234話:最初の接触


「……人がいたな」

「まぁ、いたはいたけどさぁ……」

 

 微妙に間の抜けた姉さんの呟きに。

 オレの方も、大差ない程度には間抜けな言葉を返してしまう。

 距離があるためか、向こうはこちらに気付いていない。

 実に楽しそうに爆走している連中を、オレ達は改めて観察した。

 目を引くのは、ならず者どもが乗り回している車両だ。

 数は全部で五台ほど。

 多分、装甲車の類ではあると思う。

 あまり見たことがない、中型程度の大きさの武装車両。

 機関銃マシンガン擲弾投射器グレネードランチャーは、まぁ良いとして。

 主に前面や側面に並んでるデカい棘は、もしかして衝角ラムか?

 ちなみにデザインもあまり統一性はなく、無駄に個性バリエーション豊かだ。

 まぁ、どれも悪趣味としか言い様がないわけだが。

 

「ふーむ、ああいうのが人間の流行りなのか?」

「一部のアホしか好みそうにない物を、デカい主語で括るのは止めてくれ」

 

 このままだと、古竜に人間って奴を大きく誤解させてしまいそうだ。

 で、そんな車両に乗っかってる顔ぶれだが……。

 

「こっちはこっちで統一感ねぇなぁ……」

「人間以外にも、亜人種が目立つな」

 

 どういう考えでやってんのかは分からんけども。

 車両は扉などを開放して、搭乗者はそこから身を乗り出している。

 おかげで背格好は確認しやすい。

 基本的に、乗っているのは屈強な男どもだった。

 半分近くは半裸に近い恰好で、棍棒など粗末な武器をぶら下げている。

 一応、銃器を持ってる奴もいるがそれも半分程度。

 そして種族は人間以外、豚人オークなどの闇人ダークワンの存在が目立つ。

 正直、亜人自体がそこまで目にした機会は多くない。

 森人エルフ以外だと、オリンピアでちょっと見かけたぐらいだ。

 なので十人以上、ちょっとした規模の集団なんてのは完全に初見だった。

 

「……しかしまぁ、何なんだアイツら?

 こんな場所であんな武装集団とか、ちょっと想定してねぇぞ」

「連中から直接聞けば良いのではないか?」

「まともに話を聞いてくれるとは、とても思えませんが……」

 

 まぁ、姉さんの言う通りだろう。

 仮に正面から行ったら、連中は間違いなく襲って来る。

 なんせ見た目だけなら女三人だけなんだ。

 あの手の輩が考えることなんざ明白だ。

 

「であれば、

 少々武器を持って粋がっている程度の猿の群れだ。

 ちょっと撫でてやれば素直になる」

「いや、それも考えたけどな」

 

 当然、選択肢の一つではある。

 しかし、何も知らない状態で喧嘩を売るのはそれはそれでリスクはある。

 相手の数は今見えているだけなのか。

 それとも、もっと大規模な武装集団で連中は末端に過ぎないのか。

 まだ何も知らないオレ達じゃ、当たり前だが何も分からない。

 平和的な接触が無理な以上、ここは気付かれないようやり過ごすのが……。

 

「イーリス」

「ん? どうした、姉さん」

「人がいる」

「あ?」

 

 人がいる、とは。

 それはあのならず者どもじゃない。

 姉さんが指差した方に、オレは視線を向けた。

 こちらは上から見ているので、たまたま角度的に目に入る位置。

 崩れて瓦礫と化した建物で、まだ辛うじて形を残している壁の一つ。

 その陰に、身を隠している誰かがいた。

 こっちは頭から襤褸を纏っているせいで、容姿などは良く分からない。

 ただ遠目から見ても微妙に小柄なので、子供か老人の可能性は高い。

 場所は丁度、迫って来るならず者集団の進行方向。

 あっちも隠れてやり過ごそう、ってつもりのようだが……。

 

「気付いているな」

 

 そう言ったのはボレアスだった。

 

「気付いてるって、あの馬鹿集団がか?」

「うむ。あまり上手く隠れられていなかったと見える。

 そら、連中は仕掛けるつもりだぞ」

 

 指差す方を見れば、確かにならず者どもの動きに変化が起こっていた。

 車両間の距離を少し開き、搭載した武装が稼働し始める。

 確かに、完全にやる気だ。

 

「で、どうするのだ? 我は眺めているだけで問題ないが」

 

