317話:巨人殺し


「ふんっ!!」


 大地を踏み砕く《巨人》の足。

 目の前に落ちて来たそれに対し、トウテツは折れた大刀を叩きつけた。

 ゴツゴツと硬そうな表皮も、鬼の力の前では薄紙も同然。

 肉を抉り骨を削れば、《巨人》は悲鳴じみた雄叫びを上げる。


『GAAAA!! GAAAAAAA!?』

「やかましい奴よ!」


 不快感も露わに吠えて、トウテツは更に大刀を振り上げた。

 そこを狙う形で、《巨人》は首を伸ばす。

 顎を大きく開いて、並ぶ牙で鬼に食いつこうと。


「よっ!」


 したところで、こっちが割って入った。

 《跳躍》で軽く飛び上がり、顔面狙って剣を振るう。

 片目を深く抉り裂くと、ドス黒い血が傷口から溢れ出した。

 開いた口から再び悲鳴が迸り、巨体が怯んで後ずさる。

 しかしまぁ、マジでデカいな。

 全体の質量はちょっとした山ぐらいはあるんじゃなかろうか。


「トウテツ、ちょっと休戦しないか!」

「《巨人》が相手とあっては是非もあるまいよ!」

「話が早くて助かるわ!」


 争っていた他の鬼たちにとっても、《巨人》は共通の敵であるらしい。

 見物モードから一変して、誰も彼も山並みにデカいトカゲに襲い掛かる。

 巨大な足に踏み潰され、鋭い牙で噛み砕かれても。


「おおおぉぉぉ!!」

「殺せ!! 《巨人》は殺せ!!」

「向こう百年は起きて来ぬように粉々にしろ!!」


 欠片も怯まず、次々と《巨人》の肉を削って行く。

 うーん、これはなかなか頼もしいな。

 他の鬼たちはトウテツより大分弱いが、それでもこれなら……。


「《巨人》を見るのは初めてか?」

「うん? あぁ、そうなるな」

「であれば、良く見ておくがいい」


 トウテツはそう言うと、折れた大刀の切っ先で《巨人》を示す。


「アレが《巨人》だ。

 この大盤を苛み続ける、原初の災厄にして呪いよ」

『GAAAAAAAAAAA――――!!』

 

 《巨人》の咆哮。

 群がる鬼たちに身体を削られているのに、一向に怯む気配はない。

 ……いや、良く見れば。


「傷が塞がってる……?」


 ついさっき、俺が抉ったはずの片目。

 トウテツが全力で殴った足の傷。

 そのどちらもがもう殆ど塞がっていた。

 今、鬼たちが削っている肉も。

 抉った傍から塞がっていくため、まったくダメージを受けた様子もない。

 ……ここまで戦ってきた真竜も大概理不尽だったが。

 これだけ再生能力が強いってのは、なかなか無かった気がする。


「《巨人》は不死。殺しても死なぬ。

 例えその肉と骨を粉々にしてもいつかは蘇る。

 だが、念入りに砕けば蘇るまでの時間は遅らせる事ができる」

「成る程なぁ」


 確かにこれは災厄だ。

 鬼たちは強いが、流石に不利は否めない。

 俺とトウテツの二人掛かりでも、相当に手こずるのは間違いない。

 だったら。


「――つまり、力技で粉砕すれば良いって事ね。

 分かりやすくて結構じゃない」


 俺以外の戦力にも加勢して貰おう。

 そう考えた直後、傍らにアウローラが降り立った。


「ハッハッハ、これはなかなか殴り甲斐がありそうだなぁ」


 続いてボレアスも、軽く拳を鳴らしながら出てくる。

 テレサとイーリスの姿はない。

 イーリスの方がまだ本調子じゃないからな。

 恐らく、姉妹だけアウローラの「隠れ家」に隠したか。

 いきなり現れた美少女二人に、トウテツは特に驚きはしなかった。


「貴様の仲間か?」

「ええ、そうよ。鬼の方。

 今はあの《巨人》の始末に協力する。

 それで良いのでしょう?」

「是非もあるまい。どうあれ《巨人》は殺さねばならん」


 実にシンプルな利害の一致だった。

 トウテツも、アウローラとボレアスの強さは一目で理解できたらしい。

 むしろ一瞥しただけで。


「人ではないが、鬼でもないか。

 そのどちらでもないなら――いや、それとも異なるようだな」


 概ねどういう存在かも看破したようだった。

 それに対して、アウローラは特に何も言わなかった。


「……しかし、アレが《巨人》ね。

 私も知識としては知っていたけど、実物を間近で拝むのは初めてだわ」

「先ほどは姿を消していたように見えたな。

 他に何か特異な能力はあるのか?」

「さて、《巨人》は個体差がデカ過ぎてな。ワシにもハッキリとは言えん」

 

 ボレアスの問いに応じながら、先ずはトウテツが踏み出す。

 

