474話:やってみせろ
「――千年前。
私たちは、この地で《造物主》の残骸と戦いました」
間もなく、戦いが始まる。
俺たちと《大竜盟約》、その最後となる決戦。
けれど、《黒銀の王》の声は酷く穏やかだ。
見た目通りの、年相応な少女みたいに柔らかい口調。
ただそんな何気ない言葉にも、抑えようがない存在の「圧」が乗っかってるが。
……並の竜なら、きっとこの声だけでも跪くんだろうな。
それほどまでに隔絶している。
負ける気はないが、こうして相対してもまるで勝ち目が見当たらない。
「愚かな魔法使い……《黒》の真意に、我々は最後まで気付けなかった。
封じた竜の魂、その力によって覚醒した《造物主》。
多くの者が封印を自らの内に呑む事で、それ以上の力を奪われるのは阻止した。
……けれど、それでも蘇った悪神は強大に過ぎた」
「…………」
《黒銀の王》の傍らで、ゲマトリアは痛みを堪える表情を見せる。
千年前の、《盟約》が誕生するに至った戦い。
俺の頭では想像することさえ難しい。
が、ハッキリしている事が一つ。
……こんな、化け物みたいな《黒銀の王》がいても、尚。
「私は勝利のため、大地の化身――怒れる黒銀の《焔》と契約を結んだ。
王となった私の力は、《造物主》を完全に上回っていた。しかし」
「……《造物主》、愚かな父の残骸は、完全には滅ぼせなかった。
だから貴女たちは《盟約》を創り、封印する他なかった。
そういう事でしょう?」
「ええ、貴女の言う通りだ。《最強最古》」
アウローラの言葉に、《黒銀の王》は頷く。
その表情から、僅かな慚愧が見て取れた。
「古き竜の魂がそうであるように。
その創造主である彼の悪神も、同じく不死不滅の存在だった。
……いえ、その不滅性は竜すら上回る。
遥か昔、《焔》が直接挑んだ時も《造物主》を滅ぼすには至らなかったのだから」
『……それで、戦いの前に長々と。
結局、貴様は何が言いたいのだ?』
魂の炎となって、魔剣の刃と俺の内側に宿るボレアス。
強気を装うとはしているが、思念に交じる畏怖の念は隠し切れていない。
まぁ、ビビって当然だよな。
まだ戦ってすらいないのに、こっちも震え出しそうなぐらいだ。
「《造物主》は不死不滅――ですが、あの悪神は一度死んでいる。
蘇ったのも、完全な状態ではなく残骸に過ぎない。
何故、《造物主》が死んだのか……それは、そちらの方が良く知っているはずだ」
《黒銀の王》の視線が、アウローラを捉える。
自然と、俺は一歩前に踏み出していた。
――あと少し。
もう半歩踏み込んだなら、《黒銀の王》は剣を構える。
死線をギリギリ越えるか否かの瀬戸際。
見られたアウローラは、乾いた声で王の言葉に答えた。
「……自殺、ね。
愚かな父は、叶わぬ理想を前に自分が真の全知全能ではないと気付いてしまった。
その失望と不完全さへの絶望に堪え切れず、その手で自らの存在を停止させたわ」
「……好き放題、世界をメチャクチャにするだけして自殺とか。
改めて考えるまでもなくマジで糞だな」
「イーリス、言いたくなる気持ちは分かるがな……」
多分、それは皆が思ってる事だろうから仕方ないな。
しかし――自殺、か。
全知全能でなかったとはいえ、比喩でなく神様みたいな力を持った不死身の存在。
そんな奴でも、自分で自分を殺せば死ぬワケだ。
……自分で自分を殺せば?
