34話:次なる名前


 木々の隙間を、黒い影が走る。

 暗闇に浮かぶ無数の赤い眼差しが、俺とテレサを見ていた。

 感じるのは敵意よりも飢餓。

 美味そうな餌を目の前に放り出された獣そのままの反応。

 知性は無く、其処にあるのは本能だけだった。

 襲ってくる爪と牙を弾きながら、俺は一匹の獣を剣で切り裂いた。

 獣の体格は俺と大差ないはずだが、手応えは少ない。

 スカスカとまでは言わないが、肉が詰まってるような感触はない。

 

「ふーむ」

 

 何だか良く分からんが、とりあえず目の前から片付けて行こう。

 戦い始めてすぐ分かったが、コイツらは大して強くなかった。

 身が軽いからか、動きこそ多少速いがそれだけだ。

 爪や牙も鋭いが剣や鎧で弾ける以上、大した脅威じゃない。

 テレサの方も、素早い身のこなしで群がる獣を簡単にあしらっている。

 大した脅威ではない、それは確かだ。

 危険度で言えば、上空で狙い撃ちにしてきた弓手の方が何倍も上だろう。

 それを踏まえて問題があるとするならば。

 

「流石に多すぎない??」

「切りがありませんね」

 

 ぼやいた俺の言葉に、テレサは律儀に頷き返す。

 それは単純シンプルかつ重大ヘビーな問題であった。

 数が多い。いや本当に多い。

 前の都市でも散々数押しは受けたが、今回はちょっと桁が違う。

 既に俺とテレサ、その両方で二十匹は余裕で超える獣をぶっ殺したはず。

 しかし黒い獣は次々と森の暗闇から沸き出してくるのだ。

 見える範囲にいるだけでも、こっちが倒した数とそう変わるまい。

 その上で、まだまだ森には無数の獣が控えているようだった。

 

「一体どっから出てくるんだコイツら」

「……少なくとも、普通の手段でない事だけは間違いないでしょう」

 

 そうやって話をしている間も、動きは一秒足りとて止めない。

 無秩序に這い出て来ては襲ってくる獣の群れを、兎に角端から叩き続ける。

 体力的には問題ないが、終わりが見えないのは地味に辛い。

 テレサも似たような事を考えているのか、少し難しい顔で思案している様子だ。

 そして。

 

「レックス殿」

「おう?」

「少しの間、任せて構いませんか?」

「分かった」

 

 どうやらテレサの方が何かするつもりのようだ。

 その中身は分からんが、頼まれたならこっちは仕事をするだけだ。

 テレサが下がった穴を埋める為に、俺は更に前へと踏み込む。

 単純な獣連中は、突出した俺に釣られて群がり始めた。

 反応が分かりやすくて大変結構。

 

「俺は食っても美味くねぇぞ……!」

 

 軽く吼えてみせながら、剣を大きく振って薙ぎ払う。

 流石に数が多い為、向かってくる爪と牙の全ては防げない。

 しかし大半は鎧で防げるので気にしなかった。

 ゴリ押す気持ちで前に出て、手当たり次第に剣でぶった斬っていく。

 魔法を使うのも考えたが、この状況なら只管振り回した方が良いだろう。

 紙クズのように獣は千切れて行くが、やはり数は減らない。

 恐らく種があると思うが、今は考えないでおく。

 そっちはテレサがやってくれているだろうと、そう信じる事にしたからだ。

 爪は喰らうが、鎧の表面で軽く滑った。

 噛みつかれても問題ないが、そのままだと鬱陶しいので剣の柄でブン殴る。

 特に狙わずとも、剣を振り回すだけで何匹かは纏めて裂けた。

 終わりの見えない作業が暫く続いて――。

 

「レックス殿!」

 

 後方へと下がったテレサが、鋭く俺に呼びかけた。

 それに対し、俺は半ば直感で次の行動に移った。

 

「《跳躍ジャンプ》っ!」

 

 呪文を叫べば、即座に魔力が俺の脚力を強化する。

 引っ掛かる爪や牙を強引に振り払い、空を舞うように跳び上がる。

 一瞬の間を置いて、青い光が弾けた。

 何事かと下を見れば、其処には何もなくなっていた。

 正確には、俺に群がっていたはずの獣の一部。

 それがごっそりと、文字通り影も形もなく消えていたのだ。

 

「確か、《分解》だったか」

 

 以前の都市でも、少しだけ見た大魔法か。

 あの時はアウローラが防いで、もう一回は不発に終わった。

 なのでちゃんと発動したところは初めて見るが、なかなかとんでもないな。

 

「失礼、少し手間取りました」

「いやいや」

 

 消し飛ばして出来た空白。

 其処に着地すると、傍らにテレサも出て来た。

 その手にはまた青い光が宿っており、次弾の装填も済んでいるようだ。

 獣の方も警戒したのか、先ほどまでのように群がっては来ない。

 

