第三章:北へと続く冒険
191話:獣の潜む森
夜が明けると、私達は早速この歪んだ森の探索を開始した。
何だかんだで話し込んでしまったけれど、休息は十分に取れたでしょう。
彼の調子も、そう悪くはなさそうだった。
「――よし、さっさとこの森も抜けるか」
などと、意気揚々と語る程度には。
けれどここは北の最果て。
多くの人間が足を踏み入れ、そして二度とは帰らなかった魔境の地。
当然、一筋縄で行くような場所ではない。
探索を始めてまだ間もないが、彼はそれをすぐに思い知ることになる。
「……どこだ、ここ?」
「さぁ、どこでしょうね?」
代り映えしない森の景色を見ながら。
彼は微妙に困惑した様子でそう呟いた。
まぁ、これは予想した通りと言うべきか。
特に道もなければ目印もない、深い森のど真ん中。
「目的地は北なんだから、とりあえず北へ進めば良いだろう」と。
適当な指針で探索を始めた結果がコレ。
勿論、彼も完全に無策で動いたワケではない。
頭上を覆う枝の向きや、その隙間から見える太陽の方角。
それらを見て、方角に大体の当たりを付けてから歩き出した。
けれど、そう。
この森は根本的に歪んでいるのだ。
人間が少し考え付く方法を用いても、単純に惑わされてしまうだけ。
まるで森そのものが、悪意を持って侵入者を捕らえようとしているみたいに。
――それも、あながち外れた想像じゃないかもしれないわね。
なんて考えながら、私は彼の後を付いて行く。
私であれば、この程度の幻惑なんて物の数ではない。
ただ、そう簡単に手を貸すつもりはなかった。
彼は私にとって、単なる実験動物の一匹に過ぎないのだから。
易々と助ける道理なんて、欠片もないのだ。
「……ちっ、またかよ」
と、不意に彼が足を止める。
理由は聞かずとも分かっている。
木々の隙間から聞こえてくる「獣」の唸り声。
人を呑み込み惑わす異形の森。
それと同時に、ここは「獣」どもの巣窟でもあった。
探索を始めてから、これで何度目かの遭遇。
彼はややうんざりしながらも、真っ直ぐに剣を構える。
「お気を付けて」
「あぁ、ありがとうな」
一応声を掛けておく私に、彼は笑って応えた。
ズルリ、ズルリと。
地を這いずる音を立て、現れたのは人の腰から下が蛇に変わった「獣」。
それ以外にも捻じれた四肢が肥大化した大猿に、名状し難い肉の塊。
敵意を剥き出しにした、形の異なる三匹の「獣」。
……ホント、無駄に
森で出会う「獣」は、どれもこれも実に個性的だ。
「見た目が気持ち悪いのばっかだなオイっ!」
どうでも良いことに文句を吐きながら、彼は地を蹴る。
先手必勝。
威嚇するような声を上げる「獣」に向けて、いきなり剣を叩き込んだ。
相手が何をしてくる「獣」なのか。
知らないまま突撃するのは、ハッキリ言って不用意ではある。
けれど、何かされる前に斬り伏せるというのも有効な手だ。
今回に関しては、彼の行動が功を奏する。
『GAAAAAA!?』
最初の一刀で、先ず蛇人間が頭を断ち割られて断末魔の声を上げた。
刃は大した抵抗もなく、「獣」を胴体の半ばまで真っ二つにする。
