第二部:深緑の地で竜を殺す

31話:古き森での一幕


 ……それは、今から千年ほどは昔の話だ。


「貴様ら、本当に状況を理解しているのかっ!?」

 

 大して広くもない天幕の下。

 其処に年老いた男の怒号が響き渡った。

 怒りの余り擦れ気味だが、話し慣れた声は全員の耳に正しく届いただろう。

 だが、応じて声を出す者は誰もいない。

 やや億劫に思いながらも、その場にいる顔ぶれに視線を巡らす。

 凡そ四十前後の椅子が並ぶ臨時の議場。

 常ならその全てが埋まるはずだが、今はその半分に届くかどうか。

 椅子に尻を乗せた老人達は、誰も彼もが俯いていた。

 おかげで顔は良く見えなかった。

 が、どんな面をしているかは確認せずとも分かる。

 折れて枯れて朽ち果てた、枝の切れ端のように萎びているはずだ。

 ただ一人、己の感情を吐き散らかしている男以外は。

 

「情けないと思わんのかっ!

 この中の誰一人、父祖に申し訳が立たんと考えんのか!?

 どうなんだ貴様ら! 何か言ってみろ!」

 

 男はどうしようもなく老いていた。

 森人エルフは長命故、人間や他の亜人種と比べれば肉体の衰えは緩やかだ。

 見た目からも「老い」が見て取れるのは、森人としても余程の高齢。

 少なくとも齢五百を超えるような古老に限られる。

 未だ叫ぶ男もまた、そんな老木の一人であった。

 しかし椅子でしょぼくれている枯れ枝と比べれば、まだ精気に満ちている方だ。

 尤も、今まさに無駄に発散している最中なわけだが。

 

「貴様らは正しく理解しているのか!

 あの真竜などと名乗る狼藉者どもが、一体この地で何をしたか!

 知らぬとは言わせん! 奴らは大バビロンとは違うのだぞ!」

 

 男の吐く言葉には、一部理も含まれてはいた。

 大バビロン。今やそんな敬称で呼ぶ意味も少ないが。

 以前はこの大陸を実質統治していた、最も強大な竜王の一柱。

 多くの人類がそうであったように、我々森人も彼女の庇護下にあった。

 大いなる《王国マルクト》の恩恵により、繁栄を謳歌していたと言っていい。

 それこそ永遠と錯覚してしまいそうな程に。

 だがそんな儚い栄光は、当の大バビロンの死によって呆気なく幕を閉じた。

 その前後に始まった竜王同士の戦争。

 それは文字通りの天変地異、誰であれ巻き込まれればひとたまりもなかった。

 しかし、その争いだけならばまだ良かった。

 竜王達が見ていたのは、あくまで自らと同じ存在だけ。

 此方にわざわざ目を向けてくるような変わり者は殆どいなかった。

 故に巻き添えを喰らわぬよう、父祖に祈りながら身を隠すぐらいは出来た。

 幸運に恵まれれば死なずに済む。

 そうして竜王同士の争いで、森人が絶滅するような事はなかった。

 ……しかし。

 

「既に主だった氏族の内、半数は根絶やしにされた!

 あの、たった一匹の真竜によってだ!」

 

 血反吐でもブチ撒けるように、老いた男は叫んだ。

 この場で空白となっている席が意味するのは、つまりそう言う事だった。

 バビロンの庇護により繁栄した四十の氏族、その半分の血が絶えた。

 無抵抗であったわけではない。

 竜王達の争いから逃れる過程で、森人全体が疲弊してはいた。

 それでも持てるだけの武器と魔術で、迫る脅威を退けるべく戦った。

 だがその抵抗は、文字通り蟷螂の斧に等しかった。

 襲ってきた敵はたった一匹。

 自らを「真竜」と称する忌むべき怪物。

 そのたった一匹の化け物に、戦線は一瞬で薙ぎ払われてしまった。

 挑んだ者は死に、逃げようとした者も多く死んだ。

 この場に残っているのは、偶々運が良かっただけの者達。

 言ってしまえば敗残兵の群れだ。

 殺されていく同胞を救う事も出来ず、ただ逃げる他なかった。

 真竜が見せつけた力の前に、心は砕けて顔を上げる事さえ出来ない。

 ただ一人を除いては、だが。

 