「この獣、大半は偽物です」

「ん? 偽物?」

「ええ、影と言い換えた方がいいかもしれませんが。

 影を生み出している少数の「本体」以外は、倒しても意味がありません」

「成る程なぁ」

 

 それがこの群れのカラクリか。

 今まで斬ったのは全て影で、本体を斬らない限り幾らでも沸いて来ると。

 しかしパッと見、それらしいのは見当たらないが。

 

「どいつもこいつも同じに見えるんだけど」

「影ですから、本体と外見的な差はないのでしょう。

 なので、それらしい魔力の反応が見える辺りを纏めて《分解》します」

「かしこい」

 

 やはり火力は正義だな。

 加えて、魔力とかの反応が見られるテレサの感覚が凄い。

 そういえば前の都市でも、アウローラの偽装を見切っていたな。

 まぁそれは兎も角、多少減っても相変わらず獣の数は多い。

 だが弱点と対処法さえ分かってしまえばあとは簡単だ。

 

「じゃあ、ちょっと任せた」

「ええ。そちらもお願いします」

 

 それだけ言葉を交わして、再び青い光が輝く。

 テレサの放った《分解》が獣の群れの一部を呑み込む。

 同時に、《分解》を受けた以外の獣も何匹かまとめて消滅した。

 ソイツらの本体が消滅した影響だろう。

 

「よしよし、良い感じだな」

 

 慌てて獣どもが飛び掛かってくるが、今さら遅い。

 俺は背にテレサを庇う形で立ち、向かってくる獣を端から切り裂いていく。

 斬って弾いて蹴り飛ばし、テレサの《分解》だけはキッチリ避ける。

 青い光が放たれる度に、獣は次々消え去っていく。

 

「大丈夫か?」

「流石に連射するのは疲れますね」

 

 強力な魔法ほど、行使した術者の負担は大きい。

 《分解》の連続使用で、流石にテレサの顔にも疲労の色が見えた。

 獣の群れは大分削れてきたが、それでもまだ結構な数が残っている。

 そうなると……。

 

「テレサ、本体がどの辺りにいるかは分かるんだよな?」

「? ええ、他の影とひと塊になっていて、視覚的には見分けるのは難しいですが」

「とりあえず、大体の位置で良いから教えてくれ」

「分かりました」

 

 俺の言葉に頷き、テレサは残った獣達に素早く視線を向ける。

 その間にも襲ってくる奴は、こっちが剣で斬り捨てる。

 

「――見えました。右手側の群れに、それらしい魔力が二つ」

「よし」

 

 示された方へと、俺は真っ直ぐ突っ込む。

 当然、獣どもは迎え撃とうとするが雑に薙ぎ払っていく。

 影はどうでもいい。端から斬ればそれで済む。

 肝心なのは――。

 

「!」

 

 切り裂いた群れの中で、異なる動きを見せる数匹の獣。

 こっちに向かってくるのではなく、逆に離れようとしている。

 ソイツらを剣を握っていない方の手で指差し。

 

「《火矢ファイアボルト》!」

 

 放った数発の炎の矢が、逃げようとした獣の胸や頭を撃ち抜く。

 獣が燃えて砕けると、周りにいた他の獣も同様に炎を上げて砕け散る。

 予想通り、「死ぬと拙い」本体には危険を避ける程度の知能はあったか。

 おかげで逆に見分ける事が出来たわけだが。

 

「テレサのおかげで数も減ったし、後は同じ手順で削っていくか」

「分かりました。判別は私にお任せを」

 

 うむ、それは大変助かります。

 どの辺りにいるかが分からないと、闇雲に突っ込む羽目になってしまう。

 だが居場所さえ分かれば、後は暴力で解決できる。

 テレサに本体の位置を見て貰い、後は俺がそれをぶった斬る。

 形が出来てしまえば特に苦労する事もない。

 獣の群れも抵抗を強めるが、数が減り出した状態では手遅れだ。

 スカスカの影を剣で薙ぎ倒す。

 逃げようとする本体は追っかけて、手が届きそうもないなら魔法で叩く。

 森に潜む闇そのものに思えた獣の群れは、あっという間に削れ出す。

 

「……もし危なければ手を出すつもりだったけど。

 そんな心配も必要なかったわね」

 

 イーリスを軽く抱え込んだ状態で、アウローラがそう呟いた。

 種が分からなければ危なかったろうな。

 

「これで終わりなら良いんだけどな」

 

