348話:かえりたい


 墜落し、地表に叩きつけられた『地砕き』。

 それを見ていた誰もが、最初は砕け散ったものだと考えていた。

 しかし《巨人》は未だ健在。

 撒き上げられた土煙を裂いて、「ソレ」は姿を見せる。

 地を這う芋虫からの羽化。

 羽根を失って地に墜ちた『地砕き』は、またその形を変えていた。

 今度は二足歩行。

 《巨人》の名に相応しく、人間を単純にデカくしたような形態だ。

 ただ顔や手足など細部の造形は曖昧で、出来の悪い泥人形のようでもある。


『Aaa――――ア、アアァアアア――――』


 声。

 歌うような鳴き声とは違う。

 苦痛、悲嘆、憤怒。

 負の感情を綯交ぜにした、それは人の嘆く声。

 半端に開かれた口と思しき部分から、叫びは無意味に垂れ流される。

 恐らくは、《巨人》に入れられた誰かの魂。

 その何者かが発しているのか。


「おい、動き始めたぞ!」

「しかも進行方向に変化無しか。マジで困るな」


 イーリスの言う通り。

 『地砕き』は足を動かして再び進行を開始した。

 一歩踏み締めるだけで大地が揺さぶられる。

 最初はゆっくりとした動作で。

 しかしすぐに今の形態に慣れたのか、歩く速度はあっという間に加速していく。

 いや、ヤバいよなコレ。

 

「往生際が悪いぞ、《巨人》風情が――!!」

 

 怒りの声を吐き、先ずアストレアが仕掛けた。

 空に展開された《神罰の剣》。

 微かに息が乱れているが、《裁神》は弱味を見せない。

 勢い良く右腕を振り下ろせば、輝く「剣」が一息に『地砕き』に降り注ぐ。

 範囲は散らさず、ある程度集中させた一撃。

 それは走る『地砕き』の速度でも振り切れず、その頭部目掛けて――。


「な……っ!?」


 驚愕。

 それはアストレアだけでなく、その場の全員が同じ反応を見せた。

 彼女が放った《神罰の剣》。

 それを『地砕き』が防いだのだ。

 頭部を狙ったはずの一撃を、腕を構える事で受け止める。

 命中した腕は大きく削られたが、それはすぐに肉が盛り上がって塞がってしまう。

 防御しながら、走る『地砕き』は止まらない。

 俺たちには一瞥もくれる様子もなかった。


『アアアァアア――――ア、アアァア――――!!』


 嘆きの声だけが尾を引いて。

 『地砕き』は真っ直ぐに、その名の通り大地を砕きながら走り続ける。


「アウローラ、追えるか?」

「飛んでる時よりは遅いから、どうにかね!」


 アウローラが応えると同時に、飛竜はまた高速で飛行する。

 飛竜に乗っていないアストレアも、自力で負けないぐらいの速度を出していた。

 とりあえずアウローラの言う通り、追い付く分には問題ない。

 問題があるのは此処からだ。


「レックス殿、コレをどう止めますか!」

「それな。いや、せめて足ぐらいは止めんとな」

「だがこのデカさに加えて再生能力も高い。

 『核』を潰さねば話にならんぞ?」

「……ええ。だから、アレを見て」


 そう言って、《巨人殺し》が走る『地砕き』を指差した。

 見れば、外殻の表面にせり出す形で赤い結晶の表面が露出している。

 アレは――『核』、か?


「多分、無理な形態変化のせい。

 本来は身体の深い部分にある『核』が、姿を大幅に変えたせいで表に出てきてる」

「……確かに、他にも何か所か見えてる部分があるな」

 

 トウテツの眼も、《巨人》の急所と呼ぶべき箇所を正確に捉えていた。

 ……キツいはキツいが、これなら何とかなるか?

 ただ、露出してる『核』の数だけで五つ以上はある。

 コイツの『核』は果たして幾つ存在するのか。


「分からんが、とりあえずぶっ壊すか」


 考えてから、すぐにそう結論付けた。

 傍らでアウローラが呆れた様子で笑っている。

 

「まぁ、結局そうなるわよね」

「走る『地砕き』に飛びついて、それぞれ別の場所の『核』をぶっ壊す。

 そんな感じで考えてるんだけど」

「ワシとお前、それに《巨人殺し》。

 あとはそっちの黒髪の娘の四人……と、あちらの神はどうするかだが」

「…………」

 

 トウテツに言われて、アストレアはほんの少しだけ沈黙を返す。

 それから直ぐに。

 

