368話:彼女の真実


「オラァッ!!」


 気合いを叫び、剣を真横に振り抜く。

 丁度襲って来たのは比較的に小型の《巨人》。

 ソイツは泥を適当に人型に纏めたような姿をしていた。

 その脚を一刀で切断。

 崩れ落ちたところで、位置の下がった頭を全力で蹴り上げる。

 皮膚も大して硬くはなく、砕けた頭蓋の奥に赤い《核》が見えた。

 そこを狙って、一条の光が貫く。

 アストレアの操る《神罰の剣ダモクレス》だ。

 《核》を撃ち抜かれた《巨人》は、そのまま動かない肉塊となって倒れ伏す。

 さて、これで何匹目だ?


「数多すぎるだろ、何匹いるんだよ!?」

「イーリス、口を閉じてるんだ! 舌を噛むぞ!」


 悲鳴じみた声を上げるイーリス。

 そんな妹を抱えたまま、テレサは《転移》も駆使して地獄を飛び回っていた。

 妹の安全を最優先。

 その上で周囲を警戒しながら、《分解》の青い閃光を放つ。

 抉れた肉の下に《核》が見えれば、俺を含めた誰かが即座にそれを砕く。

 戦いそのものは疑いようもなく順調だ。

 前線で暴れるのは俺と《巨人殺し》の二人。

 アウローラはこっちの腕にしがみつく形で、魔法や《吐息》をばら撒く。

 魔法とボレアスによる二重の強化バフ

 その力で、俺は兎に角力任せに《巨人》どもを蹴散らしていた。

 《巨人殺し》の方は例の如く。


『おいブラザー、流石に飛ばし過ぎだろ!』

「このぐらいなら問題ない」


 不死身の肉体を最大限に活用した特攻戦術。

 踏み潰されようが殴りつけられようが、《巨人殻》を纏った少女は止まらない。

 自分の手足が壊れるほどの力で、《巨人》を逆に力任せで捻じ伏せる。

 そしてゼロ距離での炎の炸裂。

 狂戦士と呼ぶ他ない戦いぶりは、間違いなく俺よりブッ飛んでいた。


「黒蛇の言う通り、アレはちょっと無理し過ぎじゃない?」

「だなぁ」

『お前も人のことは言えんと思うがな、竜殺しよ』

「それはそう」


 内から聞こえるボレアスのツッコミは軽く流しておこう。

 いや実際、《巨人殺し》の暴れ方は俺視点からでもヤバいしな。

 《巨人》相手に発揮される尋常ではない殺意と敵意。

 今回は数も多いせいか特に激しい。

 口にする言葉こそ淡々としているが、様子が異なるのは明白だった。

 とはいえ、こっちもあまり構ってられる余裕はない。

 降り注ぐ「剣」に当たらないようにしながら、群がる《巨人》を斬りまくる。

 これまでも地獄めいた戦場は多かったが、今回もなかなかに過酷ハードだ。


「砕けろ、醜い怪物どもが――!!」


 一人だけ高い位置に浮かんだ状態で、アストレアが鋭く叫ぶ。

