349話:鬼の王と巨人の死


 『地砕き』が何故止まったのか。

 理由は実に単純だった。

 大地を踏み砕きながら疾走する巨体。

 それを正面からブン殴った「誰か」がいたからだ。


「ガハハハハハ!!」

 

 トウテツを彷彿とさせる呵々大笑。

 丁度『地砕き』の胸の高さの空に、その女は浮かんでいた。

 距離が遠いため正確なところは言えないが。

 デカい女だった。

 多分、トウテツ辺りと比較しても遜色のない体躯。

 背丈も胸も尻も兎に角全部デカい。

 ただ腰回りだけは細く、顔も野性味が強すぎる以外はかなりの美人だ。

 長く伸びた金色の髪はさながらたてがみのようで。

 頭には天を衝く二本の角が伸びているのが見えた。

 あと、黒い衣装ドレスの端からは太い尻尾みたいなものも覗いている。

 

「どこの誰だか知らんがなぁ!

 そんな図体でオレ様の《国》に入れるわけねェだろうがよ!!

 おととい来やがれ!!」

 

 空を震わす大音声。

 デカ女は空中を蹴り、固めた拳を振り抜いた。

 『地砕き』に届く距離ではない。

 当たり前のように拳の一撃は空を切る――切ったように見えた。

 

『ッ!!?』

 

 衝撃。

 『地砕き』は再び前に出ようとしていた。

 だがその動きは、巨体を貫く衝撃によって阻まれる。

 多分、あのデカ女が殴ったせいだろうが。

 何かを「飛ばした」ような感じだが、現時点では良く分からない。

 それよりも、今は。

 

「行くぞ……!」

『ハハハハ、綱渡りだなまったく!』

 

 走る。走り出す。

 『地砕き』の動きが止まっている内に、目指す場所へと。

 それだけでも小さい山ぐらいのサイズはある頭。

 露出した『核』は今も赤く輝いている。

 激しく脈打つ心臓のように。

 

「《跳躍》!!」

 

 強化済の脚力を更に強化。

 過剰な魔法で身体が軋みを上げるが、今は無視する。

 あの謎のデカ女のおかげで『地砕き』は足を止めている。

 が、それも長続きするもんじゃない。

 走って、走って、跳んで、走って。

 そして――。

 

『アアアァアアアアッ!!』

 

 《巨人》の発する声はもう悲鳴に近かった。

 身体を打ち抜く衝撃を、その圧倒的な質量で無理やり押し退けて。

 

「チッ……!」

 

 二度、三度とデカ女は拳を重ねるが、最初ほどの効果はなかった。

 動く。動き出す。

 『地砕き』の足が大地を踏み砕く。

 その先へ。その魂が望んでいる場所へと。

 目指すために、哀れな《巨人》は走り出そうと。

 

「悪いな」

 

 する直前に、俺の剣が届いた。

 突き刺す。

 露出している『核』の表面に無数のひび割れが走った。

 外殻よりも硬いが、全力で叩きつけた竜殺しの刃には無意味だ。

 深く、可能な限り深くへと。

 刺し貫いた時、切っ先に別の手応えを感じた。

 過去に何度も経験したのと同じ感触。

 魂を断ち切った時のソレだ。

 

『フン、成る程?

 《巨人》に入れられた魂とやらは、この「核」に宿っていたか』

「っぽいな」

 

 ボレアスの推測に一つ頷く。

 魂を宿していた『核』。

 それを完全に砕いたところで、『地砕き』の身体が大きく揺れた。

 

『アアあぁAaa――――Aaaahhhh――――!』

 

 痛みと悲しみを嘆く声は、感情のない無機質で透明な歌声に。

 どうやら魂を失った影響が早速出ているようだ。

 崩れる。

 内の魂が無理やり変えていた《巨人》の形が崩れ出す。

 既に多くの『核』を破壊されたのも大きいのかもしれない。

 ロクに再生能力も働かず、『地砕き』の巨体がゆっくりと倒れて行く。

 

「おっと……!」

 

 そのままでは押し潰されると。

 デカ女も宙を蹴るとその場から一旦離脱する。

 で、乗ったままのこちらも当然ピンチだ。

 

「――レックス!!」

 

 それを助けるために、アウローラが飛竜を駆って颯爽と飛んで来てくれた。

 傍にはイーリスの姿もある。

 

「悪いなぁ」

「いいから、早く乗って!

