266話:模造品

 

「――さて、無事か?」

「そう見えるんならそうじゃないかしらね」

 

 呻く声。

 気遣いを含んだ機械の言葉に、私はついそう応えていた。

 ――大真竜の手から逃れた後。

 機械の男アカツキは、私たちを詰めた網を片手に都市の影を駆け抜けた。

 そう、それこそ風を置き去りにする速度で。

 まぁ分かる、追っ手がどう襲って来るか分からないのだから。

 可能な限りの速度で逃げよう、というのは理解できる。

 そのおかげで、網の中身であるこっちは随分と酷い状態になったけど。

 

「生きてるって意味なら、無事で良いんじゃないか?」

 

 私と、目を回している姉妹二人。

 それらに潰される形だけど、レックスは平気そうに言った。

 こっちはこっちで大概タフなんだから。

 

「そうか。扱いが手荒くなったことは謝罪する」

「それは別に良いけど、早く離して貰える?」

「失礼した」

 

 レックスとくっついてる分には良いけど、流石にちょっと息苦しい。

 アカツキはすぐ謝罪を口にすると、手元に小さな刃を出した。

 そして躊躇うことなく、網をその切っ先で切断したのだ。

 解放された私たちは、固い地面の上へと転がる。

 

「ぐえっ」

 

 そして三人分の下敷きになるレックス。

 微妙に嬉しそうな気はするけど、そこは触れないでおく。

 

「大丈夫?」

「何とかな。テレサとイーリスは?」

「……こちらも、どうにか」

 

 テレサの方は、どうにか意識を取り戻したようだった。

 妹のイーリスはまだ目がグルグルしている。

 まぁ、放っておいて大丈夫でしょう。

 今はそれよりも――。

 

「……此処は?」

 

 網から解放されたので、改めて周囲の様子を確認する。

 真昼のような光に包まれていた機械都市。

 その中にあるとは思えない、暗く淀んだ一角。

 決して狭くはないけど、重苦しい空気が常に圧迫しているような空間。

 人の気配もない、薄く汚れた都市の片隅。

 私たちがいるのはそんな場所だった。

 

「都市の死角、或いは影と言うべきか。

 安全とは言いがたいが、暫く身を潜めるには十分のはず」

 

 アカツキはそう応えて、近くにある建物の壁に背を預けた。

 ……やはり、どう見ても機械の塊だ。

 生命の気配はまるで感じられない。

 傀儡の人形にしか見えないのに、その振る舞いには確固たる意思がある。

 先ほどのコッペリア……いえ、ヘカーティアとのやり取り。

 古い名前を口にしていたし、縁の深い相手のようだけれど……。

 

「とりあえず、これ解けそうか?。

 流石に自力じゃ難しいんだけど」

「あぁ、そうだったな。すまない、気が回らなかった」

 

 私が少し警戒する横で、レックスはアカツキに手助けを頼む。

 ……本当に気にした様子もないわね、彼。

 まぁ、拘束を自分の手で解くのが難しいのは間違いないけど。

 隻腕の状態ながら、アカツキは先ずレックスの手についた枷に触れる。

 指先に微かな光が灯ると、それを枷の接合部に押し当てた。

 金属が焼ける音と臭い。

 少し時間は掛かったけど、程なくしてレックスの枷は二つに切断された。

 ようやく自由になった腕を、彼は大きく動かして。

 

「悪い、助かった」

「構わない。他の枷も外せるか試みてみよう」

 

 続いて、レックスの足に嵌められた枷も同じように切断する。

 ここまでは順調ね。

 テレサとイーリスの分は、レックスの物よりは軽い枷だ。

 そちらも特に問題なくアカツキは解除してみせた。

 

「あー、流石にキツかった。ありがとうな、アンタ」

「いや、礼を言うのは私の方だ。

 君の助けがなければ、ヘカーティアから逃げる事は難しかった。

 遅れてしまったが、改めて感謝を」

「そこはお互い様、貸し借り無しって事で良いだろ」

 