「……我らは敵に勝てぬだろう。

 怯えて震えるお前達の結論こそ正しいのかもしれん。

 だが、それがどうしたっ!!」

 

 男――この場を預かる大族長は、腰帯に差したままの守り刀を握り締める。

 声を更に張り上げたせいで、酸素が足りなくなったか。

 足下がややふらついているが、大族長は構わず叫びを上げる。

 顔を伏せたままの臆病者共を、その言葉の鞭で打ち据える為に。

 

「我らは何だ!?

 偉大なる《始祖》より、貴き血と使命を授かった森人エルフだ!

 “森の王”のすえたる我らは、森の深遠に還る時まで誇り高く在らねばならん!

 そうでなければ、礎となった父祖に申し訳が立たんではないかっ!!」

 

 焼けた鉄にも似た大族長の声に、答えを返せる者は誰もいない。

 皆も分かってはいるのだろう。

 だが最早、誰も声を出す気力さえないのだ。

 折れて怯えた羊の群れに、勇者になれと説いたところでどうなるものか。

 何も言わずに俯くばかりの族長らに、大族長も苛立った様子だ。

 遂には自分の椅子さえ蹴飛ばして。

 

「戦って死ぬ、最早我らの道はそれだけだ!

 死という結末は変わらずとも、臆病者として死ぬより余程いい!

 あの真竜を見ただろう!?

 我らを弄び、殺し、最後の一人まで滅ぼす事しか考えていないのだぞ!」

 

 仮に相手に降ったところで、待つのは無惨な死だけ。

 故に戦え。戦って死ね。

 そうすれば深淵に還る魂は、せめて父祖の元で賞賛と共に迎えられるだろう、と。

 ……確かに、大族長の言うところも間違ってはいない。

 真竜は森人らを玩具にように嬲るだろうし、最終的に滅ぼすつもりだ。

 それに関しては何の異論もない。

 

「……そろそろだな」

 

 今まで閉ざしていた唇の内で、小さく言葉を転がす。

 そして座ってた椅子から、多少勢いを付けて立ち上がる。

 見上げる視線を幾つか感じたが、此方の行為を咎める者はいなかった。

 まぁ仮に咎められても気にするつもりもないが。

 

「大族長、少し気を鎮めて下さい」

 

 この場で初めて声を発しながら、そのまま大族長の側に向かう。

 森人達の氏族、その族長らの代表として立つのが大族長だ。

 その話がまだ終わらぬ内に席を立つなど、本来なら許され難い不敬だ。

 最悪の場合、その場で無礼打ちにされても文句は言えない。

 しかし、大族長もまた此方を咎める事はなかった。

 ただ、少しだけ疲れた様子で息を吐くのみ。

 だから此方も、なるべく労わりを前面に出して言葉を続けた。

 

「ここ数日、ロクに眠っておられぬのでしょう。

 そう無理してはお身体に障ります」

「馬鹿を言え、そんなことを言っている場合ではない。

 第一、私もまだそんな歳ではないぞ」

 

 そうは言っても、やはり足元が怪しいのは隠しきれていない。

 ふらつきそうな身体を支える為に、軽く腕を回す。

 大族長は、やはりそれを咎めなかった。

 代わりに、今までの刃を呑んだような渋面がほんの僅かに和らいだ。

 それもまた、すぐ厳しい表情に置き換わってしまったが。

 

「……ウィリアム」

「はい。なんでしょうか? 大族長」

 

 名を呼ばれたが、言葉が続くのに少し間があった。

 羊の群れも口を閉ざしたままで、天幕の下は一瞬沈黙に満たされる。

 やがて。

 

「……お前も、私は間違っていると思うか?

