275話:何度も出てくる

 

「……狭いわね」

「そこはまぁ、我慢するしかないよな」

 

 簡単な話し合いの後、私たちは早速行動に移っていた。

 アカツキの案内で入り込んだ地下通路。

 都市の足下に広がった、文字通り蜘蛛の巣みたいに入り組んだ迷宮。

 確かに、ここに入り込まれたら探すのは困難だ。

 身を隠しながら進むには丁度良い。

 問題は通路の多くが思ったよりも狭かったことぐらいだ。

 一人分の幅しかない場所も珍しくなく、進むだけでも地味に苦労する。

 今もレックスは私を抱えた状態で、洞窟めいた狭い道を歩いていた。

 後ろにはボレアスとテレサが続いて、前にはアカツキとイーリスが先行する。

 特にイーリスは、今回の行動の要と言って良い。

 

「……まただな。ホント、どんだけ念入りに仕掛けてあるんだか」

 

 ぼやくように言いながら、イーリスが足を止める。

 それに合わせて私たちも一度待機して、彼女の動きを待つ。

 地下通路に侵入して、これで何度目か。

 機械的な仕掛けなため、私の眼でも違いは分からない。

 しかしイーリスの感覚では、恐らくここにも何か罠があるようだった。

 

「問題ないかね?」

「当たり前だろ。流石に数が多くてうんざりしちゃいるけどな」

 

 アカツキの気遣いに、イーリスは軽く応じる。

 彼女にしか分からない視点で行われる作業。

 それはほんの少しの時間で完了したようだった。

 

「……よし、オッケー。行こうぜ」

 

 その言葉に従って、私たちはまた移動を再開する。

 

「貴女がいなかったら、進むだけでもとんでもない手間だったでしょうね」

「だなぁ。ホントに助かるわ」

「煽てたって何も出ねーぞバカップルども」

 

 冗談まじりに言いながら、イーリスは笑う。

 連続で力を行使して、疲労は当然あるでしょうに。

 そんなものは微塵も感じさせないのは、ある意味成長の証だろうか。

 ――ホント、良い拾い物をしたわね。

 今さらながらにそう思う。

 

「イーリス、疲れたのなら少し休めよ?」

「分かってるって、姉さん。

 けどこんな場所で長く留まってるワケにもいかないだろ」

 

 気遣う姉の声。

 振り向かず、前を見ながら妹は軽く手を振った。

 姉の心配性は、まぁなかなか改善されないわよね。

 妹は軽々と無茶をするタイプだ。

 その点は、もしかしたらレックスの影響もあるかもしれない。

 

「? どうした?」

「いいえ、なんでも」

 

 つい彼の方を見たら、すぐ視線に気付かれてしまった。

 笑いながら首を振る私に、レックスはちょっとだけ不思議そうにしていた。

 

「しかしまぁ、ただ付いて行くだけというのも退屈だな。

 この都市に入ってからは殆ど暴れておらんぞ」

「こんな場所で暴れるのは止めて頂戴よ?」

 

 不満げに呟くボレアスに、私はさっさと釘を刺しておく。

 欲求不満は分からないでもないけど。

 こんな狭苦しい場所で力を振るわれたら、巻き込まれるこっちが堪らない。

 

「分かっておるが、つまらんものはつまらんぞ」

「後で暴れる機会ぐらいあるだろうから、ちょっと我慢してくれよ」

「………さて、それはそれでどうだかな」

「?」

 

 何故か、ボレアスは私の方をちらっと見ていた。

 良く分からない、どういう意図を含んでいるのか不明な視線。

 呆れているようにも、憐れんでいるようにも。

 複雑な感情が込められている事ぐらいしか、私には分からない。

 ほんの少しだけ、私は苛立ちを感じていた。

 

「ちょっと、言いたい事があるなら言ったらどう?」

「いいや、こちらから言うことなど何も。

 我はただ、この狭苦しい穴からさっさと抜け出して。

 存分に翼を広げる機会が訪れることを願うばかりだとも」

「それだけじゃないでしょう。私に何を言いたいのよ、お前は」

 

 少し強めに言っても、ボレアスは応えない。

 返答を拒否するみたいに、肩を竦めて視線を逸らした。

 それがまた、私の神経を逆撫でするけど。

 

「落ち着けって」

 

