347話:終わらぬ脅威


 案の定と言うべきか。

 『地砕き』の羽根辺りで光が爆発するのが見えた。

 アストレアの《神罰の剣》だろう。

 当たり前のように加減した様子はなかった。


「現場の二人は大丈夫かね」

「死にはしないでしょう。一人は不死身だし」

「だなぁ」


 アウローラとそう話してる内に、俺たちもその場に到着した。

 巨大な一対の羽根、その根元。

 降り注いだばかりの輝く「剣」が、周囲の外殻に山ほど突き刺さっている。

 その中心には神であるアストレアと――。


「いきなり現れたかと思ったら無茶苦茶しよるな貴様!」

「黙れ鬼が。この場で纏めて始末しても構わんのだぞ」

「揉めるのは構わないけど、この《巨人》を殺すのが先。

 どちらも落ち着いたらどう?」


 多分、巻き添えを喰らいかけたか。

 キレ気味にアストレアに食って掛かるトウテツ。

 それと睨み合う両者の間に立つ《巨人殺し》の姿があった。

 うん、概ね予想通りではあるな。


「協力するって話だろうが!

 喧嘩売ってねぇでやることやれよバカ!!」

「……そこの小娘は、神たる私に言葉が過ぎるぞ」

「ムカつくってんなら後で幾らでも相手してやるから。

 それよりもこのデカブツをどうにかしなきゃダメだろが!」

「イーリス……!」


 相手が神様だろうが、イーリスさんは遠慮も容赦も一切なしだ。

 慌ててテレサが止めに入るが、アストレアは既にバチバチに睨みつけている。

 とはいえ、勢い任せにキレ散らかしたりはしないようで。

 小さく舌打ちをしながら、右腕を空に向けて掲げた。


「この《巨人》の『核』とやらは何処だ」

「羽根の真下だと思うけど、まだ届いてないわ」

「非力な人間では仕方あるまい」

「やれそうか?」

「私を誰だと思っている」


 傲慢なまでの自信で満たされた言葉。

 応えながら、アストレアは展開した《神罰の剣》を操作する。

 百にも届く「剣」の群れを、一つの塊に束ねていく。

 それは巨大な、光り輝く槍のようにも見えた。

 

「貫け――――!!」


 咆哮。

 神たる女の叫びと共に、右腕は振り下ろされる。

 「剣」を束ねた光の槍は、真っ直ぐ《巨人》の外殻に突き刺さった。

 爆発。衝撃。

 一点に収束された火力は、『地砕き』の肉を派手に貫く。

 穿たれたその穴の底には――。


「見えた」


 赤く脈打つ心臓の如き結晶。

 これまで見たモノの中でも特にデカい『核』。

 アストレアの一撃は『核』まで届いたが、砕くまでは至っていない。


「チッ、ならもう一度……!」

「いや」

「ええ」


 二発目を構えようとするアストレア。

 それよりも先に、俺と《巨人殺し》が動いていた。


「ハハハッ! そうさな、見てるだけでは退屈よな!」


 一秒にも満たない差でトウテツも。

 俺たち三人は、躊躇うことなく『地砕き』の穴へと飛び降りた。

 傷口の断面は大きく蠢いており、既に再生が始まっているのが分かる。

 なので。


「アウローラ、テレサ、頼んだ!」

「ホント、すぐ無茶する……!」

「承知しました!」


 応じる声と同時に、上から幾つもの光が瞬いた。

 アウローラの放つ《吐息》と、テレサの《分解》。

 再生しようとする肉を吹き飛ばし、その進行を一時でも遅らせる。

 その間に俺たちは『核』の上に降り立った。

 悠長にしている暇はない。


「ぶっ壊す」

「当然」

「オオォォォォ!!」


 全く同じタイミングで振り下ろされる剣の一撃。

 俺と《巨人殺し》は、刃が『核』にブチ当たると炎も炸裂させた。

 トウテツは純粋に鬼の腕力で。

 頑丈な『核』も、重なる威力にほんの少しも耐え切れない。

 砕ける。砕け散る。

 ガラスの球を割ったみたいに、呆気なく『核』の一つは粉砕された。


『AAAAAAaaaaa――――AaaAahhhhh――――――!!』


 『地砕き』の声。

 嘆き、怒り、叫んでいるような。

 その鳴き声が響くと同時に、大きな揺れが襲ってきた。

 こんな場所で転んだら最悪だ。

 ギリギリ踏ん張ることで、どうにかバランスを保つことはできた。


『「核」が潰れて失速したか?』

「多分な」


 ボレアスが推測した通りだろう。

 それを確かめるためにも、先ずは上に戻らねば。

 と、大きな手に首根っこを掴まれた。


「お?」

「上に投げる、舌を噛むなよ」


 掴んで来たのはトウテツだった。

 片手にそれぞれ、俺と《巨人殺し》の首根っこを押さえて。

 こっちが何か言う暇もなく、宣言通りにブン投げられた。

 いやまぁ、いちいち許可取る時間が惜しいのは分かるけどな……!

