276話:変わらぬ目的

 

「今この場でお前たちと戦り合う気はない」

 

 臆面もなく、堂々と。

 進路を塞ぐウィリアムは、そんな事を言ってのけた。

 ……本当にこの男は。

 一体どの面下げて言っているのか。

 腹立たしさを抑え切れないけど、だからって衝動に従うワケにはいかない。

 そんな私をそっと下ろして、レックスが前に進み出た。

 剣の柄に指を添えて、いつでも戦える状態で。

 

「目的を聞いても良いか?」

「コッペリアのいる《中枢》へ入りたいのだろう?

 近しい者以外は知らない道がある。

 それを使えば警備や監視はほぼ気にする必要はない」

「それが罠じゃない保証は何処にあるよ」

「その保証とやらを口にして、お前はそれを信じるのか?」

「自分で言うこっちゃないんだよなぁ」

 

 レックスの言葉に私も頷くしかない。

 コイツが今さら何を語ったところで信じるに値しない。

 それは糞エルフ自身も分かっているでしょうに。

 

「つーか、一体どうやってオレらを見つけたんだよ。

 監視は気付かれないよう誤魔化したぞ」

「だろうな。お前の力を考えれば、選ぶべき道は地下通路だ。

 機械人形による警備は薄く、設備による監視が厚い。

 地上とはまた別種の面倒さだが、そちらの《奇跡》があれば関係ない」

 

 ……そういえば、この男はイーリスの《奇跡》は一応知っていたのか。

 律儀に説明をしながら、ウィリアムは片手に下げた猫を持ち上げる。

 

「後はこちらに探知ができるか否かを確認した。

 その結果が今の状況というわけだ」

『いや、見つけたら暫く寝てて良いって言われたもんで』

「お前は一体どっちの味方なワケ??」

 

 この駄猫め。

 生皮を剥ぎ取ってやりたいけど、現状でそれは難しい。

 テレサは黙って隙を窺っているが、手出しするのは実際困難。

 ウィリアムの方もそれを分かっているのか、あくまで落ち着いた様子だ。

 武器を手にかけることもせず、ただ猫をぶら下げているだけ。

 

「繰り返すが、戦う気はない。

 そも、この場で戦っても不利になるのはそちらだろう。

 先ほどのように一瞬で制圧するならまだしも。

 継続的な戦闘状態が発生すれば、流石に気付かれるぞ」

「……確かに、彼の言う通りではあるな」

 

 そう言ったのはアカツキだった。

 彼もまた、ウィリアムの隙を探っていたようだけど。

 それは不可能と判断したのか、臨戦態勢を解いていた。

 ただ、その視線はウィリアムの動きを見逃さぬよう集中している。

 

「レックス殿の質問に答えたらどうだ?

 君は何を目的にして動いている」

「お互いに利害が一致している――では、許して貰えそうにないか。

 だが、俺の目的などわざわざ聞くまでもないはずだ。

 少なくとも、そちらの機械の男以外はな」

「……ふん。ブレぬ奴ではあるな」

 

 細くため息を吐いて、呟くようにボレアスは言う。

 

「同胞のためか。

 結局のところ、お前の行動原理は全てそれか」

「当然だ。他に目的とする事などない」

 

 どこか嘲るように笑うボレアスに対し、ウィリアムは即座に応えた。

 同胞――故郷の森に住む、他の森人エルフたちのため。

 最初に出会った森林都市でも、確かにこの男はそのために全ての事を成した。

 仇に等しい真竜の配下として傅き、近しい者たちを欺いて。

 守るべき同胞や自身すら犠牲にし、最後の最後で望んだ通り真竜を討ち果たした。

 ……であれば、今コイツが定めている目的は。

 

「《大竜盟約》は俺たち――いや、

 奴らがかつての災厄から大陸を救った英雄であることを加味してもな」

 

 何の感情も読み取れない、それこそ機械じみた声。

 無抵抗な猫を軽く揺らしながら、ウィリアムは淡々と語る。

 

