28話:決戦

 

 真竜の咆哮が都市の最上層を揺るがす。

 竜体と化したマーレ何とかは、確かにその名に恥じぬ強大な存在だった。

 

『GAAAAAAAAAA―――ッ!!』

 

 放たれる吐息ブレスは鉄をも溶かす強烈な熱線。

 人型だった時に比べれば、その威力は数倍以上。

 たった数回の放出で、先ほどまでいた広間は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 壁や天井は蒸発し、床もバラバラに引き裂かれる。

 内側から弾け飛んだ牢獄に、外の風が強く吹き抜けた。

 俺はその風に乗るぐらいの気持ちで、真竜が生み出した地獄の中を駆ける。

 

『ちょこまかとォ!!』

 

 砕け散る瓦礫の中を、巨大な蛇が蠢く。

 僅かに残る足場を跳ねるように走る俺を狙い、正確に追いかけてくる。

 こんだけ部屋をボロクソに破壊したら、自重でそのまま床が抜けそうなものだが。

 どうやら羽根は付いてないが、それはそれとして飛べるらしい。

 魔法か何かかは知らないが、ちょっとズルいなオイ。

 

「よっ……!」

 

 こっちは空なんて飛べないので、貴重な足場を使う他ない。

 僅かに残る壁の残骸に足を掛けて、思い切り上に跳ぶ。

 一瞬遅れて、蛇の口から吐き出された強烈な熱線が虚空を貫く。

 跳びながら、ほんの少しだけ視線を真竜から外す。

 撒き散らされる破壊の中で、限られた一角だけがその影響を受けていない。

 アウローラだ。それと、彼女に守られた二人の姉妹。

 多分魔法の護りだろう、半透明の壁のようなものが三人を護っているようだ。

 念のため確認したが、どうやら心配する必要はないらしい。

 

『馬鹿めッ!!』

 

 思考に割り込んで来たのは嘲りの声。

 宙に跳んで身動きの出来ない俺を、どうやら真竜は見逃さなかったようだ。

 一層口を大きく開けば、喉の奥に渦巻く熱量が見える。

 まぁ当然、これを狙ってくるよな。

 だから俺は眼を閉じて、ついでに息を止めた。

 

『死ねッ!!』

 

 その叫びと共に、放たれる死の吐息。

 熱線は逃げ場のない俺を真っ直ぐ捉え、その熱量の内に呑み込む。

 

『ハハハハハハハハッ!!

 所詮は人間、真竜たる私に敵うと思ったのか――!!』

 

 勝利を確信し、真竜は高らかに笑う。

 確かに今の吐息がまともに直撃したなら、人間なんて耐えられる道理もない。

 あくまで「まともに直撃したら」、だが。

 

『ハハハハハハハハハッ―――が……っ!?』

 

 マーレ何とかの哄笑が途切れる。

 自分の身体に走った痛みが何なのか、直ぐには理解出来なかったろう。

 熱線を受けながら、蛇の身体に着地した俺が剣をぶっ刺した。

 起こった事は、ただそれだけだが。

 

『ッ、貴様ァ、どうやって……!?』

「うるせーよ死ぬかと思ったわ」

 

 飲み干して空になった賦活剤の瓶を捨てつつ、真竜の上で剣を閃かせる。

 どうやって、なんて聞かれてもな。

 別に難しい事なんざ何もない。

 目を焼かれないようしっかり閉じて、肺に入らないよう息を止める。

 後はアウローラ特性の鎧の防御力を信じてがまんする。

 以上だ。簡単だろう?

 まぁ何とかなるだろぐらいのつもりでやったが、実際死ぬほど辛かった。

 耐えられたので結果オーライだが、その怒りは存分に真竜へとぶつけていく。

 肉を裂き、宝石状の鱗を一つ、二つと斬り砕く。

 

「ん……?」

 

 剣の切っ先で宝石の鱗を砕いた瞬間に、何となく気が付いた。

 この宝石は、この真竜が今まで喰ってきた人間の魂だと。

 砕かれた事で、石に変えられていた魂が真竜の身体から抜け落ちていく。

 

『やめろ! 私の高貴な身体に、美しき鱗に傷を付けるな!!』

 

 力が削られている事に、マーレ何とか自身も察したようだ。

 憎悪と憤怒に染まっていた声に、焦りの響きが混ざる。

 

「随分殺して食って溜め込んだみたいだなぁ」

 

 この長大な竜体を覆う無数の宝石。

 その全てがこの真竜が取り込んだ魂であり、真竜の力の根源。

 ならばそれを一つ一つ削っていけば、コイツはどんどん弱っていくわけだ。

 

『触れるなと言ったぞ!!』

 

