316話:横槍


 トウテツの戦い方は至ってシンプルだった。

 こちらの倍近いサイズはある巨躯。

 その馬力を生かして、馬鹿デカい大刀を片手で振り回す。

 一刀に込められた力は凄まじく、俺でも正面から受けるのはギリギリだ。

 真っ向からは止めず、流れをズラす形で弾く。

 それで体勢を崩してやるつもりだったが。


「ハッハッハッハ!! 見事なり!!」

「マジかよ」


 トウテツは崩れない。

 多少バランスが揺らいでも、それを無理やり修正する。

 技術ではなく、単なる力技でだ。

 そして振り回す大刀は止まらず、むしろますます勢いづいていく。

 うっかり近くにいた鬼が四肢や首を吹き飛ばされる。

 血飛沫と肉片を撒き散らすが、トウテツの太刀は少しも鈍らない。


「そっちもやるな……!」

「貴様こそ、人の身でワシとこうも打ち合えるとは!」


 素直な称賛に、トウテツは呵々と笑う。

 さて、状況はあまり良いとは言い難かった。

 俺とトウテツでは体格も違えば得物の長さリーチも違う。

 向こうの大刀の間合いで打ち合えば、俺の剣では相手には届かない。

 当然、鬼はそれを理解しているのだろう。

 怒涛の攻め手で無理やり自分の間合いを押し付けてくる。

 だったら懐に入れば良い、と軽く考えるが。


「フンッ!!」

「っと……!」


 それは既に何度か試している。

 今も大刀を弾き、トウテツの懐に斬り込んだ。

 が、待ってましたと言わんばかりにゴツい鉄拳が飛んできた。

 大刀を両手で構えず、片手を空けてるのはこのためか。

 それをギリギリで回避すると、今度はぶっとい蹴り足が落ちてくるのだ。

 明らかに戦い慣れてやがる。


「生憎とこの図体なのでなぁ!

 入り込んでくる小僧の相手はお手の物よ!」

「面倒臭いなオイ……!」


 単純に厄介な相手だ。

 現状、お互いにまだ直撃は無し。

 腕力では向こうが少し上で、間合いの広さは段違い。

 動きの速度はそこまで大きな差はないが、こっちの方が小回りは利く。

 トウテツの武器は大刀と素手。

 拳や蹴りを躱すのは簡単だが、避ける隙に間合いを離される。

 大刀での距離を維持し、力技で正面から押し潰す。

 小難しい事は何もない単純な戦法だが、だからこそ崩し難い。

 崩し難いが、やってやれない事もない。


「《盾よシールド》!」

「むっ!?」

 

 剣での戦いを続け、互いの動きに目が慣れだした頃。

 こっちもまだ見せていない札を切る。

 これまで剣で弾いていた大刀の一撃を、展開した力場の盾で受け止めた。

 渾身の太刀を虚空で止められた事に、トウテツは少なからず驚いたようだった。


「《跳躍ジャンプ》……!」

 

 更に脚力の強化。

 倍の速度で間合いを詰め、懐に入る――いや、

 トウテツの図体がデカい分、脇を抜けること自体は簡単だった。

 そのまま背後を取り、装甲に覆われた背中に向けて剣を振り下ろした。

 流石に、これ一発で致命傷とは行かないだろうが。

 赤い装甲は容易く切り裂かれ、そのままトウテツ自身の肉も断ち切り――。


「硬っ……!?」

 

 硬い。マジでビックリした。

 まったく斬れないワケじゃない。

 ただ竜の鱗を斬った時より更に硬い手応えに、思わず驚いてしまった。

 ガリガリと、剣の切っ先が分厚い何かを削っている。

 少なくとも生き物を斬った手応えじゃなかった。


「まさか、ワシの外殻すら切り裂くとは……!」

 

 身体を捻り、振り向く勢いで大刀が横薙ぎに飛んできた。

 咄嗟に地面を転がれば、すぐ上を死の風が通り過ぎる。

 ちょっとギリギリだったな。


「どんな身体してんだよ!」

「鬼は人より優れたる血肉を持つ。

 しかし歳経た鬼は、更に特異な変化を起こす者もおる」

 

 距離が開き、間合いは再びトウテツのものだ。

 大刀を構えながら、鬼はこちらの疑問に律儀に応えてくれた。

 

「ワシもまたその一人よ。

 鬼の肉は刃でも容易くは通さぬ。

 だがワシの肉は更に強靭で、刃で叩けば逆に砕く。

 ……砕くはずなのだがなぁ」

 

 その眼は鋭く、俺の手元を見ていた。

 竜を殺すために鍛えられた、この世でただ一振りの剣。

 刃を砕くはずのトウテツの肉さえも切り裂いた。

 ……しかしまぁ、生身で古竜の鱗よりも硬いとか。

 

「鬼ってのは凄い生き物だな。

 いや、アンタだから凄いのか?」

「貴様こそ誇れよ。武器でワシに傷を付けるなど。

 この百年は無かった事だぞ」

「ごめん、アンタお幾つなの?」

「ハハハハハ!! 歳などわざわざ数えておらぬわ!!