 私を抱くレックスの手が、わしゃりと頭を撫でて来た。

 それこそ、怒っている犬猫を宥めるみたいに。

 

「ボレアスも、言いたい事は分からんでもないけど程ほどにしとけよ?」

「ふん。分かっているのなら、お前が何とかしろよ。

 我は暴れたいだけで、お節介を焼きたいワケではないからな」

「分かってるよ。心配してくれてありがとな」

「戯れ言を抜かせ」

 

 レックスとボレアス。

 二人はそんな風に話を切り上げた。

 やっぱり、何の話をしてるのか私にはよく分からない。

 彼の顔を見上げると、少し首を傾げて。

 

「まぁ、心配しなくても大丈夫だ」

「だから、一体何の話よ」

「んー、って話かな」

「? 何よ、それ」

 

 ますます分からない。

 もう少しちゃんと問い詰めようと、そう思ったけど。

 

「待て」

 

 抑えた声で、イーリスが制止を指示してきた。

 何かあったのだろう、私も大人しく口を閉じる。

 見れば、進行方向に今いる場所よりも広い通路が伸びているのが見えた。

 但し、そこには無骨な機械人形の姿もある。

 人間よりも明らかに大柄で、その身体は分厚い装甲にも覆われていた。

 まだ距離があって、通路の全容は見えない。

 果たして何体ほどいるのか。

 

「イーリス殿」

「……三体、だな。それ以上の反応はない。

 後はどう気付かれずに無力化するかだ」

 

 イーリスは難しい顔で唸る。

 叩き伏せるだけ――というワケにはいかないのかしら。

 

「普通に壊しちゃダメなの?」

「この手の警備なら、信号を発したり知覚で得たデータを送信してるはずだ。

 それが不自然に途切れたらどう思うよ?」

「……成る程、面倒ね」

「何とかできそうか?」

「簡単に言ってくれるよなぁ。まぁ頑張るけどよ」

 

 レックスの口癖が移ったのか。

 イーリスはそう応えてから、暫し黙って集中を始める。

 そして。

 

「……三体、オレが一時的にデータの送信を誤魔化す。

 その間に全部壊さずに無力化してくれ。

 手足はもいで良いけど、絶対に頭と胴体は壊すなよ?」

「物凄い念押しされた」

「壊さず、となるとボレアスはダメね」

「失礼だぞ長子殿」

 

 うるさいわね。

 暴れてないから欲求不満とかいう奴はダメに決まってるでしょ。

 テレサは問題ないとして、後はレックスと……。

 

「私の役目だな」

 

 アカツキが頷いた。

 これで三人。

 同時に掛かれば、まぁ何とかなるでしょう。

 私をそっと床に下ろすと、レックスは鞘に収まったままの剣を手にする。

 テレサも前に出て呼吸を整えている。

 

「誤魔化してられるのは一分ぐらい。

 その間に相手を動けないようにして貰う必要がある。

 加えて、行動不能にした上で俺が改めて人形に細工しなきゃならない。

 だから最大でも三十秒。

 三十秒以内に何とかしてくれ」

「がんばる」

 

 真っ先に応えたのはレックスだった。

 事前情報では、相応に強力な機械人形であるはず。

 それを三十秒で無力化するというのは、それだけなら無理難題に聞こえる。

 けれど、彼ならばそれぐらい容易いだろう。

 彼以外の二人に関しても。

 

「私は問題ない。アカツキ殿は?」

「こちらも同じくだ。手早く済ませてしまおう」

 

 頷き合う三者を確認し、イーリスは笑う。

 念押しはしたけど、彼女もまた信頼しているのだ。

 私も余裕を持って見ていられる。

 まぁ、一匹退屈そうなのがいるけれど。

 

「――よし、合図したら行ってくれ」

 

 そう言って、イーリスは再度意識を集中させた。

 《奇跡》の行使は、私の眼からは見えない。

 けど確実に、その力は何も知らない機械人形へと伸びているはずだ。

 そして。

 

「……よし、今!」

 