「気付いたようですね、竜殺し」
「……まぁ、ここまで聞けば何となくはな」
頷く。
いきなり呼ばれたせいで、ちょっとビックリしたのは内緒だ。
「かつての私たちは、力で上回っても《造物主》を完全に滅する手段がなかった。
――ですが今、この場にはその『手段』がある」
「手段……? 手段って、一体なんの――」
「魔剣、ね」
訝しげなイーリスの声に、アウローラの言葉が重なる。
どうやら、彼女も同じ結論に至ったようだ。
「かつての私の
竜の魂さえ斬り裂く刃は、この世で最も貴重な素材を使って鍛えられている。
――即ち、死んだ父の断片を使ってね。
確かに、この剣なら《造物主》だって『殺せる』可能性があるわね」
「なるほどなぁ」
正直、そこまでは考えていなかった。
ぶっちゃけ死ぬほど迷惑だし、《盟約》に勝ったら流れで潰すぐらいで。
ただ、そうなると――。
「……なら、我々が戦う意味は薄いのでは?」
至極真っ当で、常識的な判断。
それを口にしたのはテレサだった。
「《盟約》は《造物主》を滅ぼすのが目的で、その具体的な手段はこちらにある。
それだけならば、ここで戦って消耗する意味がない。
むしろ、そのために協力を――」
「あぁ、貴女の言う通り。私は別にそれでも構わない」
「…………」
テレサが言い切る前に、《黒銀の王》は告げる。
そこに偽りはなく、真実しかない。
穏やかだった口調にも、少しずつ荒々しさが混じりだす。
「ですが、それを《最強最古》は認めないでしょう。竜殺しも同様に」
「……手段としては、『自殺』だものね。
残骸と、断片から鍛えた剣。
二つがぶつかって、どちらかが無事に済むだなんて。
そんな都合の良い話が、あるワケないわね」
「最悪、魔剣がへし折れる可能性があると」
なるほどな。
確かにそれは、ちょっと難しい問題だ。
アウローラも困るし、そうなると俺もまぁまぁ困るな。
「……いや、でも、待てよ。
それ、《造物主》を倒すならどの道レックスの剣を折る必要があるんじゃ……」
「――どうあれ、私の側にそれを躊躇う理由はない」
イーリスの声は、僅かに震えていた。
些細な動揺など知らぬとばかりに、《黒銀の王》が一歩踏み出す。
瞬間、辺りの光景がいきなり一変した。
玉座と円卓が置かれた地下神殿の広間から。
見渡す限り何もない――無限に広がってると錯覚しそうな、真っ白い空間に。
この異様な光景には見覚えがある。
確か、《人界》の謁見の間も大体こんな感じだったはずだ。
「っ、何だこりゃ……!?」
「私がそのまま戦うと、封印ごと神殿を砕きかねない。
故に、場だけは整えさせて貰った。
どれだけ力を振るっても、現実には影響を及ぼさない。
ただそれだけの隔離空間だ」
つまり、何か向こうに有利な特殊効果の類はないと。
驚くイーリスを背に庇い、テレサも前に出る。
《黒銀の王》は、緩やかな動作で手にした剣を構えた。
「オーティヌス」
『戦わぬ者は、こちらで保護する。
王は気にせず、存分に剣を振るうと良い』
「ありがとう、助かります」
同じく、真っ白い空間に立つブリーデや糞エルフたち。
彼らを守る形で、傷付いた老賢者が立っている。
多分、これで流れ弾とかは気にしなくても問題ないだろう。
まぁ最初っから、気にする余裕なんて無さそうだが。
「ゲマトリア」
「ボクはいつでも大丈夫ですよ、
「では、好きに戦うと良い。
《黒銀の王》の名の下に、轡を並べることを許します」
「――ありがとう。
ボクは、ずっとその言葉が聞きたかった――!!」
笑う。
《黒銀の王》の傍らで、ゲマトリアは心の底から笑っていた。
同時に、その身体から莫大な魔力が溢れる。
以前と同じ――いや、それ以上か?
しかもこの気配は……。
「お前、まさか《黒銀の王》の血を呑んだの……!?」
『アハハハハハ――!!
そうですよ、いっぱい呑みましたよっ!!