 百年というのも適当よ!」

「アッハイ」

 

 おおらかだなぁ。

 いつの間にやら、周りにいた鬼たちも見物ムードだ。

 巻き込まれないよう離れている者。

 巻き込まれても構わないとばかりに近くで身を乗り出す者。

 様々ではあるが、誰もが俺たちの戦いに注目していた。

 

「馬鹿な! 人間如きがあのトウテツと渡り合ってやがる!」

「いや待て、トウテツはまだ大した手傷も負っておらん。

 勝つのはトウテツだ」

「それを言うならば、あの人間の方も同じであろうがよ!

 人間が《鬼王》に勝つなど前代未聞だぞ!」

「どちらが勝つ? どちらが勝つ?

 血に飢えようと、戦に渇こうと、誰も手出しはするなよ!

 これは王の戦ぞ!」

 

 楽しんでるなら何よりだなぁ。

 とりあえず、場の空気を掴むことは出来た。

 これなら話をするぐらいは何とかなるだろう。

 となれば残る問題は、目の前にいるトウテツだけだ。

 後はコイツに勝てばオッケーだな。

 

「何ぞ言い残したい事があれば聞くぞ、レックスとやら」

「言い残したい事ってワケじゃないけどな。

 俺が勝ったらちょっと話し相手になって貰って良いか?

 実は迷子の身の上で困ってるんだよ」

「――実力を目にしていなければ、物狂いの類かと笑うたがな」

 

 そう言いながら、トウテツの顔には笑みが刻まれていた。

 獰猛な獣の笑み。

 強敵との戦いを心底歓喜する戦士の笑顔。

 何ならコイツがこの状況を一番楽しんでいるのかもしれない。

 まぁ、俺も割と楽しくなって来てるが。

 

「勝利したる者が強者なら、その者は全て許される!

 これこそこの《巨人の大盤》で唯一絶対の掟!

 勝てば好きにするが良い!

 ワシが勝ち、その時に貴様の命が潰えていたならば!

 その血肉、我が糧としてくれようぞ!」

「おう、お前も好きにしろよ。俺も好きにさせて貰うから」

 

