177話:決着


 今さらながら、間近で見る《天空城塞》は本当にデカかった。

 「小さな島ぐらいはありそう」ってのも割と正確な見立てかもしれない。

 それが唸るような轟音と共に、高速で落下してくる。

 地面に落ちれば大惨事だし、中にいる奴は間違いなく死ぬ。

 糞エルフは分からんが、姉妹の方はどう考えても耐えられない。

 だから俺は――俺達は風を裂いて夜空を駆ける。

 偽りの空と、その天幕に浮かぶ星を背にする大真竜ゲマトリア。

 真っ直ぐ向かって来るこちらを見下ろしながら、嘲笑を五つに重ねた。

 

『馬鹿ですねェ、焦って無策で突っ込んで来ましたか!

 ――そら、出て来なさいお前達!』

 

 ゲマトリアがそう叫ぶと、落下中の城から何かが無数に飛び出した。

 丁度城の脇を過ぎようとしたその瞬間。

 現れたのは何匹もの怪物――《竜体》と化した真竜達だ。

 数は恐らく十数から二十前後。

 様々な形をしたいびつな竜の群れ。

 主たる大真竜の命に従って、俺達を取り囲もうと動く。

 

「ここにに来て数押しかよ」

『ハハハハハ、まさか卑怯とは言わないですよね!

 これで数の上でもこっちが圧倒的有利!

 ほら、このまま一息に――』

『……状況の見えぬ小娘だ』

 

 嘲るゲマトリアに、黄金の竜は憐れみを込めた笑みをこぼす。

 言われている意味が分からず、ゲマトリアは言葉に詰まったようだ。

 その間にも、真竜達は俺達を仕留めるために空へ飛び上がり――。

 

『――――ッ!?』

 

 

 一匹、二匹、三匹と。

 強靭であるはずの《竜体》を砕かれ、成す術もなく墜落する。

 防ぐ手立てはなく、避ける事も難しい。

 偽りの空から落ちてくる《流星》は、有象無象の真竜どもを正確に撃ち抜く。

 

『空は変わらず夜に染まったまま。

 「星を墜とす」のを中断しただけで、術式はまだ解いていない。

 そんな事にも気付かなかったのか?』

『ッ~~~……!!』

 

 笑うアウローラに、ゲマトリアは五つ分の顎で歯噛みする。

 その間も星は降り注ぎ、哀れな真竜どもを次々と撃墜していく。

 目で見る分には神秘的とすら言える光景。

 星が墜ちる夜空に、ゲマトリアは咆哮を轟かせた。

 

『ガアァァ――――ッ!!』

 

 放たれるのは五重の《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 アウローラは飛行速度を落とさず、強引な軌道変更でそれを回避する。

 炎と雷撃が鱗を焦がし、氷雪が身体の一部を凍てつかせる。

 毒や酸は通じぬとばかりに無視し、両者の距離は急速に縮まって行く。

 

『死ね――ッ!!』

『それは古竜に吐く言葉ではなかろう』

 

 《吐息》の連打をことごとく躱し切って。

 アウローラとゲマトリアは、再び爪の届く間合いにお互いを捉えた。

 殺意を吼えながら、ゲマトリアの四肢を《邪焔》が覆う。

 恐らくはゲマトリアが唯一、明確にアウローラに勝っている力。

 全てを焼く黒い炎は魔法すらも軽々と引き裂く。

 コレがある以上、アウローラがゲマトリアに白兵戦を挑むのは不利だ。

 それを分かっていて、敢えて距離を縮めた理由。

 勿論、それは俺がこの場にいるからだ。

 剣の届く間合いに近付いて貰わないと仕事ができないからな。

 だから俺は、迷うことなくアウローラの背から跳んだ。

 竜の力で強化された脚は危なげなく空を跨ぐ。

 

『何度も同じ手を喰らうかッ!』

 

 叫ぶゲマトリアは、《邪焔》を纏った爪をこっちに伸ばす。

 丁度振り下ろした剣と激突し、真っ黒い火花が散る。

 その瞬間にアウローラも横から尾で殴り掛かった。

 が、それをゲマトリアは腕で受け止める。

 

『ガァ――ッ!』

 

 そしてまたもや放たれる《吐息》。

 俺には炎を、アウローラには雷撃と氷雪を。

 さっきより溜めが短いためか、威力は比較的に小さい。

 が、それでも人間が喰らうには痛すぎる。

 もう何度目になるか分からない全身火炙りタイム。

 

『そろそろ死にそうか、竜殺し?』

「もうちょいがんばれる」

 

