475話:頂きとの距離


 刃を重ねる。

 一度や二度ではなく、既に十数回。

 そう考えている間にも、更にその数は増えていく。

 《黒銀の王》。

 《盟約》の頂点にして、大地の化身である《焔》と契約した最強の大真竜。

 間違いなく、これまで戦った中で一番強い相手だ。

 ――あの《人界》の王様と比べたら、果たしてどっちが上だろうな。

 そんな思考が頭を過ぎる最中にも、重ねた刃は倍増しになる。

 弾く。弾く。弾く。

 一つ一つが比喩抜きで必殺。

 正面からは受けないように、全身全霊を尽くす。

 剣と剣が合わさる度、身体が引き裂かれる程の力が襲ってくる。

 こみ上げてくる血反吐を、ギリギリのところで呑み込んだ。


「もう限界か? 竜殺し」

「元気いっぱいに決まってんだろ……!!」


 冷たく響く《黒銀の王》の声。

 それに対し、俺は笑って応えてやった。

 あぁ、まだまだ元気いっぱいだ。

 ちょっと斬り合っただけで、全身の骨が砕けそうだとか。

 筋肉が千切れて、内臓が潰れそうだとか。

 そんなのは関係なしに、まだまだ元気いっぱいだ。

 身体の内側で、炎となったボレアスが渦巻いてるのが分かる。


『オイ、とっくに死んでもおかしくない状態なのは忘れるなよ……!!』

「わかってる!!」


 脳天を狙う上段からの振り下ろし。

 それには剣を合わせず、大きく飛び退くことで回避した。

 あまり無理に押し込んでも、死ぬまでの限界が近くなるだけだ。

 斬撃の余波を耐えて、俺は懐から賦活剤を取り出す。

 回復の隙は与えないとばかりに、《黒銀の王》は追撃の構えを取る――が。


「相手はレックスだけじゃないのよ!!」


 光が走る。

 アウローラが叫ぶと共に、その指先から極光が放たれた。

 多分、威力を収束させた《吐息ブレス》だろう。

 鋼も蒸発する熱線を、《黒銀の王》は剣先だけで事もなげに弾き散らした。

 まったく通じてないが、それでも一瞬の時間は稼いでくれた。

 その間に賦活剤を呑み干し、肉体の損傷を無理やり塞ぐ。

 ――よし、まだまだいけるな。


『そっちこそ、ボクの存在を忘れて貰っちゃ困りますよ!!』


 三重に響く咆哮。

 ゲマトリアの三つの首が、俺の方を向いていた。

 間髪入れずに撃ち込まれる三種の《吐息》。

 炎と雷、それに肉を蝕む毒の息。

 前二つは剣で弾けても、三つ目の毒は防ぐのが難しい。

 効果範囲から逃れるように下がるしかない。


「邪魔すんじゃねぇよ、鬱陶しい!!」

『っ、何を……!?』


 アウローラに抱えられた状態のイーリス。

 彼女が何かをしたようで、《吐息》を吐き出すゲマトリアの巨体が揺れた。

 そこに、《転移》で跳んだテレサの踵落としがブチ込まれる。

 細い身体から生じたとは思えない怪力で、頭の一つを上から叩き潰す。


「無茶をするなよ、イーリス!!」

「大丈夫、ちょいとだけだ!

 それより……!」


 イーリスの目は、俺の方を見ていた。

 まぁ、心配したくなるよな。

 荒れ狂う炎と雷、渦巻く毒の残滓を突き抜けて。

 退く俺を追う形で、再び《黒銀の王》が斬り掛かってきたんだ。

 ……ヤバい状態のアウローラと戦った時、散々でっかい星を落とされたけど。

 ただ迫ってくるだけで、それ以上の重圧が襲ってくる。


「ホント、とんでもないよなぁ……!」


 ヤケクソ気味に笑ったところで、黒い剣が飛んできた。

 力だけじゃない、技巧にも優れた一刀。

 弾き損ねたことで、思いっきり白い地面(?)を転がされた。

 体勢を立て直すよりも早く、追撃の刃が降ってくる。

 転がって身を躱す――が、炸裂する力の余波でまたふっ飛ばされた。

 嵐に揉まれる木の葉の気分だな……!