「最初は、森への不干渉を引き出すために大真竜に近付いた。

 今のご主人様は甘ちゃんで、その条件は問題なく手にすることができた。

 そこまでは、俺としても文句ない結果だった」

「……それが何故?」

 そして盟約は、そんな連中の行動全てを制御できていないし、するつもりがない」

「…………」

 

 ウィリアムの指摘に、アカツキから苦い気配を感じた。

 こっちもこっちで、その辺りの事は把握しているんでしょうね。

 直接真竜からの被害を受けている姉妹も、表情がどうしても険しくなる。

 

「如何に大真竜による不可侵を得ようが、他の真竜の脅威は完全には消し去れない。

 そもそも、その契約が永遠に続く保証もどこにもないんだ。

 そしてほんの少しの気紛れで、森は容易く灰となる。

 その状況を『良し』とはとても言えんよ」

「まぁ、言いたい事は分かる。

 けど、なんで大真竜はそういう真竜連中を放置してるんだ?

 あんだけ強ければ幾らでも言うこと聞かせられそうだけど」

 

 レックスの疑問は当然だった。

 それは私も少し気になってはいた事だから。

 大真竜と呼ばれる連中の力は、かつて《五大》と呼ばれた最強の竜にも匹敵する。

 単体でも本気になれば、大陸を破壊し尽くすほどの力。

 それだけ強大であるなら、真竜たちを完全に支配する事も可能でしょうに。

 何故か盟約は、最低限の統治以外は真竜全体を放任してるように思える。

 

「……放置せざるを得ない、というのが実情だろう」

 

 そう答えたのはアカツキだった。

 声には明らかに苦い感情が込められている。

 

「どういう意味だ、そりゃ?」

「全ての真竜は、《黒》がばら撒いた神の真名による呪いを受けて狂ってしまった。

 そしてそれらの魂を《黒》に奪われぬようにするため。

 発狂した竜の魂を呑み込んだ者たちが現在の真竜だ。

 大半の真竜は、竜の魂の強大さとそれを蝕む呪いによって狂っている。

 ……如何に理性的に彼らを支配しようとも、その本人らが狂気を制御できない。

 枷を嵌めるのにも限界がある。

 ゆえに大真竜たちは、最低限度の支配しか行わない。

 狂える真竜たちの手で、大陸に住む人類種が滅びないよう最低限に」

「……成る程ね」

 

 危うい、というのが私の抱いた感想だった。

 首輪をつけて鎖で繋ぐのは難しいから、囲いだけ作って放し飼いにしている。

 《大竜盟約》のやっている事は、つまりその程度のことだ。

 上位に大真竜という絶対的強者がいる限り、そう馬鹿な真似をするものはいないかもしれない。

 けど、真竜の大半が根本的には狂っているのだとしたら。

 ウィリアムの懸念も決して的外れではない。

 

「……で。大真竜側は信用できないから、今のご主人様は裏切ると?」

「裏切るとは人聞きが悪い。今は精々、天秤に掛けている最中だ」

「なお悪いわバカ」

 

 イーリスのツッコミが素早く閃いた。

 いやホント、堂々と言い切るのが最悪だわコイツ。

 私たちに協力するか、それともこのまま大真竜サイドに寄るのか。

 そのどちらが良いかを見定めてる最中だと、何の躊躇いもなく言い切ったのだ。

 

「本気で言ってるのか、貴方は」

「本気だとも。

 でなければこの状況で姿を見せて話などしない。

 主要な通路に騎士たちを配置して、そのまま囲んで仕留めるとも」

「臆面もなく良く言えるわねコイツ……」

 

 出来れば、何も考えずにあの顔面を凹ませたい。

 

『まー、コイツが最悪なのは今さら論じるまでもないとして、だ』

 

 ぶら下がって、もう熟睡してるかと思いきや。

 やや面倒臭そうな口調で猫が喋り出した。

 