 この臆病者どもが言うように、震えながら白旗を振るのが正しいと思うか?」

「いいえ」

 

 何を馬鹿な事を。

 分かり切った問いに、此方は間髪入れずに応える。

 

「大族長の仰る通り、あの真竜は我々を殺し、弄ぶ事を愉しんでいる。

 そんな相手にただ降伏しただけでは、大した意味はないでしょう。

 飢えた狼が、これから喰うつもりの兎の命乞いに耳を貸さぬように」

 

 その言葉は、余程大族長の胸に響いたらしい。

 険しい顔つきだったのが、我が意を得たりとばかりに綻んだ。

 ――が。

 

「確かに、その点は大族長の仰る事が正しい。

 ……しかし勝ち目がないと知りながら、一兵残さず討ち死にを選ぶ事。

 これも到底、正しい事とは言えませんな」

 

 それは飢えた狼の口に、兎が自分から飛び込むのと変わらない。

 己でそれを選んだのなら、或いは美徳と呼んでもいいかもしれない。

 しかし巻き込まれる大多数の民にとって、これほど迷惑な話もないだろう。

 

「玉砕を喜ぶのは単なる大馬鹿者だ。臆病者より始末が悪い。

 故に貴方の判断も誤りだ……と言っても。

 そんな状態では、反論もままなりませんか」

 

 此方の言葉に対し、大族長は驚愕に目を見開いていた。

 何かを言おうと口を開くが、まともな言葉は出て来なかった。

 胸を短刀で貫かれているのだ、無理もない。

 このまま絶息するかと思ったが――。

 

「っ……な、ぜ……!?」

 

 喉の奥から絞り出された声が、辛うじて言葉の形を為した。

 

「何故っ……こん、な……!」

「この状況でまだ、そんな事しか言えぬからですよ。

 

 最初に身体を支えた時点で、守り刀を抜き取られていた事にも気付かない。

 だから息子に刺されて死ぬ事になる。

 周りにいるはずの族長どもは、ざわつくばかりで何もしない。

 これもまた、父の死因と言えるだろう。

 俺だけは、せめてその末路を哀れむ事にした。

 

「ご安心を、父上。貴方が本来やるべきだった事は、俺が引き継ぐ。

 故に貴方は、森の深淵で安らかに眠られるといい」

「ウィリ、アム……ッ!!」

 

 果たして父は、その最後で俺に何を言おうとしていたのか。

 聞く意味も必要も感じなかった。

 だからそのまま、心臓へと刃を押し込んだ。

 ……出来ればもう少し、苦しませずに仕留めたかったが。

 その点については、己の未熟を恥じる。

 守り刀を引き抜けば、命の失せた父の身体が床に転がった。

 足下に広がる血を、俺は気にせず踏みつけた。

 また第一段階が済んだばかりだ、さっさと事を進めよう。

 

「さて――見ての通りだ、諸君」

 

 俺の発した言葉が、誰に向けられているのか。

 それを察して、ようやく族長どもは金縛りから解けたようだった。

 まったくどうしようもないが、話がスムーズに進む分には文句もない。

 理解が欠片も追い付いていない連中に、俺は分かりやすく言葉を選んで続ける。

 

「大族長は身罷られた。

 無謀にも真竜への徹底抗戦を訴える者達を諫める為に。

 氏族の長たる証明、守り刀によって

 俺は偉大なる父の遺志に従い、今より大族長としての役目を預かる」

 

 起こったざわめきは、ほんの一瞬だけだった。

 本来なら、それは考えられない程の暴論と狼藉だ。

 衆目の下で直接父を殺め、それをさも美談のように語って地位を簒奪する。

 普通ならあり得ない事だが、今の状況はとても「普通」とは言い難い。

 

「貴き血と使命を授かりし族長らに我が信を問う。

 この身が大族長の役目を預かるに相応しくないと思うならば。

 今この場で、父祖の名の下に声を上げられよ」

 

