巻く濁流。膨大な量の水が空から地に向けて雪崩れ落ちる。

 俺はアウローラを背負ったまま跳躍し、ボレアスは翼を広げて空へと回避する。

 テレサ達はとりあえず安全な距離まで脱しているようだ。

 そして巨大騎士は、的がデカいせいもあって避けられるはずもない。

 が、雷光を纏う巨体は激しい水流も正面から受け止めていた。

 

『いずれ来ると予測していたこの日の為に用意していた切り札だ。

 そう容易く崩せるとは思わないで欲しい』

 

 「学園長」の声と共に、巨大騎士はその剣を振り下ろす。

 水と風雨を押し退け、無骨な刃が真竜を打ち据えた。

 速度と質量がもたらす衝撃は凄まじい。

  騎士以上の巨体を持つはずの真竜が大きく仰け反った。

 うーん、思った以上に凄いな。

 

「やるな、『学園長』!」

『竜殺しにお褒め頂き光栄だよ。

 だが賞賛して貰ったところ悪いが、この《魔女の騎士》は余り燃費が良くない。

 都市の機能を落とさないギリギリの魔力で稼働させている。

 故、動かせるのは持ってあと十数分程度だ』

「それだけやれるなら上等だな」

 

 巨大騎士の攻撃は、間違いなく真竜に響いている。

 多少だが、勝機が見えて来た気がする。

 

「アウローラ」

「ええ、援護するわ。こっちも負けないよう頑張ってね?」

「おう」

 

 期待されてるなら、その分頑張らないとな。

 真竜の歌声が招く風雨の中を、俺は全力で走り抜ける。

 巨大騎士に注意を引かれた事で、こっちへの攻撃の密度は若干落ちた気がする。

 雨粒の矢を鎧とアウローラの魔法で弾き、水槍や濁流は避けるか剣で切り裂く。

 「学園長」の操る巨大騎士は、兎に角ガンガン真竜を殴り付けていた。

 稼働限界がある以上、守りは捨てる構えだろう。

 そしてボレアスは、飛行した状態で走る俺の横に並んだ。

 

「そろそろ本気を出すか、竜殺しよ!」

「いやぁ俺はさっきからずっと本気でがんばってるぞ?」

「我が助力してやろうと言っているのだ! それぐらい察するがいい!」

「もっと素直に言えば良いのに」

「ホント、そういうところよお前」

 

 俺の首にぎゅっと抱き着きながら、アウローラはジト目でツッコんだ。

 そんな言葉は物ともせず、無駄に大きく笑うボレアスへと俺は剣を掲げた。

 ボレアスの身体が瞬時に炎へと変じ、刀身へと吸い込まれていく。

 竜王の炎が宿った事で、剣とそれを持つ俺の内は燃えるように熱が高まる。

 さぁ、こっからが山場だな。

 

「とりあえず大人しくして貰うぞ、マレウス」

「――――!!」

 

 俺の呼びかけに応えたワケじゃないだろうが。

 真竜はひと際高く咆哮を上げる。

 仕掛けてくるのは変わらず水流による質量攻撃。

 ――だけでなく、同時に開いた顎から放たれる青白い閃光。

 凍結の《吐息ブレス》により、濁流は巨大な氷塊へと変貌する。

 大部分を凍りつかせながらも、其処から更に押し寄せる膨大な量の水。

 巻き込まれれば水の流れに捕らわれ、混じる氷塊によって圧し潰される。

 厄介な攻撃ではあるが――何とかなる。

 

「《跳躍》……!!」

「“竜の如き力を”」

 

 呪文による脚力の強化。

 其処にアウローラによる各種強化の魔法も上乗せされる。

 全身から火を吹くような力が漲り、俺は水と氷の津波に向かう。

 氷塊はぶち当たれば死にかねないが、同時に激流の中での足場になる。

 複雑な流れに浮き沈みする氷を一瞬だけ踏みながら真竜との距離を詰めていく。

 巨大騎士もただ的にされてるだけじゃない。

 氷塊を分厚い装甲で防ぎ、水の圧力もパワーで無理やり押し開く。

 その上で凍結の《吐息》も浴びせられているが、そのぐらいじゃ怯まないようだ。

 掲げた剣に雷光を纏い、叩き込む一刀は嵐を削る。

 俺も負けじと踏み込んで、その鱗と肉を竜殺しの刃で斬り裂いた。

 竜が吼える。鎖と封印に縛られたままで嵐がまた勢いを増す。

 降り注ぐ雨粒の矢に、更に氷の鏃が混ざり出した。

 

「痛っ……!?」

 