絶命した蛇人間の身体を思い切り蹴り飛ばし、彼は次の獲物を視線で追う。
いきなり一匹が死んだためか。
残る二匹の「獣」は狼狽えたように後ずさりをする。
それを彼は見逃さない。
「死ね……!」
次に狙ったのは大猿の方。
振り回される腕を斬り飛ばし、そのまま喉元へと鋭い切っ先を捻じ込む。
喉笛――どころか脊椎まで貫かれ、大猿の魂もまた剣の内に呑まれる。
……やっぱり、最初に比べて格段に動きは良くなってるわね。
私は少し距離を置いて、彼の戦いぶりを観察する。
「獣」との戦闘に慣れて来た、というのは間違いなくあるだろう。
それにプラスして、身体能力の向上も顕著だ。
荒野で出会ったばかりの頃の彼なら、ここまで素早くはなかったはず。
剣を振るう腕もまた、膂力が格段に増していることは明らかだった。
魂を取り込み、それを燃やして力に変える魔剣。
望む通りの効果を発揮しているのを確認し、私は微笑んだ。
「――最初の実験としては、悪くない経過ね」
もう暫く同じように続ければ、そこらの「獣」なら物の数ではないでしょうね。
竜殺しを成し遂げるには、まだまだ遠いけれど。
今の彼の強さは、並みの人間の領域を間違いなく逸脱しつつあった。
なんて考えている内に、彼は最後の一匹を追い詰めていた。
形容する言葉が見つからない、醜い肉の塊にしか見えない「獣」。
それは身体(?)から幾つも触手を生やし、向かって来る彼を迎撃しようとする。
触手の先端には鋭い爪も備わっており、それらを高速で振り回す。
が、所詮は大して強くもない「獣」一匹の悪足掻き。
彼は触手が届くギリギリで距離を取りつつ、飛んでくる先端を剣で切断する。
良く見えている。恐らくは視覚も強化されているんでしょうね。
攻撃手段を破壊された肉塊に、彼は一気に踏み込む。
そして剣が閃き、身体の中心辺りを刃は真っ直ぐに貫いて――。
「グワーッ!?」
爆発した。
そう派手なモノではなかったけど。
剣で刺し貫かれた次の瞬間、肉塊は炎を噴いて破裂したのだ。
……成る程、そういうタイプの「獣」だったワケね。
体内に何かしらの
致命傷を受けると、その時点で爆発する特性持ちだったみたいね。
何も知らなかった彼はモロに喰らってしまい、森の中を綺麗に吹っ飛んだ。
……間違いなく、成長はしているはずなんだけど。
中身はそうそう変わるはずがないわよね。
そんなどうでも良いことを、私は再確認してしまった。
「……生きてますか?」
「なんとか」
死んでるなら死んでるで、剣を回収しなければならない。
傍に近付いて声を掛けると、彼はすぐに返事をした。
大爆発、というほどに派手な爆発ではなかった。
けれど当たり所が悪ければ、十分致命傷になる威力はあったはず。
それを正面から受けたにも関わらず、彼はあっさりと身を起こした。
軽く頭を振ってから、大きく息を吐く。
「しぬかとおもった」
「そうでしょうね」
無傷ではないにしろ、死ぬほどの
やはり、剣の影響で肉体そのものの頑強さも増しているんでしょうね。
「しっかし、いきなり爆発するか普通?
