315話:鬼の戦場


「……無茶苦茶やってんな、アイツら」

 

 やや気分が悪そうな顔でイーリスが呟いた。

 まぁ、言いたい気持ちは分かる。

 これまで、修羅場や鉄火場の類はそれなりに見てきた。

 イーリスも彼女なりに慣れてはいるだろう。

 それを差し引いても、鬼たちの戦いは凄惨なものだった。

 

「ガァアアアアァ――――ッ!!」

 

 獣の如き咆哮。

 それを上げている奴は、片腕が根元からもげていた。

 身体は剣や槍で貫かれており、明らかに致命傷だった。

 にも拘らず、鬼は暴れていた。

 踏み締めた足で地を砕き、残った腕で別の鬼へと襲い掛かる。

 激しい動きに傷口から血が噴き出す。

 が、鬼はそれで苦痛を感じている様子はない。

 むしろ顔には笑みを浮かべ、嬉々として戦い続けていた。

 

「狂戦士……と、言えば良いのでしょうか……」

「鬼は《造物主》が創造し、その後すぐに廃棄した戦闘種族。

 彼らにとって戦う事は生存の手段であると同時に、娯楽でもあるのよ」

「我も見るのは初めてだが、まぁ野蛮な連中よな」

 

 言いながら、ボレアスは興味深そうな顔で戦いの様子を眺める。

 

「とりあえず、私の魔法でこっちの姿は隠してるから。

 この距離ならまだ気付かれないはずよ」

「おう、助かる」

 

 抱えたアウローラの頭を緩く撫でて、俺も鬼たちの合戦を見ていた。

 見た目のインパクトも凄いが、それ以上に気になる事がある。

 それは鬼の強さだ。

 ちゃんと数えたワケじゃないが、今戦ってるのは多分百前後。

 そのどれもがかなりの腕力と速度を振り回している。

 身体能力だけなら相当だ。

 

「元々、不死の生命を創造するために人間を改造した種族。

 最低でも肉体的な性能は常人の数倍以上はあるはずよ」

「マジでろくでもないな《造物主》」

 

 まったくね、とアウローラが苦笑まじりに頷く。

 さて、見物してるのも良いが。

 

「話聞いてくれそうか? アレ」

「正直厳しいのでは……?」

「いや無理だろ。どいつもこいつも目がイっちまってるよ」

「まぁ、そんな感じよね。どうしましょうか?」

 

 概ね意見は一致してしまった。

 なんというか、傍から見てても敵味方の区別が付いてるのかとか。

 その辺すら怪しくなるほどの熱狂的な戦いぶりだ。

 手にした武器の大半がボロボロなのは、作りが悪いだけじゃない。

 鬼どもの力が強すぎて、道具の類はすぐ壊れてしまうのだろう。

 武器が壊れても、より強靭な五体があれば戦いは続けられる。

 このままだと、最後の一人になるまで終わりそうにないな。

 

「いっそ我らが横から殴り掛かるか?

 聞きそうもないなら聞けるように制圧すれば良かろう?」

 

 大変脳筋な意見がボレアスさんから提示された。

 とはいえ、それもありかなという気にはなってくる。

 

「……まぁ、言いたい事は分かるけど。

 流石にあの数の鬼を相手にするのは面倒よ」

「オレとか巻き込まれたら絶対死ぬよな」

「やると言うのなら、私は付き合いますが……」

「ふーむ」

 

 特に遮蔽物もない荒野のど真ん中だ。

 少し前まで死んでた影響か、イーリスはまだ本調子じゃない。

 この状態では確かに巻き添えは怖かった。

 アウローラに「隠れ家」を開いて貰って、そこに入って安全を確保。

 後は俺とボレアス、テレサ辺りで殴り掛かる。

 やるとしたらその辺りか。

 

「よし、だったら……」

「待て、竜殺し」

「うん?」

 

 早速動こうと思ったら、ボレアスから制止が入った。

 それとほぼ同時に、鬼たちの合戦場から轟音が響き渡る。

 何事かと目を向ければ――。

 

「ハハハハハハハハハハッ!!」

 

 野太く、しわがれた哄笑。

 戦場を蹂躙しているのは、ひと際大柄な鬼だった。

 焼けた鉄の色をした肌。

 手足は丸太よりも遥かにデカい。

 二本の角は側頭部から天を衝くように伸びている。

 素材不明の赤い装甲と、白い岩か何かを削り出したような大刀。

 それらで武装した大鬼は、笑いながら周りの鬼たちを蹴散らしていく。

 

「雑魚がっ!! 雑魚、雑魚、雑魚、雑魚っ!!

