267話:十四人目の始祖
「そうか、お前は……!」
私の中で、朧気だった線がようやく繋がった。
記憶が曖昧だったのも無理はない。
一応知ってはいたけれど、直接的な面識は殆どなかったからだ。
かつて、この世の外から渡り来た偉大な魔法使いたち。
後に《十三始祖》と呼ばれる彼らには、「十四人目」と呼ぶべき同胞がいた。
それこそが魔法使いならざる者。
魔法の素養なき者にも扱える「機械」という技術をこの地にもたらした人物。
ただ一人、「不死の秘儀」を求めずに定命の運命を受け入れた男。
故に《十三始祖》には数えられなかった。
――《鋼鉄の賢人》、アカツキ。
「私の事――私のオリジナルについては、記憶されていたか。
《最強最古》、かつての竜の長子よ」
「……そうね。
正直、今の今まではすっかり忘れていたわ」
助けられたのは事実だけど。
始祖の関係者というだけで、今は警戒してしまう。
いや、さっきの言葉が正しいのならコイツは本人ではなくレプリカだ。
けれど、どこまで信じて良いものか。
「良く分からんが、アウローラの古い知り合いで良いのか?
いや、あのコッペリアの彼氏って認識の方が良いのか?」
「どちらも正しいので、そのどちらでも構わない」
「そっかー」
……レックスは本当に軽いんだから。
正直、一応の素性が分かった事で逆に目的が見えなくなった。
私に恨みがあるはずの始祖で、コッペリアの……その、彼氏なの?
そんな立場で、どうして私たちを助けたりしたのか。
「なぁ、ここで話し込んで大丈夫なんだっけ?」
そう声を上げたのはイーリスだった。
彼女も彼女で警戒はしているらしく、チラチラと周りに視線を向けていた。
「監視の目がいつ届くかは、私にも分からない。
問題なければ移動を提案したい。
幸いと言うべきか、この都市は広い。
私が普段使っている『隠れ家』に案内しよう」
「そんな場所があるのなら、最初からそこに行けば良かったのではないか?」
ボレアスが口にした疑問に、アカツキは首を小さく横に振る。
「『隠れ家』はあの《
拘束された状態で移動するのは困難だった。
なので、一先ず身を潜められる此処で行動の自由を確保する必要があった」
とりあえず、納得の行く答えではある。
それでも、やはり私の中では不信感が拭えない。
そもそも言っている事に虚偽がないという保証もないのだ。
私はそう考えていたけど……。
「……私は、この方を信じて良いと思いますが」
「だな。敵とグルだってんなら、もうちょっとやり方があるだろ」
姉妹の方は、「とりあえず信じても良い」という意見らしい。
まぁ、言いたい事は分かるけど。
レックスも、私の頭を軽くポンポンと撫でて。
「別に信用する必要はないが、とりあえずは付いて行って良いんじゃないか?
こっちは行くアテもクソもないし、まだ拘束も完全に解けてないしな」
「……それは確かにそうだけど」
鎖とかは解けて、動けるようにはなった。
けど私の腕にはブリーデの剣が今も突き刺さったまま。
魔力が扱えないから、術式もロクに発動できない。
……本当に忌々しいわね。
「仮に騙す気であるのなら、その時はその時でどうにかすれば良かろう。
ここでまごついてる方が問題も多かろうよ」
「……うるさいわね、それも分かってるわよ」
調子が戻って来たらしく、ボレアスはこちらを見ながらニヤリと笑う。
コッペリアの話とかで、私もあまり冷静ではなかったらしい。
改めて考えれば、この場で選べる選択肢なんて最初から多くはなかった。
アカツキを名乗る機械の男を見て、私は一つ頷いた。
「分かった。案内して頂戴」
「感謝する」
「けど、まだお前を完全に信用したワケではないから。
そこはしっかりと覚えておいて欲しいわね」
「当然だ。立場だけなら敵に近い事は、私も理解している」
そう応えながら頷くと、アカツキは早速その場から動いた。
都市の隙間から、複雑に入り組んだ裏道へと。
私たちがその背中を見失わない程度の速度で先を行く。
「なぁ」
「何かな、レックス殿」
「移動しながらでも話はできるだろ?