 諸々の耐火性能を積んでなかったら、とても頑張れなかったろう。

 ――竜であるアウローラに、火は効果が薄い。

 毒や酸は通じず、選択肢として雷と氷雪を仕掛けるしかない。

 俺の方も手っ取り早く負傷ダメージを与えるなら炎が良い、というのは分かる。

 毒は吸わなければ効果半減で、酸は鎧で大半遮断される。

 しかし結果として、ゲマトリアは同じ失敗ミスを繰り返した。

 炎が視界を遮って、俺の姿を一瞬見失ったのだ。

 

『ギッ……!?』

 

 こんがり焼かれて黒い煙を上げながら、俺は炎から飛び出す。

 《邪焔》付きの爪を足場にしたせいで、足は更に焼かれてしまったが。

 構う事なく、刃で狙うのは首一本。

 分厚く強靭な鱗と肉を、竜殺しの刃は派手に斬り裂いた。

 絶叫。苦痛で暴れようとしたゲマトリアの動きを、アウローラが妨げる。

 長い尾で腕の一本を絡め取り、振り下ろした爪がそれを半ば引き千切った。

 ダメ押しで放たれた蒼光の《吐息》。

 威力を絞った一撃は、ゲマトリアの首の一本を粉砕した。

 残る首は三本だが、また直ぐに再生される可能性は十分ある。

 だから兎に角、攻め手は一切緩めない。

 

『ガァアアァアァアア――ッ!!』

 

 怒り、憎悪、敵意、苦痛。

 首を狙って剣を閃かせる度に、それらが綯交ぜになった咆哮が重なる。

 必死に抗い、振り回される爪と《邪焔》。

 嵐も同然に荒れ狂う力場による攻撃。

 首の数を減らしても、《吐息》の威力は変わらず脅威だ。

 間違いなくゲマトリアは追い詰められている。

 余裕の類はもう微塵も残ってはいない。

 大真竜としての威厳とか、そういうモノも全て振り捨てて。

 残ったのは剥き出しの激情。

 生存本能や闘争本能とは少し異なる。

 間違いなく言えるのは、ゲマトリアもまた必死だという事だ。

 

『負けて、たまるかァ――!』

 

 それは叫ぶ言葉が何よりも表していた。

 負けるものか、必ず勝つと。

 追い込まれた自分を奮い立たせるためにゲマトリアは吼える。

 だからどれだけ削っても、力は容易く衰えない。

 こっちはこっちで大分キツいんで、正直勘弁して欲しいところだ。

 

「おおおぉぉッ――!」

 

 これも何度目かは分からない雄叫び。

 気合いを吐き出すのはあんまりガラではないけども。

 ギリギリの状況、そうでもしないとうっかり戦意が圧し折れかねない。

 己を鼓舞し、そして集中する。

 この場が空の上だとか。

 今いるのが荒ぶる大真竜の上だとか。

 その辺は頭の隅に追いやって、手にした剣に意思を乗せる。

 竜を殺す――ただその一つを成すために。

 一つで足りなければ十を。

 十で足りないのなら百を。

 千を、万を、それ以上を。

 ひたすら積み重ねる。

 それしか知らないし、それだけが俺にできる事だ。

 竜を殺す――そのただ一つを成し遂げるためのり方だった。

 気付けばゲマトリアの《竜体》もかなり削れている。

 色が絶えず変化する鱗は半数が剥がれ落ち、残った首はあと二本。

 それでもまだ、ゲマトリアの眼は燃えていた。

 最後の最後まで決して折れない。

 勝利だけは絶対に譲らない壮絶な覚悟。

 ゲマトリアは、己の魂を絞り出すように吼える。

 

『――まだだっ!』

『まだだっ、まだ、まだ負けてないっ!』

『負けるものかよボクは大真竜だぞっ!!』

『七柱ある盟約の礎! ボクらは最後の秩序の番人だ!』

『それが、お前に、お前たちなんかに負けるはずが――――っ!』

「いいや」

 

 自らを支えるため、ゲマトリアが吐き出した言葉を。

 俺は一言で切って捨てる。

 もうどれだけ足掻こうが、結果は決まってるんだ。

 

 

 だからお前は負けるのだと。

 その結果は覆せない。

 どれだけ覆す意思と力があろうとも、俺達がそうはさせない。

 

「ふっ!」

 

 ゲマトリアが纏う《邪焔》を刃で切り払い、そのまま爪を一つ叩き折る。

 一瞬で傷を塞いでいた回復能力も、今は殆ど見る影もない。

 どれだけ意思を曲げなかろうが、限界は必ず訪れる。

 その間際まで、ゲマトリアは追い込まれていた。

 

『認めませんよ、そんなもの!!』

 

 ゲマトリアは吼える。

 弱まりつつあった《邪焔》を燃え上がらせ、二つの首は《吐息》を放つ。

 威力が弱まっても竜の《吐息ブレス》だ。

 俺は直撃を喰らわぬように身を躱す。

 

『認めない、絶対に認めませんっ!