「レックス!? この――っ」

「ゲマトリア」

『っ……仰せのままに、ボクの王様マイロード!!』


 こちらを助けるため、動こうとしたアウローラ。

 しかし先んじて、《黒銀の王》が短くその名前を呼んだ。

 ゲマトリアの反応は極めて迅速だった。

 相変わらずテレサと殴り合いを演じた上で、首の一つを無理やり動かす。

 撃ち込まれる雷の《吐息》。

 今のアウローラは、片手にイーリスを抱えている。

 彼女を守るためにも、攻撃されれば防御せざるを得ない。


「おい、アウローラ……!!」

「貴女も重要な戦力なんだから!!

 そんな事を気にするよりも働いて頂戴!」

『王様の戦いを、邪魔させはしませんよ……!!』


 一進一退の、激しい攻防は続く。

 こっちもこっちで、死線の上をゴロゴロと転がっていた。

 《黒銀の王》の追撃が途切れないせいで、起き上がるタイミングが……!


『このままだと潰れたカエルになるぞ、竜殺し!!』

「がんばってるんだよなぁ!」


 ギリギリ、本当にギリギリだが。

 振り下ろされる黒い剣、その直撃だけは避けていた。

 まぁ、当たったらボレアスの言う通りの状態になるからな。

 死なないためにも、兎に角死ぬ気で回避し続ける。

 そんな俺の様子を、《黒銀の王》は顔色一つ変えずに見ていた。

 ――限界が来るまで繰り返しても構いませんが?

 冷たい目線が、言葉にせずそう物語っていた。

 だったら……!


「《跳躍ジャンプ》!!」


 起き上がる暇もないし、転がった状態じゃまともに剣は振るえない。

 そんな中、俺は強引に『力ある言葉』を叫んだ。

 脚力強化の魔法。

 俺が何をする気なのか、向こうはすぐには分からなかったろう。

 相手の理解が及ぶよりも、一瞬でも早く。


「《盾よシールド》!!」


 回避を続けながら、連続で呪文を唱える。

 発生する力場の盾。

 こんなものじゃ当然、《黒銀の王》の剣は受け止められない。

 薄紙みたいに破られて、まとめて真っ二つにされるのがオチだ。

 だから、これは防御には使わない。


「オラァッ!!」

「……!?」


 不可視の盾を、足の先辺りに展開し。

 それを諸々強化された脚力で、《黒銀の王》へと打ち込んだ。

 狙いは剣を握った手元。

 そこなら動きの変化が少なく、当てるのは難しくなかった。

 蹴りが入った瞬間、頭の中で弾けるイメージ。

 でっかい岩――どころか、巨大極まりない大地そのもの。

 それに比べたら、外界で出会った『地砕き』なんて随分可愛いもんだ。


『おい、竜殺し!』


 ボレアスの声が、内から直接響く。

 ――うん、無理だな。

 普通に考えたら、大地そのものを動かすなんて不可能だ。

 普通に考えたら、そう感じた時点で諦める。

 俺と同じイメージを、ボレアスの奴も感じたはずだ。

 こんなもの、絶対に不可能だと。


「ッオラァ――――!!」


 俺は、その不可能を全力で蹴り飛ばした。

 残念ながら、剣そのものを弾くまではできなかった。

 が、力場付きの蹴りに押されて、《黒銀の王》の体勢は僅かに崩れる。

 一瞬――本当に、一瞬だが。

 その隙に、全速力で体勢を立て直す。

 逆に向こうが崩れた状態から戻る前に、一手早く剣を打ち込んだ。

 構えとか、そんなのを気にしてる余裕はない。

 振り下ろした刃は、たまたま相手の首元を掠った。

 切っ先に、何かを斬った感触がある。

 薄く裂いた程度だが、《黒銀の王》の首から血が流れた。

 ――よし、先ずは届いたな。


「見事だな、竜殺し」

「褒めて貰って悪いが、こっからなんだよな……!!」


 剣を受けて、《黒銀の王》は微かに笑ったようだ。

 けど、まだまだ全然足りない。

 掠り傷一つじゃ、この怪物は倒せない。

 もっと。もっと。

 何百何千――いや、倒すまで行くなら何万か。

 それぐらいの数、或いはそれ以上の傷を積み重ねなければ。

 とてもじゃないが、《黒銀の王》には届かない。

 ……あぁ、普通に考えたら絶対無理だろうけどな。


「おおおおぉぉぉッ!!」


 そんな常識があるなら、そもそも最初から戦いなんざ挑まない。

 相手はガチの神様と変わらない相手だ。

 剣を打ち込めば、即座に《黒銀の王》も反撃を仕掛けてくる。

 こっちは掠り傷でも、向こうの剣は常に必殺。

 しかも、何かさっきよりも攻め手が激しい気がする。


「耐えて、耐えて、耐えながらも傷を重ねる。

 お前が一番得意とする事だろう?

