236話:廃都のオアシス


「さて、どっから説明するべきかな」

 

 《休息所オアシス》とやらに向かう道中。

 風雨と年月に晒され続け、半ば朽ちかけた路地裏。

 複雑に入り組んだ道を進みながら、アッシュは独り言のように呟く。

 こっちは土地勘も何もないので、付いてくだけでもなかなかに骨が折れる。

 ……姉さんは大丈夫だとして、ボレアスがどっかに行きやしないか。

 殿に付いてる全裸の存在も、逐一確認する必要があった。

 で、説明か。

 

「こっちは何も知らないに等しいからな。

 一通り、そっちの事情含めて聞かせて貰わない事にはな」

「ちょっと長くなるぞ?」

「まだ暫くは到着しないんだろ。

 コレ、わざと面倒な道を選んでるよな」

「良く分かってるねぇ」

 

 分からいでかよ。

 悪戯を仕掛ける悪童の笑みで、アッシュは応える。

 こっちはまだ、このアッシュという男を信用したワケじゃない。

 逆に向こうだって、オレ達のことを完全には信用していない。

 あの場ではそうする必要があったから、取り引きを持ちかけただけ。

 拠点に続く道筋を難解にするぐらい、当然の事だろう。

 それは良い。

 

「上手く説明できるかは分からないが、聞くだけ聞いてくれよ」

「できる限り簡潔に頼むわ」

「注文が多いなぁ、お嬢さん」

「お嬢さん言うなよ。若作りのジジイかテメェ」

「イーリス……」

 

 銃口突き付けられた身としては、遠慮の必要は感じない。

 姉さんの苦笑いは、とりあえず気にしないでおいた。

 で――アッシュの語る「事情」とやらだが。

 まぁ、実際に全部聞くとかなりの長話だった。

 なので重要な部分だけ要約すると、一番大きな問題は例のゴロツキどもだ。

 あの連中は「三頭目ビッグスリー」を名乗る武装集団の配下であるらしい。

 《天の庭》の跡地を暴力で牛耳る、この地における支配階級。

 真竜が頂点に立つこの時代で、人類種のみで構成された稀有な存在。

 「三頭目」の名の通り、三人のボスが各々決まった縄張りを持っている。

 主に「閉鎖の霧」近辺で、「新参者」を奴隷として狩り立てるロンデミオ一家。

 最も多くの《休息地》を有し、水や食料などの流通を取り仕切るカーライル一家。

 そして最も小規模だが、強力な「殺し屋」を配下に多数従えるシラカバネ一家。

 元々は敵同士だったらしいが、今は手を結んで一つの組織として機能している。

 コイツらは「外」との繋がりがあるらしく、そのため物資も装備も潤沢だ。

 《戦争車ウォーマシン》とかいうあの武装車両も、何台も保有しているとか。

 決して仲の良い連中じゃないが、「三頭目」は現状は等しく並び立っている。

 この《天の庭》の残骸では、「三頭目」に逆らって生きるのは難しい。

 ……なんつーか、聞けば聞くほど迷惑な連中だな。

 とはいえ、それだけならオレらにはさほど関係はない。

 所詮はこの廃墟の街を根城にするだけのチンピラ集団だ。

 問題があるとすれば――。

 

「……この廃墟から、外に出られない?」

「そうだ。アンタらも、あの分厚い霧の壁を抜けて来ただろ?」

 

 相も変わらず、埃っぽい迷路みたいな道を進みながら。

 アッシュはかなり面倒な事実を口にした。

 「閉鎖の霧」とも呼ぶらしい、あのおかしな霧。

 明らかに自然発生したモノじゃない感じだったが……。

 

「理屈も理由も分からない。

 分かっているのは、あの霧はこの地に入る者は迎え入れる。

 逆に出ようとする奴は決して許さない。

 ロンデミオの目を盗んで脱出を試みた奴はいたが……」

「どうなったんだ?」

「散々彷徨さまよった挙句、気付いたらスタート地点に逆戻り。

 戻ってこない奴もいたが、後日別の奴が霧の中で死体を見てる。

 まともに生きて脱出するのは不可能って結論だな」

「それはまた面妖な……」

 

 アッシュの説明に、姉さんは難しい顔で唸った。

 実際、誰がどういう意図でそんな仕掛けを施したのか。

 ……ここにアウローラがいれば、もっと詳しく分析したかもしれない。

 ない物ねだりをしても仕方ないと、頭では分かってるんだが。

 

「あの霧がある限り、誰もこの廃棄都市から脱出できない。

 だけどどんな手品を使ってるのか、『外』との繋がりを持ってる奴らがいる。

 それが――」

「その『三頭目』とかいう奴らか。成る程ね」

 

