367話:乱戦


「やっぱ逃げ切るのはしんどいよな、コレ!」

「まー足の長さが違い過ぎるよなぁ」


 半ば悲鳴に近いイーリスの叫び。

 それに相槌を打ちながら、俺は後ろの様子を見た。

 今や肉眼でも確認できる距離。

 土煙を盛大に撒き散らしながら迫ってくる《巨人》の群れ。

 大きさも外見も様々。

 何の感情も映っていない眼には、生命に向けた底なしの悪意だけが燃えていた。

 その異常な様は、常人なら見ただけで気絶しかねない。


『GYAAAA!!』

『GAAA!! GAAAAAA!!』

「……醜いケダモノどもめ」


 声に怒りを滲ませて、アストレアが小さく呟く。

 先頭を進みながら、裁きの神様はおもむろに右腕を高く掲げた。

 瞬間、眩い光が頭上に生じる。

 浮かび上がるのは輝きを宿した剣、剣、剣。

 アストレアの有する神の武器、《神罰の剣ダモクレス》。

 数十にも及ぶ刃が展開され、それらは容赦なく《巨人》の群れへと降り注いだ。

 神の剣は複数の《巨人》をまとめて粉砕する。


『GAAAAAA!!』

「流石だなぁ。ところで良いのか?」

「黙れ。別に貴様らを助けたつもりはない。

 あのゴミクズ――《秘神》の思惑通りになるのが我慢ならんだけだ」


 これは案内人の役目を逸脱してやしないか、と。

 一応確認してみたら、凄い眼で睨まれてしまった。

 いや、それで大丈夫ならこっちは何の問題もないぞ。ウン。


「しかしまぁ、焼け石に水ではある――なッ!!」

「言っても仕方ないでしょう――!!」


 ボレアスとアウローラ。

 二人の竜は大きく息を吸い込む。

 そして発する声と共に、それぞれ炎熱と極光を吐き出した。

 二種類の《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 互いに阻害する事もなく、鮮やかな軌道を描いて《巨人》どもに突き刺さる。

 アストレアの《神罰の剣》で刻まれた群れの空白。

 そこを更にこじ開ける形で派手に爆発した。

 今のでまた何匹もの《巨人》が粉々に砕け散る。

 バラバラになってしまえば《核》を探す必要もない。

 前列が蹴散らされた事で、群れ全体の速度もやや鈍っている。

 とりあえず順調は順調だが。


「……一体、何匹の《巨人》が……?」


 戦慄を隠しきれないテレサの言葉。

 彼女が口にしている通り、兎に角《巨人》の数が多すぎた。

 先のアストレアやアウローラたちの攻撃だけでも十以上の《巨人》が砕けた。

 が、それは全体から見ればまだほんの一部。

 しかも活動不能レベルまで破壊されたのは、小さい《巨人》のみ。

 デカい《巨人》は《核》が無事なようで、一度止まってもまたすぐに動き出す。

 ホント、あの不死身っぷりは厄介極まりないな。


「なぁ、アレは使えないのか?