「……仮に首尾よく『核』を潰したとしても。

 あれだけの巨体なら、他にも複数の『核』があるはずだ。

 恐らく『地砕き』はそれだけでは止まらない」

「だろうなぁ」

「故に私は《粛正の剣ケラウノス》を使う。

 出力を最大にした我が権能の一撃なら、奴を粉々に砕くことも容易い。

 お前たちは『核』を砕け。

 それで奴の足が鈍れば、そこに《粛正の剣》を叩き込む」

「分かりやすくて良いな」

 

 流れはそれで決まりだな。

 俺たちで『核』を砕き、それで動きが鈍ったところにアストレアがトドメを刺す。

 他に『核』がどれだけあろうと、全身吹き飛ばされたら無関係だ。

 ただ、《巨人殺し》はアストレアをじろりと見て。


「あわよくば私たちごと、とか考えないでよ」

「裁くのは『地砕き』を滅した後だと、その宣言を翻すつもりはない。

 ……《粛正の剣》を放つまで、十数える。

 その間に『地砕き』から離れるがいい」

「なら、『核』を割に行くのはさっきトウテツが上げた四人だな。

 アウローラはイーリスの傍で、『核』を壊した後の回収を頼めるか?」

「それが一番でしょうね。仕方ないけど、分かったわ」

『我はこのままでも良いのか?』

「ボレアスさんは俺と頑張って貰う方向で」

 

 戦力を一人分足すのも悩ましいところではあるが。

 実質後方待機な事に、ちょっとむくれるアウローラを軽く撫でておく。

 じゃあ、もうひと頑張りしてきますか。

 

「イーリスも、悪いがもうちょっと待ってて……」

「……

 

 ぽつりと。

 今まで黙っていたイーリスが、そんな言葉を呟いた。

 かえりたい?

 

「イーリス?」

「……多分、気のせいだとは思うんだけど」

 

 自身も戸惑った様子で応えながら、イーリスは指を差す。

 指した先にいるのは『地砕き』だ。

 変わらず嘆き声を上げながら、走り続ける哀れな怪物。

 

「アイツの出してる声が、さっきからそんな風に聞こえるんだよ。

 かえりたい、かえりたい――って」

「……アウローラ、どう思う?」

「残念だけど、私には何とも。

 その声とやらもそうだし、今のイーリスについてもね」

 

 やはり、アウローラでも良く分からないらしい。

 姉のテレサは若干不安そうな顔をしている。

 とはいえ、声が聞こえる程度ならヤバい状態ではないだろう。

 

「…………」

 

 ふと、アストレアがイーリスを見ている事に気付いた。

 その視線にはこれまでのような憤怒や敵意は薄い。

 何処か、観察しているような。

 

「? 何だよ」

「……いいや。それより、いつまで無駄話を続けるつもりだ?」

 

 見られている事に気付いたイーリスが、アストレアを軽く睨み返した。

 するとすぐに視線を外し、俺たちに向けてそう言った。

 ……今の行動も、気になると言えば気になるが。

 アストレアの言う通り、これ以上話し込んでる余裕はないな。

 

「適当に散らばって『核』をブン殴る。

 足場とか危ない感じだけど平気だよな?」

「ええ、大丈夫」

「ハハハ、万一落ちたらそのまま踏み潰されかねんな!」

「物騒なことを言わないで頂きたい」

 

 よし、大丈夫そうだな。

 『地砕き』に払われないよう注意しながら、飛竜をその巨体に近付ける。

 タイミングを見計らって――。

 

「よし、行って来る!」

「気を付けて!」

 

 アウローラの声を背で聞きながら、先ずは俺が飛び降りた。

 狙うのは右肩の辺りに見えてる『核』。

 人の形で爆走しているせいか、揺れ方がマジで半端じゃない。

 しかも、着地した瞬間に。

 

「うぉ!?」

 

 即座に「手」が降って来た。

 丁度人間が、身体に付いた虫を払う仕草で。

 肩に下りた俺に向けて、左の手が叩きつけられる。

 足場が悪すぎるし、避ける隙など殆ど無い。

 なので。

 

「ボレアス!」

『まったく、世話の焼ける男よな!』

 

 こちらも力で対抗しようか。

 剣に宿るボレアスの炎を身体の内で燃え上がらせる。

 アウローラから貰った強化は未だに有効だ。

 更に力場の盾も展開して。

 

「ふん……!!」

 

 受け止めた。

 身体が酷く軋むが、どうにかギリギリ。

 叩き潰そうとする《巨人》の手を、真っ向から防いでやった。

 同時に剣を横薙ぎに一閃。

 クソでっかい指をざっくりと切り裂く。

 