 本当にどうでも良さそうに、ボレアスは笑っていた。

 ……分かってるよ、クソ。

 ぶっちゃけ、ここでオレ達が手を出す理由はない。

 別に正義の味方のつもりもないし、状況的に余裕もない。

 見てるのが気分悪けりゃ、なんなら今すぐ立ち去ってもいい。

 連中はオレ達にはまだ気付いていないんだ。

 

「……イーリス」

 

 傍らの姉さんが、オレの名前を呼んだ。

 名前を呼ぶ以上のことは、言わなかった。

 「オレのしたいようにすれば良い」と、そう暗に示してくれている。

 ……そうだな。

 別に、アレコレと難しいことを考えて悩む必要なんてない。

 

「手ェ出すぞ」

「ほう、やるのか?」

「やる。あの馬鹿どもは話にならねェだろうけど。

 あっちの方なら、助けたら情報ぐらい拾えそうだしな」

 

 理屈として言えば、それが一番の理由だ。

 

「それだけか?」

「いや」

 

 見透かして笑うボレアスに、オレは軽く首を横に振る。

 利害とか損得とか、そういうのを考えた理由は今ので間違いない。

 けど、オレ自身としての一番の理由は。

 

「このままほっとくのは、気分が悪い。

 だから手を出すつもりだ。問題あるか?」

「ハッハッハッハ! いいや無いとも。

 そうするのはお前の自由だ、好きにするといい」

「あぁ、言われるまでもなく好きにするさ。

 ……で、姉さん。悪いけど」

「大丈夫、ちゃんと私も手伝うよ」

 

 それこそ、言われるまでもないと。

 姉さんは微笑みながら頷いてくれた。

 ホント、こんなのはオレのワガママ以外の何でも無いのに。

 一つも悩んだ様子もなく、姉さんはオレの手を取る。

 

「それで、どう仕掛ける?」

「見た目は兎も角、あの車両は電子制御されてる。

 オレが制御を奪うから、姉さんはその隙に殴り掛かって欲しい」

「心得た」

 

 オレの言葉に、姉さんは小さく頷く。

 作戦と呼ぶには単純シンプル過ぎるが、このぐらいで丁度良いはずだ。

 ボレアスの方は何も言わない。

 ただ愉快そうに笑って、状況を眺めているだけだ。

 まぁ、こっちは別に期待しちゃいない。

 だからオレ達は、そのまま行動に移った。

 

「ヒヒヒ! そら、良く的を狙えよ?」

「隠れてるウサギちゃーん、恐くないから出ておいでー!」

 

 《転移》の力で、オレと姉さんは地面に下り立つ。

 予想通り、男どもは獲物の位置を把握していた。

 今まさに搭載した機関銃を操作し、狙いを定めようとする寸前。

 道の陰、連中の死角からオレは自身の能力を行使した。

 意識の網を広げて、連中の車両を制御している電子へと指を伸ばす。

 一応の保護プロテクトはされてるけど、オレからすれば紙の盾だ。

 あっさり引き千切り、飛ばされた命令コマンドを消去する。

 同時に新たな命令――「緊急停止シャットダウン」を五台の車両全てに入力する。

 一連の作業は、現実時間に換算すれば一秒にも満たない。

 搭乗した側からすれば、いきなり訳も分からず車が止まった状態だ。

 急激な制動に、強烈な慣性が男どもを襲う。

 

「テメェ、何してんだ!?」

「知らねェよ、車の方が勝手に止まりやがって……!」

「おい、どうなってんだよ!」

「早くしねェと獲物に逃げられ……!?」

 

 そして好き勝手喚いてるところに、姉さんは容赦なくぶちかます。

 最初に狙ったのは先頭車両。

 再び《転移》した姉さんは、いきなり男どもの目の前に下り立ってみせた。

 突然過ぎる事態に、今度は男達の思考が停止フリーズする。

 そして姉さんにとっては、その一瞬だけで十分過ぎた。

 

「ゲッ!?」

「ごふっ!?」

 

 汚い悲鳴と、声にならない苦鳴。

 オレの目でも見えないぐらいの早業で、姉さんは車両の男達を叩き伏せる。

 殺してはいない――というより、殺す必要もない。

 叩き伏せられたゴロツキ共と姉さん。

 両者には、それだけ絶対的な力の隔たりがあった。

 

「くそっ、なんだテメェ!?」

「ふざけんなよ、女! 俺らが誰なのか知って喧嘩売ってんのか!」

「お前ら出ろ! 囲め!」

 

 先頭車両の連中は、あっさり蹴散らされた。

 にも関わらず、他の連中の戦意は折れていないらしい。

 むしろやる気を漲らせ、手に武器を携えぞろぞろと出てくる。

 数は全部で十三人。

 仮にオレだったら、そのまま逃げ出す数だ。

 無論、雑魚が群れても姉さんの脅威じゃないが……。

 

