第四章:挑むための道のり

273話:姉面の妹

 

「あぁ、戻ったのか。

 悪ぃな、ちょっと店広げてるから足下は注意してくれ」

 

 糞エルフと、それからナメクジと交戦した後。

 私たちは追跡を警戒しながらアカツキの隠れ家に帰還していた。

 騎士を完全に振り切ってからは、機械人形があちこちウロつくようになったけど。

 それらの目を掻い潜り、他は何事もなく戻って来ることができた。

 で、下りてすぐ目に入ったのは、床に広げられた大量の部品だった。

 その中心にはイーリスと、彼女に色々されてるアカツキの姿があった。

 元々用途の分からない機械などが置かれていて、手狭だったけど。

 おかげでテレサやボレアスなんかは、隅っこ辺りの空間に追いやられていた。

 

「また随分と頑張ってるわね。作業の方はどうなの?」

「あらかた終わってる。今は微調整してるとこだよ」

 

 私はレックスに抱えられながら、その状況を眺める。

 こっちは見ず、作業の手を止めないままでイーリスは応えた。

 そんな彼女の傍には、見慣れた機械人形が横たわっている。

 《金剛鬼》は、その部品の幾つかを取り外されていた。

 

「……本当に良かったのか?」

「その確認も何度目だよ。

 コイツもここまで散々酷使して、大分ガタが来てたからな。

 使える部品使って、アンタの修理に専念した方が効率的だろ」

 

 アカツキの問いかけに、イーリスはいつもの調子で応じる。

 見れば、もげたはずのアカツキの片腕が今はしっかりとくっついている。

 それは《金剛鬼》の腕を、一部手を加えて接続した物のようだ。

 

「イーリス、根を詰めすぎではないか?

 此処に来てから作業のし通しだし、少し休んだ方が……」

「レックスたちが戻って来たって事は、それなりに何かあった後だろ?

 だったら猶更、アカツキは万全の状態にしておきたい。

 もうちょっとで終わるから、大丈夫だよ。姉さん」

 

 心配して気遣いを口にしたテレサだけど、そう返されては黙るしかない。

 ボレアスは……狭いでしょうに、器用に隙間に転がって寝てるわね。

 まぁ、変わりなさそうで安心したわ。ホントに。

 レックスも、私を抱えた状態で足元に注意しながら移動する。

 

「で、実際に何かあった感じか?」

「糞エルフに襲われました」

「ホントあの野郎は糞だな」

「糞エルフだからなぁ」

 

 まぁ糞エルフよね、それ以外に言いようがない。

 これに関しては、アカツキ除く全員の意見が一致するんじゃないかしら。

 今もどうせろくでない事を考えながら元気に活動中でしょう。

 森で出会った時点で、後先考えずに頭を叩き割らなかった事を若干後悔する。

 

「後はブリーデとも戦ったな」

「そっちはどうだったんだ?」

「つよかった」

「他にもっと言い方とかねぇの??」

「いや、ホントに強かったからな。

 流石に序列がゲマトリアより上なだけあるわ」

 

 半分ツッコミなイーリスの言葉に、レックスはうんうんと頷く。

 ……言いたい事はあるけど。

 

「強かったのは、アイツが従えてる手駒であってナメクジ本人じゃないけどね。

 アレは相変らずのナメクジで、見てるこっちが恥ずかしくなるわ」

「同じ妹の立場から言わせて貰うけどよ。

 素直になんかならねーぞプレイも程ほどにしとけよ、愛想つかされるぞ」

「いきなり何を言い出すの??」

 

 いや、ホントに何を言ってるの??

 ビックリし過ぎて、危うくレックスの腕からずり落ちそうになってしまった。

 ちょっと、ボレアスもいきなり笑い出すのは止めなさい。

 というか寝てたんじゃないのアンタ。

 

「ヒッヒッヒ……!

