第一章:外界へようこそ

314話:昔語り


「遠い遠い昔、竜の長子たる私が創造されるよりも遥か昔。

 この星には今とは全く異なる知的文明が存在してたわ」


 果てしなく広がる荒野。

 本当に、どこまでも続いてるのではと錯覚しそうな。

 草の一本すら生えず、生命の気配はひと欠片ほども感じられない。

 大陸の方でも荒れ野なんてのは珍しくなかった。

 が、此処は記憶にあるような場所とは根本的に違った。

 

 土も砂も、満遍なく。

 見える範囲の大地全てが、ことごとく死に絶えている。

 恐らくここでは、どんな種を撒いても作物が実ることはないだろうと。

 自然とそう理解させられる、手の施しようのない屍の世界。

 そんな殺風景極まりない地を、俺たちは進んで行く。

 先頭に立つ俺の腕に抱えられながら、アウローラはゆっくりと語る。

 この星の、過去にあった物語を。

 

「当然、私も直接は知らないわ。

 ただ当時の人間は知恵を持つ動物たちと共存し、高度な文明を築いていた。

 今と比較してどれぐらいかまでは分からないけど。

 少なくとも、空を飛んで海と大地を渡る手段は持っていたはずよ」

「……それが、遠い昔の話なのですか」

「ええ。どれぐらい古いのか、正確な年月は分からないぐらい」

 

 テレサの問いに、アウローラは小さく肩を竦める。

 姉の肩を借りた状態で、イーリスはチラチラと周囲に視線を向けていた。

 幸い、例の《巨人》の姿は今は何処にも見当たらない。

 

「それが何で、こんなまっ平になっちまったんだ?」

「神様が現れたからよ」

 

 笑う。

 アウローラは笑っていた。

 自分で言った言葉が、それほどに可笑しかったか。

 失笑を浮かべながら彼女は話を続ける。

 

「自らを《造物主デミウルゴス》と名乗った偽物の神様。

 他の次元からこの星に渡って来た超越者。

 『彼』は自分が理想とする世界を創造する事を望んでいた。

 そのために、生命豊かなこの星に目を付けたの」

「狙われた方からすれば、まぁ迷惑千万な話だろうがな」

 

 ややつまらなそうに、ボレアスが呟く。

 どうやら感情複雑そうだが、細かいところは分からない。

 

「ボレアスの言う通りね。

 《造物主》が最初にやった事は、旧世界を一掃する事。

 神様が欲しがったのは、この星という土台だけ。

 既に上に乗ってるものは邪魔でしかなかった」

「……なんだそりゃ」

「まったくふざけた話でしょう?

 けど、その理不尽を通せてしまう程度には《造物主》は強大だった。

 神様は先ずは大いなる《天使》たちを創造し、この地に放った。

 そして古い文明は痕跡さえ残さず、御遣いの手で滅ぼされた」

「ひでぇ話だな」

 

 もう終わった昔話とはいえ、何とも。

 話を聞きながら、また改めて周囲の荒野に目を向ける。

 ……生命豊かだった星、か。

 見る限り、もうぺんぺん草も生えてきそうにないんだが。

 なんて考えてたら、アウローラの手が兜に触れる。

 どうやら頭を撫でられているらしい。

 

「アウローラ?」

「豊穣な惑星環境が欲しかった割に、辺り一面荒野過ぎない?

 とか思ってたでしょ?」

「うん、まぁな。それはちょっと気になってた」

「賢いわね。

 貴方の思っている通り、《造物主》はここまでやる気じゃなかったの」

 

 引き続き頭を撫でつつ、アウローラは微笑んでみせる。

 つまり、その神様にとってもイレギュラーな事態が発生したわけか。

 

「何が起こったんだ?」

「……《造物主》は旧世界を滅ぼすと、そのまま『実験』を開始したわ。

 『彼』が望んだのは『永遠不死の生命体』。

 老いず朽ちず死ぬ事もなく、そんな彼らが永遠に繁栄を謳歌する理想世界。

 そしてその世界に、自らが唯一の神威として君臨する事。

 自分なら無謬の幸福と無限の栄華が実現できると、《造物主》はそう信じていた。

 けど、最初の『実験』の多くは失敗だった」

 

 語りながら、アウローラの目もどこか遠くを見ていた。

 それは現実の荒野ではなく、俺には想像もつかない古い過去だろう。

 ……永遠不死の生命体。

 アウローラやボレアスたち、古き竜たちはまさにそれだ。

 《造物主》が古竜を創造するに至る前の、数多の失敗。

 それが、恐らく。

 

「あの《巨人タイタン》か」

「ええ。他にも失敗例はあるけど、最大の失敗はあの《巨人》ね。

 元々は《天使》をベースに創造されたものだけど。

 彼らは肉体こそ不死だけど、魂が不滅じゃなかった。

 長い年月の果て、朽ちない身体から中身の魂だけが揮発してしまう。

 だから今いる《巨人》は全て、空っぽのまま動く人形も同然」

「……その上で不死身なのかよ。くっそ迷惑過ぎねぇか?」

「実際、迷惑極まりない話よ?