 状況はもう後片付けに近い。

 残り少なくなった獣をテレサと二人で狩りながら、俺は改めて周囲に目を向けた。

 深い森だ。これだけ鬱蒼と木々が繁っているのも珍しい気がする。

 獣の数は減ったが、相変わらず見られている感覚は消えない。

 誰かに見張られているのは間違いないが、それが一体何処の誰なのか。

 ついでにこの獣も、流れでぶっ飛ばしちゃいるが正体も良く分かっていない。

 後は空にいる間を狙ってきた、あの弓手の事も気になる。

 

「……む」

 

 さて何から手を付けて行くべきかと。

 そう考えた矢先だ。

 黒い獣どもが一斉に森の影へと退いた。

 まるで引き潮のように、音もなく木々の隙間へと消えたのだ。

 ほんの僅かな静寂がその場を満たす。

 それも直ぐ、獣の代わりに現れた新たな気配によって塗り潰された。

 

「――お見事です。《狩猟獣ハウンド》ではまったく歯が立ちませんか」

 

 獣が消えた森の暗闇。

 其処から踏み出したのは黒衣を纏った怪しい人物。

 一人ではなく、合わせて五人。

 恐らく出て来た奴以外にも潜んでいる連中はいるだろう。

 剣は下ろさず、現れた相手の姿を確認する。

 首元から足首から上の辺りまで、身体を隙間なく隠す黒い外套ローブ

 履いている長靴ブーツまで含めて、デザインは統一されている。

 五人ともに外見は年若い男に見える――が、それは多分当てにならないだろう。

 ソイツらは全員金髪で、耳が長く尖った形状をしていたからだ。

 

森人エルフか」

「はい。ようこそ、客人方」

 

 頭の良くない俺でも知っている、森人の身体的特徴だ。

 見た目は若くても、年齢は百とか余裕で超えてるはずだ。多分。

 

「客人ですか。その割に随分な歓迎を受けましたが」

 

 とりあえず戦う気はなさそうだが、それでも警戒を解く理由にはならない。

 テレサは戦闘態勢のまま、声を掛けて来た森人の男を睨む。

 しかし男は涼しい顔で。

 

「勿論、あなた方は侵入者ですから。

 許しなくこの森に入った者は、等しく《狩猟獣》に狩られるのみ」

「それを撃退したから、今度は客人扱い?

 また随分と斬新な喧嘩の売り方ね。良い趣味してるじゃない」

 

 そう応えたのはアウローラだ。

 相手の反応を見るぐらいの調子だが、向こうの答え方次第でどうなるやら。

 森人の男は、あくまで余裕のある態度を崩さない。

 今話している相手が、恐ろしい竜だと知らなければ当然か。

 

「申し訳ありません。それがこの森の掟なのですよ。

 許しなく足を踏み入れた者は、影に潜む獣に狩られるが運命。

 しかしこれを退けたならば、「相応しき者」として招き入れよ――とね」

 

 相応しき者、か。

 何とも微妙な言い回しだが、其処にどんな意味合いがあるのだろう。

 それを聞いて素直に答えてくれるかも分からんので、剣は構えたままにしておく。

 森人達は、それには応じない。

 あくまで敵意は無いと示すように、軽く両手を広げて見せて。

 

「如何でしょう?

 あなた方が如何なる目的で我らの森を訪ねたかはまだ存じませんが。

 先ずは我らの都市に来て頂ければ、可能な限りの歓待で以てお迎え致しましょう」

 

 それは何とも裏表のない素敵な笑顔だった。

 あからさまに怪しいし、怪しすぎて逆に罠は無い気がせんでもない。

 こっちの目的は、都市を支配する真竜を殺す事。

 それを馬鹿正直にぶち撒けて、そのまま殴り掛かるのも選択肢ではある。

 

「……で、どうすんだ? コレ」

「そうねぇ。其処まで言うなら聞いても良いんじゃないかしら」

 

 様子を見ていたイーリスに、アウローラは軽い調子で頷いた。

 成る程、とりあえずそういう方針か。

 ならば文句は無いので、剣を鞘に納めておく、

 テレサも戦闘態勢を解き、音もなくアウローラとイーリスの傍へと移動した。

 森人の男は、口元に刻んだ笑みを深くする。

 

「賢明な判断に感謝致します」

「まぁ嫌つったら、また弓でビシバシ狙われそうだしなぁ」

 

 それも恐らく、飛竜を射落とそうとした弓手辺りが。

 俺の発言に対し、森人の男は特に反応を示さなかった。

 ただわざとらしい仕草で、俺達に改めて一礼をしてみせる。

 

「ではご案内致しましょう。強き客人方。

 我ら森人が治める森林都市、サルガタナスへ」

 

 サルガタナス。

 それがコイツらの都市の名前らしい。

 以前イーリスから聞いた通りなら、それはもう一つの意味を持つ。

 都市の名は、其処を支配する真竜の名と同じ。

 真竜サルガタナス。

 それが次に、俺達が仕留めるべき竜の名前のようだ。

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