 枷が外れた辺りで、イーリスの意識も戻っていた。

 真面目極まりないアカツキに対し、笑いながら軽く手を振る。

 さて、そうなると残っているのは……。

 

「……で、これは何とかなりそう?」

「試してはみよう」

 

 私に施された拘束と、レックスの剣に打ち込まれた封印。

 この二つに関しては明らかに気合いの入り方が違った。

 アカツキは難しい顔(?)でそれを見て、これまでと同じように解除を試みる。

 先ずは私の方だけど……。

 

「これは……なかなか厳しいな」

 

 上から何重にも巻かれた、黒い鎖。

 封印術式を編み込まれたそれは、物理的にも相当に頑丈だった。

 アカツキは指先の熱線で切断しようとしているけど、なかなか上手く行かない。

 ただ、まったく通じていないというワケでもなかった。

 恐らく時間をかければ、鎖の方は破壊できる可能性は十分にある。

 しかしもう一つ、腕を貫いてる剣の方は。

 

「こっちは、ちょっと無理そうね」

「すまない。鎖の方だけならば、私でも何とかできるが」

 

 試しに壊せないか、針に似た刀身にアカツキが触れてみたけど。

 結果は破壊するどころか、刃こぼれ一つ刻めずに終わった。

 仮に鎖を解いても、この剣が抜けない限りは私の魔力は半減される。

 ホント、私を無力化しようっていう執念を感じるわね。

 

「仕方ないから、鎖の方はおいおいで良いわ。

 先にそっちの剣を試して貰っても?」

「了解した」

 

 今の状況で、余り時間をかけ過ぎるのは避けたい。

 だから私は後回しにして、《一つの剣》をどうにかしたい。

 こっちの封印が壊すことが出来れば、中のボレアスも出て来られる。

 癪な話だけど、今は兎に角戦力を確保しておきたい。

 

「……こちらは、まだ何とかなりそうだ」

「そう? あぁ、テレサ。

 剣なら壊れることはないから、貴女も手伝いなさい。

 《分解》を撃ち込めば、少しぐらいは通じるかもしれないし」

「それは、良いのですか? 中にはボレアス殿も……」

「大丈夫よ、剣にいる限りは魂だけに近い状態のはずだから」

 

 まぁ攻撃魔法を叩き込まれた衝撃とか、そういうのはあるかもしれないけど。

 流石にそこまで気を使ってる状況じゃない。

 

「剣が使えれば、俺も少しは役に立てるようになるからな。

 テレサも、やって貰って良いか?」

「それは――ええ、勿論です。がんばります」

 

 レックスの言葉に、テレサもやる気になった様子。

 巻き添えを食らわないよう、作業に入るアカツキとテレサ以外は距離を取る。

 最初はアカツキが、調べるように剣を封じる鎖に触れた。

 

「……あぁ、この鎖ならば何とかなる。

 そちらの《最強最古》を封じる物よりはまだ脆い。

 これは私の方が破壊しよう」

 

 言うが早いか、アカツキは指先で鎖の切断に掛かる。

 私の時は随分と時間が掛かりそうだったけど、こっちはスムーズに作業が進む。

 程なくして。

 

「……良し」

 

 先ず、剣を封じていた鎖が解けた。

 後は金属板と、その上から打ち込まれた幾つもの鋲。

 

「では、下がってください」

 

 そう言って、テレサが一歩前に出た。

 既に身体に刻まれた術式に魔力を通し終えた後だ。

 アカツキが距離を離すのを確認してから、手のひらを地面に置いた剣へとかざす。

 そして、躊躇なく青白い光が解き放たれた。

 一度ではなく、二度三度と。

 連続で《分解》の光を叩き込んで行く。

 

「どう?」

「……効果はありましたが……」

 

 私の確認に、テレサは難しい声で返した。

 《分解》の光が消えた後。

 予想通り、剣本体は一切のダメージを受けていない。

 父たる《造物主》の血肉で鍛えた鋼だから、それは当然として。

 剣に施された封印の方だけど……。

 