 オレは応えつつ、納得しながら頷いた。

 こんな廃墟と瓦礫しかない場所で、人間がどうやって暮らしてるのか。

 大層疑問だったが、「三頭目」が外部との接点を持ってどうにかしてるワケか。

 それを独占してるのなら、確かに「三頭目」とやらの権威は絶対だ。

 水や食料がなければ、誰であれまともに生きてはいけない。

 生命を握ってるに等しい相手に、誰も逆らう気すら起きないはずだ。

 

「……で、お前はどういう立ち位置なんだよ」

「単なる弱者だよ。

 隠れて頭を低くして、姑息にやるしかない哀れなネズミだ」

 

 そんな狭い世界で、「三頭目」の配下に何か仕掛けようとした男。

 アッシュは、オレの問いに皮肉めいた言葉を返す。

 

「ここは大いなる竜が死んだ後の、残骸の都。

 真竜からも見放されたこの鳥籠には、色んな弱者がいる。

 『三頭目』に媚びる奴に、自分より弱い相手を虐げたい奴。

 ただ暴れたり気持ちよくなりたいだけの奴もいれば、何も考えてない奴もいる」

 

 歌うように語るアッシュの足が、やがて止まる。

 その場所は、ひと際背の高い廃墟が立ち並ぶ中の――その隙間。

 見上げた空は亀裂のようで。

 僅かに差し込む陽光を受けて、淡く輝く緑が見えた。

 そこは、《休息所オアシス》という呼び名通りの場所だった。

 

「そして此処は、ただ弱いだけの奴が肩身を寄せ合うための場所だ。

 ――改めてようこそ、外のお客人がた。

 俺達の《休息所》へ」

 

 どこか芝居がかった仕草で、アッシュはオレ達に先へ進むよう促す。

 その場所は、廃墟の中にできた小さな森のようなところだった。

 崩れた壁に、剥き出しの地面。

 それらを覆うように伸びた、瑞々しい緑の枝葉。

 朽ち果てた地には似つかわしくない、生命力に溢れた木々。

 ここだけ空間を切り取って、森をそのまま配置したかのような奇妙な光景だった。

 

「なんだこりゃ……?」

「何故、廃墟のど真ん中にこんな木々が……?」

「…………」

 

 オレと姉さんが面食らってるのに対し、ボレアスは無言。

 何故かしかめっ面で木々の様子を眺めている。

 とりあえず、アッシュに促されるまま《休息地》の中へと踏み込むと……。

 

「アッシュ!」

「おかえり、アッシュ!」

 

 木々の陰から顔を出すのは、襤褸を纏った少年少女。

 それこそ十歳前後だろうか。

 明らかに過酷な生活を送ってると分かる見た目でも、その表情を輝かせて。

 あっという間に、アッシュの周りには小さな人だかりが出来上がった。

 それに対し、アッシュは困ったような――けど、柔らかい笑みを浮かべて。

 

「あぁ、チビども。良い子にしてたか?

 けど残念なことに、良い子にも悪い子にも土産はないんだ」

「えー、折角期待してたのに!」

「アッシュが無事に戻ってきてくれただけでも、十分だよ」

「でもお土産期待してろって言ったのはアッシュだよ?」

「そうだそうだー」

「いや、悪い悪い。ちょっと予想外にトラブったんだ」

 

 実に慣れた様子で、アッシュは子供達の相手をしていた。

 ……雰囲気は胡散臭いが、そう悪い奴でもないのか?

 と、簡単に絆されるのは流石にアレだな。

 ちょっと自分を引き締め直したところで、子供達の視線がこっちに向いた。

 奇異と、少しばかりの恐怖が混じった目だ。

 まぁ初めて見る余所者相手じゃ、そうなるのも無理は……。

 

「ね、ねぇ、アッシュ? どうしてあっちの人は裸なの……?」

「ヘンタイ……? ヘンタイなの?」

「うんうん、気持ちは分かるぞお前達。ぶっちゃけ俺も結構怖いんだ」

「悪かった。全面的にこっちが悪かったからそこは触れないでくれ」

 

 そうだな、初対面で全裸の女とか恐怖しか感じねぇよな。

 当のボレアスは何故かだんまりで、子供には注意も向けていない。

 まぁ、威嚇してビビらせるよりかは全然良いけど。

 

「ほら、お前達。

 俺はまだちょっとやる事があるから」

「えー」

「戻ったら遊んでくれるって約束したでしょ?」

「分かってる。でもそれは用事を済ませた後でな?」

「はーい」

 

 アッシュは慣れた様子で、子供達に語り掛ける。

 口では文句を言いつつ、彼らは存外素直に《休息地》の奥に引っ込んで行く。

 ……しかし。

 

「子供ばっかだな」

「今この場にいるのはな。まだ奥に、老人とか病人も結構いる」

「……この場所の外でまともに活動できるのは、お前一人だけか?」

「ご名答。まぁ、それぐらい見りゃ分かっちまうよな」

 

 姉さんの言葉に、アッシュはあっさりと頷いてみせた。

 老人に病人、あとはまだ若い子供ばかり。

 それほど大所帯ってワケでもなさそうだが……。

 

「この《休息地》にいるのは、大半が『外』から逃げて来た奴だ」

「外、というと……まさか、都市から?」

「あぁそうだ」

 

 確認する姉さんに、アッシュは肯定を返す。

 都市からの脱走者――しかし、ホントにそんな事があり得るか?

