第二章:壊れた彼女の理想郷

265話:束の間の逢瀬

 

 突然の乱入者。

 複数の大真竜が集うその場所に、強引に割り込んで来た誰か。

 煙を裂くようにして現れたのは――。

 

「……機械……?」

 

 私は思わずそう呟いてしまった。

 機械。

 姿を見せたのは、人間の形をした機械だった。

 印象そのものはイーリスの操る《金剛鬼》に近い。

 全身が金属の部品を組み上げて構築された、人体を模した自動機械。

 ただ、現れた相手は《金剛鬼》よりも更に洗練された印象だ。

 滑らかな曲線で構成された有機的な装甲。

 背こそ高いけれど、ほぼ完璧に人間に近い体格。

 肩から羽織った黒い外套を靡かせ、前へと進み出るその動き。

 何よりも、騎士の兜にも似たその顔。

 人間で言えば、目に当たる部分に宿った青い光。

 機械であるにも関わらず、其処には稲妻の如き強い意思が輝いていた。

 

「そこを退いては貰えまいか、ヘカーティア」

「それを僕が頷くと思うかい?

 ダメだよ、許さない。

 狙いはそこの《最強最古》とお仲間たちだろう?

 何処で知ったのかは知らないけど――」

「いいや、分かっているはずだ」

 

 コッペリアの言葉を、機械の男は強い響きで遮る。

 口にする声も、人工的な印象は欠片もない。

 誰かが操っている、というよりも。

 まるで機械そのものが、意思を持って喋っているような。

 

「君が知り、見聞きした事。

 それは私が知り、見聞きしたも同じだと。

 ――ヘカーティア。

 私は君を、コッペリアなどと呼ぶつもりはない。

 だから、どうか」

「――ダメだよ。ダメ、それは許さない。

 例え君が、変わり果ててもまだ君のままであろうと。

 聞いてはあげられない。

 むしろ、早く君の方こそ理解して欲しいな」

 

 笑う。コッペリアは笑っている。

 さっきまで、私たちに向けていたものとはまるで異なる。

 恋に歓喜する少女の顔。

 それと同時に、狂おしいほどの愛が渦巻く笑顔。

 狂愛のまま、大真竜は笑っていた。

 

「僕は、『今の僕を認めない事』以外、君の全てを許しているのに――!!」」

 

 笑いながら、叫びながら。

 コッペリアはその右手を大きく横に薙いだ。

 

「ッ……!?」

 

 その瞬間、同時にレックスも動いた。

 腕の自由は利かない状態で、私と姉妹を床に押し倒す。

 イーリスの上げた驚きの声は、激しい轟音によって掻き消された。

 ただ、魔力を込めた右手を横に払った。

 たったそれだけの動作で、私たちのいた部屋は真横に引き裂かれた。

 どれほど頑丈に造られていようとまるで関係がない。

 巨大な爪で引っ掻いたように、壁も天井も大きく抉り取られている。

 

「ちょ、ブリーデさん! 無茶苦茶しないで下さいよ!?」

「頭低くしてなさい……!

 ああなったらロクに聞こえないんだから……!」

『ブチギレると見境なくなるの、ホント相変わらずっぽいなぁ』

 

 どうやら、こっちと同じく巻き添えは喰らわなかったらしい。

 ゲマ子を抱える形で、ブリーデも床に伏せているのが見えた。

 その周りには、青白い炎を宿す騎士が複数。

 白刃を抜いて猫を吊るしたウィリアムも、その中に混じっていた。

 あの糞エルフに関しては、流れ弾で吹き飛んでくれても良かったんだけど。

 

「――客人を死なせたらどうするつもりだ?」

 

 大真竜が放った破壊的な攻撃の後にも。

 変わらず、機械の男は健在だった。

 どのようにして切り抜けたのかは分からない。

 羽織った外套を風に靡かせ、鋼の戦士はコッペリアへと挑んだ。

 速い――!

