235話:灰の男
考えてみれば、銃を突きつけられるなんて随分久しぶりな気がする。
オレの脳天に狙いを定めた銃口。
それを正面から見ながら、ついそんなことを考えてしまう。
鉄火場はもういつものことだけど、銃よりヤバい物が世の中多すぎる。
自分の常識の範囲での脅威に、逆に落ち着いた気分になっていた。
無論、相手はオレの内心なんざ知ったこっちゃない。
「……下手な真似はするなよ?」
低く抑えた声。
オレは改めて、相手の姿を観察した。
粗末――というほど粗末でもない、黒い小型の拳銃。
狙いどころさえ誤らなければ、人間一人殺すには十分な火器。
それを両手で包むように握っているのは、一瞬少女かと思った。
が、良く見れば違う。
襤褸で身を隠しているのは、一人の青年だった。
線は細くて小柄だし、襤褸から覗く顔立ちは女に見えるが。
声の調子とかからして、男で間違いない。
特徴的なのはその「色」だった。
白い。肌も髪の色も、真っ新な紙みたいに白い。
不健康で血の気が薄い、という感じでもない。
まるで最初からそういう生き物であるかのように、ただ白い。
髪の色はオレも似たようなもんだが、コイツの方が綺麗な気がする。
ただ瞳の色だけは、オレとは逆に赤く燃える火の色をしていた。
「……おい、聞こえてるか?」
「ん? あぁ、悪い悪い」
見惚れてた、ってワケじゃないが。
珍しい見目に、ちょっと目を引かれてたのは間違いない。
唸るような青年の声に、オレは意識を現実に戻す。
相変わらず、銃口は突き付けられたまま。
一応、銃の扱いとしてはそこそこに慣れている感じだった。
「で、こりゃ一体どういうつもりだ?」
「それはこっちの台詞だな、お嬢さん」
お嬢さんという言い方が、なんか微妙に気取っててムカつくな。
つーかコイツ、歳幾つだ?
見た目だけならオレとそんな大差ない気がすんだけど。
「折角、あのバカどもを釣る気だったのに。
随分余計なお節介を焼いてくれたな」
「あん? そりゃ一体何の話だ」
「見た感じ、まだ入って来たばかりの余所者だろ?
ここの
「ま、そりゃ言う通りかもしれねェけどな」
こっちの態度に、青年はやや苛立った様子を見せる。
危機感足りないとか、そういう風に見えたんだろうな。
けど。
「そっちの言う通り、オレ達は余所者なんでね。
――そんなもん、それこそ知ったこっちゃねェのさ」
ハッキリ言ってこのぐらい、
オレは素早く、突き付けられた銃身に触れる。
白い青年の目は、オレの動きをまだ捉えていなかった。
だから、相手の指が引鉄を倒すよりも早く。
掴んだ銃を捻って奪い取り、今度はこっちが逆に銃口を向けてやる。
青年は、何が起こったのかすぐに理解できなかったようで。
きょとんとした表情を見せてから、それが直ぐに焦りの色に染まっていく。
信じられないと、オレを見る目が語っていた。
「……なぁ、今何したんだ?」
「特別なことは何にも」
レックス達が人外過ぎるせいで、自分でも偶に忘れそうになるが。
オレだって、その気ならそれなりにはやれる方なんだ。
化け物でもなければ、身体に「強化」を施してない奴ならこのぐらいはな。
青年はまた何か言おうとして、大きく息を吐き出す。
そうしてから、ゆっくりと両手を広げて見せた。
「降参、降参。こっちが間抜け過ぎたな。
脅しつける相手を間違えたみたいだ」
「賢明だな。長生きするぜ」
「長生きすることが得って考え方も、結構短絡じゃないか?」
お決まりの文句のつもりだったが。
青年は微妙に苦笑いと共に、そんなことを言って来た。
成る程、そういう考え方もあるか。
「――イーリス? 何かあったか?」
と、背後から姉さんの声が聞こえて来た。
オレはひょいっと、奪い取った銃を持ち主に投げ渡す。
青年が慌ててそれをキャッチしたのを確認してから、後ろを振り向いた。
「いや、大丈夫。そっちこそ終わったのか?」
「あぁ。私がやったのは最初だけで、殆どはボレアス殿が暴れて済ませたが」
「やっぱそうなるか」
今頃は死屍累々だろうなぁ。
それこそ喧嘩売る相手を間違えた連中に、オレは軽く黙祷だけしておく。
オレの言葉に姉さんは笑ってから、その視線を動かす。
見たのは、襤褸を纏った白い青年。
銃を慌てて懐にしまった彼は、やや引き攣った愛想笑いを見せた。
「あー、ドーモ。助けて貰ったみたいで、感謝します」
「で、オレに銃突きつけたりして来たワケだけど。
なんだ、お前もあのゴロツキ共をどうこうするつもりだったのか?」
「そういう事をあっさりバラさないで欲しいなぁ……!」
いや、別に庇う義理もねーし。
ただ事実を口にすると、青年は酷く慌てた様子を見せる。
ま、今の一言で姉さんの視線が一気に冷えたしな。
何気ない佇まいだけど、臨戦態勢のスイッチが入ったのが分かる。
ゆっくりと、慎重な足取りで姉さんはオレの傍まで来て。
「イーリス?」
「や、オレも事情とかこれから聞くつもりなんだけど」
「それより、怪我はないのか?」
「見ての通り。
幾らオレでも、そこらのチンピラぐらいには負けねーって」
「そこらのチンピラ扱いってのも、地味に傷付くな」
実際、オレ視点だとそんな大差ないんで。
苦笑いを浮かべながら、青年はまた両手を広げて恭順の意を示した。
「悪かった、謝ります。舐めてたのは俺の方でした。