 どいつもこいつも話にならんわっ!

 ワシと戦いたくば、せめてカドゥルかその倅どもを連れて来い!!」

 

 他の鬼たちも次々飛び掛かるが、大鬼を止める事はできない。

 文字通りの鎧袖一触。

 戦場の空気は、瞬く間にその大鬼一匹に支配されていた。

 

「強いな、アレ。並の真竜ぐらいはあるか?」

「そうさな。大きさこそ大した事はないが、古竜と比較しても遜色あるまい」

「恐らくは上位の鬼でしょうね。誰かの名前も口にしてたけど」

「……それより、何で普通に連中の言葉が分かるんだ?」

 

 不思議そうに首を傾げるイーリス。

 まぁ、大陸も種族も違う相手の言葉だしな。

 なんで聞き取れるのかとか、当然気にはなるか。

 

「それは《言語統一バベル》の影響で……いえ、それは置きましょう。

 説明するとまた長くなるし、今はそういうものだと思って頂戴」

「だなぁ」

 

 《言語統一》については、以前に聞いた覚えがある。

 異なる言語でも意味として理解できるという、古い竜王の加護。

 ここは大陸の外だが有効であるらしい。

 まぁそれは兎も角として、やるべき事をやろうか。

 あのデカブツのおかげで、狂乱するばかりだった戦場に流れが出来た。

 こっちはありがたくそれに便乗させて貰おう。

 腕に抱えていたアウローラを、そっと近くの地面に下ろす。

 そうしてから、改めて腰に下げた剣を鞘から抜き放った。

 

「助けは必要?」

「いや、残ってテレサとイーリスを見ていて欲しい」

「我はどうする?」

「ちょっと悩んだが、ここは俺一人で行くわ」

 

 応えつつ、ゆるゆると前に進む。

 戦い……というより、一方的な蹂躙は今も続いている。

 暴れ回る大鬼の前に敵はなく、それでも鬼たちは果敢に挑んでいた。

 なかなかの地獄ではあるが。

 

「まぁ、ヘカーティアよりはマシだよな」

 

 その前に越えて来た嵐の激しさに比べれば、まぁ何とでもなるだろう。

 アウローラの魔法、その効果範囲を抜ける直前。

 

「気ィつけろよ。余裕こいてコケたら笑うからな」

「私たちの事は気になさらず。ご武運を」

「おう、ありがとな」

 

 姉妹の声に、軽く手を上げて応じる。

 そして、俺の足は隠蔽の魔法から完全に抜け出した。

 戦場はまだこちらには気付いていない。

 大半の鬼たちは、眼前に迫る脅威に夢中であるし。

 大鬼の方は、ただ気持ちよく暴れる事に熱中してしまっている。

 なので、俺はその渦中に真っ直ぐ飛び込む事にした。

 

「《跳躍ジャンプ》」

 

 狙うは大鬼の首一つ。

 先に魔法で脚力を強化し、俺は一気に駆け抜けた。

 適当な鬼を踏み台に、戦場の真上を跳ぶ。

 剣を大上段に構えて一直線に。

 

「むっ――!?」

 

 暴れる事に気を取られていたと。

 そう思っていた大鬼は、思いの外素早く反応してきた。

 寄って来る雑魚を片手で振り払い、手にした大刀を掲げる。

 その防御の上から、俺は全力で刃を叩きつけた。

 衝撃。渾身の一刀を、大鬼の腕はガッチリと受け止めていた。

 腕力で耐えても、大刀の方はぶっ壊すつもりだったが。

 

「意外と頑丈だな」

 

 竜の鱗さえ断ち割る刃。

 それは大刀を深く削るが、真っ二つとは行かなかった。

 材質は不明だが、少なくとも竜の鱗並みかそれ以上の強度か。

 相手は相手で、得物の惨状に驚いているようだ。

 

「何者――いや、貴様、人間か?」

「おう、人間だぞ」

 

 ザワリと。

 戦いに狂っていた鬼たちの間に騒めきが起こる。

 人間が飛び込んで来たのはよっぽど意外だったらしい。

 