「何処の、どいつだが、知らねェが、舐めてやがるな」

 

 滑舌が悪いのか。

 いちいち言葉を区切りながら、その巨体が動く。

 獣頭ライカンスロープとも呼ばれる、闇人の一種族。

 常人よりも二回りぐらいデカい身体に、首から上は熊の頭が乗っている。

 見た目と名前通りの半人半獣。

 獣の凶暴性と身体能力を併せ持つ、極めて危険な相手だ。

 丸太みたいな腕に、ゴツい大戦鎚ウォーハンマーを担いでいる。

 少なくとも、そこらにいる雑魚どもよりは強そうだ。

 勿論、姉さんが負けるとは微塵も思っていない。

 ただ他と比べて、歯応えがありそうなのは間違いなかった。

 姉さんもそれを感じてか、熊頭を睨みながら緩く構えを取る。

 

「大人しく、してれば、痛い目に遭わずに、済むぞ?」

「――御託は良い。

 来るならば、全員纏めてかかって来い。

 私としても、あまり時間は掛けたくないからな」

 

 お決まりの台詞を、姉さんは正面からバッサリ切り捨てた。

 それを受けて、ゴロツキ共はますます殺気立つ。

 

「女が! 舐め腐りやがって!」

「俺らは『三頭目ビッグスリー』、ロンデミオ一家ファミリーだぞ!」

「やっちまえ! 後悔させてやる!」

「や、やる、やってやる!」

 

 ロンデミオ?

 三頭目とか、気になる単語も出て来た。

 が、今それを確かめている余裕はなさそうだ。

 襲い掛かろうとするゴロツキ連中を、姉さんは迎え撃とうと――。

 

「やはり、見ているだけでは退屈だな」

 

 したところで、上から降ってくる影。

 当然、それはボレアスだった。

 咆哮を上げる熊頭の上に落ち、そのまま声を出す暇もなく捻り潰した。

 瞬殺も瞬殺。

 さっきまで猛っていた男達は、一気に黙り込んでしまう。

 まぁ、恐らく一番強い奴がいきなり潰されたらな。

 どんだけイキがってても流石にビビるか。

 地面に半ば埋まった熊頭を踏みつけ、ボレアスは周囲を見回す。

 男どもは戸惑い気圧されて、思わず後ずさった。

 そして、誰ともなく。

 

「な、なんであの女は全裸なんだ……?」

 

 まぁ、そりゃ言いたくもなるし戸惑うよな。

 空から全裸の女が降って来て、お仲間を容赦なく踏み潰すとか。

 

「手を貸してくれるのですね?」

「今言った通り、見てるだけでは退屈でな」

 

 困惑する連中とは異なり、姉さんは慣れたもんだ。

 ……まぁ、慣れるのも正直どうかと思うけど。

 それは兎も角、ゴロツキ共の運命はこれで確定した。

 姉さん一人でも十分勝てる戦力差だった。

 そこにボレアスが追加されたら、文字通りのオーバーキルだ。

 

「さて、今の我がどれだけ動けるかも試しておきたい。

 ――少しばかり、付き合って貰うぞ?」

 

 牙を見せつけるような笑みには、破壊的な殺意が込められていた。

 男達は俄かに色めき立つが、今さら慌てても遅い。

 

「さて……」

 

 あっちはあっちで、もう放っておいても片付くだろう。

 様子見は切り上げて、こちらも動くことにした。

 連中が獲物として狙っていた奴。

 どさくさに紛れて逃げるなら、それでも良かったが。

 さっきから見ていても、物陰から出てくる様子もない。

 ビビって腰が抜けたか?

 まぁ、あり得ない話じゃない。

 

「……仕方ねぇな」

 

 オレは自分に言い聞かせるみたいに呟いて。

 主にボレアスが暴れてる処刑場を、万一でも巻き込まれないよう迂回する。

 瓦礫も同然の壁、その陰に隠れた襤褸が一人。

 蹲って、動く気配もない。

 

「オイ、大丈夫か?」

 

 オレは声を掛けながら、そちらに近付く。

 やはり動きはない。

 もしかして、気絶でもしてるのか?

 疑問に思いながらも手を伸ばして――。

 

「……あ?」

 

 目の前に突き付けられた、銃口。

 その暗い一つ目を覗き込んで。

 オレは思わず、間の抜けた声を漏らしてしまった。

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