おかげで今はご覧の通り!!』
最高に調子付いた声が、三重に響き渡る。
アウローラが見上げる通り、少女のゲマトリアはもう何処にもいない。
白い空間に立ち上がる巨体。
赤と青、それに緑。
三色に分かれた三本首の竜が、俺たちを見下ろす。
首の数は前より足りないが、間違いなくゲマトリアの《竜体》だ。
『前は不覚を取りましたが、今回はそう――』
「破ァっ!!」
ゲマトリアの口上は、容赦なく中断させられた。
成し遂げたのはテレサだ。
既に戦いは始まってると、容赦のない《転移》からの打撃を打ち込んだ。
竜の巨体を貫く衝撃。
ゲマトリアの口から、苦痛の声がこぼれる……が。
『舐めるなよッ!!』
「ッ!?」
今度は、テレサを衝撃が襲った。
振り抜かれる尾の反撃。
今のテレサには、神の権能である《
竜や巨人など、《造物主》の系譜に対する絶対防御。
ゲマトリアも竜である以上、それに引っ張るはずだが――。
「っ、《光輪》を貫いた、だと……!?」
『油断ですねぇ!!』
防御こそしたようだが、《光輪》は十全に機能していない。
耐えるテレサに対し、ゲマトリアは更に爪を叩き付けた。
『今のボクは《黒銀の王》の眷属!!
星に由来する大地の化身の力なら、権能の守りは役に立ちませんよ!!』
「っ、姉さん!?」
「――大丈夫だ、イーリス」
勝ち誇るゲマトリア。
姉の窮地に焦るイーリス。
ただ一人、テレサだけは落ち着いた声で。
「貴様も、私を侮るなよ大真竜っ!!」
戦意で猛る叫びを轟かせる。
位置は変えずに、その場で瞬くような《転移》。
長い脚から繰り出される上段蹴りが、ゲマトリアの首の一つに突き刺さる。
『ギッ……!?』
「破ァっ!!」
当然、一発では終わらない。
更に《転移》が連続し、その数と同じだけの打撃が竜の巨体を貫いた。
いや、マジで凄いな。
今のゲマトリアは、以前戦った時より強そうなんだが。
それに対して、テレサはまったく引けを取っていなかった。
と、そっちを眺めてばかりはいられない。
俺の――いや、俺たちの前には、最大の脅威が立ちはだかっている。
「砕け散れ」
「ッ――――!!」
剣を、一直線に横に払った。
ただそれだけで、空間そのものが粉砕されたみたいな破壊が巻き起こる。
ヤルダバオトの奴も、大概ヤバい火力だったが……!
「やっぱ、桁が違うな……!」
「こんなものは、まだ小手調べだ。竜殺し」
淡々とした声で、冷たく王は告げる。
このぐらいはお遊びだと。
そして戯れのまま、更に黒い斬撃が襲う。
アウローラは俺に補助魔法を施しながら、イーリスの身体を引っ掴む。
「うわっ!?」
「悪いけど、ちょっと我慢して頂戴!!」
「こっちはどうにかがんばるわ……!」
イーリスは余波を浴びても拙い。
こっちは斬撃に対して、魔剣の刃を合わせた。
正面から受けたら死ぬ。
触れるだけで消し飛びそうな衝撃を受けるが、それは気合で耐えた。
「おおおぉぉぉッ!!」
叫び、剣の内なる炎を燃やす。
灰になっている俺の魂を、更に焼き尽くす勢いで。
ボレアスも全力で力を発している。
『コイツは一段と無茶だぞ、竜殺しよ……!!』
「けど、やるしかないからなぁ!!」
無茶は百も承知だ。
だから敢えて笑って、黒い脅威に挑む。
――随分前に戦った時は、文字通り手も足も出なかった。
今だって、正直に言って勝ち目は見えない。
だが。
「オラァっ!!」
「……!」
少なくとも、あの時とは違う。
喰らえば死ぬ刃の一撃を、ギリギリのところで受け流す。
白い空間を、破壊の衝撃が貫いた。
余波は装甲で受け止めて、反撃の剣を《黒銀の王》へと打ち込んだ。
――切っ先が、ほんの少しだけ頬を掠める。
掠めただけで、まだ届いてはいない。
けど、手も足も出ないってほどじゃないな。
「ぶっ倒すぞ、《黒銀の王》」
「やってみせろ、竜殺し」
互いに、正面から相手の眼を睨み。
そしてまた、ほぼ同時に手にした剣を叩きつけた。
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