 雨粒の方は大半が鎧で防げたが。

 氷の鏃は間接の隙間や装甲の薄い部分を撃ち抜いて来る。

 鋭い痛みの後に、更に身体の中を抉られるような激痛が走った。

 どうやら氷の方は命中すると、更に肉に潜って棘を広げてくるらしい。

 滅茶苦茶痛いが歯を食い縛って我慢する。

 

「レックス、大丈夫!?」

「あんま大丈夫じゃないががまんする……!」

 

 アウローラも魔法の防御で遮ってくれている。

  が、全方位から飛んでくる攻撃を全ては防げない。

 背中側で良く見えないが、彼女の方も既に何発か喰らっているはずだ。

 流れる水とは別の、俺のモノじゃない血の感触がある。

 

『相手も多少は弱まった気がするが、先は長いな』

 

 剣の内でボレアスが囁くように言った。

 その言葉の通り、真竜マレフィカルムも少しずつだが削れつつあった。

 俺の剣が鱗と肉を割き、巨大騎士の剣が巨体を打ち据える。

 水による攻撃が弱まる気配はないが、ダメージは確実に蓄積されている。

 あくまで「少しずつ」、未だに真竜の力は健在だ。

 

『ちょっと、こっちも持つかもう分かんねェぞコレ……!』

 

 イーリスがそう叫んだ直後に、大きな破砕音が響いた。

 恐れていた事態の一つ。

 真竜マレフィカルムを繋ぎ止めていた鎖の一本が、半ばから砕け散った。

 展開された対竜兵装も今や半分ほどが氷塊混じりの濁流によって破壊されている。

 決定打にはならないが、イーリスの援護はかなり大きかった。

 それも今や半減し、縛っていた鎖の一つが壊された。

 結果、真竜は今まで以上に爪や尾を好きに振り回してくる。

 大振りになれば威力は増すが、その分だけ隙は大きい。

 普段なら好機チャンスとなり得る状況も、荒れ狂う水が邪魔をする。

 

 「会長! 此方も正直、長くはありませんよ……!」

 「現状を正確に把握するのは大切ね、ホーエンハイム」

 「こりゃァ死ねますなマジで」

 

 戦闘不能のオーガスタ以外の夜会メンバー。

 彼らも封印術式を気合いで維持してくれてるが、限界は近い。

 どちらが先に音を上げるかの我慢比べダメージレース

 なかなか絶望的な状況だが――。

 

「……レックス?」

「おう」

「何だか、ちょっと楽しそうじゃない?」

「そうか?」

「ええ、少しだけ」

 

 兜に隠れた自分の表情は見えない。

 そもそも気にしている余裕は微塵も無い。

 ただ、そう。

 確かな事は一つだけ。

 この瞬間、しくじったらそれまでだ。

 ほんの僅かにズレただけで命が消し飛ぶ死線。

 恐ろしいと言えば恐ろしい。

 別に恐怖を感じない程に頭がイカれているわけでもない。

 しくじったら死ぬだけなのは、単に当たり前の事だ。

 それが竜に挑むという事で。

 それが竜を殺すという事。

 俺に出来る、数少ない事の一つだ。

 ――しかし、俺は楽しそうにしているのか。

 アウローラが言うならば、きっとそうなのだろう。

 だから俺は変わらず剣を振り抜いた。

 竜殺しの刃は青白い鱗を斬り裂いて、真竜の肉を削り取る。

 敵は爪の一振りだけで波濤を引き起こす。

 直撃した巨大騎士が体勢を大きく崩すのが見えた。

 ダメ押しに打ち込まれそうになった尾は、俺が剣を突き立てる事で鈍らせる。

 その代償に、真竜の敵意ヘイトがこっちに集中した。

 水で形作った大鎚ハンマーが横から思い切りぶちかましてくる。

 氷塊混じりのソレは紙一重で躱したが、地を這う形で体勢を崩す羽目に陥る。

 間髪入れず、頭上から水の槍が降り注いだ。

 

「手加減無しだな……!」

「そりゃあそうでしょうね!」

 

 槍が当たる寸前、視界が黒く染まる。

 アウローラが発動した《転移》だ。

 俺達は一瞬で離れた位置に飛び、再出現と同時に俺は走り出した。

 水の槍と氷の鏃がすぐさま此方を追いかけて来た。

 捕まる寸前、頭上を巨大な塊が通過する。

 巨大騎士が放つ横薙ぎの一撃が、水と氷を吹き散らして真竜の顔面にぶち当たった。

 いや、今のはマジで助かった。

 

「アウローラ、大丈夫か?」

「あんまり大丈夫じゃないけど、もうちょっと頑張るわ」

 