ちょっと聞いておきたい事があるんだが」
「構わない。私に答えられる事なら幾らでも」
腕の使えない私を傍らで支えながら。
アカツキの直ぐ後ろから、レックスがそう話しかけた。
後ろには姉妹が続き、殿にはボレアスが。
大体、この顔ぶれで移動する場合のいつもの並びね。
「ぶっちゃけ、どういう目的なんだ?
俺たちを助けたのも、必要があったからって言ってたよな」
「あぁ、私には私個人の理由がある。
――今は大真竜となった、ヘカーティアを救う事。
私の行動目的は、その一点のみだ」
「ヘカーティアを……救う?」
それは、一体どういう意味だろう。
ヘカーティア――大真竜コッペリアを名乗るアイツが目的である事。
そこまでは予想の範疇だけど。
「救うって、具体的にどうするつもりなんだ?」
「方法は幾つかある。
最悪の場合、ヘカーティア自身を殺めるのも一つの手だ。
悲しいが、それぐらいしなければ彼女を止めるのは難しいのも事実」
「貴方は――その、彼女の恋人では?」
「それはあくまで私のオリジナルだ。
思いは変わらずとも、今此処にいる私はアカツキという男のレプリカだ」
姉妹の問いにも、アカツキは穏やかな声色で応じる。
言ってる内容は一部物騒な割に、本当に落ち着いてるわね。
でも、それは決して「機械的」という印象ではない。
どちらかと言えば、悟りを見出した賢者に近い響きだ。
「千年前に起こった事実については、既に聞いたと思う」
「《黒》って魔法使いがやらかしたって話か?」
「そうだ。彼の企みによって、多くの古竜が狂気に陥った。
――そしてその中には、かつてのヘカーティアも含まれていた」
「…………」
それは、容易に想像ができる話だった。
死にたがりだった頃のアイツは、私が知ってる時点でも相当におかしかった。
元から狂っていたところに、そんな外部からの干渉があれば。
一体、どれほど狂い果ててしまうのか。
アカツキは言葉を続ける。
「彼女は《五大》、大陸そのものを呑み込む程の力を持った嵐の王。
それが狂気に陥ったとなれば、どうあっても止めるしかない。
私は――オリジナルの私は、自らその役目を志願した。
当時のオリジナルは不死は拒んだが、可能な限りの延命の処置は施していた。
それでも肉体は限界に近く、届くか否かは分からない状況だった」
話を聞きながら、私たちは暗い道から明るい場所へと出る。
何処までも煌びやかな光に彩られた都市。
広い道には、この都市の住人であろう人間が多く行き交っている。
……あのまま裏道を進むのではなく、まさかこんな人の多い大通りに出るなんて。
面食らってる私たちは気にせず、アカツキはその中へと躊躇なく踏み出した。
それを見たら、こっちはついて行く他ない。
「ちょっと、これ大丈夫なの……!?」
「問題ない。彼らは私たちの存在を気にしたりはしない。
彼らは、現在のヘカーティアが築いたこの『理想郷』の住人だ。
自分たちの不幸に繋がりそうな異常は、そもそも認知する能力を持っていない」
「……は? 何だよ、それ」
「彼女は狂ってしまっている。かつても、そして今も」
訝しむイーリス。
応じるアカツキの声には、僅かに悲しみの感情が混ざる。
「……千年前のヘカーティアを止める試みは、その時点では成功した。
犠牲を払いながらも、オリジナルの私は嵐の王に刃を突き立てた。
友である魔法使いから託された、竜を封じるための剣。
それもまた大いなる企みの一つである事を、その時の私は知らなかった」
「……《黒》」
私に切り捨てられた後も、諦めなかった愚かな魔法使い。
古竜たちを狂わせて、そして剣を与えた者たちの手で狩らせる。
その後に、あの男が企てた事はきっと――。
「……剣によって封じた、竜の魂。
あの男――《黒》は、最初からそれを自分で取り込むつもりだったのね?」