 拒絶の意思を込めた咆哮。

 同時に、足下で無数の光が瞬く。

 

「ッ!?」

 

 ギリギリで飛び退くが、完全には間に合わない。

 マーレ何とかの身体――正確には宝石の鱗から、細い熱線が無数に放たれた。

 一発や二発じゃない。それこそ百近い数の光の豪雨。

 その一部を浴びてしまった事で、軽く全身を熱で炙られる。

 鎧が防いでくれなきゃ消し炭だったかもしれない。

 

「危なっ……!」

 

 蛇の身体から跳んだ事で、俺はそのまま落下する。

 真竜の吐き出した熱線で刻まれた、大きな床の裂け目へと。

 

『逃がさんぞ!!』

 

 ゴロゴロと転がり落ちて行く俺を、怒りの叫びが追ってくる。

 亀裂は随分と深い。これ多分、上層の街までぶち抜いてるんじゃなかろうか。

 とりあえず身体を丸めて、あちこちぶつかるのは鎧と気合いで耐え忍ぶ。

 そうして。

 

「おぉ……」

 

 裂け目を抜けて、視界が開ける。

 予想通り、見えたのは上層に広がる摩天楼の群れ。

 真竜が滅茶苦茶吐き出した熱線のせいで、随分壊されているようだが。

 落下先にあるのは、竜の吐息で半ば溶けてしまった尖塔が一つ。

 これは丁度いいな。

 

『GAAAAAAAA――――ッ!!』

 

 天井に広がる偽物の夜空を引き裂いて。

 俺を追って来たマーレ何とかも姿を現した。

 その金剛石の眼が、得物の所在を求めてギョロリと回る。

 まぁ一瞬でも見失った時点で駄目なんだが。

 

『ぎっ……!?』

 

 尖塔を足場に《跳躍》し、出て来た真竜の鱗と肉をまた切り裂く。

 また鱗から反撃の熱線が放たれるが、その時にはもう此方は自由落下の最中だ。

 ぶっちゃけ落ちたらヤバげな高さなんだが……まぁ何とかなるだろう。

 で、落ちた。地面転がって、どうにかがまんした。

 正直身体がバラバラになりそうだったが、二本目の賦活剤を飲み干した。

 呑み過ぎるとヤバいらしいし、数も限られてるから節約したいが。

 

「おっと……!」

 

 地面を激しく揺さぶる衝撃。

 どうやらマーレ何とかも、そのまま下りて来たようだ。

 その巨体で建造物を雑に蹴散らしながら、真竜は咆哮を上げる。

 

「ブチギレて顔真っ赤だなぁ」

 

 まぁ蛇の顔色なんか分からんわけだが。

 そんな独り言を口にしながら、俺はとりあえず走った。

 さっきいた部屋もまぁ広かったが、デカブツと戦うには狭すぎた。

 だが此処なら十分過ぎる程の空間と、適度な障害物もある。

 戦う場としてはうってつけだ。

 

『何処だ! 何処にいる!?』

 

 口や鱗から熱線を吐き出し、叫び声に「力」を乗せて。

 マーレ何とかは怒り任せに破壊を振り撒く。

 人のいない街は紙切れのように吹き飛ばされ、あっという間に瓦礫へと変わる。

 その中を、俺は剣を片手に走り抜けた。

 

『ッ!? この……!』

 

 宝石の鱗をまた一つ、刃が切り裂く。

 それに反応し、真竜は熱線で薙ぎ払う。

 が、そんな盲撃ちを素直に受けてやる義理はない。

 適当に跳んで躱したら、また直ぐに鱗を剣で叩き斬る。

 一つ当てたら、また走って距離を作る。

 時には転がる瓦礫を遮蔽物として利用し、一秒たりとて足を止めない。

 走る。避ける。逃げる。転がる。一つだけ斬る。

 熱線の威力は凄まじく、そう何度も直撃しては耐え切れない。

 真竜は咆哮だけで強力な攻撃魔法も発動させてきた。

 火球は爆発と共に炎を撒き散らし、稲妻は剣のように振り回される。

 無数の宝石を纏う大蛇の力は、正に天変地異そのものだった。

 俺はただ、それに巻き込まれぬように身を躱し、時に防ぐ。

 まったく無傷でとは行かないが、死ななきゃ安い。

 デカい一発の直撃だけは避けながら、その巨体に刃を打ち込む。

 一つ、また一つ。

 剣の切っ先が真竜の宝石を砕く。

 全部合わせた数は、一体幾つになるのやら。

 まぁどれだけ多くても無限じゃない。

 積み重ねを続ければ、いつかは届く程度だ。

 

『無駄なのが何故分からん、人間が……!

