346話:神との共闘


『そら、急げよ竜殺し!』

「分かってるよ!」


 内から響くボレアスの声に応じながら。

 俺は全力で足元の肉に剣を振り下ろした。

 先ず見えたのは腕だった。

 血肉で汚れた金色の籠手と、力を失っている手。

 予想した通り、完全に生き埋めになってるな。

 全身をすっかり『地砕き』の肉に呑まれてしまっていた。

 剣だけでこれを掘り出すのは、少しばかり時間が――いや。

 思いついた事を確かめるために、アストレアの腕目掛けて剣を振り下ろす。

 竜を殺すための刃。

 それは当然の結果として、神の纏う《光輪》に弾かれた。

 よし、気を失っていても《光輪》の効果はそのままか。

 だったら。

 

「アウローラ、此処に《吐息ブレス》を頼む!」

「分かったわ!」


 要請に即応じて、頭上でアウローラが大きく息を吸い込んだ。

 放たれる一瞬で軽く距離を取る。

 極光の《吐息》は抉れた血肉の底へと突き刺さった。

 そこに埋まっているアストレアを巻き込む形だが問題はない。

 古竜の王であるアウローラでは、《光輪》を纏う彼女を傷付ける事はできない。

 《吐息》は『地砕き』の肉だけを盛大に吹き飛ばした。

 放っておけば瞬く間に塞がる傷痕。

 まだ《吐息》の熱が渦巻く中を、俺は躊躇いなく飛び込んだ。

 焼けた血肉の上に横たわる《裁神》アストレア。

 空いた手でその身体を抱え上げ。

 

「テレサ!」

「承知!」


 呼びかけた瞬間、傍らに《転移》したテレサが現れる。

 そのまま俺の腕に触れると、間髪入れずに《転移》を発動した。

 空間を超えて、降り立ったのは『地砕き』の外殻の上。

 振り向くと俺たちがブチ抜いた傷が、今まさに肉で埋まっていくのが見えた。

 うーん、割とギリギリだったな。


「とりあえず、救助は成功したわね」

「だな」


 アウローラも俺の近くに降り立った。

 『地砕き』の上にいるワケだが、今のところ攻撃してくる気配はない。

 羽根が生える前は、分身みたいなものを大量に出して来たはず。

 今もそれなりに派手にダメージを入れたし、何かしらしてくると思ったが。


「どう思う?」

「さぁ、私もちょっと分からないわ」

「……それより、そっちの女は大丈夫なのか?」


 飛んだままでは振り切られると。

 イーリスを乗せた状態で、飛竜もまた『地砕き』の上に降り立つ。

 現状、《巨人》から攻撃的な反応はない。

 それでも怪物の身体の上にいるのは間違いないので、イーリスも若干緊張気味だ。

 飛竜の背から下りて来る彼女を、姉のテレサがすぐに支えに行く。

 こっちはこっちで、指摘されたアストレアの状態を確認する。


「息はある。気絶してるだけっぽいな」

「……あの黒蛇の言う事が正しいのなら。

 今の『地砕き』は《光輪》の影響は受けないはずよね」

『だからこそ、押し潰されて窒息してしまったのだろう。

 短時間とはいえ、その程度で済んでること自体は驚異的だが』


 確かに。

 あんな風に大量の血肉に呑まれたら、普通そのまま潰れて死ぬよな。

 《光輪》無しの状態でもとんでもない耐久力だ。

 まぁ、それは兎も角。


「おい、起きろよ」

「……ッ……ぅ……?」


 抱えたアストレアを一旦下に寝かせて。

 そうしてから、呼びかけつつ軽く頬を叩いてみた。

 あんまり強くなりすぎない程度にペシペシと。

 すると、思った以上に早くアストレアは反応を示した。

 苦しげな声を漏らし、それから数度咳き込んで。


「…………?」


 うっすらと、閉じていた目が開いた。

 まさか寝起きでいきなり襲って来る事はない……と、思うが。

 一応は警戒して、剣は片手に持ったままにしておく。

 イーリスを支えながら、テレサは飛竜の傍まで距離を取る。

 アウローラは殆ど睨むように、目覚めたばかりのアストレアを見ていた。

 仮に向こうが何かしようとすれば、即座に応戦する構えだ。

 微かに緊張が漂う中、アストレアの方は少しぼうっとした表情で。


「……私、は……?」


 ぽつりと、曖昧な言葉を呟いた。

 ……多分だが、目を覚ましたばかりで意識が混濁してるのだろう。

 まぁ窒息して気絶してたワケだしな、それも当然か。

 彼女はふらつきながらも身を起こすが。


「……ここは……?」


 イマイチ状況が理解できないらしい。

 ……さて、これはこれでちょいと困ったな。

 いきなりドカドカと攻撃されるよりはマシっちゃマシだが。

 寝起きの子供みたいな反応に、アウローラたちも微妙に困惑気味だ。

 