 《転移》はかなり魔力を消耗する大魔法のはずだ。

 術式に最適化しているらしいテレサでも連発するのはキツいらしい。

 既にアウローラは幾つもの大魔法を発動、維持しつつ他の魔法も使いまくっている。

 どれだけの負担になっているか俺には想像も付かない。

 ついさっきとは立場が逆になったやり取りに、アウローラは少しだけ笑った。

 

「これだけ私に苦労させてるんだから。

 マレウスにはキツいお仕置きをくれてあげなきゃね」

「程ほどで許してやれよ」

 

 まぁそういうのも何だかんだで喜びそうな気はするが。

 などと考えている間も、真竜マレフィカルムの猛攻は止まない嵐のようだ。

 降り注ぐ水と氷に振り回される爪と尾。

 凍結の《吐息》に捕まると死ねるので、これだけは絶対に避ける。

 負傷は懐から出した賦活剤を一気飲みして誤魔化す。

 幸いと言うべきか、真竜の意識は完全に俺達や巨大騎士に向けられている。

 距離を離したイヴリス達やテレサは攻撃に呑まれる心配は殆ど無い。

 だから後は、俺達が勝てるかどうかだ。

 

『悪い、そろそろこっちは限界だ……!』

 

 続く激戦の中で、対竜兵装の大半が既に沈黙していた。

 未だに稼働している銃身は真竜に弾を撃ち込み続けているが。

 其方もそう長くは持たないか。

 

『《魔女の騎士》に回せる残存魔力は残り四割ほど。

 全力での戦闘駆動は持って五分だ』

 

 「学園長」が操る巨大騎士もまた残り時間タイムリミットを告げる。

 纏っていた雷光も弱まっているし、見た目も既にボコボコだ。

 正直、傍から見ていてまだ元気に動いてるのが驚きだ。

 俺は俺で賦活剤の残りは少なく、背に負うアウローラも黙り気味だ。

 それでも彼女が拘束を続けてくれているおかげで、俺達は何とか戦えている。

 剣に戻ったボレアスだけが、まだ元気に燃え盛りながら笑っていた。

 

『人間はこういう局面を最高潮クライマックスと言うのだったか?』

「いや言ってる場合かよ」

 

 竜を殺す刃から、炎の如き力が流れ込む。

 その内に宿った永遠の魂によって力を生み出す魔の剣。

 未だ燃える魂を持たない俺の身体を、その炎で無理やり動かす。

 真竜マレフィカルムは未だ健在。

 だが纏う鱗の何割かは剥がれ落ち、刻んだ傷は確実に竜を弱らせている。

 半ば壊れかけた鎖が軋むが、破壊するまでには至らない。

 封印を内側から破りかけていた魔力も、今はかなり大人しくなっていた。

 こっちも大分ヤバいが、真竜の方も追い詰められつつある。

 それは間違いない。

 だから俺は休まず剣を振るい、真竜の鱗を更に引き剥がしにかかる。

 これならば――と、そう考えた直後。

 

「ッ、レックス! 真竜の様子が……!」

 

 苦しげに呻くように、アウローラが警戒の声を上げた。

 鱗を削いで傷を重ねた事で、力を弱めたはずの真竜マレフィカルム。

 それが突如、強烈な圧力を放ち始めた。

 何が起こっているのかは俺には一つも分からない。

 確かなのは、息を吹き返したと考えるには余りに不自然に真竜の力が増大した事だ。

 美しい歌にも似た鳴き声には怨嗟が混じり。

 俺達を見る赤黒く濁った眼は、いよいよ炎を点したように燃え盛る。

 それは間違いなくヤバい事が起こる前兆だ。

 

『一旦退きたまえ! これ以上は危険――』

 

 巨大騎士から流れる「学園長」の声。

 だがそれを言い終えるよりも早く、破滅的な変化が生じた。

 どの道、この状況じゃ逃げる暇もありゃしない。

 空間が歪む程の魔力を放っていた真竜マレフィカルム。

 その姿が、唐突に消失した。

 いや、正確には違う。マレフィカルムは消えたワケじゃない。

 融けたのだ。まるで自身が「水」に変わったかのように。

 溢れ出すのは闇に染まった暗黒の波濤。

 それはフラワーチャイルドさんの時と似てるが、禍々しさは桁が違う。

 まるで憎悪や敵意だけを煮詰めたかのような漆黒。

 周囲に溢れる他の水すら呑み込みながら、闇色の濁流は渦巻きながら迫ってくる。

 

「ッ――――!!」

 

 誰かが何かを叫んだ気がするが、それを言葉と認識する暇もなく。

 真竜そのものから生じた闇の波濤が俺達を呑み込んだ。

 

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