 まったく、イーリスは相手が言われて嫌なツボは良く押さえているな!」

「イーリス……いや、言いたい事は私も分からないではないが……」

「姉さんだって、オレが延々あんな態度だったら嫌だろ。オレだって嫌だぞ」

「流石にそろそろ怒るわよ??」

「落ち着いて、落ち着いて」

 

 怒り任せにジタバタ暴れたら、レックスに宥められてしまった。

 抱く腕の力がちょっとだけ強まって、指は頭をわしゃわしゃと撫で来る。

 ……これじゃ興奮した犬猫の扱いじゃない。

 そうは思っても、嫌ではないからどうしようもないけど。

 

「……白蛇の君。

 そうか、彼女は古き竜の長姉。

 貴方にとっても、ブリーデは姉と呼ぶべき存在だったか」

 

 そんなことを言ったのはアカツキだった。

 私は、「姉」という単語に思わず眉間にしわを寄せてしまう。

 

「姉だと思ったことなんて、一度もないけどね。

 ……ホント、生意気なナメクジめ。

 昔みたいに私の言うことを素直に聞けば良いのに」

「いや、姉上が長子殿の言うことに素直に従ってた事などなかろう?」

 

 昔を知ってる奴は、余計なツッコミを飛ばしてくる。

 睨みはしても、そのぐらいじゃボレアスにはどこ吹く風で。

 床から身を起こしながら、逆に嫌な笑みを返して来た。

 

「なんだ、長子殿。図星を突かれて怒ったか?」

「知らないわよ、おかしなことを言わないで貰える?」

「いやいや、単なる事実だろうに。

 長子殿と姉上の関係など、我を含めて兄弟姉妹の間では常識だったぞ?

 大体嫌がる姉上を、長子殿が無理やり言う事を聞かせる形だろうに」

「だから、余計なこと言わないでったら……!」

 

 分かってる、自覚はある。

 確かに、大体そういう形だったのは否定できない。

 だってこう――兎に角、仕方ないじゃないの。

 案の定と言うべきか、イーリス辺りの視線の温度がえらく冷たい。

 

「お前さぁ……」

「いいえ、何も言わないで、聞きたくないから」

「おい彼氏、お前も何か言ってやれよ」

「姉妹仲良くするのが一番じゃないかなぁ?」

「それについては、私もまったく同感ではありますが……」

 

 それ以外はフォローのしようがないと、顔に書いてあるテレサ。

 ちょっと、ホントに何で私が責められる流れになってるの。

 おかしいじゃない、こんなの。

 レックスは責めるというか、そうした方が良いと諭すような声だけど……。

 

「……私も、偉そうなことを言える身分ではないが」

 

 ぽつりと。

 重みのある声で、アカツキが呟くように言葉を口にする。

 釣られる形で私はそちらに目を向けた。

 

「思いというのは、しっかりとした形で伝えねば。

 『きっと理解してくれる』と思うのは、信頼ではなく単なる怠慢だと私は思う」

「……なに? 人形のクセに私に説教する気?」

「単なる戯言だと、聞き流して貰っても勿論構わない。

 これは壊れた機械の独り言だ」

 

 悪態を吐かれても、気にした様子は微塵もない。

 賢人の振る舞いのまま、アカツキは更に言葉を重ねる。

 

「今此処にいる私は、かつていたはずの『本当の私』ではない。

 それでも、この胸に刻まれた記憶メモリーは本物だと信じている。

 ……だからこそ、どうしようもない慙愧がある。

 『私』が手を尽くし、心を尽くしてその想いを伝えていたなら。

 彼女は――ヘカーティアは、過ちを犯さずに済んだのではないか、と」

 

 ……確かに、それは説教ではなかった。

 むしろ懺悔に近い。

 私は何も言えず、イーリスは何も言わずに作業の手も休めない。

 

「誰もが過ちを犯す。常に正しくあり続けることは困難だ。

 ……それでも、もし未だ機会が残されているのなら。

 私は、正しく私の想いを彼女に伝えたい。

 己は偽物であるからと逃避していた自分を、今は深く恥じている。

 それに気付く事が出来ただけでも、君たちとの出会いは値千金だ」

「……あんま糞真面目にこっ恥ずかしいこと言うなよ。

 手元が狂ったらどうすんだ」

「問題はない。君を信頼している」

「プレッシャーかけんの止めろってば」

 

 唸るイーリスの手つきが、ほんのちょっとだけ乱暴になる。

 こういう反応だけなら、ホントに小娘なんだから。

 ……正しく思いを伝える、ね。

 そんなこと、考えた事なんて……。

 

「俺が相手の時は、結構素直なのにな」

「! ちょ、レックス……!?」

 

 ビックリした。

 ぎゅっと抱き締められ、急に耳元辺りで言われると。

 本当に、心臓が跳ね上がったかと思った。

 

「昔の事とか俺は詳しく知らんし。

 まぁ何か酷い目に遭わされたって話は、本人からちょっと聞いたけども」

「……そういえば、アイツと二人で行動した事あったものね」

「ちょっとばかし懐かしさを感じるな」

 

 しみじみ言われると、微妙に妬けてしまう。

 それを悟られるのは癪だから、極力表情には出さないよう努める。

 バレバレな気はするけど、私にも意地はある。

 あんなナメクジに嫉妬してるなんて、間違っても思われたくは……。

 

「そりゃまぁ、妬きたくもなるよな。

 意図してなかったとはいえ、お前がいないとこでブリーデと二人旅じゃな」

「別に、そんな事は……」

「自分の方が、ブリーデとそうしたかったよな」

「…………え?」

 

 レックスは、何を言ったの?

 驚く私の頭を、彼はゆっくりと撫でて。

 

「ブリーデのこと、好きだろ?

 嫌いな相手だったら、逆にそこまで感情的にならないだろ」

「それ、は……」

 

 否定するのは簡単だった。

 嫌いじゃない。

 私は、あの子の事を嫌いじゃない。

 弱くて、愚かで、どうしようもなくバカで。

 姉だなんて思った事は、生まれてから一度もないけど。

 むしろ立場として上に立つべきなのは私だと、ずっと思ってるけど。

 嫌いでは、なかった。

 

『……さようなら、■■■■。私は、貴女の事が大嫌いよ』

 

 以前に言われた言葉が、頭の奥で蘇る。

 大嫌い、だなんて。

 そんな泣きそうな顔で言われたって、説得力がないのよ。

 本当にどうしようもないナメクジ。

 

「……貴方はズルいわ、レックス」

 

 独り言のように言いながら、彼の胸元に身を寄せる。

 腕の自由が利かないから、抱き返せないのが心底もどかしい。

 胸に刺さっている棘も、もやつく感情も。

 どれ一つ、完全に解消されたワケではないけど。

 

「私のこと、私より分かってるように言って。

 本当に、ズルいんだから」

「悪いこと言ったか?」

「そういうワケじゃないから、逆に困るのよ」

 

 本当に、困る。

 何も言えなくなってしまった私の背を、彼は優しく撫でた。

 その感触が心地良くて、このまま眠ってしまいそう。

 

「……よし、とりあえず作業完了だ。具合はどうだ?」

「問題ない。改めて、心からの感謝を」

 

 一息吐いたイーリスに、アカツキは深々と頭を下げた。

 あちらはあちらで、とりあえず片付いたらしい。

 アカツキは新しく繋いだ腕を、何度か試すように動かした。

 機械で造られた人形とは思えない滑らかな動作。

 それを見て、作業していたイーリスも満足そうだった。

 

「ここまで作業のし通しで、君も疲労しているだろう。

 休むに適した場所とは言いがたいが、今は身体を休めて欲しい」

「いや、オレはこのぐらい……」

「私は躯体の動作チェックを全て完了し次第、再び動くつもりだ。

 もう一度、ヘカーティアのところへ」

 

 それは、半ば特攻に近い。

 もっと分かりやすく自殺と言い換えても良い。

 その上で、アカツキには一切の迷いもなかった。

 

「不用意に時間を置いても、不利にはなれど有利になる要素もない。

 だが、君たちの協力なければ不可能事であるのも理解している。

 だからどうか、今は休んで欲しい。

 私も、君たちも、簡単に死ぬつもりはないだろう?」

「正しいな。俺も流石にちょっと疲れてるしな」

 

 うむ、と頷くレックス。

 私を抱えたまま、適当な場所に腰を下ろした。

 

「……休めないのなら、私が抱っこしてやろうか?」

「冗談でもやめてくれよ、姉さん」

 

 笑うテレサに、イーリスは顔を赤くしながら手を振った。

 

「何だ、このまま全員で突撃するか?

 我としては分かりやすくて結構だがな」

「流石にそこまで無謀はしないわよ。

 行くのは良いけど、最低限考えてからに決まってるでしょうが」

 

 ケラケラと笑うボレアスも、どこまで本気で言ってるのか。

 ……まぁ、休むべきという意見には賛成だけど。

 

「レックス」

「? 何だ?」

「…………ありがとう」

 

 何に対して、礼を口にしたのか。

 ハッキリとはしないまま、言葉だけを投げかける。

 レックスは笑っていた。

 笑って、また私の頭を撫でてくれる。

 ……本当に、ズルい人。

 休む流れなら丁度良いと、私は瞼を閉じる。

 あのナメクジに疲れた顔を見せるなんて、真っ平ゴメンだから。

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