『オイ、どうするのだ竜殺しよ』

「ちょっと、もう少し呼びかけてみるか」


 言外に「早く何とかしろ」とオマケが付いて来るボレアスの言葉に。

 俺は軽く頷き、改めてアストレアの近くに寄った。


「アストレア? 大丈夫か?」

「……? 何故、私の名前を……」

「俺、分かるか? そっちにすげェ勢いで殺されかけたんだけど」

「…………」


 名を呼ぶと、アストレアは俺の方を見た。

 目が合う。

 これまでは憤怒と敵意だけが燃え滾っていた真紅の瞳。

 その焼け付く炎は、今は見られない。

 ただ意識が曖昧で……というワケではなかった。

 起きたばかりで寝惚けているのが、多分状態としては一番近い。

 眼にはちゃんと理性の光があり、俺を見上げる表情は穏やかな少女のものだ。

 ……もしかしたら、だが。

 案外、こっちの方が彼女の素に近い表情なのかも。


「分かる? 一応俺たちが助けて……」

「……貴様」


 あ、神様モードが戻って来た。

 あどけない少女の顔から、怒り狂う《裁神》の顔へ。

 アストレアが右腕を動かそうとしたので、反射的に剣を構えた。

 傍らのアウローラも威嚇するように唸り声を漏らす。

 さぁて、このまま三度目のバトルか――と。

 そう思ったが。


「…………」


 意外にも、アストレアは仕掛けて来なかった。

 右腕は半端に上がったままだが、《神罰の剣》は展開されていない。


「どうした、やらないのか」

「……何故だ。何故、私を助けた。

 あのまま放っておくだけで、簡単に片が付いたはずだ」

「そりゃまぁ、万が一でも死なれたら困るからな」

 

 神様にとっては心底不思議だったようだけども。

 こっちとしては、そうする必要があったからやっただけの話だ。

 即答すると、アストレアの表情に戸惑いが滲んだ。


「……この『地砕き』を落とすのに、私の力を使う腹積もりか?

 神を利用しようとする不敬、私が許さぬ事は既に知っているはず」

「そうは言っても、俺たちだけでコイツをどうにかすんのは難しいしなぁ。

 ブチギレるのは分かってるけど、それはそれだろ。

 お前もこの《巨人》はどうにかしたいようだし。

 その上でまた殺り合うなら、こっちとしては相手するだけだしな」

「……正気で言っているのか?」

「正気かは分からんが、本気では言ってるな」

 

 流石に今の状況で冗談を言うほど神経は太くないつもりだ。

 俺の本音を聞いて、アストレアは沈黙する。

 こうやって睨み合ってる間にも、『地砕き』は高速で飛行を続けている。

 羽根の方はトウテツや《巨人殺し》が頑張ってはいるはずだ。

 飛ぶ様子に影響がない辺り、まだ手こずっているのか。


「……貴様らは罪人だ。

 裁きの神として、お前たちは裁かなければならない」

「だろうな」

「ふん、折角助けてあげたのにその態度?」

 

 今にもブチギレそうなアウローラ。

 一先ず、アストレアから俺たちへの戦意は見られない。

 なので宥めるつもりで怒れる彼女の頭を撫でておく。


「だが……優先順位はある。

 この、不敬にも神の力を得た忌まわしき《巨人》。

 コレを放っておく事こそ許されざる大罪だ」

「もっと分かりやすく、一旦休戦して協力してやるって言えよ」

「イーリス……!」


 はい。

 まぁ要するにそういう事なのは間違いないしな。

 アストレアはギロッとイーリスさんの方を睨むが、それ以上は何も言わない。

 身体に残る《巨人》の血を片手で払う。

 そうしてから、改めて右腕を頭上に掲げてみせた。


「私は《裁神》アストレア。

 その名において、今一時はお前たちの罪に目を瞑ろう。

 ――ただし、それはあくまでこの『地砕き』を滅ぼすまでの間だ」

「あぁ、とりあえずそれで十分だ」


 展開される《神罰の剣》。

 輝く切っ先は、俺たちの方には向いていなかった。

 狙うのは今も空を駆ける巨大過ぎる怪物。

 『地砕き』の頭上に、神様の裁きが容赦なく降り注ぐ。

 