土下座でも何でもするんで、できれば許して貰えません?」
「だってよ、姉さん」
「そこは私じゃなく、イーリスが答えるべきではないのか……?」
まぁ、それはそうかも。
そんなやり取りを聞いて、青年は軽く笑って。
「俺のことはアッシュと呼んでくれ。
この近くの《
「悪いな、入って来たばっかの余所者なんでね」
「いや、ホントに悪かったって」
オレの皮肉に、青年――アッシュはまた苦笑をこぼした。
「なぁ、確認なんだが」
「ん?」
「アンタ達、あのロンデミオ一家の奴らをホントに片付けたのか?」
「……皆殺し?」
「いや、流石にそれはないと思いたいが……」
この位置からだと、覗き込んでもちゃんとは見えないが。
改めて処刑場の方を確認すると、まぁ予想通りの地獄絵図だった。
幾つかの装甲車両は、多分気紛れか何かで引き裂かれて壊されている。
その周りには、ピクリとも動かないゴロツキ共が無造作に転がっていた。
それをやった当人は、壊した車両の上でのんびり寝転んでいる。
……まぁ、こんだけ暴れた後ならさぞや気持ち良いだろうな。
「とりあえず、片付けたって表現は間違ってないな」
「……スゲェな。いやホント、お世辞や冗談抜きに」
アッシュの顔が微妙に引き攣ったが、気にしないでおく。
「で?」
「……都合が良いのは百も承知だが、取り引きをしないか?」
「取り引き?」
白い青年の言葉は、大体予想した通りだった。
姉さんは訝し気に聞き返す。
アッシュはそれに対し、一つ頷いて。
「アンタ達はここに入って来たばかりで、右も左も分からない。
そんなところで、実際困ってるんだろ?」
それは確かに間違いない。
オレらが今回手を出した理由も、現地民から情報を得るためでもあった。
だからこの流れそのものは好都合だ。
問題があるとすれば。
「で、そっちの要求は?」
「こっちの問題解決に、手を貸して欲しい。
アンタ達ぐらい強ければ、大した話じゃないさ」
「それこそ内容次第だろ。
とりあえず、どうして欲しいか言ってみろよ」
情報は欲しい。
が、こっちもこっちで問題を抱えてる身だ。
あんまり面倒な話なら、関わりを避けるのも手だ。
姉さんは口を閉ざし、話を横で聞く姿勢を取る。
流れは概ねこっちに任せるって、そういうポーズだろう。
ありがたいが、微妙に責任が重い気がする。
「勿論話すさ。話すが、どうしても長話になる。
俺としては、こんな場所で長々立ち話ってのは避けたい」
「まぁ、言いたい事は分かる。それで?」
「迷惑かけた詫びも兼ねて、俺の――いや、俺達の《
そこなら安全だし、なんなら水や食料も提供できる。
細かいことは移動しながら説明するって事で、どうだ?」
「……そうだな」
《休息所》というのがどういう場所なのか、まだ分かっていない。
あと水や食料については、今はまだ困っていなかった。
しかし補給のアテがない現状、将来的な不安は間違いなく存在する。
それを解消できた上で、安全に休める拠点を得られる。
確かに美味しい話だ。
コイツの言うことを信用できるなら、だが。
「今度騙し討ちみたいな真似したら、さっきみたいに優しくはねぇぞ?」
「分かってる、二度としない」
「口だけなら何とでも言えるからな」
応えて、ため息一つ。
胡散臭いし、怪しいのは間違いない。
間違いないが、こっちも選り好みはしてられなかった。
口を閉ざしたまま、姉さんはオレの方を見ながら一つ頷いた。
オレの判断で大丈夫だ、と。
――ホント、地味に責任重いよな。
この場にいないスケベ兜をちょっと恨めしく思う。
が、直ぐに切り替えて。
「分かった。話は聞いてやるから、とりあえず案内しろよ」
「ありがたいね。助かるよ」
そう言って、軽い身のこなしでアッシュは立ち上がる。
……コイツさっきあっさり降参したの、実は
ふとそんな事を考えたが、当然根拠はない。
単なる勘だし、追及する意味もないので黙っておくけど。
「話は纏まったか?」
「あぁ、一応な」
どっから話を聞いていたかは不明だが。
いつの間にやら、ボレアスがオレ達の背後に立っていた。
そっちを見て、アッシュは微妙に面食らった顔をする。
で、一言。
「……なぁ、なんで彼女は全裸なんだ?」
「それをオレに聞くのは止めろ」
どう答えたら良いか分かんねぇよ。
ボレアスはボレアスで、無駄に堂々と胸を張るのは止せ。
せめて隠せよ、マジで。
「いいから、行くなら行こうぜ。
さっきの連中の仲間が寄って来るかもしれねぇんだろ?」
「あぁうん、そうだ。その通り」
若干動揺しているアッシュを促して。
オレ達は一先ず、その場を離れることにした。
ちなみにボレアスが叩き伏せた連中は、全員かろうじて息はあった。
放置したら死ぬ可能性もあるが、それはそれだ。
「こっちだ、ついて来てくれ」
そして、それはオレ達にも言えることだった。
イマイチ信用できるか怪しい、アッシュと名乗る男。
何かあってもどうにか出来る――なんて。
今は不在のスケベ兜みたいに言い切る自信は、オレにはない。
――出来ることを、出来る限りやるだけだな。
改めて自分に言い聞かせながら、オレはアッシュの後を追った。
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