274話:方針決定


 休息も程ほどに済ませた私たちは、早速今後について話し合っていた。

 アカツキの身体にも問題はなく、行動するに支障はない。

 封印された状態の魔剣と、私の魔力に関してはまだ解決の目途が立たないけど。

 まぁどっちもあのナメクジが施したものだし。

 アイツの首根っこを押さえてしまえば何とかなるでしょう。

 少なくとも私はそう結論づけた。

 だから、現在考えなければならない一番の問題は――。

 

「どうやってコッペリア――いや、ヘカーティアのところに行くか、だな」

 

 私を膝に抱えながら、レックスはその問題を口にした。

 ナメクジはどうにかする必要があるけど、やはり最大の目標はそちらだろう。

 この歪んだ理想都市を支配する大真竜。

 そしてアカツキが攻略しなければならない相手。

 

「大前提として、彼女は基本的にはこの都市の中心。

 《中枢アクシズ》と称されるあの塔に似た建物に身を置いている」

「それは何か、必要があっての事ですか?」

「機能としてそうする必要があるのは間違いない。

 だがそれ以上に、あの《中枢》には私のオリジナルの亡骸が安置されている」

「あー……」

 

 成る程、と。

 姉妹も揃って納得するしかない理由だった。

 ……まぁ、そうよね。

 そういうものがあるなら、確かに出来れば離れたくないわよね。

 共感できてしまうのが本当に複雑だけど。

 

「居場所が分かりやすいのは結構なことだが。

 問題は如何にしてそこに辿り着くかだ。

 我は別に単純に突撃するだけで一向に構わんぞ?」

「俺もやるならやるで良いけど、流石に完全に無策はダメだろ」

ボレアス馬鹿の戯言に付き合わなくて良いわよ、レックス」

 

 呆れてため息が出そう。

 当たり前だけど、アカツキも軽く首を横に振る。

 

「私一人であるなら、それでも構わなかったが。

 コッペリアが力を分けた自動人形オートマトンは都市全域に配備されている。

 その上で、同じ大真竜であるブリーデもいる。

 彼女の月鱗の騎士たちが警戒に加わっているなら……」

「面倒なのは確かね。

 バラけてくれているなら、個々に叩く好機とも言えるけど」

 

 レックスの剣が万全であるなら、積極的にその方向で行っても良かった。

 

「でも、こっち戻って来る時には殆ど見かけなかったよな。

 いたのはあの機械の人形ばっかりで」

「……言われてみると、そうね。

 そっちの数は増えてるように思えたけど」

「主が今仰った通り、各個撃破を警戒したのやもしれませんね」

 

 テレサの言葉に、私は小さく頷く。

 余裕のない私たちとしては、全体の防衛戦力の層を厚くされる方が厄介だった。

 とはいえ、貴重な戦力をいたずらに消耗してしまうという危険も確かに存在する。

 根性のないナメクジが安全策を取っただけの話だろう。

 

「ふむ……となれば、《中枢》までに警戒すべきはヘカーティアの人形たちだけか」

「他には注意すべき戦力はいないのか?」

「この都市に存在している戦力は、概ねヘカーティアが力を分けた自動人形のみだ。

 ただ、その中にも幾つかの種類はある」

 

 寝転がるボレアスに問われて、アカツキは淡々と応える。

 

「普段から街や《中枢》内部を警備している人形。

 これらはは、他の都市なら《鱗》や《牙》に該当する。

 彼らは高度な人工知能が組み込まれており、かつヘカーティアの魔力で動く。

 単純な戦力で言えば他都市の真竜配下よりも遥かに強いはずだ」

「それが何体ぐらいいるの?」

「すまないが、正確な総数は把握できていない。

 それだけの数が存在する、と考えてくれて問題ないはずだ」

「まぁ滅茶苦茶多いってのは単純に問題だけどな」

 

