358話:貪る者


 揺さぶられる地面。

 見える範囲に《巨人》の姿はない。

 タイミングを考えれば、単なる地震とも違う。

 考えられる可能性は一つ。


「下に何かいるな!」

『GYAAAAA―――――!!』


 こちらの声に応えて、ってワケじゃないだろうが。

 耳障りな咆哮を吐き散らし、足元の土を「何か」が食い破ってきた。

 一言で表すならばでっかいミミズ。

 但しサイズは人間よりデカく、全身を硬そうな外皮で隙間なく覆っている。

 そして口に当たる部分には、ナイフぐらいの大きさの牙がずらりと並んでいた。

 ガチガチと牙を鳴らし、巨大ミミズは俺に噛みつこうと――。


『GAッ!!?』


 する前に、首(?)を一刀で切り落としてやった。

 多少皮が厚かろうと意味はない。

 竜の鱗に比べれば余程柔く、ほぼ抵抗なく切断できた。

 ドス黒い血を吹き出しながら、ミミズの亡骸は力なく崩れ落ちる。

 さて、一匹だけなら話は簡単だが。


『GAAAA!!』

『GAA! GYAAAAA!!』

「まー当然、このパターンならいっぱいいるよな」

「呑気に言ってる場合か!?」


 こういう時でもツッコミを忘れないイーリスさん。

 《国》の門から出た途端、足元から大量の巨大ミミズが生えてくる。

 なかなか生理的嫌悪を催す光景に、肝の太い彼女も面食らっているようだ。


「イーリス、私から離れないように!」

「っ、悪い、姉さん……!」


 妹を庇いながら、姉のテレサは寄って来るミミズの顔面を蹴り砕いた。

 次々と地面から這い出してくるが、あっちは任せて問題ないだろう。

 数が多いだけで、一匹ずつは大して強くもない。

 まぁ、その「数が多い」ってのが一番面倒ではあるが。


「まさかとは思うが、コレも《巨人》なのか?」

「私に聞かれても分からないわよ」


 ボレアスとアウローラ。

 こちらの姉妹は流石に竜だけあって余裕の構えだ。

 ミミズが牙で噛みつこうが、ボレアスの肌には傷一つ付かない。

 アウローラに至っては、力場の壁に阻まれて触れることもできない状態だ。

 そしてどちらも、軽く手を払うだけでミミズが叩き潰される。

 相手がさほど強くないとはいえ、やっぱり生物としての差は圧倒的だ。


「……コイツらも《巨人》よ、間違いなく」


 二人の疑問に《巨人殺し》が応えた。

 彼女は彼女で、ミミズが現れるとほぼ同時に黒い装甲を纏っていた。

 手にしているのは『地砕き』の外殻から造られた大剣。

 力任せに振り抜くだけで、三匹ほどのミミズが纏めて砕け散る。


「ただ、コイツらは末端。本体じゃない」

「詳しいなぁ」

『「貪る者」と呼ばれてる面倒な《巨人》だ。

 本体は地面に隠れたままで、地表に雑魚をばら撒き続ける。

 ブラザーも長らく追ってる奴だが、未だに仕留めきれてない獲物だな』


 装甲の下から黒い蛇が僅かに顔を出した。

 名前付きネームドの《巨人》ってワケか。

 確かに、《巨人》の不死性で地底に引き篭もられるのは大分面倒そうだ。


『GAAAAA――――!!』

「しかしまぁ多いなホント」


 這い出してくるミミズを、片っ端から剣で切り捨てる。

 ハッキリ言って雑魚だ。

 多少噛みつかれても大した影響はないし、何なら力任せで引き剥がせる。

 厄介なのは、ひたすら数が多い事だけだ。


「……《巡礼の道》は《巨人》を引き寄せる。

 その醜悪な『貪る者』もそうだ。

 そいつらは試練に向かう生贄を常に狙っている」


 ただ一人、戦いの外。

 空の上に佇みながら、アストレアは俺たちを見下ろしていた。


「不愉快極まりないが、私は決して手は出さない。

 その程度の《巨人》は自力で打ち払って見せるが良い。

 ――それと、言うまでもないだろうが」

「あぁ、手出しはせんぞ。

 その門を越えて、《国》に入り込もうとしない限りはな」


 ギロリと睨まれて、門の手前辺りに立っていたカドゥルが手を上げる。

 あくまでミミズが領内に入ってこないよう見張っているだけだと。

 そう示されると、アストレアはすぐに視線を外す。

 神様の目は再び俺たちを見た。

 ――これで力尽きるようでは、《人界》にはとても届かんぞ。

 冷たい眼差しがそう物語っているようだった。

 うむ、そういう事ならがんばって期待に応えるか。

 何匹目か分からないミミズの首を切断し、のたうつ胴体を蹴り飛ばす。


「《巨人》の本体はこの下にいるんだよな?」

「本体というより、本体の一部。

 『地砕き』ほどじゃないけど、『貪る者』もかなり大きい。

 《核》を持った『腕』を地底から伸ばして、そこから雑魚を生み出してる」

「聞いた感じ、対処はした事あるんだよな?」

「ええ。以前に一度。

 その時はひたすら持久戦をして、出てくる雑魚を殺し続けた。

 後は痺れを切らして顔を出した『腕』を仕留めて終わり」

「なるほどなぁ」


 流石は専門家と言うべきか。

 多分、今回も同じやり方で仕留める事は出来るだろう。

 が、それではちょっと時間がかかり過ぎる。

 だからもうちょっとスマートに、力技に訴えるとしよう。


「ボレアス」

「なんだ、竜殺し?」

?」

「――ハハハ、誰に物を言ってる」


 俺が求めるところを察して、竜の王様は愉快げに笑った。

 拳の一撃で傍から生えたミミズを粉砕して。

 それからバサリと、背負った翼を大きく広げる。


「全力で放つ。巻き込まれても恨むなよ?」

「俺に関しては遠慮するなよ。

 アウローラはこっちを手伝って貰えるか?」

「ええ。貴方のためなら幾らでも」


 可憐な少女の微笑みで、アウローラは小さく頷いた。

 こっちが注意するまでもなく、テレサは安全確保に動き出す。

 流石にその辺はよく分かっているな。

 《巨人殺し》の方から、黒い蛇がまた顔を出して。


『おい、どうする気だ?』

「そりゃまぁ、地面に埋まってる相手にやる事は一つだろ」


 群がるミミズを払い、ボレアスは空を舞う。

 大きく息を吸い込んで――。


「ガアァァアア――――ッ!!」


 大地に向けて撃ち込まれる《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 岩を焼き、鋼を溶かす炎熱の一撃。