「確かな事は、奴らが不死身である事。

 そして目に付く生き物が全て死に絶えるまで止まらぬ事だけだ」

「うーん、くっそ迷惑だなマジで」

 

 果たして《造物主》とやらは、何を考えてこんなモン作ったのか。

 まぁ、答えの出なさそうな疑問は捨て置くとしてだ。

 

「やるか」

「おう。せめて他の者どもが全滅せん内にな」

 

 笑う。

 《巨人》への嫌悪を滲ませながらも、トウテツは笑っていた。

 本当に戦う事が楽しくて仕方ないらしい。

 それに近い気質だろうボレアスもまた笑顔を見せる。

 

「よもや《巨人》と戦う機会を得られようとはな。

 不完全な身が少々恨めしいが……!」

 

 大きく息を吸い込み、全裸の竜は胸を膨らませる。

 一秒にも満たない溜めの後。

 

「ガァ――――っ!!」

 

 遠慮容赦のない炎熱の《吐息ブレス》が放たれた。

 一応、狙いは高い位置にある《巨人》の首辺り。

 だがまぁ、射線上にいた鬼の何匹かは余波で巻き込まれていた。

 炎を浴びた連中は、そのまま軽く火だるまになる。

 

「カカカカカッ!! 派手にやるではないか!!

 良し、《巨人》が怯んだぞ! ワシに続けよ貴様ら!!」

 

 その様を見て、トウテツはむしろ大笑いだった。

 他の鬼たちも笑っているし、何と言うか文化の違いを見せつけられる。

 

『GAAAA!!?』

 

 一方、顔面に炎を浴びた《巨人》は苦痛にのたうつ。

 手足をバタつかせ、尻尾を振り回せば周囲の鬼どもが薙ぎ払われた。

 地面が激しく揺れるが、構わずに走る。

 先に行ったトウテツを《跳躍》の力で飛び越えて。

 

「アウローラ!」

「ええ、援護するわ!」

 

 呼びかけると同時に、アウローラが術式を展開する。

 幾つもの強化魔法が施され、肉体に宿る力が倍化するのを感じながら。

 未だに燃える《巨人》の顔面に向けて、俺は剣を振り下ろした。

 硬い。肉も骨もとんでもない強度だ。

 アウローラに強化バフを貰わなかったらどうなっていたか。

 

「おおおぉぉぉ……!!」

『GAAAAA!! GAAAAAA!!』

 

 気合いの声に《巨人》の悲鳴が重なる。

 分厚い肉を切り裂き、異様に硬い骨を強引に断ち切る。

 燃える顔面を正面から切断し、落下しながら前脚に刃を突き刺す。

 切っ先でガリガリと肉を削れば、またドス黒い血が噴き出した。

 

「ハハハハハ!! こちらも負けぬぞ!!」

 

 苦痛に暴れる《巨人》へと、笑顔のトウテツが正面から激突する。

 他の鬼もまた、それに続いて山のような巨体へ躊躇いなくぶち当たっていく。

 中には明らかに死にそうな奴も含まれていた。

 戦術も何もあったもんじゃない。

 より強い力に対し、ただ自身の五体だけで向かっていく。

 それは勇気だとか無謀だとか、最早そんな話ですらなかった。

 

「俺も大概な自覚あるけど、狂ってるなアレ」

「自覚があるならちょっとは改めて欲しいわね」

「ハハハ、竜殺しに無理を言ってやるなよ長子殿!」

 

 突撃する鬼たちに続いて、《吐息》を放ったボレアスも動いていた。

 翼を広げて爪を伸ばし、《巨人》の頭上から襲撃する。

 焼かれた挙句に真っ二つに割られた直後だが。

 既にその傷も、新たな肉が盛り上がって埋まろうとしている。

 ホント、ヤバい再生能力だな。

 

「なに、治るのならそれより早く砕けば良かろう!!」

 

 脳筋の模範みたいな結論を叫んで。

 治り始めている顔面の傷へと、ボレアスは両手の爪を捻じ込んだ。

 そのまま力任せに傷口をこじ開けると。

 

「ガァ――――っ!!」

 

 至近距離からぶち込まれる炎の《吐息》。

 溜めが短い分だけ威力は小さいが、それを立て続けに吐き出す。

 喰らってる《巨人》はたまったもんじゃないだろう。

 激しすぎる苦痛にのた打ち回ろうとするが。

 

「迷惑だから、大人しくしなさい!」

 

 そこはアウローラが魔法による拘束を仕掛けた。

 光輝く杭のようなものと、同じく光で形作られた無数の鎖。

 一瞬で《巨人》の動きを縛り付ける、が。

 

『GAAAAAAA――――っ!!』

「うーん、すげェパワーだな」

 

 縛られても尚、鈍りはしても《巨人》は止まらない。

 拘束をギシギシと軋ませながら、狂ったように暴れようとする。

 