 大族長は本来、族長同士の合議によって決定される。

 しかし例外として、「大族長の指名」によって「代行」を選出する事は可能だ。

 そして今の俺は「代行」として、「正式な大族長」たるかを族長らに問うた。

 基本は満場一致、全氏族の信なくば大族長とは認められない。

 

「……どうやら、異論はないようだな」

 

 そしてこの場で、俺に異を唱える者は誰もいなかった。

 負け犬どもの目には、さぞ俺は「異質な強者」に見えている事だろう。

 真竜に刻まれた圧倒的大敗に、大族長が実の息子に殺されるという異常事態。

 それらが族長連中から正常な判断力を奪い去っていた。

 だがそれも、あくまで一時的な麻痺に過ぎん。

 もう一押しが必要だった。

 

「では大族長として、全氏族に決定を伝える。

 

 

 ザワリと、今度こそ大きな波が議場の空気を揺らした。

 その決定が余程意外だったのか、目に見えて動揺している者もいる始末だ。

 

「ウィリアム……い、いや、大族長」

「なんだ?」

「た、戦わないとは、どういう事だ?」

「言葉通りの意味だが」

 

 戦わない。過不足なく言葉通りだ。

 分かりやすいようにと思ったが、どうやら簡潔にし過ぎたようだ。

 

「戦ったところで玉砕して死ぬだけな事ぐらい、お前達も分かっているだろう。

 故に我らは真竜に降伏の意を示す。

 氏族の命運を繋げる方法はそれしかない」

 

 驚愕と困惑に混じり、安堵に似た空気が広がっていく。

 余程、真竜と戦って死ぬ事が恐ろしかったらしい。

 これに勇者たらんと説いた大族長は、まったく哀れな話だが。

 

「だ、だが……どうするのだ?

 貴方自身も言っていた通り、ただ降伏するだけでは……」

「飢えた狼が、獲物を喰わない道理はない。まったくその通りだ」

「な、なら……!」

「それについては俺に任せればいい。

 確実に……などと言うつもりはないが、まったく勝算がないわけじゃない」

 

 疑問を声にした族長に対し、俺はあくまで淡々と応える。

 もう少しばかり、思考を止めて貰わねば。

 

「真竜との交渉については、大族長である俺が取り仕切る。

 お前達はそれぞれ自分の氏族に、今回の決定を余すところなく伝えろ。

 必要があれば追って指示を出す。問題ないな?」

 

 念を押した俺の言葉に、異論を挟む者はいなかった。

 疑念や混乱はまだあるだろう。

 だがそれ以上に、弱った心は易い方向へと流れやすい。

 俺にとってはまったく好都合だった。

 

「……ウィリアム!」

 

 議場を去り、これからすべき事の確認を頭の中で進めていたところ。、

 俺の後を追って、誰かがそう声を掛けて来た。

 足を止めて振り向けば、其処にいたのは神経質そうな男の森人。

 最後の方で、俺の決定に関して疑問を口にした族長だ。

 族長としてはまだ年若いが……さて、何と言う名前だったか。

 

「待ってくれ、ウィリアムっ」

「なんだ? 俺は忙しいんだがな」

「お前は本気で、あの真竜が僕らの言うことを聞くと思ってるのか……!?」

 

 どうやら、先ほどの答えではまだ不服だったらしい。

 思考を完全に放棄していないのは良い事だが、少々面倒でもある。

 

「無論、思っていないが」

「なら……!」

「ところで、お前は命乞いをする際に必要な事はなんだと考える?」

 

 更に言い募ろうとした男の言葉を、俺はその問いで遮る。

 何を聞かれているのか、一瞬理解出来なかったろう。

 呆けた面を見せる相手に対し、俺は直ぐに答えを提示した。

 

「簡単な事だ。“殺す以上の利益メリット”を与えてやれば良い」

「殺す以上の……利益?」

「単純な損得の計算だ。

 殺す事を目的とした相手に、ただ「殺さないで」と言っても仕方ない。

 だが「殺さず生かしておけば、殺す以上の利益がある」――と。

 そう相手に示す事が出来ればどうだ?」

 