生き物としてどうなんだ」
「そんな常識を『獣』に当てはめようとするのが間違いです。
油断し過ぎなんですよ。
いえそれ以前に、不用意に突っ込み過ぎですが」
「様子見で囲まれたら、それはそれでキツいからなぁ」
そう言葉を交わしながら、彼は軽い動作で立ち上がった。
やっぱり、身体の頑強さは明らかに増している。
満足げに頷く私に、彼は首を傾げた。
「どうした?」
「いいえ、何でも。
それより、こんな場所でゆっくりして良いんですか?」
「また別の『獣』が寄って来たら困るよなぁ」
道は分からんけど行くか、と。
彼は特に思い悩んだ様子もなく、木々が閉ざす道なき道を進み出す。
この調子では、森から脱出できるのはいつになるか。
私はまだ、手を出すつもりはなかった。
それは「簡単に助ける道理がない」とか、そんな嫌がらせだけが目的ではない。
もう少しぐらいは、この森を彷徨って「獣」を狩って貰うためだ。
確かに剣の影響で彼は確実に強くなっては来ている。
けれどこの先、進むほどに「獣」の質も上がって行くはずだ。
なら、まだ大して強くない場所で鍛えておくべきだろう。
全てそういう意図があっての事だ。
……まぁ、彼が死んだら死んだで、それは構わないんだけど。
実験が順調に進むのなら、それに越したことはない。
そのはずだ。
「……アウローラ?」
考え込んでいる内に、つい足が止まってしまっていたらしい。
先を行く彼の呼びかけで、私は我に返った。
……どうにも、隙を見せてしまうことが増えている気がする。
少し改めねばと、軽く頭を振って。
「失礼、少し考え事を。問題はありませんから、お気になさらず」
「やっぱ疲れてるんじゃないか?」
「問題ない、と申し上げましたよ。
さ、先へ進みましょう?」
促す私の言葉に、彼は特に何も言わなかった。
――そうして、私達は進み続ける。
私が意図した通りに、「獣」を狩りながら進んで行く。
無尽蔵――とまでは言い過ぎだけど。
森に潜む「獣」は多く、獲物を探すには困らない。
多少、仕留めるのに手間取りはしても。
今さら苦戦する程に強い「獣」はいなかった。
森を歩き回り、見つけた獲物を彼が剣で仕留める。
日が傾いて闇が落ちれば、私が篝火を用意して休息を取る。
それを数日ほど繰り返した。
彼は文句の一つも言わず、森を歩き続ける。
或いは彼も、自分の変化を自覚しているのかもしれない。
力も素早さも、知覚の鋭さも。
「獣」を狩る毎に、確実に強化されていく事に。
「……そろそろ良いかしらね」
そんな彼の様子を観察しながら、私は小さく呟いた。
劇的――とは言えないまでも、森に入る前よりは彼は強くなった。
重ねた戦闘の経験も、決して軽くはないでしょう。
今なら城壁の番兵も苦戦することなく、簡単に捻じ伏せるかもしれない。
反面、彼の現状に対して森の「獣」では物足りなくなってきた。
狩った分だけ剣の力は増すけど、塵を積み上げようとも所詮は塵だ。
そろそろ、もっと大きな獲物を狙いたい。
「ん? 何か言ったか?」
また一匹、醜い「獣」を剣で斬り伏せながら。
彼は何気ない仕草で私の方を見た。
……本当に、ちょっと前に比べたら随分マシになったわね。
これなら簡単に死ぬこともないでしょう。
「いえ。大した事ではないですが――先に行く道を、見つけたかもしれません」
「マジで?」
「貴方に虚偽を語ったことは無かったかと思いますが」
言ってない事なら山ほどあるけど。
若干戸惑う彼を余所に、私はさっさと森の中を歩き出す。
野営中、彼が眠っている間に魔法による探知は済ませておいた。
この森を抜ける道筋は、既に把握してある。
ついでに、その障害となるだろう大きな「獣」の存在も。
「どうやって見つけたんだ?」
「貴方が見ていない間に、魔法を少し」
「やっぱ凄いな魔法」
「森を抜けて落ち着いたら、少し教えて上げますよ」
「マジか。やったぜ」
そういえば、少し前にも似たようなことを言った気がするけど。
彼は気にせず喜んでいるようだし、まぁ良いでしょう。
それよりも、問題はこの先だ。
次に待つ「獣」は、これまでよりかなり強大なはず。
まだ直接確認したわけではないけど、探知した結果では明白だ。
――彼が強くなったのは確かだけど。
果たして今までのように、勝って生き残ることができるかしら。
「なんか楽しそうだな」
「気のせいですよ」
私から漏れる空気を察してか、彼はそんなことを聞いて来た。
否定はしたけど、あながち間違った指摘でもない。
――この森の道を守る「獣」を相手に、彼が如何にして戦うのか。
城壁の番兵や、砦跡の白面や屍どものようには行かないはず。
それを傍で眺めるのを、少しばかり楽しみにしているのは。
ええ、否定しようのない事実だった。
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