『AAAaaaaa――Ahhhhhh――――――!!』

 

 流石に火力は凄まじい。

 一斉に放たれた「剣」の大群は、『地砕き』の外皮を次々と抉っていく。

 悲鳴じみた《巨人》の鳴き声が空に響き渡る。

 本当にヤバい火力なのは間違いないが……。

 

「クソっ、忌々しい……!!」

 

 目の前の光景に、アストレアは嫌悪の表情を浮かべる。

 羽根を広げる前とは比較にもならない、凄まじいまでの再生速度。

 前に出くわした《巨人》と比較して、そう抜きんでているワケではない。

 ただアレらと同等の速度でこの巨体だ。

 アストレアの《神罰の剣》でも砕き切るには足りない。


『やはり《核》をどうにかするしかないようだな』

「だな」


 ボレアスの言葉に頷く。

 闇雲にぶっ放すだけじゃ、この『地殺し』は落とせない。

 

「とりあえず協力しようぜ!」

「何をっ…………いや、分かった。

 だが、協力すると言ってもお前たちに何が出来る?」

「そりゃまぁ色々だよ。色々」


 俺は剣振り回して突撃するぐらいしかできないけど。

 アウローラを始め、俺以外の皆は色々できるから嘘ではない。


「幸いと言って良いかは分からないけど。

 どうやら今の『地砕き』は、上に乗ってる私たちには興味がないみたい。

 今のアストレアの攻撃を受けても一切反撃して来ないし」

「それはそれで変な話だよな。手も足もないから、ってワケじゃねぇよな?」

「地を這っていた時は、排除するために分身を出していた。

 そういう事はないと思うが……」


 アウローラの言葉に、姉妹は揃って首を捻る。

 それに関しては俺も良く分からんし、気になるは気になるけども。

 逆にアストレアはそれについては余り興味はなさそうだった。


「そんな事はどうでも良い。

 私を利用するという不遜さを、今一時だけ目を瞑っているのだ。

 恩赦を与えた事を後悔しない程度の働きは示してみせろ」

「なぁこの神様の顔面ブン殴っても良いか??」

「イーリスさんはちょっと落ち着いて。

 まぁ、そう大した考えってワケでもないけどな。

 先ずは羽根の方へ行くか」

 

 トウテツと《巨人殺し》の二人と別れた場所。

 《巨人殺し》の読み通りなら、あそこに羽根を動かすための『核』があるはずだ。

 位置も分からない他の『核』を闇雲に探すよりはマシだろう。

 

「羽根をどうにかすれば、コイツも流石に失速するだろ。

 俺たちだけじゃ『核』を掘り返すには火力が足らないかもしれないが……」

「私の《神罰の剣》ならば、不可能ではないか。

 ……良いだろう、乗ってやる」

「よし、助かるわ」

 

 握手でもしようかと手を出すと、案の定軽く叩かれてしまった。

 ……いや、もしかして今のが握手代わりなのか?

 なんとも言えないが、下手にツッコむと危なそうなので止めておこう。


「……『地砕き』を滅ぼした後は、お前たちの番だ。

 それを忘れない事だな」

「分かってるって。今この場だけだろうけど、宜しくな。

 あ、一応名乗っておいた方が良いのか?」

「不要だ。罪人の名前など、記憶に刻む必要もない」

「そりゃ残念」


 冷たく言い放つと、アストレアの姿がフッと消える。

 多分、自前の転移で羽根の方へ向かったか。


「ホンット腹立つわねアイツ……!」


 完全に気配も消えたのを確認してから、アウローラが大きく吼えた。

 うんうん、良く我慢したな。

 イーリスさんも相当不機嫌そうだが、こっちは叫ぶほどではないようだ。

 一応協力関係にはなったし、多少は自重してるのかもしれない。


『我らも急いだ方が良くないか?』

「だなぁ。向こうは鬼のトウテツもいるし」

「あの神様、絶対に配慮なんてしないでしょうしね」


 竜姉妹とも言葉を交わしながら、《巨人》の外殻を蹴って走り出す。

 テレサも、妹を抱える形でこちらに付いて来る。


「レックス殿、《転移》も使いながらの方が早いかと!」

「あぁ、頼む!」


 急げ、急げ。

 神様にも追いつかなきゃだが、『地砕き』の速度も大分ヤバい。

 《国》に辿り着くまで、後どれぐらいか。

 見えない制限時間に追われながら、俺たちは《巨人》の上を駆けて行く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る