『アアアァアアア――――!?』

「うるせぇよ!」

 

 切り裂かれた痛みに手を引く『地砕き』。

 そこへダメ押しに《火球》もブン投げておいた。

 爆発。

 炎が頭上で花咲き、熱と衝撃を撒き散らす。

 こんなものは《巨人》からすれば掠り傷だろう。

 だが、ほんの少しでも怯ませる事は出来た。

 その隙に、俺は揺れる巨体の上を駆ける。

 右肩から盛り上がった『核』。

 躊躇うことなく、全力で。

 振り下ろした刃を赤い表面に叩き込んだ。

 

「よし……!」

 

 砕ける。

 他に何か起こるかと若干不安ではあったが。

 羽根を潰した時と同様に、特に問題なく『核』は砕け散った。

 念のため、砕けた箇所に《火球》もおまけしておく。

 噴き上がる炎が《巨人》の血肉を焼き潰す。

 

『アアアアァアアア―――アアアァアア――――!』

 

 嘆く声がひと際大きくなる。

 正直、間近で聞いてるとかなり耳が痛くなるな。

 叫んだ直後ぐらいに、目に見えて『地砕き』の走る速度が低下した。

 

『どうやら他の連中も無事にやり遂げたようだな』

「あぁ、そこは心配してない」

 

 内から聞こえるボレアスの言葉に軽く笑っておく。

 砕いたタイミングはほぼ同じで、潰した数は合わせて四つ。

 それだけの『核』を同時に失った影響だろう。

 風の如く地を駆けていた《巨人》が明らかに失速している。

 

「――星の裁きを此処に」

 

 その好機を《裁神》は逃さない。

 掲げた右手に光を束ね、《粛正の剣》を放つ構えを取る。

 撃つまでに十数えるとか言ってたな。

 とりあえずこっちはアウローラの回収を待って……。

 

「ッ……!?」

 

 突然。

 まったく突然に、『地砕き』の身体が激しく揺れた。

 何が起こったのか。

 『核』を砕かれて失速したはずの《巨人》。

 それが再び、とんでもない速度で走り始めたのだ。

 体感なので断言はできないが、さっきまでより速いかもしれない。

 

「おい、何だコレ……!?」

『我にも分からん!』

 

 まぁそりゃそうだろうな。

 ボレアスも明らかに困惑した様子だ。

 何が起こったのか――振り落とされないよう、外殻に剣を突き立てて。

 視線を走らせたところで、気が付く。

 さっき切り裂いて、炎をぶつけた左手。

 それと今、『核』を破壊したついでに《火球》を投げ込んで出来た火傷。

 それらが再生していない。

 これまでなら、すぐに傷が塞がるはずなのに。

 見上げる。

 《神罰の剣》を庇った頭部にも、露出している最後の『核』がある。

 その『核』が真っ赤な光を放っているのが見えた。

 ……まさかとは思うが。

 

「再生に使う力を、全部走る力の方に回してるのか?」

『だとしたらどうするのだ、竜殺しよ!』

「そりゃまぁ、頑張るしかないよな」

 

 俺の出せる結論はそれぐらいだ。

 恐らく今の力の基点は、あの頭から突き出した『核』だ。

 右肩にいる俺が距離的には一番近い。

 走ろうとするが、揺れが酷すぎてちょっとヤバい。

 動きを止めない事には、アストレアも《粛正の剣》を放てない。

 

「ちょっとコレは拙いか……!?」

『アアアアァアアア――――アァアアア、アアァアアア――――!!』

 

 聞こえるのは『地砕き』の――いや。

 『地砕き』に呑まれてしまった誰かの嘆きばかり。

 かえりたいと、イーリスはそう言っていた。

 コイツはただ、元居た場所を目指してるだけなのかもしれないが。

 

「悪いが、このままじゃ迷惑なんでな……!」

 

 嘆きに応じるつもりで叫んでから、覚悟を決める。

 最悪、アウローラか誰かが助けてくれるだろう事を期待して。

 

『流石に我も無謀が過ぎると思うぞ、竜殺しよ!』

「いやぁ、とりあえずやれる事はやんないとな!」

 

 警告するように言いながらも、ボレアスは内で炎を燃やし続ける。

 その力をありがたく頂戴し、揺れる巨体の上を走り出す。

 

「ッ!?」

 

 その、直前に。

 これまた本当に突然、走る『地砕き』が足を止めていた。


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