『《中枢》とやらには姉上も陣取ってる。

 コイツは長兄殿たちと姉上を正面から戦わせたいんだ。

 それが目的だから、少なくともこの場は付いてっても大丈夫だと思う』

「アンタも無茶苦茶言ってる自覚あるの?」

『だって全部この糞エルフの企みだしなぁ……』

 

 ぷらんぷらんと揺れながら、猫は眉間にシワを寄せる。

 コイツもコイツで、正直目的が見えない。

 寝たいだけなら全部無視して眠ってしまえば良いのに。

 私の視線に気付いたか、猫はぶら下がったままで器用に肩を竦めた。

 

『オレは別に、糞エルフに味方してるワケじゃないからな?

 まぁ長兄殿の味方かっつーと、動き的には微妙だけど』

「本当よ。今すぐ生皮を剥いでやるか、ちょっと悩んでるんだけど」

『暴力反対!

 いや、ホント今言った事に関しては糞エルフとも利害一致してるから!

 信用できんのは分かってるけどな!』

「……まー、そうだな」

 

 少し考え込んでいた様子のレックス。

 彼はため息交じりに言いながら、何度か頷く。

 

「行くか。案内してくれるって事で良いんだよな?」

「流石は竜殺し、その決断力は評価しよう。

 そして先ほど言った通り、《中枢》に繋がる安全な道は示そう」

「……良いのですか、レックス殿」

「俺は良いよ。どうせやる事は変わらんしな。

 アカツキはどうだ?」

「否はない。私はヘカーティアの元へ辿り着けるのならば」

 

 ……まぁ、分かっていた。

 レックスならばきっとそう言うだろうと。

 ウィリアムは信用できない。

 少なくとも、「同胞のため」という言葉以外は何も。

 この場で攻撃しなかったのも、単に私たちを罠に誘導するのが目的かもしれない。

 単純に包囲しただけでは突破されるだけ、と。

 慎重なこの男なら当たり前のように考えるはず。

 信用はできない――けど、この場でこちらが仕掛けてもメリットがない。

 勢い任せにブチ殺したとしても、精々留飲が下がるだけだ。

 派手な戦闘音を察知して、ブリーデの騎士まで飛んでくる可能性も否定できない。

 「やる事は変わらない」、と。

 レックスはそう言った。

 ウィリアムに関しては、彼の言うことが正解だ。

 

「大丈夫か?」

「……大丈夫だけど、貴方とあの糞エルフのやり取りは心臓に悪いわ」

 

 再び抱き上げられて、私はちょっと苦言を呈する。

 笑う彼に頭を撫でられると、それ以上は文句を言う気もなくなる。

 ――あの男が何かをしたとしても、自分が何とかする。

 やる事が変わらないというのは、つまりそういうことなのだ。

 分かっているから、私も何も言わない。

 

「で、我らはいつまで立ち話をすれば良いのだ?

 やはり時間稼ぎの罠、というワケではあるまいな?」

「むしろそれを期待しているような口ぶりだな、《北の王》。

 こちらだ、ついて来ると良い」

 

 牽制するようなボレアスの言葉を軽く笑い飛ばして、

 ウィリアムは一瞬の躊躇もなく、私たちに対してその背中を見せた。

 ……コイツはもう、深く考えるだけ徒労かもしれない。

 「そういう奴だから」で受け止めてるレックスが、一番賢い気がしてきた。

 

「なぁ、姉さん。アイツの頭後ろから殴っても良いか?」

「落ち着きなさい、イーリス。気持ちは分かるが……」

『……おい、最悪オレの事を盾にすれば良いとか。

 そういうこと考えてないよな?』

「さて、それは流石に明言してやれんな」

 

 ……うん、やっぱりこの糞エルフは真面目に考えても無駄ね。

 当たり前のように空気に馴染み出すウィリアムを見て、私はため息を吐いた。


 

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