 話は決まった。

 熱狂し盛り上がる鬼たちの歓声。

 かなり騒がしいはずだが、その音は意識からは遠くなった。

 集中力を槍の穂先のように尖らせ、目の前の相手にだけ向ける。

 トウテツは強い。

 負ける気は毛頭ないが、確実に勝てるとも言い切れない。

 相手もこっちの実力は認めているようで。

 愉快げに笑いながらも、その眼には油断や慢心は欠片もなかった。

 侮ってくれた方が楽なんだけどな。


「――――」


 互いの言葉も完全に途切れた。

 大刀を肩に担ぐ形で構えて、トウテツは動きを止める。

 先ほどみたいに無茶苦茶にゴリ押しては来ない。

 単純な力任せでは容易く抜かれると、そう学習したか。

 本当に厄介な相手だ。

 けど、この流れ自体は想定通り。

 こっちは剣を正面に構えてタイミングを計る。

 一つ、二つ、三つ。

 自分の呼吸を数え、少しずつ間合いを詰めていく。

 トウテツはまだ動かない。

 リーチを考えれば、向こうの大刀は十分に届く距離だ。

 ――こっちが仕掛けた瞬間に、その出鼻を叩き潰す腹か。

 脳筋の割には考えてるな。

 だったら、望む通りにしてやろう。


「おおぉぉッ!!」


 気合いを叫び、大地を蹴る。

 《跳躍》の効力はまだ有効だ。

 倍速の動きだが、それは既にトウテツも見ている。

 大鬼の反応もまた迅速だった。


「ガアアァァ――――ッ!!」


 対するトウテツもまた獣じみた咆哮を発する。

 大気を揺るがすほどの音の圧力。

 それを全身に浴びながら、俺は短い距離を駆ける。

 間合いの半ばに達したところで、トウテツの大刀が降って来た。

 地を踏み砕き、全身全霊を注ぎ込んだ一刀。

 回避は許さず防御も粉砕せんと。

 完全に力任せだが、だからこその必殺。

 トウテツの表情からは、自身の勝利を確信しているのが見て取れる。

 俺の剣が届くよりも、大刀が俺を粉砕する方が速い。

 あぁ、それは確かに間違いなかった。

 ――こっちの狙いが、トウテツの首だったなら。


「オラァ――!!」


 雄叫びと共に、俺は剣を振り下ろす。

 狙いはトウテツではない。

 俺に向けて打ち込んで来たトウテツの大刀こそが本当の狙いだ。

 最初の接触で刻み付けた刃の傷。

 その一点に目掛けて、俺は全力で剣を振り抜いた。

 激突の衝撃が両腕を突き抜けて、全身を貫く。


「何と……!?」


 金属が砕ける音と、トウテツの驚愕の声が同時に響く。

 《巨人》の骨から鍛えたという鬼の大刀。

 それが半ばから砕け、斬り飛ばされた刃が宙を舞った。


「これで間合いも半分だな!!」

「ハハハッ! 成る程、最初からコイツが狙いであったか!!」


 おかげで随分と戦いやすくなった。

 大笑するトウテツは、驚きはしても怯みはしない。

 折れた大刀でも構わず、今度はその短さから細かい斬撃を繰り出してくる。

 対応が早いのが本当に面倒だな。

 だがこれで、得物のリーチは殆ど互角だ。

 そしてこの距離なら、剣の差し合いだったらこっちに分がある。


「ぬゥ……!?」


 唸るトウテツ。

 短くなった大刀を捌き、逆に俺の剣は少しずつ鬼の身を削る。

 感覚としては竜と戦っている時と大差はない。

 異様に硬い表皮も、竜殺しの剣であれば切り裂ける。

 相手の攻撃を躱して防ぎ、こっちの攻撃は確実に積み重ねていく。

 小さな傷でも、それが数十と刻まれたなら致命となる。

 自身の不利を悟りながら、トウテツは退く素振りすら見せなかった。

 下がればそのまま追い詰められると。

 それも当然、理解はしているのだろうが。


「まだまだァ!!」


 何よりも、臆して下がる事を自分自身に許さない。

 例え死しても、決して折れる事のない鋼の戦意。

 一方的に傷を受け続ける窮地でも、トウテツは笑っていた。

 戦況は俺の有利で間違いはない。

 それでも、一瞬で気を抜けば俺の首が逆にすっ飛ぶ。

 そんな綱渡りの死線の上で、ひたすらに刃を重ね続ける。


「まさか、トウテツが追い込まれているのか……!?」

「いいやまだだ! まだトウテツは膝を付いてはおらぬ!」

「どちらだ! これは果たしてどちらが勝つ!?」


 観客の盛り上がりも最高潮だ。

 野次に応えてる余裕はないが、一応耳には入って来る。

 剣を突く。大刀を弾く。払う。避ける。斬る。防ぐ。

 繰り返す。ただ繰り返す。

 トウテツは頑丈で、竜の鱗を削ぎ落すのと変わらない労力が必要だった。

 その生命力もまた途轍もなく、未だ命に届く気配はない。

 逆に相手の一刀は、まともに喰らえば簡単にこっちの四肢を吹き飛ばす。

 剣で弾き、鎧の表面で流し、後は兎に角回避する。

 直撃こそないが、体力の方はガリガリと削られていた。

 一応、海岸から出発前に一息入れはしたが。

 嵐での戦いの消耗がまだ完全に戻ってない状態で、これはなかなか厳しい。


「どうした、息が上がっておるぞ……!?」

「そっちこそ降参するなら早めにしろよ……!!」


 互いにまぁまぁボロボロで、総合的には良い勝負だ。

 しかし長引けばこっちが不利になる。

 多少強引にでも、決着を付けに行くべきかと。


「ッ……!?」


 そう考えた直後に、冷たい気配が背筋を上る。

 嫌な予感を察知した五体は、頭で考えるよりも早く行動に移っていた。

 トウテツの大刀を弾くと、無理やりその間合いから離脱する。

 瞬間、頭上に影が落ちた。


「コイツは……!」

 

 降って来たのは巨大な「足」だった。

 四足歩行の獣のモノに近い形状。

 しかしこの世のどんな動物でも、そんな巨木みたいな足は持つまい。

 ゆっくりと、景色から滲むように現れる「ソレ」は――。


「《巨人》め……! 余計な手出しをしおって!!」

『GAAAAAAA――――!!』

 

 長い手足と首を持つ、見上げるほどデカいトカゲに似た怪物。

 突如現れた《巨人》は、赤く濁った眼をギョロりと動かす。

 獲物を吟味しているのか、それとも別の意味があるのか。

 知性も本能も、どちらも視線からは読み取れない。

 そして無数の金属を擦り合わせたような、そんな耳障りな声で泣き叫んだ。

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