 その声と同時に三人が動いた。

 レックスとアカツキが疾風の如く駆け、テレサの姿が物理的に消失する。

 機械人形たちは、その初動にまったく反応できなかった。

 一撃目、レックスは人形の片足を鞘で圧し折った。

 アカツキは蹴りで同様に足を破壊し、テレサは手刀で武装付きの腕を粉砕する。

 生身ならばそれだけで戦闘不能に繋がりかねないダメージ。

 けど、相手は機械であり肉体的な痛みとは無縁だ。

 足を失ってバランスを崩そうが、腕が千切れて戦力が半減しようが。

 構うことなく、機械は己の役目を果たそうとする。

 

「遅い!」

 

 けど、アカツキの一言が全てだった。

 銃身と一体化した腕を構えるよりも遥かに速く。

 稲妻のような拳が、その腕を武装ごと正面から粉砕する。

 レックスや、テレサの方も同様に。

 抵抗しようとする機械人形たちの四肢を、あっという間にもぎ取ってしまった。

 相手が物理的に動けなくなるまで、恐らく十秒足らず。

 三人殆ど同時に事を済ませてしまった。

 

「……まぁ、大丈夫だとは思ってたけどよ。

 それにしたって化け物だな、マジで」

 

 呆れたように呟いてから、イーリスは自らの仕事に掛かる。

 通路に出て、動けなくなった人形に手を触れる。

 一体につき十秒足らず。

 それで彼女もやるべき事を済ませたようで。

 

「これで良し」

「もう大丈夫なのか?」

「あぁ、命令を書き換えて送信する情報にも手を加えておいた。

 コイツらは偽の情報を『異常なし』と送り続けるだけの木偶の坊だ」

「ホント、これに関しては流石と言うしかないわね」

 

 私にだって無理な芸当だから、素直に称賛する他ない。

 イーリスはお世辞と受け取ったのか、軽く手を振るだけだけど。

 まぁ、それは兎も角。

 

「壊したのを野晒しでは、別の警備に発見される可能性があるな」

「手足が取れて良いサイズになったし、さっきの通路にでも入れておきましょう?

 後は魔法で隠蔽すれば、すぐ見つかる事はないでしょう」

「だな。その辺は頼めるか?」

 

 ええ、勿論。

 もぎ取った破片も含めて、機械人形たちを通路に詰めておく。

 その上から透明化の魔法を施して、これでオッケー。

 他の監視用の設備は、移動中にイーリスが既に誤魔化してある。

 これで暫く発見される事はないはずだ。

 

「順調過ぎてつまらんな」

「お前はまたそういうことを言って……」

「主よ、どうか落ち着いて下さい」

 

 欠伸まじりに呟くボレアス。

 一瞬引っ叩こうかと思ったけど、残念ながらテレサに止められてしまった。

 

「じゃれてないで、さっさと行こうぜ。

 同じ場所に長く留まると、何が来るかわかんねーからな」

「……そうね、言う通りだわ」

 

 イーリスにも促されて、私は自分を落ち着かせようと呼吸を整える。

 そう、馬鹿なことを言ってる暇はない。

 先ほどよりも広い通路を、同じ隊列で再び進む。

 それにしても、目的地まであとどのぐらいあるのかしら。

 

「アカツキの立体図から計算すると、これで半分過ぎたかどうかってぐらいだな」

 

 そんな内心を読んだのか、先を行くイーリスが独り言のように言う。

 あと半分。まぁ、そんなところかしらね。

 本当に、今のところ順調過ぎるぐらいに順調だけど。

 

「心配か?」

「……何に対して、って聞いても良い?」

「まぁ、色々あるよな」

 

 再度、私を抱え上げたレックス。

 彼の言葉に聞き返すと、また曖昧な答えが返って来た。

 色々――まぁ、確かに色々ある。

 今はあまり考えないようにしているだけで。

 本当は、さっきボレアスが言わんとしている事を、私は――。

 

「……さて、まさかもうこんな場所まで入り込んでいるとはな」

 

 その声は、私の思考をこれ以上なく速やかに中断させた。

 ホント、出来れば二度とは聞きたくない声。

 っていうか一体、何回出てくるつもりなのよ。

 

「何でこんな場所にいるかは聞いても良いのか?」

「そうだな。茶でもあればゆっくり話すのも悪くはないんだがな」

 

 ややうんざり気味のレックスに、軽い調子で応える。

 私たちの向かうつもりだった通路の先。

 そこには、片手にねこをぶら下げた糞エルフが待ち構えていた。

 

 

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