「っ、落ち着きがないわね……!」

「とりあえず、頑張って抑えててくれ」

 

 声を掛けつつ、こちらも手を止めてたワケじゃない。

 すぐに塞がろうとする傷を剣で切り刻み、より大きな傷に変える。

 刃が骨まで達したところで。

 

「《火球ファイアーボール》!!」

 

 ボレアス同様、露出した肉の内側にへと魔法を捻じ込む。

 至近距離での《火球》の炸裂は半ば自爆に近い。

 熱は鎧で防いで、衝撃で吹き飛ばされそうなのは気合いで踏ん張る。

 変わらず、《巨人》は傷を再生し続けているが。

 

「やっぱ、焼くと多少遅くなるな」

 

 この《巨人》だけなのか、それとも共通の弱点かは不明だが。

 焼かれた肉は、単純に斬っただけの部分より再生が緩い。

 しかし表皮は熱を通し辛いのか、そもそも焼け方が浅く見える。

 となれば、ボレアスのやり方が正解か。

 そして、それを見たアウローラも。

 

「そう、抉って焼けば良いわけね?」

 

 《巨人》への拘束魔法を維持しながら、大きく息を吸い込んだ。

 おっと、こっちもやるか。

 

「あんまり顔はじっくり見ないで欲しいんだけど――!!」

 

 控えめに開いた口から放たれる熱核の《吐息ブレス》。

 威力と範囲を絞った極光は、《巨人》の胴体へと突き刺さる。

 貫通こそしなかったが、肉と骨に大きな穴を穿つ。

 傷の断面が焼かれたためか、修復速度はかなり遅い。

 

「流石だなぁ」

「まったく、衰えたりとはいえ《最強最古》よな」

「煽てても何にも出ないわよ?」

 

 などと軽口を叩く間も戦いは続く。

 

『GIAAAAAA―――――っ!!』

「まったくしぶといトカゲめ!」

 

 大分抉りはしても、《巨人》は動きを止めない。

 拘束された状態でも、構わずに脚や尾を振り回す。

 トウテツはその質量を真っ向から受け止め、逆に殴り返してもいた。

 ただ他の鬼は、既に何人かは潰れて動かなくなっている。

 他にも負傷した者は多いが、士気に関しては誰一人衰えていない。

 そう、士気こそ衰えていないが。

 

「大分キツいな」

「強さは兎も角、流石にしぶとすぎるな」

 

 状況は完全に持久戦の様相を呈していた。

 俺たちは間違いなく《巨人》の肉を削り、骨を砕いている。

 焼く事で多少はマシになったが、それでも《巨人》の再生能力は強い。

 そして縛られて暴れるだけのパワーも凄まじい。

 真っ向殴り合って潰れずに済んでるのは、鬼でもトウテツただ一人。

 いや、この場合はトウテツがおかしいだけなんだろうが。

 

「……まぁ極論だけど。

 最悪、鬼の生き残りはあのトウテツだけでも十分だろうし。

 こちらは気にせずやるしかないわね」

「それはそうだろうな」

 

 鬼の方も、死ぬと分かってひたすら突撃してるワケだしな。

 下手な手出しはむしろ逆効果だろう。

 だからアウローラの言う通り、気にせず《巨人》の脚を剣で斬り裂いて。

 

「……ん?」

 

 ふと、視界の端を何かが掠めた。

 上だ。暴れる《巨人》の丁度真上の空。

 何か黒いモノが見える。

 それが一体何であるのかは、すぐに分かった。

 

「人……?」

「? どうした、竜殺し――と、アレは……」

 

 俺の様子に気付いたボレアスも、直後に状況を察していた。

 遥か高空から誰かが落ちてくる。

 見て分かるのは、ソイツが全身に黒い装甲めいたものを纏っている事。

 そして手には妙にデカい槍っぽい長物が握られている事。

 落下するソイツは、何の躊躇いもなく真っ直ぐに。

 

『GAAAAA――――ッ!!?』

 

 気付いていない《巨人》の背中に直撃した。

 凄まじい衝撃がトカゲの巨体を揺さぶる。

 手にした槍は深々と、頑強な《巨人》の肉を骨ごと貫いている。

 恐らく、落下のエネルギーも利用したんだろうが。

 それを差し引いても、本人に相当な腕力がなければ不可能だろう。

 

「今度は何っ!?」

「! 貴様は……!」

 

 落下の衝撃で気付いたのか、驚きを見せるアウローラ。

 しかしトウテツの方は驚愕の種類が違った。

 《巨人》を貫いたばかりの黒装甲を見上げながら、大きく叫んだ。

 

「《巨人殺しジャイアントスレイヤー》!

 そうか、こやつは貴様の獲物であったか!」

「…………」

 

 《巨人殺し》。

 その名で呼ばれた相手は、ただ眼前の《巨人》だけに集中していた。

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