 『地砕き』を木っ端微塵にした大技」

「……《粛清の剣ケラウノス》か。

 本来なら、そのような軽い言葉で口にするべきモノではないぞ」


 《神罰の剣》を操りながら、アストレアは不機嫌そうに唸った。


「そんな事を言ってる場合じゃないでしょ。

 まぁ、私としても貴女にそこまでお願いするのは癪ではあるけど」

「長子殿も、そんな事を言ってる場合ではなかろうよ」

「確かに、アレだったら群れごと纏めて吹き飛ばせるんじゃねぇの?」

「…………」


 イーリスにも問われて、アストレアは僅かに沈黙する。

 使いたくない――というワケでは無さそうだが。


「……《粛清の剣》なら、あの《巨人》共の大半を滅ぼす事は難しくない。

 だが如何に私でも、あの剣を振り抜いた後の消耗は重い。

 そして当然、《秘神》もそれを把握しているはずだ」

「なるほどなぁ」


 『地砕き』の後も、カドゥル相手にロクに抵抗できないぐらい疲弊してたな。

 ……いや、そうか。


「そもそもあの《巨人》どもをけしかけたのも、最初からそっちが狙いか?」

「恐らく、お前の言う通りだろうな」


 同意する形でアストレアは頷いた。

 正直、単なる悪趣味な遊びの類かと思っていたが。

 《秘神》からすれば、同じ神であるアストレアが一番の警戒対象のはずだ。

 大量の《巨人》をぶつける事で、敢えて《粛清の剣》を使わせる。

 そうして消耗したところを、満を持して《秘神》が直接叩きに来る――と。

 向こうの考える段取りは、恐らくそんなところか。


「……意外と知恵が回るというか。

 狡っからい事を考えるわね。

 恥ずかしくも神なんて名乗るのなら、もう少し堂々とやったらどうかしら」

「長子殿が言うと面白い冗談に聞こえるな」

「どういう意味??」

「この状況でアホな喧嘩するのやめろってば」


 流石にド修羅場の最中だと、イーリスさんのツッコミもキレがイマイチだな。

 睨み合う竜姉妹は置くとして、状況は大変宜しくない。

 《神罰の剣》に《竜王の吐息》、後は各種魔法による遠隔攻撃。

 それらを繰り返す事で、極力足を緩めずに《巨人》の群れを吹き飛ばし続ける。

 が、やはり相手の数と質量の桁が違う。

 削る事はできているが、追ってくる群れとの距離はじわじわと詰まってきていた。

 そう遠くない内に追いつかれるのは間違いない。


「…………」


 当然、その未来を十全に理解しているのだろう。

 黙って走っていた《巨人殺し》が、無言のまま大きく動いた。

 大剣を片手にいきなり足を止め、勢い良く反転したのだ。

 いや、どっかでやるんじゃないかと思っていたけど。


『おい、ブラザー!?』

「《人界》に辿り着く必要があるのは彼らで、私じゃない。

 だったらこれが最善」


 相棒が上げた抗議の声も一蹴し、少しも躊躇せずに《巨人殺し》の少女は走る。

 向かってくる《巨人》の群れ目掛けて一直線に。


「クソッ、マジでやるかよソレ!?

 おいどうする!!」

「放っとくワケにはいかんよなぁ」


 多分、あっちはそうして欲しいぐらいだろうけどな。

 放っておけないってのは、イーリス自身も同じ意見のはずだ。

 が、自分じゃどうしようもない事を「やろう」とは言えないようだ。

 悩んでいる間にも《巨人殺し》は群れとぶつかる。

 時間も余裕もまったく無かった。


「私の意見としては、見捨てるべきだと思うわ。

 あの娘が本当に不死身なら、最悪支障はないはずよ」

「うん、それは正しいと思う。

 ……ただまぁ、何となく嫌な予感もするんだよな」


 正論を口にするアウローラに、勘で物を言うのは申し訳ないが。

 応えながら、俺はアストレアの方を見た。

 裁きの神様は舌打ちでもしそうな顔をしていた。


「なぁ、助けて貰えないか?」

「…………本気でそれを口にしているんだろうな、貴様」

「本気じゃなきゃ言わんさ。

 テレサ、イーリス抱えたままで行けるか?