 

「言いたいことは分かるよ。

 真竜どもが支配してる閉鎖都市から、人間が脱出なんてできるのか、だろ?」

「人の顔色読むなよ。まぁ、言いたいことはまさにその通りだけどよ」

「……実際のところ、俺も詳細に把握してるワケじゃないんだが」

 

 ほんの少しだけ、アッシュは難しい顔をしてみせた。

 

「この《天の庭》の跡地からそう遠くない位置に、デカい都市がある。

 逃げ込んだ奴らの殆どが、その都市の出身だ。

 どうも、そこから不定期に人を逃がしてる『誰かさん』がいるらしい」

「? 誰かさんって、誰だよ」

「言ったろ? 俺も詳細は把握してないって。

 逃げた連中から話を聞いても、イマイチ要領を得ない。

 兎にも角にも、人間は何もない都市外の荒野で生きるのは難しい。

 だから多くの者は、この廃墟の街に流れてくる。

 ここに入る前に、まだ生きてる携行食の保管庫があったろ?

 それも多分、その手の奴らが一先ず食べるに困らないよう設置してあるっぽいな」

「……成る程な」

 

 アッシュの言う通り、詳細なところは良く分からないが。

 とりあえず、この場所はどこかの都市から逃げた連中の避難所なのは確からしい。

 

「……で、そういう連中を捕まえるのがあのロンデミオ一家ってワケさ」

「捕まえて、それでどうするんだ?」

「色々さ。労働力とか含めて、色々だよ。

 過酷な都市環境から逃げ出しても、そこはやっぱり地獄ってオチが待ってるんだ。

 これほど皮肉な話があるかい?」

「……確かに、聞いてて気持ちの良い話ではねぇな」

 

 わざとらしくふざけて見せるアッシュに、姉さんも俺も思わずため息が漏れる。

 本当に、この世界はどこもかしこも地獄らしい。

 その都市から逃がした何処かの誰かさんは、その辺を分かってやってるのか。

 機会があるかは知らんが、会ったら一度聞いてみたいもんだ。

 

「――それで?

 口ぶりからすると、お前はそういう脱出してきた奴らとは違うっぽいけど」

「そうだな、ちょっと違う。

 まぁ『逃げ出して来た』って意味じゃ、そう大差ない身分さ」

 

 曖昧な笑みだった。

 胡散臭い、どこか装ってるような表情とは違う。

 素の感情を隠そうとして、けれど完全には隠し切れなかった。

 そんな曖昧な顔で、アッシュは笑った。

 ……多分、突っ込んでも本当のところはそう喋らないだろうな。

 まぁ、コイツの素性自体は別にどうでもいい。

 

「事情は分かった。まだ聞きたいことはあるけど、一先ずはな。

 ――それで、取り引きの具体的な内容は?」

「あぁ。そう難しい話じゃない。

 俺の目的は、あの『三頭目』の影響力を削ぐことだ。

 その為にもアンタ達に協力して欲しい」

「そんなことする理由は?」

「純粋な善意――人助けだよ」

「嘘くせぇ」

 

 思わず言ってしまった。

 率直なオレの発言に、アッシュは苦笑いを浮かべて。

 

「この《休息地》は、湧き水もあるし木に生ってる実も食料にできる。

 廃墟だらけの《天の庭》で、ここは人間が生きられる数少ない場所だ。

 ……けど見ての通り、大した広さじゃない。

 受け入れられる人数には、当たり前だが限界がある。

 ぶっちゃけ、現時点でも既にギリギリなんだ」

「……それで?」

「ここ以外にも、似た状況の《休息地》は幾つか知ってる。

 どれも『三頭目』の支配からは外れてるが、見つかっちまえばどうなるか。

 『三頭目』が幅を利かせてる限り、誰も安心して眠れやしない」

 

 そう語る言葉には、少し熱がこもっていた。

 ……胡散臭いし、ぶっちゃけイマイチ信用ならない奴だけど。

 さっきの子供達への態度とか、今の「人助け」云々も。

 そこに関しては、そう嘘はないようにも感じられた。

 

「俺も、俺にできる事はする。

 この《休息地》を含めて、他に拠点として使える《休息地》の位置も教えよう。

 その上で、改めて頼みたい。

 ――俺と一緒に、『三頭目』に喧嘩を売ってくれないか?」

 

 相変わらず、胡散臭さの抜けない笑みを浮かべながら。

 アッシュはそう言って、オレの方に右手を差し出して来た。

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