 穴から俺たちを引っ張り出さなければと。

 そんな感じで構えていたアウローラたちの横に、何とか両脚で着地した。

 《巨人殺し》の方も転倒することなく外殻の上に降り立つ。

 そして、トウテツの方だが。


「ふん……!!」


 こっちはこっちで、自力で穴から飛び出した。

 傷口は大分閉じて来たところだったので、地味に危ないところだったが。


「すまんな、もたもたしてる余裕はないと思ったのでな」

「いや、助かった」


 流石の鬼の身体能力と言うべきか。

 自力で同じ事は、やろうと思えばできたかもしれないけども。

 と――睨む視線を感じたので、そちらを見る。

 アストレアが酷く苛立たし気に俺たちに視線を向けていた。


「どうしたよ」

「……いいや。私一人でも問題なかったはずだが」

「そっちも案外疲れてるだろ。

 『核』さえ見えれば、俺たちでもどうにかできるしな」


 そう応えると、アストレアは一瞬言葉に詰まったようだった。

 案外疲れている、というのが図星だったか。


「協力するのでしょう?

 別に、貴女が一人で何もかもやる必要はない」

「言う通りだぞ。だから少しは自重しろよ」


 《巨人殺し》に合わせて、イーリスも更に押し込んでくる。

 アストレアからの反論はなかった。

 ぐっと押し黙る様子を、アウローラは微妙に楽しそうに眺めている。


『良い趣味をしているなぁ長子殿は』

「あら、私は別に何も言ってないわよ?」

「今はちょっと仲良くしときたいからなー」


 キレやすい神様を、あんまり挑発しないように。

 アウローラの頭を撫でつつ、俺は『地砕き』の羽根を見た。

 距離が近いのと、向こうがデカ過ぎてイマイチ何とも言えないが。


「動きは鈍くなってるか?」

「……クロ」

『……そうだな。『核』一つを壊した影響は出てるぜ』


 アストレアじゃないが、何故かダンマリな黒い蛇。

 《巨人殺し》が胸元の装甲を叩くと、渋々といった様子で声が漏れてきた。


『速度は落ちてるが、飛行能力はまだ維持できてる。

 見たところ、鈍ってるのは片羽根だけだ。

 両方の羽根にそれぞれ『核』が繋がってるんだろうな』

「それは予想通りね」

「だったら、もう一度か」


 そのためにも、神様の協力が必要不可欠だ。

 黙ったままのアストレアの方を、ちらりと見ると。


「……良いだろう」


 返って来たのはため息混じりの声だ。

 表情自体は変わらずイラついたままではある。

 だが、それでも諸々の感情を呑み込めはしたようだった。

 掲げた右腕の先に、輝く「剣」が再び槍の形に収束していく。

 

「私が『核』までの道を開ける。お前たちは『核』を壊す。

 それで良いのだな?」

「あぁ、頼む」

「……必ず、この《巨人》の後はお前たちを裁く。

 覚悟しておけよ」

「後も何も、今は目の前からでしょう?」

 

 余裕を見せて笑うアウローラに、アストレアはまた舌打ちする。

 うん、とりあえずこの場は仲良くしような?


「で、狙う場所は何処だ」

「今度は逆側の羽根の根元か?

 まぁそれでもし無かったら別のとこ掘り返すか」

「やるのは私だからと適当なことは言ってないだろうな貴様」


 いやそんな事は決して。

 まぁさっきも一発で掘り当てたし、大丈夫だろう。きっと。


「必ず、裁きを下す……!!」


 《巨人》ではなく、どっちかっつーと俺たちに向けて。

 アストレアは怒りを叫び、《神罰の剣》で形作られた光の槍を叩き込む。

 光が爆ぜた直後に、俺たちは再び飛び込んだ。

 大穴の底にはさっきと同じく、真っ赤に脈打つ『核』の姿がある。

 よしよし、ドンピシャだな。

 傷を塞ごうと蠢く肉は、上からの援護射撃が邪魔をする。

 その間に俺たちは『核』の上に立ち、すぐさま剣を振り上げた。

 重なる一閃。

 加減無しで打ち付けた渾身の刃に、『核』はあっさりと砕けていく。


『AAAaaアaaAAAAァ――――!』

「……うん?」


 苦痛を訴える『地砕き』の声。

 ただ、明らかにおかしな響きがそこに混じっていた。

 それを気にする暇もなく、巨体が激しく揺れる。

 今ので羽根の動きが止まったのなら。

 起こる結果は一つしかない。


『これで地に墜ちるか?