 他のもすぐに回収しないといけないから!」

 

 やや焦り気味のアウローラの声。

 理由は聞くまでもない。

 魂を宿す『核』を失った事で、今度こそ完全に動きを止めた『地砕き』。

 裁きの神様が、トドメを刺すための一撃を振り上げているからだ。

 

「前言は翻さんぞ」

 

 莫大な光を、一振りの強大な「剣」と掲げて。

 聞こえるはずのないアストレアの声が耳に届いた気がした。

 錯覚かもしれないし、そうでないかもしれない。

 どうあれ、やるべき事は一つだけだ。

 

「撤収……!」

「無茶苦茶だなホント……!」

 

 イーリスの漏らした文句には同意だが、嘆いていても仕方ない。

 倒れる『地砕き』の上。

 どうにか外殻にへばりついていた他の面子も、飛竜の翼が素早く拾っていく。

 正直、振り落とされなかったのは奇跡の類だ。

 

「っ、レックス殿もご無事でしたか……!」

「お互いにな」

 

 息も絶え絶えのテレサ。

 彼女は妹のイーリスがすぐに傍で支える。

 イーリスの方もまだしんどいだろうが、まぁ関係はないよな。

 支え合う姉妹の様子を微笑ましく見てから。

 

「そっちも無事だったか」

「おうよ、このぐらいで死ぬものか!」

「まぁ、何とかね」

 

 現地組の二人、トウテツと《巨人殺し》。

 彼らもまた特に問題はなさそうだった。

 全員を回収した時点で、飛竜は一気に高度を上げて行く。

 高く、高く。

 可能な限り『地砕き』からは離れる形で。

 

『あの巨体を砕く火力となると、巻き込まれたら流石に死ぬぞ。

 大丈夫なんだろうな、長子殿?』

「野次飛ばすだけなら黙ってて貰える……!?」

 

 アウローラも飛竜の操作で割と必死だ。

 とりあえず、これ以上集中を乱されないよう剣は鞘に納めておいた。

 

「――権能、解放」

 

 やがて、その時が訪れた。

 空は晴れて、中天には太陽が眩しく輝いている。

 その光を無理やり押し退けるような。

 そんな強烈な輝きが、大地の上で燃え上がる。

 《粛正の剣ケラウノス》。

 アストレア自身がそう呼んでいた彼女の切り札。

 

「裁きを此処に。

 我が光は、あらゆる汚濁を焼き清める。

 救われぬ者よ、せめて星の《摂理》に還るが良い――――!!」

 

 アストレアの叫びと共に、光が振り下ろされた。

 雪崩れ落ちる極光は、余すことなく倒れ伏した『地砕き』へと。

 衝撃。閃光。

 アウローラの操る飛竜は、『地砕き』からは相当に離れていた。

 それでも尚、墜落しかけるほどの余波が押し寄せてくる。

 

「っ、無茶苦茶するわね……!」

「ホントな」

 

 驚愕に声を震わすアウローラを腕に抱いて。

 俺もその光の炸裂を見ていた。

 とりあえず言いたいのは。

 

「この火力を人間相手にぶつける気だったの……??」

「いらねェだろ。無駄ってレベルじゃねーぞ」

「イーリス、それをアストレア本人に言うのは止めるんだぞ」


 テレサが諫めたんで、流石にイーリスも素直に頷いた。

 まぁ言いたい気持ちは凄く分かるけどな。

 で、『地砕き』の方だが……。


「……まったく、神とは恐るべきものよな」


 トウテツの漏らした呟きが、全てを物語っていた。

 跡形もない。

 山よりも巨大であったはずの『地砕き』。

 その巨体が今や、ほぼ完全に消し飛ばされていた。

 これでは再生もクソもあるまい。

 旧い《巨人》は、神様の裁きを受けて滅び去ったのだ。


「クロ」

『あぁ、そう心配しなくても大丈夫だぜブラザー。

 「地砕き」は死んだ、間違いなくな。

 ……まぁ、《粛正の剣》を受ける前の時点で半分ぐらい死んでたっぽいがな』

「? どういう事だ?」

 

 横で聞いていて、つい首を傾げてしまった。

 《巨人殺し》が顔や首元の装甲を剥ぐと、下から黒い蛇が出て来て。

 

『推測混じりになるけどな。

 アンタのその剣、魂を砕く類の魔剣だろう?

 それで《巨人》に入っていた魂を貫いたと思うが、間違いないか?』

「あぁ、手応えはあったから間違いないはずだ」

『その一撃で、魂が定着しかかっていた肉の方が「死んだ」と錯覚したんだよ。

 《巨人》が殺しても死なないのは血肉が不死だからだ。

 それに加えて、「死ぬべき魂が存在しない」ってのも大きい』

「もうちょっと分かりやすく」

『アンタが魂を剣で貫いた事で、魂の方は「自分は死んだ」と認識した。

 その認識が《巨人》の肉体の方にも伝わって、そっちも死に始めた……で良いか?