 文明は滅ぼされ、生き残った人間は更なる苦境に立たされた。

 《造物主》が気儘に創造を続ける超生物たち。

 古い世界の生き物は、これに対抗する術を持たなかった」

 

 実際、どうしようもないよな。

 まだ遠めに見ただけだが、あの《巨人》はちょっとした山並みにデカかった。

 あんなデカブツが複数、どれだけの数が地上を歩き回ったのか。

 世界が滅んだっていうのも頷ける。

 

「……だが、迷惑がっていたのは何も人間だけではなかった」

 

 ボレアスの声。

 囁くようなその言葉には、強い畏怖が込められていた。

 彼女は何かを恐れている。

 そして、アウローラもまた同じだった。

 

「勝手に余所から現れて、勝手に大暴れして。

 しかもデタラメな無秩序に創造し続ける偽物の神様。

 ……星の方もね、流石にブチギレたのよ。

 本来ならあり得ない、『直接的な干渉』を行うぐらい」

「直接的な干渉……?」

「テレサ、貴女も以前に見たでしょう? あの黒い剣士」

 

 思い出される記憶。

 以前に一度だけ遭遇した、剣の一振りで都市を崩壊させた女剣士。

 テレサとイーリス、どちらも表情が蒼褪める。

 

「星の運行は、《原始精霊》とも称される存在によって管理されている。

 彼らこそがこの星における『神』と呼ぶべきモノ。

 但し、本来《原始精霊》たちには自我や意思の類は存在しないの。

 世界そのものである精霊は、ただ世界として在り続ける。

 山が自分の意思で火を吹いたり、風が気儘に嵐になっても困るでしょう?」

「まぁ、そりゃそうだよな」

「……けど、《造物主》の無法には星も怒りを覚えた。

 そしてその怒りが、実体を伴って大地の底から立ち上がったの」

「それこそが《黒銀くろがねの王》。

 この星における、唯一にして真なる竜だ」

 

 《造物主》に対抗するために現れた、大地の化身。

 《黒銀の王》という名を口にするだけで、竜である彼女たちは震えていた。

 

「父なる《造物主》は、《黒銀の王》を見て私たち古竜を創造する参考にした。

 だから真の意味で『竜』と呼べるのは、あの《黒銀の王》だけでしょうね。

 ……まぁ、それは兎も角。

 怒れる《黒銀の王》は、先ずは《天使》たちを残らず抹殺したわ。

 旧世界を滅ぼした大いなる災厄。

 それすらも、《大地の精霊》が直接具現化した《黒銀の王》の敵じゃなかった」

「やべぇなぁ」

 

 あの黒い剣士は確かにヤバかった。

 正直、今も戦って勝てる気は微塵もしていない。

 しかし実態はこっちの想像よりも遥かにヤバい相手だったらしい。

 あの時にアウローラやボレアスが怯えてたのも納得だ。

 

「《天使》を殲滅し、《巨人》も蹴散らしながら。

 最終的には《造物主》と《黒銀の王》が直接戦う事になったわ。

 ……私が知っているのは、その断片のみ。

 世界を滅ぼした偽神と、星の怒りそのものである大地の化身。

 その争いは凄まじく、地表は瞬く間に荒廃したわ」

「……それで、この有様かよ」

 

 呟いて、イーリスは死に果てた土地を見た。

 

「神様同士が殴り合った結果がコレか。まぁそうなるよな」

「結局、決着はなかなか付かずに戦いは酷く長引いたわ。

 それに嫌気がさした《造物主》の方が退き、海の果てに新たな大地を創った」

「まさか、それが……?」

「ええ。私たちがいた《竜在りし地ドラグナール》と呼ばれた大陸」

「ホントに神話の世界だなぁ」

 

 普通に聞いたら単なる御伽噺なんだが。

 これは全部、実際に起こったことなんだよな。

 さんぜんねんすら実感を持てない身としては、途方もなさ過ぎる話だ。

 