 少なくとも、考え無しに挑むよりは生存率は高められる。

 これとて確実とは言えないが、敢えて強い言葉で言い切っていく。

 

「相手は殺しを愉しむケダモノだ。単純に快楽に弱い。

 ならばただ俺達を殺す以上の「」を提供する事が出来れば。

 向こうは俺達を生かしておく意味も出てくるだろう?」

「そ……れは、理屈としては分かるが……」

 

 やはり、俺の言葉を額面通りには呑み込めないらしい。

 そもそも此方は「一番大事な事」を誤魔化しているのだから、当然の反応だろう。

 この多少頭の回る男も、それには気付いているようだった。

 

「……お前は、お前は一体。

 何を娯楽として、あの真竜に差し出すつもりだ?」

「一先ずは、あの議場にいる族長どもで良いだろう。

 死にたくないと泣き叫ぶ同胞たちを、苦渋の決断として生贄に差し出す。

 何ともドラゴンが好みそうな話だと思わんか?」

 

 果たして、その答えを予想していたか否か。

 それについては分からんが、男は完全に絶句した様子だった。

 

「なんだ、もっと魔法みたいな解決法があるとでも思っていたのか?」

「そ、んな……だが、せめて……!」

「他に何がある? 先ず死ぬのは、この状況で何もしなかった古老どもだ。

 とはいえ、ただ単純に生贄を差し出すだけでは此方が疲弊するばかり。

 いきなり全員ではなく、理由を付けて数を分ける。

 そうやって時間を稼ぐ間に、継続的な「娯楽」の提供方法を確立する」

 

 そこまで出来てようやくだ。

 一応、「娯楽」については既に幾つかの案は考えている。

 しかしそれが上手く行くのか、そもそも相手が単純な生贄で話を聞くのか。

 現状では何もかもが賭けだった。

 

「…………」

 

 俺の話を聞いたせいか、男は神経質そうな顔を更に青くしていた。

 まぁ、当然と言えば当然の反応か。

 何故「族長連中を生贄に差し出す」という話を、俺が簡単に口に出したのか。

 言われた男にはどうにも理解し難いはずだ。

 

「別に密告しても構わんぞ?」

「ッ……」

「そんな事は出来んか?

 お前も、俺のやり方以外に可能性を持っていないだろうしな」

 

 玉砕して死ぬか、徒に命乞いだけして死ぬか。

 結局のところ、俺以外の誰も他の答えを出せなかった。

 

「黙っていれば悪いようにはせんぞ。

 それとも、お前が老人共の首に縄をかけてみるか?」

「い、いや、僕は……」

「――冗談だ。お前にはそんな事は出来まい」

 

 多少の賢さはあるようなので、生贄以外の使い道はあるだろう。

 それについては、またおいおい考えれば良いか。

 

「……ウィリアム」

「まだ何かあるのか?」

「本当に、これで良いのか?」

「人にモノを尋ねるなら、要点をもう少し明確にしろ」

「同胞を生贄に差し出して、それで生き残って。

 そんな事までやって……氏族の誇りは、貴き血の使命はどうなる?」

「逆に聞くが、そんな事の為に種族全体が滅びる事を許容できるのか? お前は」

 

 それこそ、俺には理解出来ん。

 今避けるべきは、真竜の胃袋が全ての森人の命で満たされる事だ。

 犠牲は払わねばならない。何事にも対価がいる。

 地べたを這いずり泥を啜り、誇りとやらを自分の足で踏み躙る。

 それで一先ずの安全を買えるのなら、それは此方にとって間違いなく勝利だ。

 ……そう言ったところで、誰もが納得するわけでもないが。

 

「何にせよ、今のところ全て博打だ。確かな事は一つもない。

 だが、確実に言える事はある」

「……なんだ、それは?」

 

 問われて、俺は少しだけ口元を笑みの形に作る。

 それからこれ以上ない確信を持って、その言葉を口にした。

 

「――最後に勝つのは、俺という事だ」

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