「人間、人間?」

「人間が何故こんな場所にいる?」

「誰ぞが連れて来た奴隷か?」

「いやいや、武器に鎧を纏った奴隷など居はすまい」

「人間か。男は筋張って好みでないぞ」

 

 ザワリ、ザワリと。

 鬼たちから漂う空気は、合戦中とはまた異なる。

 侮蔑に欲望、敵意の類はむしろ少ない。

 人間を餌としか見ていない感じだな、これは。

 まぁ、舐めてくれるんだったら大助かりだが……。

 

「――フン、能無しの雑魚どもが」

 

 一匹だけ違う奴がいる。

 目の前に小さな山の如く聳え立つ大鬼だ。

 手にした大刀、その刃が欠けてしまった部分を太い指でなぞる。

 

「巨人の骨より拵えたこの一振り。

 ただの人間がこうも見事に壊せるものかよ」

「たまたま上手く行っただけかもしれないぞ?」

「運を手繰り寄せたなら、それもまた貴様の実力であろう。

 ――人間は弱く、我ら鬼とは比較にならぬ。

 だが時折、貴様のような毛色の違う者も現れる」

 

 空気が軋んだ。

 あくまで錯覚だが、そう思わせるだけの「圧」を大鬼が放つ。

 周囲の鬼たちは気圧されたか、思わず数歩後ずさった。

 自然と、俺と大鬼の周りには空間ができる。

 その様を見て、大鬼は満足げに鼻を鳴らした。

 

「腰抜け腰抜け。人間よりも情けない己を恥じるが良い」

「悪いなぁ、気を使わせたか?」

「構うものかよ。弱者を蹂躙するも強者と死合うも我が喜びよ」

 

 笑う。戦に狂ってはいるが、心底愉快そうに大鬼は笑った。

 うーん、実はこれまであまりお目に掛かった事がないタイプだな。

 敵として戦うには悪い気はしないが。

 

「名乗ろう、我はトウテツ。

 鬼種において《鬼王オーガロード》の位階を持つ者なり」

「レックスだ。あー、悪いが《鬼王》とか、そういうのは良く分からん」

「ハハハハッ!! 良い、無知である事を鬼は侮らぬ。

 我らは戦があれば、戦いに生きて死すことが全て!」

 

 呵々大笑。

 気持ちよく笑う大鬼――トウテツの身体が、一瞬膨らんだように見えた。

 

「レックスとやら! 願わくば簡単に死んではくれるなよ――!!」

「ッ――!」

 

 風が巻き起こった。

 トウテツの巨体が加速したのだ。

 悪夢じみた速度で真っ直ぐに、俺を叩き潰そうと大刀が降ってくる。

 速い。速いが、見えない程じゃない。

 即座に地面を転がり、振り下ろされる一刀を回避する。

 爆発じみた衝撃がすぐに襲ってきた。

 

「ハハハッ、身軽だなぁ!!」

「そっちは図体の割に足早いな……!」

 

 初手から必殺の一撃。

 だがそれを外しても、トウテツは愉快そうに笑うだけ。

 更に大刀を振り回して、避けるこっちを追うように連打を浴びせてくる。

 小型の竜巻とでも形容すれば良いか。

 少しでも足を止めたら、巻き込まれてバラバラになりそうだ。

 

「成る程、コイツは厄介だな……!」

 

 俺は最初に感じた戦力評価を修正する。

 単純に暴れていた時は、大体都市を支配する並の真竜程度と思っていた。

 力技だけならば、むしろそれより楽だろうと。

 だが、実際に戦って見て評価を改める。

 技術こそ優れてるワケじゃないが、戦闘の経験値が高い。

 無骨な大刀を乱雑に振り回しているようで、トウテツの動きに隙は少ない。

 気を抜けばこっちが粉々にされそうな程だ。

 確か《鬼王》と言っていたか。

 鬼の中でも相当な実力者と見て間違いないだろう。

 

「運が良い、って言えばいいのかねこれは……!!」

「どうしたレックス!! 逃げてばかりでは戦いにはならぬぞ!!」

 

 侮りではなく、俺の戦意を煽る目的での挑発。

 見知らぬ土地での最初の戦い。

 どうやら予想以上にハードな初戦になりそうだった。

 

「上等だ……!!」

 

 トウテツに対し、俺も腹の底から吠え返して。

 暴風の如き大刀に、真っ向から竜殺しの剣をぶつけに行った。


 

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