 その声と振るわれる右腕に合わせ、光輝く「剣」が踊る。

 数十――いや、下手をすると百に届くかもしれない裁きの剣。

 神の審判である流星は容赦なく《巨人》どもを貫き、バラバラに引き裂いていく。

 こっちに対して配慮ゼロ、という点を考慮しなければ本当に頼もしいな。


「最低限、罪人ではない姉妹には当たらぬよう調整している。

 そこは安心すると良い」

「気遣いのできる女神様だなぁ!」


 まぁそもそも、テレサとイーリスは引き気味に戦ってるしな。

 そっちに流れ弾が行かないようにするのは別に難しくはないだろう。

 ……むしろ、そちらに余計なモノが行かないよう。

 敢えて「剣」の範囲を広げつつ、さり気なく守っているようにさえ見える。

 まぁ俺の考えすぎかもしれない。

 どちらにせよ、そっちに配慮してくれている事は間違いないんだ。

 だからこっちは《巨人》の数を減らすのに専念する。

 多すぎて数える余裕もないが、百は超えないと思いたい。


『GAAAAAA――――!!』


 吼えたのは、群れの中でも特に巨大な個体だ。

 太さも長さもデタラメな腕が何本も生えた、直立歩行の蜘蛛みたいな《巨人》。

 顔に複数並んだ口で叫び、俺や《巨人殺し》に向けて手を伸ばす。

 指や腕の長さそのものを変化させ、思った以上に素早く襲って来た。

 周りに他の《巨人》もいるが、それらは当然のように蹴散らしながら――。


「鬱陶しい」


 伸びてくる腕を、《巨人殺し》は避けなかった。

 どころか、逆に迫る手に向けて突撃する。

 周りの《巨人》を踏み台に、《巨人殺し》は固めた拳を伸びる手に叩きつける。

 接触したのとほぼ同時に起こる爆発。

 一度ではなく、二度三度と拳を打ち込む事で同じ数だけ炎が爆ぜた。

 装甲の上だろうが、構わず肉が焼けてるはずだ。

 しかし《巨人殺し》は止まらない。

 手を半ば砕いたところで、今度は伸び切った腕に飛び乗った。

 走る。一瞬も迷わない。

 腕を足場に駆け上がり、吼える蜘蛛の《巨人》の頭に一直線だ。

 その様子を横目で捉えながら、俺は俺で周囲の《巨人》を剣で蹴りで薙ぎ倒す。

 さて、コイツはちょっと拙いな。


「アウローラ、飛べるか?」

「ええ、それは大丈夫だけど」

「《巨人殺し》を追いたい。ちょっと嫌な予感がする」

『ふむ、竜殺しの勘は当たるからな』


 お褒めに預かりどうも。

 そう、それは根拠のない勘に過ぎない。

 この《巨人》の群れがあの《秘神》が仕掛けて来たモノなら。

 必ずどっかで張本人が眺めてるはずだ。

 なら、それは何処だ?