 レックスの言葉に、私も頷く他ない。

 「数えきれないほど」となると、恐らく百や二百じゃないはずだ。

 ヘカーティアは、《古き王》の中でもとりわけ強大な魔力を有していた。

 本気になれば大陸全土の天候を支配できる嵐の王。

 単純な魔力量だけで言ってしまえば、《最強最古》と謳われた私すら上回る。

 認めるのは不愉快だけど、そんな奴が魔力を分け与えた人形だ。

 数千以上、場合によっては万に届いたとしても驚かない。

 一体一体を倒すのは簡単でも、その数が膨大ならまともに対抗するのは困難だ。

 

「……アカツキ殿。

 それらが《鱗》や《牙》に該当する、ということは……」

「あぁ、察しの通り《爪》と呼ぶべき自動人形も存在する」

 

 テレサの懸念にも肯定が返って来る。

 けれど、次の言葉はすぐには出て来なかった。

 ほんの僅かにだけど、アカツキは逡巡するような仕草を見せて。

 

「どうかしたの?」

「……《爪》に該当する自動人形は。

 端的に言ってしまえば、私と同型の物だ」

 

 ……あぁ。

 成る程、と頷くしかなかった。

 それはまぁ、当然いるでしょうね。

 目の前にいるアカツキは、ヘカーティアがオリジナルから複製したレプリカ。

 ちょっと前にも「多くの誰かの一人」とも言っていた。

 つまりあの女は、「自分に従った恋人の複製」も侍らせているのか。

 そんな状態で、まともでいられるはずがない。

 私は根拠もなく確信してしまった。

 

「……ソイツは、また面倒だな。いやマジで」

「性能的には私と同等か、それ以上だろう。

 何体いるのかは、すまないが私にも分からない」

「しかも複数いる可能性もあると……」

 

 姉妹が嫌な顔をするのも分かる。

 恋人のコピーである自動人形を、何体も手駒として使っているとか。

 絵面を想像しただけでため息が出て来そう。

 レックスやボレアス辺りは、特に気にしていないようだけど。

 

「敵として立ち塞がるなら蹴散らすだけよな。

 別に問題はあるまい?」

「無論だ。例え『彼ら』がこの私と同じ物だとしても。

 選んだ道が違うのなら、それは乗り越えるべき障害に過ぎない」

「いや、俺もそっちが割り切ってるなら良いんだけどな」

 

 うむ、とレックスも頷く。

 目の当たりにしたらまた気分が悪くなりそうではあるけど。

 障害になるなら倒すだけ、という意見には私も賛成だ。

 事情がどうあれ、やる事が変わるわけでもない。

 

「数千か、場合によっては万に達する《鱗》か《牙》に相当する自動人形の軍勢。

 更に《爪》に相当する能力を持つ、アカツキ殿のレプリカ。

 こちらも前者ほど多くないにしても、複数配備されてる可能性がある、と」

「流石に正面突破したら死にそうだなコレ」

「私が万全だったら、それこそ儀式級の攻撃魔法をばら撒いてあげるんだけど」

「なんだ、適当に暴れて街を破壊して回るか?」

 

 冗談とも本気ともつかない調子で言いながら、ボレアスは愉快げに笑う。

 

「……別に博愛精神に目覚めたワケじゃないけど、それはダメよ。

 こっちから積極的に巻き添えを出せば、向こうも躊躇う必要がなくなるもの」

「そうなりますね。

 それこそコッペリア――いえ、ヘカーティア辺りが見境なく仕掛けてきたら……」

 

 頷くテレサの言葉は、僅かに硬い。

 恐らくこの子も、以前に戦った大真竜ゲマトリアを思い出しているのだろう。

 言いたくはないけど、竜体となったあの小娘は事実として強かった。

 私が魔剣の力を呑んで、一時的に竜体とならなければ勝てたかどうか。

 そんなゲマトリアですら、大真竜の序列としては七番目。

 向こうの話を信じるならコッペリアと名乗るアイツの序列は五番目であるらしい。

 かつて《五大》と称された頃よりも弱くなってる事はないはずだ。

 大陸の全てを呑み込んでも、なお余りある大嵐。

 流石に今の状態で、そんなものに挑みたいとはとても思えなかった。

 