 男の動きは、私の目から見ても驚くほどに速い。

 青く輝く雷光をその四肢に帯びて、機械の男は加速する。

 或いはこの速度で、さっきのコッペリアの攻撃を回避したのか。

 対するコッペリアは動かない。

 まるで愛しい者を迎え入れるように、その両手を広げるだけ。

 

「勿論、万が一でも死なせないよう加減はしたさ。

 あぁ、けど……」

 

 男の言葉に、コッペリアは応えながら。

 雷光を纏った鋼の拳が、その細い身体に直撃した。

 まったく容赦のない一撃だった。

 大気が破裂するような衝撃が、その威力を外野の私たちにも伝えてくる。

 ――間違いなく、あの機械の男は強い。

 レックスほどではないでしょうけど、それでも相当だ。

 もしかしたら、そこらの真竜相手なら十分単独で対抗可能かもしれない。

 だけど、目の前にいるのはただの真竜じゃない。

 

「――君には、加減はしてあげないよ。

 だってそんなことしたら、君自身に申し訳ないだろう?」

 

 細い少女の身体にしか見えなくとも。

 かつては《五大》の一柱にも数えられた強大な竜。

 たかだか鋼の塊が、音速に近い速度でブン殴って来たぐらい。

 当然のように、コッペリアは小動もしなかった。

 機械の男に動揺はない。

 渾身の一撃が通じない事も、最初から分かっていたのか。

 再び雷光を纏い、距離を取ろうとして――。

 

「遅いね」

 

 その前に、コッペリアの手が機械の男に触れた。

 愛撫をするみたいな柔らかい手つき。

 指で軽く腕を撫でたようにしか見えなかった、けど。

 

「ッ……!!」

 

 それだけで、男の右腕が半ばから千切れた。

 バチバチと火花を散らす断面。

 片腕を破壊されながらも、機械の男はどうにか間合いを離す。

 

「……流石にキツいな、アレは」

 

 私や姉妹を庇いながら、ぽつりとレックスが呟く。

 

「どうにかなると思う?」

「分からん。あっちの機械っぽいのは頑張ってるけどな。

 あのコッペリアって奴も、見たところまだ遊んでるぐらいだ」

「まぁ、そうでしょうね……」

 

 その気になれば、一瞬ですり潰せるはず。

 そうしないのはコッペリア自身がこの状況を楽しんでるからか。

 すっかり蚊帳の外に置かれた状態で、ただ見守る他ない。

 あの機械男は、私たちに用があるみたいだけど。

 手を出そうにも、こっちは出すための手足が完全に潰されている。

 本当に、どうしたものかしらね……。

 

「……姉さん」

「やる気か?」

 

 と、イーリスとテレサが囁くように言葉を交わしている。

 首を傾げてそちらを見ると。

 

「ちょっと、オレが手を出してみるわ」

 

 イーリスの方が、小声でそんなことを言って来た。

 手を出すって、この状況で何を――いや、そうだった。

 私やレックス、テレサは魔力まで封じられているため魔法の行使もできない。

 けど、イーリスは魔法を使えないため物理的な束縛のみ。

 彼女が使える《奇跡》については、何の制限もない。

 

「やれそうか?」

「わかんね。しくじったら許せよ」

「がんばれ、期待してる」

 

 レックスの言葉に、イーリスは軽く笑った。

 そうしている間にも状況が動き続ける。

 片腕をもがれた機械の男は、どうにかコッペリアの隙を突こうとするが。

 

「無駄だよ。君のことなら、僕は手に取るように分かる」

 

 その試みの尽くは、空しく失敗に終わる。

 雷光を纏い、音を超えて駆け抜けようとも。

 コッペリアには全てが見えているようだった。

 鋼の拳を容易く受け止め、指の先端すら掠っただけで致命になり得る。

 大きな損傷は、最初にもぎ取られた腕ぐらいだけど。

 それ以外にも大小の傷が、装甲の表面に刻まれつつあった。

 

「――――」

 

 追い詰められている。

 それは当人が一番理解しているはず。

 だけど、機械の男は折れる素振りさえ見せない。

 その身に纏った鋼鉄よりも、遥かに頑丈な意思を瞳に宿す。

 鋭い眼光に貫かれる事すらも、コッペリアには喜びであるようだった。

 

「愚直に直進を繰り返す。

 本当に、君は不器用な男だね」

「下手な小細工では、君には通じない。

 であれば私は、私にできる最善を実行するだけだ」

「あぁ、そうだね。君はそういう男だ。

 君が変わらぬ君のままでいてくれること。

 それが何よりの喜びだよ」

 

 ……傍から聞いてると、まるで恋人同士が睦み合ってるような。

 ちょっと赤面してしまいそうな雰囲気がある。

 いや、そんなことを思ってる場合でないのは分かってるけど。

 ともあれ、状況はあまり宜しくない。

 機械の男は覚悟を決めて、コッペリアもそろそろ終わらせるつもりだ。

 介入のタイミングは、恐らく次の一瞬。

 