 俺の意図を汲んで、範囲を狭めることで威力と貫通力を上げた炎。

 余波だけでミミズを消し炭に変えて、炎熱は大地を抉って大穴を穿つ。

 こっちも熱を帯びた衝撃波をモロに浴びる格好だ。

 が、この程度なら問題ない。


「さて、正直適当に狙っただけだが」

「十分だろ。直撃までは期待してないしな」


 空を飛ぶボレアスに応え、俺は焼けたミミズを蹴飛ばして走る。

 目指す先はたった今開いた地面の穴。

 傍らで、滑るように移動するアウローラを見て。


「ぶっ飛ばせるか?」

「派手にやっていいのね?」

「あぁ、ひっくり返すぐらいで良いぞ」

「分かったわ」


 微笑む彼女の唇から、歌に似た声が流れる。

 《力ある言葉》は速やかに、あり得ざる現象を引き起こす。

 夜空に瞬く星の如き幾つかの光。

 生み出したその小さな輝きを、アウローラは指先で操作する。

 ささやかな流れ星は真っ直ぐに地面の穴へと飛び込んで。


「っ……!!」


 爆ぜた。

 恐らく、光の正体は圧縮された《火球ファイアーボール》辺りか。

 俺が使うモノの何倍もの威力が地面の下で炸裂する。

 大地を揺らし、一部は割れて炎が吹き出すほどの爆発。

 そこら中に開いているミミズが這い出した穴。

 その穴からも真っ赤な熱風が吐き出された。


「無茶苦茶やりやがるな……」

「ま、このぐらいはな」

「無茶苦茶だけど、手っ取り早いのは間違いないわね」

「だろ?」


 《飛行》で一旦空に避難したテレサ。

 そんな姉の腕に抱かれた状態で、イーリスは呆れた顔で呟いた。

 逆に《巨人殺し》は感心したような表情で頷く。

 彼女なりに、今のやり方は参考になったのかもしれない。

 相棒の黒蛇が『マジかよ』とかぼやいてるが、まぁ気にしないでおこう。

 焼かれて砕かれた大地。

 あれほど溢れていたミミズも残らず丸焦げだ。

 さて、これで完全に死んでくれていたら楽だが……。


「当然、そんなワケはないよなぁ」


 下から突き上げる激しい振動。

 割れた地面を更に砕きながら、「何か」が来る。

 さっきまでのミミズとは質量の桁が違う。


『――――――ッ!!』


 あまりにも名状しがたい咆哮。

 大地を割って現れたのもまた巨大なミミズだった。

 基本的な外見は雑魚ミミズと変わらない。

 ただ大きさだけは何十倍――いや、何百倍にも達するかもしれない。

 『地砕き』を見た後だと、どうにも感覚が麻痺してるが。

 それもまた十分すぎるほど巨大な怪物だった。


「ブチギレだなぁ」

「それは当然でしょうね」


 ドカドカと炎や爆発を打ち込まれたのが、相当お気に召さなかったらしい。

 顔(?)を出した瞬間から、『貪る者』は無茶苦茶に暴れていた。

 その力は確かに凄まじいが。


「やるか」


 このぐらいは、そう大した脅威でもない。

 のたうち回る『貪る者』に向けて走り出すと、アウローラは歌声を響かせる。

 各種強化バフをその身に受けて、俺は一気に加速した。

 『貪る者』は特にこっちを意識していない。

 キレて暴れまくっているだけで、接近する小さい生き物は見てすらいなかった。

 俺としては大変好都合だ。


「オラァっ!!」


 うねうねと波打つ胴体に、先ずは蹴りを一発。

 アウローラの魔法も上乗せされたパワーは《巨人》にも負けはしない。

 巨体を思い切り蹴り倒すと、そのまま跳躍。

 分厚い外皮へと剣を突き刺す。


『――――――ッ!!?』

「まぁ、大人しくするワケないわな!!」


 刃で貫かれた痛みか、蹴り転がされた不快感か。