「派手にやるのは無し。

 結局、コソコソしながら本丸を目指すしかないって話だな」

「侵入するための経路ルートについては、私の方で幾つかプランがある。

 レックス殿も、先ほど都市を見て回って来たと思うが」

「あぁ。まぁホントにザっとだけどな。地図とか見れば多少は分かると思うぞ」

 

 と、そこでアカツキは手元に小さな映像を出す。

 見たところ、私たちのいる「隠れ家」から《中枢》までの立体地図のようだ。

 それには幾つかの赤いラインが引かれている。

 

「大まかにだが、地上の都市部を進むのと地下の整備用の通路を使うルート。

 私から提示するのはこの二種類だ」

「それぞれ、利点と問題点はありますか?」

「地上は選択する道順次第だが、距離は決して遠くはない。

 また都市の住民に紛れることで、隠密しながらの行動は比較的容易と考える」

「問題は?」

「相手も当然、それを理解しているだろうという事だ。

 レックス殿も目にしているようだが、自動人形による警戒網は相当に厚いはず。

 これを完全に掻い潜るのは、恐らく難しいだろう」

 

 意見としては実に妥当なところだった。

 と、レックスが私の方を見て。

 

「こう、魔法で身を隠すとかは?

 確か前に似た感じでやったことあるよな」

「そこらの相手なら余裕で誤魔化す自信はあるわ。

 けど、相手はかつての《五大》の一柱。

 魔法による視覚の誤魔化しや気配の隠蔽ぐらい対応してるでしょうね」

 

 万全であれば、それすら掻い潜って見せるぐらい言えたけど。

 流石に魔力を半分封じられてる状態では、そこまで断言する自信はなかった。

 私の言葉に、アカツキも小さく頷く。

 

「地下の整備用通路だが、これは複雑かつ広大な代物だ。

 一部は《中枢》にも繋がっており、上手く進めば直接乗り込める」

「問題は結構ありそうだな」

「広大ではあるが、通路そのものはそう大きな物ではない。

 地上ほど大規模に自動人形を投入する事は難しい。

 が、その分だけ監視のための設備は重点的に仕掛けられている」

「まぁ、逃げ隠れするには最適だものね。

 そのぐらいの備えはしてるでしょう」

「加えて、私もその全容を把握しているわけではない。

 それに関しては、むしろ管理側であるヘカーティアに利があるはずだ。

 私も知らない通路を使われた場合、容易に包囲される可能性もある」

「ふーむ、成る程」

 

 一通りの説明を聞いて、レックスはやや難しそうに唸った。

 私も多分、似たような顔をしているかもしれない。

 地上を行くのも、地下を進むのも。

 結局のところは一長一短。

 どちらにも相応のリスクがあるのは、まぁ当たり前の話だ。

 その上で、どっちを選択するのがより正しいか。

 微妙に悩んでいると……。

 

「地下で良いだろ」

 

 そう、あっさり言ったのはイーリスだった。

 彼女はアカツキが出した立体図を細かく確認しながら。

 

「警備要員は少ないけど、監視を含めた防衛用の設備が多い。

 地下ルートはそういう認識で良いんだな?」

「あぁ、それで問題ない」

「だったらまぁ、オレが頑張れば良いって話だろ?」

 

 ニヤリと不敵に笑って見せるイーリス。

 そうか、確かにそれならこの子の《奇跡》が大いに役立つ。

 この場で恐らく最も非力だけど。

 機械に支配された理想郷において、イーリスは無類の力を持っている。

 自分の役目を正しく理解して、彼女は胸元を軽く叩いた。

 

「準備が出来次第、さっさと動こうぜ。

 こっちはもう万全だからな」

 

 その言葉には自分を鼓舞する意味もあるだろうけど。

 それを差し引いても、随分と頼もしい響きを伴っていた。

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