 ボクはまだ望みを叶えていない! 辿り着いてさえいないんだっ!』

 

 吼えて、叫びながら。

 ゲマトリアは力を振り絞って暴れ続ける。

 アウローラは避ける事はせず、それを正面から受けていた。

 距離が近く、回避が困難な位置だったのは間違いない。

 加えて、近くにいる俺を攻撃から守るのも目的の一つだろう。

 放たれる《吐息》は金色の鱗で防ぎ、《邪焔》を纏う爪も《竜体》で受け止める。

 当然、そんな事をすればアウローラも無傷では済まない。

 鱗と肉を黒い炎に焼かれながら、アウローラは呻き声の一つも漏らさなかった。

 そんな穏やかな様子とは対照的に、ゲマトリアは吐く言葉に激情を重ねる。

 

『ボクはまだ、彼女の隣に立ててないっ!』

『そのためにも、先ずは本当の真竜になるんだ!』

『だから邪魔をするなよ《最強最古》!』

『お前みたいな奴だけ、ズルいぞっ! 望む誰かを傍に置いて!』

『ボクは、ボクだって、この願いを叶えれば……っ!』

『――無駄だ、愚かな僭主せんしゅ

 幾ら吠えようとも、その願いは叶わない』

 

 淡々と、冷徹に。

 アウローラはゲマトリアの叫びを断じた。

 一瞬言葉に詰まった大真竜に、アウローラは剣の如く言い放つ。

 

『何故ならお前は弱く、此処で私達に負けるからだ』

『ッ……き、さまァ!!』

 

 その一言は、ゲマトリアの逆鱗を綺麗に踏み抜いた。

 大真竜は激怒し、アウローラに対して殺意を集中させる。

 《邪焔》を纏った爪と、雨のように降り注ぐ力場の矢。

 残る二つの首は、もう形振り構わず《吐息》を何度もぶっ放す。

 全て、その全てをアウローラが自らの《竜体》で受け止め続けた。

 刻まれた負傷ダメージは決して軽くはない。

 それは仕掛けているゲマトリアも分かっていた。

 けれど、黄金の竜は変わらず笑ったまま。

 ――丁度、少し前とは逆の構図だと。

 残り少ない頭に血が上っていたゲマトリアは気付かなかった。

 

『ぎッ……!?』

 

 アウローラの挑発に乗せられる余り、俺への警戒は大分疎かになっていた。

 そこを狙って、俺は死角からゲマトリアの首に剣を突き刺した。

 放つ寸前だった炎の《吐息》が喉の奥で暴発する。

 傷口から噴き出す炎熱を浴びながらも、俺は剣を持つ手に力を込めた。

 そのまま全力で引き裂けば、更に炎が爆ぜる。

 内からの爆発で首がもげかけた状態でも、ゲマトリアは叫んだ。

 

『人間、がァ! ボクに、大真竜であるボクに、こんな真似……っ!』

『首の数が減り過ぎたせいか、余所見が致命的だな。小娘』

 

 腕と、そして残った最後の首。

 ゲマトリアの身体をアウローラの爪が捕らえた。

 決して外れぬようにと、ゲマトリアの鱗に強く爪の先を突き立てる。

 そして大きく開かれた顎から漏れ出す青い光。

 超至近距離からの《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 それがどれほど致命的な一撃か、ゲマトリアは理解していた。

 

『そんなもの――――ッ!!』

 

 対抗するため、ゲマトリアも《吐息》を溜める。

 これまでも二頭の竜は《吐息》を何度か撃ち合って来た。

 威力は殆ど互角――どちらも万全であるのなら。

 ゲマトリアの首で、《吐息》を放てる程に無事なのは一本だけ。

 ならば威力はどの程度か。

 

『終わりだ、小娘』

 

 その言葉を合図に、俺はまたゲマトリアの上から跳んだ。

 今度は夜空にではなく、近くを飛ぶアウローラの《竜体》へと。

 そして、光が爆ぜる。

 ゲマトリアが吐いた炎の《吐息》。

 それを容易く吹き散らして、黄金の竜は咆哮する。

 《最強最古》が吐き出した青白い熱線。

 《邪焔》を薄く纏った鱗は、ゲマトリアにできる最後の悪足掻きだった。

 消耗していない時であればその一撃さえ防ぎ切ったかもしれない。

 しかし今、ゲマトリアにそれだけの力は無かった。

 ――破壊的な衝撃で空を震撼させながら、蒼光が大輪の華を咲かせる。

 夜を押し退ける眩い輝きの中で。

 俺の眼は、五体を砕かれたゲマトリアの姿を見ていた。

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