「その通りだ、《最強最古》。
全ての竜を殺し、その魂を奪い取って大いなる存在へと進化を果たす。
その計画は実際に、半ば成功してしまった」
……それは、私がかつて計画した事の焼き直しだ。
「造物主の真名」を得た《黒》ならば、成功させたとしてもおかしくはない。
「封印された竜の魂、その一部ですら余りに強大過ぎる力だった。
摂理を歪め、新たな理で世界を塗り潰す。
大いなる偽神へと化しつつある魔法使いを、止める術はなかった。
……だから、我々はアレを決断した」
「何をしたんだ?」
「封印を、竜の魂を人の魂の内に取り込む事だ」
やはりか、と。
私は一人納得してしまった。
それが竜の魂を人が呑み込んだ、真竜という存在の真実。
「剣の封印は、彼の魔法使いが仕掛けたモノ。
そのままでは封じたはずの竜の魂は、何の抵抗もなく奪われるのみ。
それを防ぐため、当時の竜狩りたちは封じた魂を己の内に呑み込んだのだ。
こうすれば、少なくとも
「…………それで、どうなったんだ?」
「多くの者は、竜の魂が持つ力と狂気に耐え切れず歪んでしまった。
だが、それに耐え切った者たちもいた。
決死の覚悟で挑んだその英雄たちの手で、神のなり損ないは鎮められた。
完全に滅ぼすことは出来なかったそうだが……」
「まぁ、そうでしょうね」
どれぐらいかは分からないけど。
不滅である竜の魂を複数取り込んだのなら、その存在も実質不滅だ。
元より、始祖である魔法使いは不死不滅。
滅ぼす手段がなかったのも頷ける。
しかし、そうなると……。
「その英雄たちとやらが、今の大真竜たちってこと?」
「あぁ、その通りだ。
神となるはずの男に捧げられようとしていた竜の魂。
それを繋ぎ止め、現在の大陸秩序である盟約の礎となった者たち。
――それこそが七柱の大真竜たちだ」
「成る程なぁ」
何処まで分かったか知らないけど、レックスもとりあえず頷いていた。
今の話で、《大竜盟約》と大真竜の成り立ちについては概ね理解できた。
「なら、コッペリア――いえ、ヘカーティアも?」
「……そうだ。本来なら、真竜としての主導権は竜の魂を呑んだ側にある」
応える声に、僅かな陰りが生じる。
アカツキは――そう呼ばれた男のレプリカは、悔いているようだった。
それは恐らく、過去の己に対しての。
「だが私は、オリジナルである私は耐え切れなかった。
《五大》と称されるほど強大な彼女の魂。
それに対して、器となるべきアカツキの魂が弱すぎたのだ」
「……それは、具体的にどうなったのですか?」
「容量を超える中身を入れられた器は、当然のように破綻した。
幸か、不幸か。そうして壊れた男の魂を、逆にヘカーティアは呑み込んだ。
結果として、彼女は『神の真名』による支配からは抜け出せた」
「そいつは結果オーライ……で、良いのか?」
「私には断言できない」
姉妹の言葉に対し、アカツキは迷わず首を横に振った。
確かにそれだけ聞けば、結果的には上手くいったように聞こえるけど……。
「……ヘカーティアは狂ったって、そう言ってたよな。
それは今も変わらないとも」
「そうだ、レックス殿。残念ながら、彼女は今も狂気に囚われたままだ。
しかしそれは、父たる《造物主》に呪われたものではない」
ヘカーティア――大真竜コッペリアを名乗りながら、今も狂気に陥っている竜。
彼女が現在も縛られている呪いについて、アカツキは静かに言葉にした。
「彼女は、己が呑み込んだ男の魂を取り戻そうとしている。
壊れて砕けた欠片を、我が身の内に抱き締めながら。
もう一度、失ってしまった愛を手に入れる為に。
――どうしようもなく、彼女は狂ってしまったんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます