第二章:最後の休息と決戦前
461話:癒やしの時間
ゆっくりと、意識が現実へと浮かび上がっていく。
夢すら見ない深い眠り。
どうやら俺はよっぽど疲れていたらしい。
まぁ、当たり前と言えば当たり前か。
《人界》で一応休んだとはいえ、ここまで殆ど戦い通しだった。
――我ながら、良く何とかなったもんだ。
まだ抜けきらない疲労と眠気。
その二つでぼんやりした頭で、そんな事を考えながら。
とりあえず、重い瞼を持ち上げる。
すると。
「……おはよう、レックス?」
俺より先に目を覚ましていたらしい。
微笑むアウローラが、顔を間近から覗き込んでいた。
兜はないので、吐息が直接肌に触れる。
悪戯を仕掛けるみたいに、彼女はこっちの顔を指先でなぞった。
「良く眠れた?
凄く熟睡してたみたいだけど――」
囁く声。
色付いた唇。
目は覚めたが、頭はまだぼんやりしている。
嬉しそうに微笑みながら、アウローラは俺に語りかける。
そんな彼女へ、俺は手を伸ばす。
髪を撫ぜて、そのまま自分の方へと引き寄せる。
きょとんとしているアウローラに、俺から軽く噛みついた。
「んっ……!?」
驚きの余り、彼女は目を丸くする。
構わず、こっちは何度も唇を触れ合わせる。
相手の熱を確かめるように。
舌でなぞり、腕を背中に回して抱き締めた。
最初は、ビックリしすぎて硬直していたアウローラ。
けど、すぐに向こうからも歯を立ててくる。
何度も、何度も。
夢の中で目覚めたような、そんな熱に浮かされた心地で。
身体を重ね、舐めて、噛みついて。
「っ……」
軽い痛みを感じた。
どうやら、アウローラの犬歯で舌が少し切れたらしい。
血が流れる。
広がる鉄の味、それを彼女は熱心に舐め取った。
温もりで火傷してしまう錯覚。
お互い、ちょっとばかり我を忘れる勢いで貪り合う。
果たして、どれぐらいそうしていたろうか。
「……は」
アウローラの方から、重ねた身体を少し浮かせた。
息が乱れる。
呼吸するのも忘れ気味で、つい夢中になってしまった。
赤く染まった彼女の頬。
指で撫でると、アウローラは気持ちよさそうに目を細める。
「……朝の挨拶にしては、ちょっと情熱的過ぎると思うの」
「嫌だったか?」
「嬉しくて、頭がおかしくなりそう」
もうとっくに、おかしくなってるけど。
冗談っぽく笑って、アウローラは身を寄せてくる。
甘える猫そのものな仕草に、こっちも自然と笑みを浮かべていた。
本音を言えば、このまま延々と愛でていたい気持ちもあるが。
「…………おう、おはよう」
「おはよう」
広い寝台の上。
同じように目が覚めていたイーリスと、ばっちり目が合った。
うん、別に俺は気にしないんだけど。
「盛るんだったら部屋分けろよ、マジで。
姉さんが起きるタイミング完全に逃してるじゃんか」
「イーリス、余計なことは言わなくていい……!」
「あぁ、テレサもおはよう」
アウローラを撫でつつ、姉の方にも挨拶しておく。
まぁ、イーリスさんのツッコミも分かる。
が、部屋を分けなかったのはアウローラだからな。
久々だし、全員で同じ場所で寝たかったんだろうとか。
理由は想像できるが、俺の口からは言わないでおく。
「まぁ、接吻ぐらいで今更騒ぐことでもあるまい。
今のはそのまま交尾でも始めそうな勢いだったが」
「こっ……!?」
寝そべった姿勢で、頬杖を突いてこちらを眺めるボレアス。
その豪速球過ぎる物言いに、アウローラは思わず絶句してしまった。
期待通りの
「いや、旅の途中で幾らでも機会はあったと思うがなぁ。
我としては、未だに長子殿が生娘であるという事実の方が信じ難いぞ」
「お前、そういうこと言うのは止めなさいよ……!!」
「まぁ、するんだったら流石に部屋を分けてる時じゃないと。
俺は別に良いけど、イーリスやテレサが困るだろ」
「当たり前だわスケベ兜め」
はい。
イーリスさんのツッコミに頷きつつ、真っ赤になったアウローラを撫でる。
こういうところも大変可愛らしいと思う。
思うが、いざそうなったらちょっと大変かもしれないな。
――まぁ、その時はその時か。
そんな事を考えながら身を起こすと。
「……とりあえず、その話は止めましょう。はい止め」
赤い顔のアウローラが、俺の頭にスポッと兜を被せた。
その時の仕草も愛らしかったので、ちょっと強めに抱き締める。
彼女も抵抗したりはせず、逆に甘えた様子で身を寄せてきた。
「ホントまー、朝っぱらからイチャイチャ……朝で良いんだよな?」
「多分。『隠れ家』の中だと、外の様子が分からないからな」
こちらに続いて、姉妹もベッドから起き上がる。
テレサは微妙に頬を染めて、俺とアウローラをチラチラと見ていた。
その視線に、アウローラの方が反応して。
「……羨ましいなら、良いわよ?
テレサ、貴女もいっぱい頑張ってくれたから。
レックスに甘えるぐらい、許してあげても」
「あ、主っ? そ、それは――」
「俺は全然オッケーだぞ」
「スケベ兜め」
はい。
何ならイーリスも来るか?
と言おうとしたら、先手を打ってめっちゃ睨まれてしまった。
このブレない態度がイーリスさんらしくて良いと思う。
笑っていると、アウローラはテレサを手招きした。
遠慮はしなくて良いと、そう態度で示す。
テレサは、数秒ほど悩んだ様子を見せたが。
「…………で、では、失礼します」
最終的には、素直に俺たちに身を寄せてきた。
傍まで来たら、片手でテレサの肩に触れる。
それから、アウローラと一緒に抱き締めてみた。
「ひゃっ」
「驚きすぎよ、可愛いわね」
「どっちも可愛いぞ」
馬鹿、っと呟いてアウローラは微笑む。
うーん、癒されるな。
マジでここまで、エグい戦いの連続だったからな。
可愛い子を愛でながら身体を休めるのは、とても重要な事だ。
「何なら、このまま風呂にも入るか」
「れ、レックス殿?」
「あら、私は全然良いわよ?
一緒に身体を流すのも、随分久しぶりな気がするわね」
「いや良いけど、流石に呑気過ぎねぇか……??」
呆れ気味のイーリス。
ただ風呂に入ること自体は、別に反対じゃなさそうだ。
「別に良かろう。
この先、一度戦いに赴けば気が休まる時などあるまい」
「……《大竜盟約》。
あの神殿に、直接乗り込むのですよね?」
「だな。あそこが本丸なワケだし」
頷く。
テレサの力があれば、神殿に入るのは難しくない。
まだ戦っていない大真竜。
あのヤルダバオトを従えるオーティヌス。
そして、もう一柱。
神殿の最奥にいるだろう、《黒銀の王》。
「……一応、確認しとくけど。
戦う以外はねェんだよな?」
「平和的に話し合って終われるなら、まぁそれが一番だけどな」
「けど、無理よ。
ヤルダバオトを差し向けてきた事からも分かるでしょうけど。
《盟約》は私たちを排除したがってる。
まぁ、当然と言えば当然の結論よね」
「大真竜も半分以上倒したからなぁ」
イーリスの言葉に、アウローラは肩を竦めた。
疑いようもなく、話し合いで矛を収めるラインは過ぎてしまっている。
俺個人としても、《黒銀の王》には借りを返したいしな。
負けたまんまで終わるつもりはなかった。
「どの道、正気に戻った長子殿が《盟約》自体をボロボロにした後だ。
話し合いなど、向こうの方が受け入れてはくれまいよ」
「それは本当に悪かったわよ……」
「まぁまぁ」
別に、ボレアスも責めてるワケじゃないだろ。
からかってるだけだし、真面目に受け止める事もない。
微妙に凹んでるアウローラの頭を撫でて、俺は一つ息を吐く。
「ま、ともあれボレアスの言う通りだな。
《盟約》の神殿に乗り込んだら、また派手にドンパチだ。
だったらそれまでは、できる限りゆっくりしようぜ」
「そういう事なら、まぁ文句はねェよ。
……つーか、出来れば当分の間は休んでたいぐらいだけどな」
「分かる」
まぁ、流石にそういうワケにもいかないからな。
こればっかりは仕方ない。
「……ほら、その話は後にしましょう?」
そう言って、アウローラは笑う。
口にした言葉には、ちょっとした魔力が込められていた。
何をする気かと首を傾げると。
「先ずはお風呂を済ませて、後は食事ね。
――じゃ、早速移動しましょうか」
「は? 移動って、何を――」
俺と同じく首を傾げたイーリスが、疑問を言い切るよりも早く。
アウローラは、語る声を《力ある言葉》として術式を発動させた。
《転移》だ。
寝室にいた俺たち全員を対象に、「隠れ家」の中を移動する。
飛ぶ先は、確認するまでもない。
「どわっ……!?」
派手な水音。
微妙に男らしいイーリスの悲鳴が、広い浴室に響いた。
全体的な雰囲気は、学園都市の大浴場に似ている。
温かいお湯で満たされた湯船のど真ん中に、俺たちは着水していた。
「ちょ、いきなり何すんだよっ。流石に服ぐらい……!」
「飛ぶついでに脱がしてあるから大丈夫よ。
あ、そっちは脱衣場に飛ばしてあるから心配しなくて良いわ」
「手際良すぎるだろ、せめて合意は取れって!!」
「あら、合意してない相手にこんな真似できないわよ?
つまり内心ではオッケー出してたって事だから、問題ないわ」
「れ、レックス殿、申し訳ありません……!」
「いやいや、大丈夫大丈夫」
まぁ、抱っこしたままの状態での《転移》だったからな。
構わず同じ体勢で、身体をお湯に漬ける。
まだ文句を言いながらも、イーリスの方も肩まですくんでいるのが見えた。
あと、当然ボレアスも。
「惰眠を貪りたいという、マレウスやヴリトラの気持ちが分からんでもないな」
「……貴女、もう随分寝てたと思うけど?」
「心地良いと眠くなる、人の形に慣れて得た学びよな」
喉を鳴らし、元北の王様は愉快そうに応えた。
最初は、人間の姿は窮屈だとか言ってたのも懐かしい話だ。
結局、服を着ることにはまったく慣れてくれなかったが。
お湯の熱と、触れる肌の熱。
どちらも気持ちが良くて、また眠気が来そうってのは良く分かる。
ボレアスは良いが、こっちが風呂で眠ると溺れるからな。
我慢しつつ、目の前の光景を見る。
湯けむりで白く煙る中に、アウローラとテレサがこちらに身を寄せていた。
うん、良い眺めだな。
「楽しそうだなスケベ兜。あんまこっちはジロジロ見るなよ」
「ジロジロじゃなければ見ても良いって事ですか」
「欲望に正直過ぎるだろバカ」
「はい」
はい。
や、我ながらめっちゃ頑張ったと思うんで。
これぐらいは許されて良いと思うんですよ、ええ。
「……その、レックス殿。私の方で良ければ、その」
「私もテレサも、イーリスみたいに気にはしないから。
こっちは幾らでも大丈夫だからね?」
「良かったな、長子殿。
竜殺しは貧相なものを貧相と文句を付けたりはせん男で」
「その無駄な肉を引き千切って欲しいワケ??」
「オイやめろ、素っ裸で暴れようとすんな」
うーん、仲良き事は美しきかな。
きゃあきゃあと騒いでいるのは、見ているだけでも楽しい。
ただ、見ているばかりじゃ勿体ない。
なので先ず、腕の中の二人を強めに抱き締めた。
テレサは驚き、アウローラは躊躇いなく腕を回してくる。
細い指が、兜の一部をずらして。
直接、濡れた熱が唇に触れた。
「……外して欲しい?」
「折角だからなぁ」
「正直な人ね」
クスクスと。
楽しげに笑って、アウローラは再び兜を取ってくれた。
あまりにも素晴らしい、一時の安らぎ。
過ぎてしまえば、後はまた地獄の渦中だ。
それは俺を含めて、この場にいる全員が理解している。
だからこの瞬間だけは、全部忘れて楽しもうと心に決めていた。
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