 ――なら、とても耐えられないぐらいに激しく攻めてやろう」

「ありがたい気遣いだな、オイ……!!」


 嬉しくて涙が出そうだ。

 攻撃への比重が上がった事で、反撃の機会チャンスそのものは増えた。

 が、一手刻むだけでも綱渡り。

 下手に防御に専念すれば、相手の勢いに呑まれて潰されかねない。

 紙一重よりも更に薄い間合いで、死の危険と踊り続ける。

 ワンミスどころか、最善の手を打ち続けてもそのままくたばりそうだ。

 幸いなのは、剣の方が俺より遙かに頑丈な事か。

 どれだけ《黒銀の王》の力を受けても、刀身は刃毀れ一つしない。

 そして、剣の内で燃える炎は戦うための力になる。

 まぁ、それで限界以上に耐えられるから、俺の気合次第だが……!


『ガアアァァ――――ッ!!』

「ホントに鬱陶しいわね、お前……!!』


 炎と雷が、戦うすぐ横を掠める。

 ゲマトリアが放った《吐息》だが、アウローラが寸前で狙いをずらしたようだ。

 片腕にイーリスを抱えたままで、顎の一つを蹴り砕いてるのが見えた。


「くそ、どいつもこいつも気軽に無茶苦茶しやがるよな……!」

「無茶しなきゃ勝てないでしょ、こんなのっ!」


 そう言ってるイーリスさんも、絶対に無茶してるよな今。

 結局、アウローラの言葉が真実だった。

 ……向こうも必死で戦ってる。

 俺だけじゃ、挑むことさえ無理だった。

 《黒銀の王》。

 最強で、きっと戦うだけなら《造物主》って奴よりも強い。

 そんな彼女も、たった一人で立ってるワケじゃない。

 今も傍らで、ゲマトリアが戦い続けてる。

 千年って時間の中で、どれだけのモノを積み上げて、背負ってきたか。

 その果てにあるのが今の強さなら。


「成る程、最強だな……!」

「絶望したか、戦士」

「いいや、楽しくなってきたわ」


 笑う。

 敵は間違いなく頂点。

 一度は負けて、今も勝ち目はほんの少ししか見えていない。

 それでも、少しだけは見えてきた。

 俺は――俺たちは、コイツに勝てる。

 その確信を、今から掴みに行く。

 楽しくなって来ても仕方がないよな。


「アウローラ!」

「ええ、こっちは大丈夫……!!」


 目線と意識は、刹那でも《黒銀の王》から離さない。

 名を呼べば、すぐに声が帰ってきた。

 彼女も笑っていた。

 ――本当に、仕方のない人ね。

 そんな言葉も聞こえそうな、呆れたような笑い声で。


「貴方は、貴方の思うように戦って……!

 私はそれを助けるから!」

「ありがとうな、愛してる!!」

「ッ――こういう場面で、そういうのは言わないで……!」


 確かに、ちょっとフラグ臭かったかな。

 続く声は、ゲマトリアの咆哮に呑まれてしまったが。

 とりあえず、おかげで更に気合が入ったな。


『お前も長子殿も、本当に大概よな』

「そう言って付き合ってくれるんだろ?」

『ここまで来た以上はな。

 それに、我も頂点の景色という奴が拝んでみたい』


 笑うボレアスに、俺一つ頷く。

 頂点の景色か、それは確かに見てみたいな。

 未だ遙か高みから、《黒銀の王》はこちらを迎え撃つ。


「――容易く譲るほど、軽くはないぞ」

「あぁ、むしろそうでなくちゃな……!!」


 折角の頂点だ。

 挑むのなら、困難であるほど良い。

 ……それは一度死ぬ前、ボレアス――《北の王》と戦った時。

 あの時も、今と似た気分だったな。

 変わらない。

 時間が経って、経験を重ねて、色々と変わった上で。

 それでも変わらないモノを握り締めて。

 俺の振るう剣は、《黒銀の王》の剣とぶつかり合う。

 頂きとの距離はまだ遠い。

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