 私が喰った魂の数など、お前には理解出来んだろう!!』

 

 叫ぶ声は聞き流し、俺は剣を振り続ける。

 走る。走る。辺りが更地になってきたら、わざと狙いやすい位置を動く。

 頭に血が上り過ぎたマーレ何とかは、疑問に思わず俺を追う。

 それからまた建物を遮蔽に使い、少しずつ鱗を削る。

 派手に壊せば壊すほど、向こうは俺の姿を見失いがちだ。

 デカい奴の視点では、俺はさぞや小さく見えているんだろうな。

 

『百や二百ではないぞ! 千や二千でもまだ足りん!!

 その全てが私の力だ! 上層の連中の魂もついさっき喰い尽くしたっ!

 たった一人の人間に過ぎん貴様が届くと思うのか!?』

 

 何か喚いているが、こっちはこっちで忙しい。

 細かいダメージが溜まって来たので、我慢していた賦活剤を口にする。

 傷は塞がり、疲弊した肉体には活力が戻る。

 懐を探ると、アウローラに渡された分はあと二本。

 まぁ、何とかなるだろう。

 

『諦めろ! 諦めろ諦めろ! 私こそが真なる竜!

 人を超え、竜の位階に到達せし偉大なる者!

 貴様如きとは格が違うと何故分からん――!!』

 

 そう言っている間に、また幾つかの鱗を砕いた。

 そろそろ地面からだと届かない部分もある。

 だから機を見て跳んで、相手の身体の上に乗ったりもする。

 暴れるし、長居するとまた鱗から熱線を撃ってくるが、慣れれば問題ない。

 跳んで、走って、鱗を斬ってまた走る。偶に転がる。

 それをただ繰り返す。

 

『ッ……何故……!?』

 

 果たして、それをどれだけ続けただろう。

 上層も大分ボロボロになり、都市そのものが半ば折れてるような状態だ。

 それだけの破壊を引き起こす辺り、やはり真竜の力は凄まじい。

 俺の方は、幸い賦活剤の数は減らさないまま戦い続けていた。

 手にした《一つの剣》から、《北の王》の火が燃え盛っているのが伝わってくる。

 その力で、俺は止まらず真竜の鱗を断ち割っていく。

 砕いた破片は、これで何個目だろうか。

 

『何故だ……! あり得ぬ、あり得んだろう……!?』

 

 マーレ何とかの動きもまだ止まらない。

 かなりの数の鱗を砕き、その力も大分減じているはずだが。

 それでも巨体を振り回し、魔法と熱線で破壊を塊のように叩きつけてくる。

 まともに受けたら死ぬ。回避をしくじっても死ぬ。

 だから死なないように気合いで切り抜ける。

 もう何度目かも不明な死線を潜り、また一つ宝石の鱗を打ち砕く。

 その度に囚われた魂は解放され、真竜の力が削られる。

 一つ。一つ。また一つ。

 相手が弱っていく程に、鱗を砕くペースも早まっていく。

 ただ怒りのままに暴れていただけの真竜も、焦りの色が濃くなり始めた。

 纏った鱗の半分を剥がされたところで、ようやく自分の状態を理解したらしい。

 

『何だ……何だ、これは……!? 一体何が起こっている……!』

 

 それは多分、マーレ何とかにとって千年は忘れていた感情だろう。

 自分の命が今、確実に脅かされている。

 他者の暴力によって死ぬかもしれないという現実。

 真竜の叫ぶ声に、「恐怖」が滲み出していた。

 

『死ぬ? 殺される? 私が、人間如きにっ?

 馬鹿な、あり得ん、あり得んあり得んあり得んあり得ん!

 そんな事、あり得るはずが……!!』

 

 焦りと恐怖からか、マーレ何とかの動きが目に見えて激しくなっていく。

 とはいえそれは、どちらかと言えば「逃避」に近い。

 死神の手から逃れようと、ただ必死に力を振り回しているだけだ。

 当然、逃がすつもりはないわけだが。

 

『GAAAAAAAAAAAA――――っ!?』

 

 真竜の咆哮。

 だがそれは言葉ではなく、魔法を紡ぐ力もない。

 ただ、己の中の恐怖を吐き出す為だけの絶叫だった。

 金剛石の瞳は俺を見ていた。

 或いは、俺ではない「何か」を見ているのかもしれない。

 仮にそうだとしても、それが何であるかに興味はなかったが。

 竜を殺す。正確には真竜か。

 その為の剣を握って、俺は走る。

 力の多くを失ったとしても、相手は強大な竜だ。

 気は抜けないし、手を緩める気もない。

 それでもただ一つ、間違いなく言える事があった。

 決着は、もう間もなくだ。

 

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