「……やっぱ完全には無理か」

 

 レックスの漏らした言葉が全てだった。

 テレサの《分解》は、まったく効果がなかったワケではない。

 鞘を戒めていた金属板の方は、《分解》の光で跡形もなく消し飛んでいた。

 しかし、打ち込まれた鋲。

 これについては、どれも傷一つなかった。

 

「レックス」

「あぁ」

 

 私に促される形で、レックスは剣を手に取る。

 柄に指をかけて、刃を鞘から抜こうと試してみるけど……。

 

「ダメだな、やっぱり抜けないわ」

「そう……」

 

 これもまた予想通り。

 完全に封印を破壊しない限り、剣を抜くことは出来ない。

 難しい顔をする私に対し、レックスは軽く笑う。

 

「ま、この状態でも別に振り回すことはできるしな。

 とりあえずは最低限って事で良いだろ」

「それはそうかもしれないけど……」

「……それに、だ」

 

 言いながら、レックスは鞘に封じられた状態の剣を掲げる。

 それから何故か、地面に向けて切っ先を振り下ろした。

 ガツンッ、と。

 地面は切れたりせず、鞘の先端とぶつかって硬い音だけを響かせる。

 けど、その瞬間。

 

「……あぁ、まったく。

 これまでで一番窮屈な思いをさせられたわ」

 

 鞘から炎が漏れ出し、それはボレアスの姿へと変化した。

 ぐったりとした様子で地面を転がる彼女を、レックスは鞘の先で突く。

 

「ええい、やめんか竜殺しめ。

 弱った者を鞭打つのが貴様のやり方か?」

「自分で『弱った』とか言うのは相当だな。

 まぁそんだけ言えるんならとりあえず大丈夫だな、ウン」

 

 ……剣を完全に抜くことは出来ないけど。

 とりあえず、隙間からボレアスが出て来られる程度には封印は壊せたようね。

 それだけで、今は良しとしましょうか。

 

「……で、これは一体どういう状況だ?」

「封印されてる間のことは、当然何も分かってねーか」

「あぁ、そこの妙な機械は敵で良いのか?」

「違いますから、どうか落ち着いて」

 

 拘束が続いたせいで、まだ弱ってるでしょうに。

 フラフラと臨戦態勢に入りそうになるボレアスを、姉妹二人が慌てて抑える。

 ……まぁ、敵なのか味方なのか。

 助けてくれたとはいえ、イマイチ私も判断が定まってないんだけど。

 それを察してか、機械の男――アカツキは、片腕を全員に見える位置に上げて。

 

「此方に敵意はない――と言って、信じて貰えるかは分からないが。

 私は、私自身に必要があってあなた方の救出を選んだ。

 完全な善意に基づく行動でないことは認めよう」

「いや、その発言は流石に正直過ぎやしないか……?」

 

 ボレアスを宥めていたイーリスも、思わずツッコんでしまう。

 ……機械の知り合いなんて、いないはずなのに。

 何故だか古い記憶に引っ掛かるものを感じてしまう。

 私は、このアカツキという男を知ってる……?

 

「君らの事を、私はヘカーティアを通じて知っている。

 だが、君らの方は私が何者なのかを知るまい。

 故に改めて名乗らせて貰おう。

 古き竜殺しと最も恐ろしき竜、その仲間である者たち全てに敬意を」

 

 言いながら、機械の男はその場に膝をつく。

 恭しく、古風極まりない礼の形を取り。

 

「私の名は、アカツキ。

 かつては《十三始祖》と呼ばれた偉大なる魔法使いらの同胞。

 そして、今はコッペリアと名乗る古き竜を愛した男。

 ――その魂を基に造られた模造品レプリカ

 それが、今君らの前にいる私という男の真実だ」

 

 深く頭を垂れながら、彼は何のためらいもなく己の秘密を打ち明けた。

 

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