 こっちでは見えないような、何処か遠くで観察してる可能性も十分あるが。


「…………」


 あっという間に《巨人》の頭まで登り切って。

 《巨人殺し》は迷わず剣を振りかぶった。

 《巨人》の顔に眼はなく、開かれた大小の無数の口は無意味に吼えるのみ。

 その口の一つに、剣は勢い良く突き刺さった。

 装甲が軋むレベルのパワー。

 自らの身体の骨を砕きながら、《巨人殺し》は全力で《巨人》の頭を斬り裂いた。

 肉と骨が裂けた後。

 かなり大きな赤い結晶――《核》が露出する。

 それを砕けば蜘蛛の《巨人》は行動不能か、そうならずとも動きは相当鈍るはず。

 故に、《巨人殺し》は迷わず拳を打ち込み――。


「――なんて野蛮な戦い方だ。

 まったく嘆かわしい」

「ッ……!?」


 その拳は《核》には届かなかった。

 《核》の表面から生えてきた手に掴まれてしまったからだ。

 一瞬も躊躇わず、《巨人殺し》は拳を基点にして炎を弾けさせる。

 それは形振り構わぬ全力の一撃。

 相当な威力が炸裂したのは間違いない……が。


「こんな児戯が、神たる私に通じるはずがないだろう?」


 笑う。

 白装束の男――《秘神》アベルは笑っていた。

 《核》の中からぬるりと現れるその姿には、傷は疎か焦げ目一つ付いてはいない。

 口元を余裕の形に釣り上げて、《秘神》は掴む手に力を込める。


「離せ……!」

「ふむ、口の利き方がなっていないな。

 まったく、私を誰だと――」

「《秘神》ッ!!」


 戯言に被さる怒号。

 《秘神》が言い終えるより早く、幾つもの流星が突き刺さった。

 アストレアの操る《神罰の剣》。

 疑いようもない全力攻撃。

 それらは同じ神を貫くはずだったが。


「危ないなぁ。まったく危ない。

 同胞たる私にこんな真似をするなんて、酷い話じゃないか」


 《秘神》は無傷だった。

 その身体にはアストレアの放った「剣」は刺さっていない。

 「剣」が刺し貫いたのは、《秘神》ではなく奴が掲げたモノだ。

 《巨人殺し》の少女。

 その胴体には二桁近い数の「剣」が貫いていた。


「ッ……こ、の……!」

『ブラザー! しっかりしろ!』

「いやはや、助かったよ。丁度良く私の盾になってくれるとはね。

 感謝の言葉なら幾らでも並べて良い気分だよ」


 《巨人殺し》は不死身。

 その言葉が偽りでない事を示すように、彼女は問題なく生きていた。

 もう急所とか考えるのも馬鹿らしいぐらいに串刺しだが。

 ただ、状況は間違いなく窮地だ。

 相棒の黒蛇が明らかに焦った声を上げている。

 アストレアは構わず「剣」の次弾を放つ。

 が、それらは《秘神》が空いた手を振るうと見えない力で弾かれてしまった。


「《秘神》!! バサラはどうしたっ!!」

「オイオイ、そんな事もわざわざ教えてやらねば分からんとは言わないだろう?

 見ての通り、最も偉大な神である私が此処にいる。

 この事実以上に雄弁な言葉がこの世にあるのかね?」

「…………」


 見る。

 嘲る《秘神》の姿を、アウローラの力で飛びながら観察する。

 嫌な予感は的中した。

 あのふざけた神様は、最初から《巨人》の中に潜んでいたようだ。

 間近でこっちの戦いを眺めながら、横槍を突っ込むタイミングを図っていた。

 それは良い、いやあんまり良くはないか。

 ともあれ、介入してくる事そのものは予想通り。

 《巨人殺し》を狙ってくるのは、可能性としては考えていたが。


「さて――」


 俺が見てる事に気付いていないのか。

 それともハナから眼中にないだけなのか。

 どっちかは不明だが、《秘神》は俺たちは完全に無視スルーしていた。

 その興味が向いているのは、アストレアではなく《巨人殺し》。

 盾として扱った少女を、蛇にも似た眼でジロジロと見る。

 その視線が不快過ぎたか、《巨人殺し》は血の溢れる唇で苦しげに呻いた。


「は、なせ……!」

「……ふむ、どうやら何も理解してないようだな」

 いやはや私の不手際なんだろうね、コレは。

 完璧で完全である私だが、まぁ時にそういう事もあるだろう」

「……? 何を、言って……」

「《巨人》を殺したいんだろう?

 あんな不完全なモノ、存在している事すら許せないはずだ」


 ……傍から聞いてると、それはまったく意味不明な言動だった。

 支離滅裂で、話の前後が繋がっていない。

 いきなりの問いかけに、《巨人殺し》も苦痛を忘れて戸惑いの気配を滲ませる。

 《秘神》はそんな反応リアクションも気にしない。

 何処か興奮した様子で言葉を続けた。


「いやまさか、こんな完全な形で生き残っている実験体がいるとはねぇ!

 失敗と早々に見切ってしまった事こそ、かつての私のミスだったという事か!

 いやいや待て待て。

 結果だけ見れば実験は成功――いや、成功以上の成功だ。

 ならばやはり私は完璧で完全な存在であると証明したも同然ではないのか?

 そうだそうだ、そうに違いない!!」

「……気狂いめ。さっきから何をゴチャゴチャ喚いている!」


 ケタケタと笑う《秘神》に、アストレアの怒りが落ちる。

 空に浮かべた百近い《神罰の剣》。

 降り注ぐ刃の流星は、しかし《秘神》には当たらない。

 群れの一角は雑に木っ端微塵となったが、《秘神》は平然と空の上に立っていた。

 その手には変わらず《巨人殺し》をぶら下げたまま。


「私の本命は変わらず君だよ、アストレア!

 《鬼神》の力は既に私の手中、次に君の力も奪えば私に最早敵はいない!