「大陸を外から遮断した《造物主》は、最終的に私たちを創造するのだけど。

 まぁ、今はそれは良いわ。

 とりあえず、今私たちがいる場所がその滅ぼされた旧世界側。

 ――古い呼び名については、私も知らない。

 ただ、廃棄された不死の《巨人》たちが歩き回る死の大地。

 そこから《巨人の大盤ギガンテッサ》と今は呼ばれてるはずよ」

 

 《巨人の大盤ギガンテッサ》。

 竜はなく、ただ不死の《巨人》たちが闊歩する巨大な盤の上か。

 大陸の方もなかなかだが、こっちも大概地獄のようだ。

 

「……それは分かったけど、大陸にはどう戻るんだ?」

 

 海から離れて、特に目当ても無しに歩き回ってる気がするけどと。

 イーリスは改めてアウローラに対して問いかける。

 聞かれた方は、ほんの少しだけ沈黙して。

 

「……問題はそこなのよ」

「うん?」

「《断絶流域》は、今の私じゃ越えられないの」

「……マジで??」

「マジよ。嵐と荒れた海だけならまだしも、あそこは空間も遮断されてる。

 あの《黒銀の王》ですら、無理やり突破するには長い年月が必要だったわ」

 

 つまり力押しで抜けるのはほぼ不可能と。

 それは確かにちょっとマズいな。

 

「何か方法は知らんのか、長子殿」

「少なくとも、現状の私たちじゃお手上げね。

 そもそもどうしてあの遮断を越えちゃったのかも不明だし。

 ……可能性はないかと、とりあえず歩き回ってるけど」

「主よ、何かお考えが?」

「生憎と『考え』と言えるほど上等なものじゃないわ」

 

 話をしながら、足は止めない。

 どこまで行っても変わり映えのしない荒野。

 他には何もない――何もない?

 微かに、遠くで何かの音が聞こえた気がした。

 まさかまた《巨人》か?

 

「アウローラ」

「……いえ、違うわ。《巨人》じゃない」

 

 名を呼ぶと、腕の中の彼女は小さく首を横に振った。

 地面も大きく揺れてはないし、《巨人》とは違ったようだ。

 ただ地響きのような音と土煙が、地平線の一部を霞ませているのが見えた。

 遠くに何かがいるのは間違いなさそうだ。

 

「危険だけど、近づきましょうか。

 と接触できるかもしれないわ」

「原住民?」

 

 分かってはいないが、近付くのなら行ってみるか。

 俺はアウローラを、テレサはイーリスを軽く抱えて走り出す。

 イーリスはちょっとジタバタしたが、すぐに観念したようだった。

 殿はボレアスが翼を広げて付いて来る。

 

「で、原住民ってのは? ここにも人間が生きてるのか?」

「人間は一応いるでしょうけど。

 今言った『原住民』は人間とは違うわ」

「どういうことだよ?」

「さっき言ったでしょう? 《巨人》以外にも失敗例がいるって」

 

 距離が狭まるにつれて、向かう先がだんだんと見えて来た。

 それは戦いだった。

 個人同士ではなく、多人数同士の合戦。

 地を揺らす雄叫びを上げて、多くの者たちが殺し合う修羅の光景。

 まだ少し遠いため、細部まではハッキリ分からない。

 なので《鷹の目》の魔法を発動させて、見える距離を伸ばしてみる。

 果たして、そこにいたのは……。

 

「……確かに、微妙に人間とは違うな」

 

 個体差はあるが、基本的に人間に近い姿をしている。

 明らかに人間離れした巨体だとか、爪だの牙だの伸びてる奴もいるが。

 一番大きな特徴だけは共通していた。

 それは頭に生えた「角」だ。

 本数が違ったりはするが、どいつも全員頭に角が生えている。

 謎の角人間たちは、粗末な武器や自身の五体で狂ったように殺し合う。

 理性の大半が吹っ飛んでる様は、獣の喰い合いにも似ていた。

 

「主よ、彼らは一体……?」

「《オーガ》よ。《巨人》と同じく、大陸にはいない種族。

  かつて《造物主》が完全な生命を創造する過程で廃棄された者たち」

 

 鬼。アウローラはその名を告げる。

 死に果てた大地の上で殺し合う、異形の者たち。

 

「古い人の文明が滅び、《巨人》という災厄が無秩序に歩き回るこの地で。

 一部のを除けば、彼ら《鬼》がこの《巨人の大盤》の支配種族。

 ――さてお取込み中みたいだけど、お話し合いができると良いわね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る