 ところで我らはこのまま留まって良いと思うか?』

「しんじゃう」


 『地砕き』はかなりの速度で飛んでいた。

 高度も相当に上だったはず。

 そんな状態で地表に墜落したら――まぁ、どう考えてもヤバいよな。

 そこに乗っかってる俺たちも。


「急げ急げ! 落ちるまでそう余裕があるとも思えん!」

「私も、流石にこの高さから落ちて死んだ経験はないわね」

「死ぬの前提で話をするのは良くないと思うなぁ!」


 後の作業もさっきの繰り返しだ。

 俺と《巨人殺し》をトウテツがブン投げて、本人は自力で穴から飛び出す。

 アウローラたちも状況は正確に把握しているようで。


「デカブツが落ちるわ! 急いで離れましょう!」

「頼む……!」


 傍に寄れば、アウローラは頭上に飛竜を呼び出した。

 全員急いで這い上がり、脱出の準備に掛かる。

 ただ一人、アストレアは。


「乗るか? ギリギリスペースありそうだけど」

「不要だ。私は自力で飛べる。

 ……宣言した通り、この『地砕き』を始末した後は……」

「俺たちを裁くんだろ? まだ終わってないんだから、その話は後な」

「……チッ」

 

 忌々し気に舌打ちをして、アストレアは光を背に空へと舞い上がった。

 うん、あの様子なら別に問題はなさそうだな。


「レックス」

「あぁ、分かってる」


 呼びかけるアウローラに応じて、俺は飛竜の首辺りに跨った。

 傍にいる彼女を軽く抱き締めて。

 全員が乗り込むのを確認すると、飛竜はその翼を大きく広げた。

 風を切る感触。

 落下する『地砕き』から素早く離脱する。

 不幸中の幸いか、場所は何もない荒野のど真ん中。

 何匹か《巨人》らしいのが蠢いてるのが見えるだけだった。

 『地砕き』はどんどんと落ちて行き……。


「…………っ!!」


 地表に激突した。

 ヤバイぐらいの轟音と衝撃が、空に入る俺たちも激しく揺さぶる。

 巻き上げられた土煙はさながら火山の噴煙のようだった。


「……死んだか?」

「《巨人》は不死だから、死にはしない」


 イーリスの漏らした呟きに、《巨人殺し》は律儀に応える。

 《巨人》は不死。

 これぐらいじゃ完全に死ぬことはない。

 ただ、流石にこの高さから落ちれば粉々にはなったんじゃないか、と。

 そう思いながら様子を見る。

 ――と、俺たちを乗せた飛竜の傍に、黄金の輝きが並び立つ。


「如何にあの巨体でも……いや、あの巨体だからこそか。

 これならば耐え切れずに粉々だろう」

「まぁ、流石にそうなるでしょうね」


 アストレアの言葉に、警戒の視線を向けながらアウローラが応える。

 《裁神》もまた、既に砕け散った《巨人》に興味はないと。

 そう言わんばかりに俺たちを睨みつけてくる。


「さぁ、宣言した通りだ。神は一度口にした言葉は違えない。

 『地砕き』の次はお前たちを――」

「待って」


 死刑開始の宣言を出そうとしたアストレア。

 だがそれは、《巨人殺し》の声が遮る。

 彼女はアストレアを見ていない。

 見ているのは、先ほどからずっと『地砕き』の落ちた場所だった。

 そして俺もまた、そちらから視線を外していない。

 アストレアが言う通り、本当に砕けたのなら良いんだが。


「貴様、神たる私の言葉を遮るなど……!」


 神様の怒りは、その一言で完全に途切れた。

 まさか、信じがたいと。

 遅れてアストレアも、俺たちと同じ方を見る。

 全員が分厚い土煙の向こう側を凝視して。


「……マジかよ」


 その底で蠢く巨影を見出して。

 俺は思わずそう呟いていた。


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