「……大丈夫だ、イーリス。お前ならできる」

「プレッシャー掛かるね……!」

 

 姉の励ましに、イーリスは半ば自棄の笑みを浮かべている。

 コッペリアは目の前の相手に夢中だ。

 私たちには、今のところ殆ど注意を払っていない。

 ブリーデも自分や抱えた小動物どもを守ろうと精一杯だ。

 ……ウィリアムは、変わらず私たちに向けて一定の警戒を行っている。

 けど、特に何かしてくる様子はない。

 相変わらず頭の中でどう考えてるか知らないけど、それならそれで構わない。

 強大な魔力によって余さず圧迫された空間で。

 機械の男と、大真竜の女は向かい合う。

 本来であれば、それは戦いにすらならない隔絶した力関係。

 男は全身全霊で、女は遊興に耽る心地で。

 両者の合意によって微妙な均衡が成立している。

 けど、その天秤も次の瞬間には大きく傾く。

 

「押し通る――!!」

「無駄だって言ってるだろ、アカツキ――!!」

 

 コッペリアは高らかに、その男の名を叫んだ。

 アカツキ、それは確かウィリアムが言っていたこの都市の名称。

 それと――もう一つ、微妙に記憶が曖昧だけど。

 そんな名前を昔、聞いた覚えがあるような。

 なんて考えている内に、機械の男――アカツキは青い輝きと共に走る。

 本当に、ただただ愚直に。

 音速を容易く超過する速度は凄まじいの一言だけど。

 コッペリアには見えている。

 見えているし、相手が真っ直ぐに突っ込んでくるだけと分かっている。

 だから、コッペリアは余裕の笑みでその手を広げて――。

 

「今……!!」

 

 瞬間、イーリスは介入を行ったようだった。

 残念ながら、彼女の持つ《奇跡》は私の目でも見えない。

 ただ、起こった事実は観測できる。

 

「――――ッ!?」

 

 疾駆するアカツキの軌道。

 真っ直ぐに走るだけの稲妻が、途中で大きく歪んだ。

 速度は落とさないままの強引な曲線機動。

 アカツキ本人も――何より、コッペリアは驚きの表情を見せた。

 

「しまっ……!」

 

 ただ真っ直ぐに突っ込んでくるだけの相手を、そのまま捕まえる。

 コッペリアの頭にあった行動プランは、きっとそれだけだったはずだ。

 それがいきなり大きく動きを変えたため、対応し切れず硬直する。

 一秒にすら満たない、ほんの僅かに見せた大真竜の隙。

 アカツキはそれを見逃さなかった。

 動きの鈍ったコッペリアのすぐ横を、風の如く駆け抜ける。

 そうして迷わず、床に伏せた私たちの方へと。

 

「手荒くなるが、少し我慢してくれ!」

 

 まだ無事な方の腕から、何かが広がった。

 これは、網?

 驚いている暇もなく、アカツキは私たちを纏めて網で包んでしまう。

 

「これは、ちょっと手荒いってレベルじゃ……!?」

「助かるわ、悪いな!」

「礼には及ばない、離脱する!」

 

 四人ぎゅうぎゅう詰めの状態にされるけど、レックスは余り気にしてないようだ。

 アカツキは鋭い声で応じると、一秒も止まらずに走り続ける。

 私たちを確保した以上、もうこの場に用はないと。

 先ほどコッペリアが開けた壁の裂け目に、迷いなく突っ込んだ。

 

「っ、待って……!!」

「いいや、待たない、今回は此処までだ」

 

 必死に。

 それこそ、泣いて縋る子供のように。

 涙に濡れた声で叫ぶコッペリアに対して。

 アカツキは振り向きもせず、けれどしっかりと届かせる声で応じた。

 夜を昼に塗り替える、都市の海へと身を投げながら。

 

「それが何時かは分からない。

 だが、私は必ず君を救うと誓おう。

 これが何度目の誓いか、私の中には残っていないとしてもだ。

 ――今は、さらばだ。我が愛しき竜よ」

 

 語る愛の言葉を間近で聞きながら。

 私たちはそのまま、自由落下に身を任せた。

 ……猫を置いて来ちゃったけど、まぁ、アレは別に良いわよね。

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