 ホントは避難して貰いたいぐらいだが、今は離れると逆に危ない」

「はい、妹は私が全力で護ります。お任せ下さい」

「よし」


 下手に別行動して、性格悪い奴に奇襲食らう間抜けは避けたい。

 間違いなく乱戦になるし、危険は大きいだろう。

 そこはテレサを信頼しよう。

 後は神様――アストレアが乗ってくれるかだ。


「……私は案内役だ、本来であればお前たちを助ける義理はない。

 だが、今の私はバサラに試練の結果を託された身でもある」


 それは半ば、自分自身に言い聞かせる言葉だった。

 完全に納得はしていない。

 だからこそ、それを呑み込むための理由を口にしながら。


「何より――私は、あの男が大嫌いだ」

「分かるわ」


 最後に本音を一つ付け加えた。

 足を止め、反転。

 同時に先ほどの倍を超える「剣」がアストレアの頭上に展開された。


「《巨人》を蹴散らす。

 そしてどこぞでほくそ笑んでいる、あのゴミクズを返り討ちにする。

 私が協力してやるのはそこまでだ」

「ようするに全部だよな」

「黙れ」


 おっと、剣の切っ先をこっちに向けるのは勘弁して欲しい。

 威嚇するアウローラを抱えて、俺も《巨人》の群れへと向き直る。

 既に《巨人殺し》は殴りかかった後だ。

 狂ったように暴れる《巨人》を相手に、黒い影が飛び回っているのが見えた。


「ホント、無茶苦茶してるわね……!」

「アレに飛び込むとか、正気とは思えんぞ」

「いつもの事だろ?」

「ハハハ、まったくだな!」


 大笑いしながら、ボレアスの身体が炎に変わる。

 剣を通して内側に宿り、灰となっている魂に熱を宿す。

 さて、覚悟を決めますか。


「マジで気をつけろよ!?」

「それは私たちも同じだがな」

「あぁ、そっちは身の安全最優先でな。

 流石に守ってる余裕がないかもしれんし」


 イーリスとテレサ、二人の姉妹にそう告げて。

 意識は暴れまわる《巨人》の群れへと集中させる。


「仕掛けるぞ。流れ弾は自力で何とかしろ」

「了解、頼んだ!」


 こっちが応えるのと同時に、アストレアは掲げた右腕を振り下ろした。

 降り注ぐのは輝く「剣」の流星群。

 《巨人殺し》が不死身じゃなかったら絶対にヤバい攻撃範囲。

 一刀一刀が尋常でない威力を秘めた刃は、《巨人》を次々と刺し貫く。


「ッ……!?」


 その《巨人殺し》も、飛んでくる「剣」はちゃんと察知していた。

 刺さりそうなのは身を捻って避け、《巨人》の身体を盾にして凌ぐ。


『オイオイ、無茶苦茶するな!!』

「……先に進めば良いのに」


 文句を言う相棒の声に隠れる形で、《巨人殺し》が呟く声が聞こえた。

 悪いが、こっちはこっちで勝手にやらせて貰うだけだ。

 走る。

 抱えたアウローラが施してくれた魔法による強化バフ

 剣に宿ったボレアスの燃える炎。

 自前でも魔法で脚力を増幅し、《巨人》の群れに一気に迫る。


『GAAAAA!!』

「うるせぇよ」


 吼える《巨人》に対し、頭から剣を叩き込む。

 そのまま深く両断すれば、《核》を砕いた硬い感触が切っ先から伝わってくる。

 動きの止まった木偶の坊を蹴り飛ばし、すぐさま別の《巨人》へと。

 斬りかかり、腕らしき部分を突き刺した辺りで《巨人殺し》と目が合った。


「バカでしょう、貴方」

「イマサラ気付いたのか?」


 軽く返したら、装甲の下で《巨人殺し》は笑ったようだった。

 笑って、それから視線を外す。

 その眼が捉えるのは、これから駆逐する《巨人》どもだ。


「貴女の無茶にこっちが付き合う形なんだから、ちょっとは感謝して頂戴ね!」

「そうね、感謝してる」


 アウローラの言葉に淡々と応えて。

 振り下ろされた刃は、《巨人》の肉を派手に引き裂く。

 そうしてから、《巨人殺し》は改めて。


「《巨人》は殺す。一匹残らず」


 その通り名が示す意味を口にした。

 《巨人》に言葉を理解するような知能はない。

 ケダモノ同然に吐き散らかされる咆哮。

 《巨人殺し》は、それを剣と爆ぜる炎で頭ごと粉砕して黙らせた。


「こっちもやるか」

「やるのは良いけど、流れ弾には注意してね!」

「おう」


 言われるまでもない。

 やや距離を離したところで、アストレアは「剣」を放ち続けている。

 《秘神》の姿は、今はまだどこにも見えない。

 何処にどうやって潜んでいるのか。

 不明のまま、俺は襲ってくる《巨人》を蹴り飛ばす。

 絶対にろくでもない事を企んでるだろうな。

 それだけは確信し、警戒は怠らずに目の前の殴り合いに意識を向けた。

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