 ――が、その前に」


 見る。

 《秘神》は改めて、掴み上げている《巨人殺し》を見た。

 ……助け出したいが、現状は難しいな。

 とりあえず半端な位置を飛びながら、集ってくる《巨人》を追い払う。

 そうしてる間にも事態は進む。


「名前は……まぁ、どうでも良いな。

 私にとってお前は忘れていたはずの実験体に過ぎない」

「ッ……何を……?」

「覚えていないか? まぁそれも仕方ない。

 最初は「愚かなる父」の真似事のつもりだった。

 かつてこの地を侵略した彼の悪神は、元いた生き物を弄り回して新たな生命を創造した。

 その一部が鬼であり、また現存する《巨人》でもある」

「……愚かなる父、ね」


 小さく呟いたのはアウローラだ。

 愚かなる父――《造物主》。

 その言葉に、彼女は少しだけ笑ったようだ。

 それは皮肉を込めた笑みだったが。


「あぁ、我ながら戯れが過ぎたと今なら思うよ。

 たまたま見かけた《庭》一つ。

 そこの住民どもに『あるモノ』をばら撒いた」

「ある、モノ……?」

「天使の羽根――と、洒落た言い回しでは分かりづらいか」


 本当に。

 心底楽しそうな笑みを浮かべる《秘神》。

 困惑する《巨人殺し》の様子がよっぽど可笑しいんだろう。

 本来の目的すら忘れ、嗜虐心を満足させることに熱中しているようだ。


「《造物主》が最初に生み出した最も古き《巨人》。

 即ち《天使》の破片を、私の力を使って《庭》の人間どもに植え付けた。

 上手く適合すれば、まったく新しい《巨人》の創造が叶うかとも思ったが――」

 

 ため息。

 勝手極まりない失望を顔面いっぱいで表現しながら。

 《秘神》はもう一度、大きくため息を吐いた。


「失敗だったよ。あぁ失敗だった!

 堪えられる者はおらず、多くは醜い《巨人》に化けただけ!

 《庭》もメチャクチャに潰れてしまってねぇ。

 私はその時点で見るモノはないと、さっさと退散してしまったんだが。

 いや、見切るのが早すぎたね!

 こればかりはちょっとは反省しているんだよ?」

「…………」

「ハハハ、怒っているのかね?

 だがすぐにそんな感情もどうでも良くなる。

 言っただろう? 君は実験体だと」


 睨む《巨人殺し》を《秘神》は嘲る。

 同時に、首辺りを掴んでいる手に力を込めるのが分かった。

 鈍い音が響く。

 小枝でも折るような気軽さで、《秘神》は少女の細首を圧し折った。

 圧し折ったが、《巨人殺し》は死なない。

 不死身という結果に《秘神》は満足げに頷いた。


「死なない。

 なぁ君、普通人間という奴は首が折れたら死ぬものだぞ?

 何故死なないのか、此処まで来て分からないとは言わないだろう?」

「ッ……が、ぁ……!」

「ハハハハハ、喋れないか! まぁそうか、首を折ったばかりだしな!!」


 もがく《巨人殺し》に、《秘神》はますます嘲笑う声を大きくする。

 少女の相棒である黒蛇は、沈黙したまま動きはない。

 こっちもこっちで下手に突っつくワケにも行かず、膠着状態だ。

 アストレアは「剣」を飛ばしているが、それらは届かず打ち払われるばかり。


「やれやれ、本当はもう少し楽しみたかったんだが。

 こんな状況だ、さっさと結論を言ってしまおう。

 ――君は《巨人》だよ、実験体」


 囁く声。

 その一言は、少女の動きを凍りつかせた。

 期待した通りの反応。

 《秘神》は満面の笑みだった。


「私がばら撒いた《天使》の羽根に適合した人間サイズの《巨人》。

 常人を遥かに超えた力も、生物としてあり得ない不死性も。

 全て、この《秘神》が君に与えた偉大なる御力だったというワケだ。

 敬い感謝し、崇め奉るのが道理じゃあないかね?」


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