 最初に言った通り、半分ぐらいは推測だけどな』

「とりあえず分かった気がする」

 

 まぁ、『地砕き』が死んだってのなら喜ばしい事だ。

 心なしか《巨人殺し》の少女も、鉄面皮に安堵の色が見える気がした。

 

『ま、それでも完全に死ぬまで随分かかったろうけどな。

 《粛正の剣》がトドメを刺した形だ』

「予定してた通りの流れだな」

 

 実際完璧だな。

 頷く俺の腕を、傍らのアウローラが軽く突く。

 

「? どうした?」

「どうした、じゃないわよ。

 あの『地砕き』は片付いたとして、アストレアの方はどうする気?

 これが終わったらお前たちだって処刑予告されてるけど」

「あー」

 

 そうだな、そうだった。

 一仕事終えて完全にスッキリしてたわ。

 とりあえず、いきなり《神罰の剣》が飛んでくる気配はない。

 流石に大技をぶっ放してへたばってるか?

 巻き込まれないよう大きく距離を取ったため、アストレアの姿を見失っていた。

 

「このままトンズラでも良いんじゃねぇの?」

「それだとまた延々と追い掛けられる羽目になってしまうだろう」

「我としては、ここで決着を付けてしまうのが良いとは思うぞ?

 大仕事の後だ、相手もそう力に余裕はあるまいよ」

 

 姉妹の言葉に応じる形で、鞘に納めた剣から炎が流れ出る。

 空に翼を広げる姿でボレアスが顕現した。

 まぁ、どっちの意見も理はあるな。

 

「ワシはどちらでも構わんぞ?

 神とまた一戦やらかすと言うなら助太刀しようではないか」

「……こっちも間違いなく消耗はしている。

 これ以上の戦闘は推奨はしないわね」

 

 トウテツと《巨人殺し》、それぞれの言葉にも頷き返す。

 その上でちょっと考えた結果。

 

「……とりあえず、アストレアのところに行くか」

「本気で言ってる?」

「おい、乳がデカいからって釣られるなよスケベ兜」

「イーリスさんや、今は胸のサイズは関係ないんで」

 

 ええ、まったく関係ないんで止めて頂きたい。

 本能的にアウローラさんが噛み付いて来るじゃないか。

 手を齧る彼女の頭を撫でてやりつつ、一つ咳払いをして。

 

「逃げても追い回されるだけってのは間違いないしな。

 で、当然このまま一戦やる気もない。

 ぶっちゃけ死ぬほど疲れたしな。いやマジで」

「……じゃあ、どうするの?」

「一言入れて、出来れば穏便に別れる方向で。

 それでダメならまぁ全力でトンズラして、それも無理なら覚悟決めるか」

「……まぁ、それしかありませんか」

 

 ただ、その流れだと確実に一戦やらかす事になるだろうなと。

 アウローラとテレサはまぁまぁ諦めムードだ。

 いやいや、万が一はいつだってあり得るからな?

 そう簡単に希望を捨てるのは良くない。

 

「我は別にどちらでも構わんぞ?」

「ボレアスはそうだろうなぁ」

「……まぁ、そういう事なら行きましょうか。

 いきなり攻撃される可能性はあるから、そこは注意して」

「悪いなぁ」

 

 俺の言葉にアウローラは苦笑いを一つ返す。

 そして飛竜は翼を大きく動かし、『地砕き』の死んだ跡へと下りて行く。

 《粛正の剣》による破壊で、荒野には大きな傷跡が刻まれていた。

 さて、肝心のアストレアは何処にいるのか……?

 

「……ん?」

 

 見えた。

 見間違えようもない金色の輝き。

 アストレアの纏う鎧が、太陽の光を反射して煌めいている。

 居場所をすんなり見つけられたのは良かったが……。

 

「クソッ、離せ貴様ァ……!!」

「ガハハハハハ! 何だ何だ、照れる事はないだろうが!」

「黙れ罪人が……! いいからっ、その、汚らしい手で、私に触れるなっ!」

「……何だアレ?」

 

 やや茫然としながらイーリスは呟く。

 まぁ、ウン、無理もない。

 俺もちょっと事態が呑み込めずに困惑してる最中だ。

 アストレアは地上にいた。

 但し、その場にいるのは彼女だけではなかった。

 あの『地砕き』との戦いの最中に現れた鬼らしきデカ女。

 彼女もまた、アストレアと同じ場所にいて。

 

「まったく、気性の荒さは父親似か?

 目元は母に良く似ておるのに、それ以外は父に似てしまったようだな。

 まぁ、オレ様からすれば可愛い事に違いはないがな!」

「ッ~~~~……!!」

「……何だアレ?」

「わかんない」

 

 二度目のイーリスの呟きに、今度は首を横に振っておいた。

 他の面子も似たような顔で「ソレ」を見ていた。

 デカい鬼女が、これまでで一番かもしれないブチギレ具合を見せるアストレアに。

 まるで小さい子供にそうするように、熱烈なハグをかましている光景を――。



 

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