 怒りの咆哮を上げ、『貪る者』はますます激しく身を暴れさせる。

 そのまま上に乗る俺を振り落とすか、押しつぶす気だろうが。


「《巨人》は、殺す」


 相手は俺だけじゃない。

 これ以上ない殺意を漲らせ、《巨人殺し》も『貪る者』へと飛びかかる。

 丁度位置が低くなった顔面に大剣を思い切り突き立てて。

 間髪入れず、牙の隙間に空いてる手をねじ込んだ。

 そして爆ぜる紅蓮の炎。

 相変わらずの容赦無し、躊躇無しのゼロ距離爆破。

 たまらず『貪る者』は身体をのけ反らせるが。


「さぁて、大人しくしていろ!」


 頭上から落ちてきたボレアスが、それを思い切りブン殴った。

 半分焼けて抉れた顔面が大地に押し付けられる。

 抵抗は古竜の腕力が許さない。

 その間に、こっちはこっちで胴体をひたすら切り刻む。

 外皮を裂き、再生するよりも早く肉を抉る。

 《核》がどこに埋まっているのか、それは分からない。

 分からないから剣を振るい、傷口を炎で焼いて潰し続ける。

 繰り返し、繰り返し、その繰り返し。

 『貪る者』は抵抗しようとのたうつが、大した事はない。

 《巨人殺し》も外皮と肉を削り、暴れる力を確実に奪っている。

 ボレアスは引き続き腕力で押さえつけ、アウローラは魔法による拘束を施す。


『――G、AA……ッ!!?』

「馬鹿ね。もう何をしたって無駄よ」


 呻く《巨人》を縛り上げ、その様をアウローラはあざ笑う。

 そうしている間も、俺は剣を振り続けた。

 最初は一刀刻んだだけの傷は、今は裂けた大地の亀裂のようで。

 その裂け目の内側で、俺は剣を肉へと叩き込む。

 魔法の炎で断面を焼くのも忘れずに。

 再生して傷が塞がるよりも早く『貪る者』のはらわたを抉り出す。

 やがて。


「――あった」


 肉に埋まった赤い結晶。

 『貪る者』の『腕』――その行動を司る《核》。

 見つけ出したのなら後は簡単だ。

 剣を一閃すれば、結晶はあっさりと砕け散った。


『――――ッ!?』


 それで終わりだった。

 弱々しい断末魔の後に、『貪る者』は動きを止める。

 どうやら『腕』一つに対し、《核》の数は一個だけだったようだ。

 念のため、割れた《核》の破片はもっと細かく砕いておく。


「よしっ」


 これで一先ず良いだろう。

 後は残った肉を念入りに焼けば問題ないはずだ。

 抉って焼いた傷口から這い出して、とりあえず一息。

 アウローラたちに声掛ける――前に。


「…………」


 空から見ていたアストレアと目が合った。

 不機嫌そうな《裁神》は、嫌悪を隠さぬ顔で俺を見下ろしながら。


「……なんとも醜く、無様な戦いだ。

 穢れた罪人らしいと言えば、それまでだろうが」

「不格好なのは自覚してるぞ」


 呟く言葉はそう間違ってもいないので、素直に頷いておいた。

 そうしたら、ますますアストレアは視線を険しくして。


「この程度の雑魚に手間取るようでは、《人界》に辿り着くなど到底不可能。

 ……精々、今の戦いのように醜く無様に足掻くといい。

 私が手を下す必要もなく、《巡礼の道》がお前たちに裁きを下すだろうがな」

「おう、そうならないよう頑張るわ」

「…………」


 言葉自体は刺々しくはあるが。

 言ってること自体は、「もう少し頑張れ」ぐらいの激励に近い。

 少なくとも、オレはそう受け取って。

 素直に親指を立てて応えたら、物凄い目で睨まれてしまった。


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