27話:竜体顕現

 

『馬鹿な、何故生きている……!

 いや、そもそもどうやって此処に……!?』

 

 どうやって――と言われてもな。

 俺は軽く肩を回しながら、せめてもの慈悲と応えてやった。

 

「薙ぎ払って、ブチ破って、それからテレサの案内で来た」

 

 いや、実際大変だった。

 街のあちこちに《牙》と《鱗》の部隊が犇めき、空中には例の戦闘ヘリだ。

 全部で何匹ぐらい飛んでいたのやら。

 地上は地上で見た事も無い鋼鉄の芋虫がわらわらいたな。

 テレサ曰くあれが「戦車」らしいが、俺の知ってるのとは大分違った。

 ソレが何匹も、道を塞ぐ形で配置されているのを見た時は、正直呆れてしまった。

 たかだか一人二人の人間相手に、一体どれだけビビってるんだか。

 

「私はほぼ、手伝った程度だが」

 

 俺の少し後ろで、テレサは苦笑いをこぼす。

 いやいや、「手伝った」の一言で片付けるには色々あった。

 こっちが走り回って《牙》やら《鱗》連中やらを蹴散らせたのも。

 建物の壁を跳んだり走ったりして、戦闘ヘリを空から叩き落とす事が出来たのも。

 道を塞ぐ戦車をバラバラに出来たのも、全部テレサが助けてくれたおかげだ。

 一人ならもっとずっと苦戦していた事だろう。間違いない。

 

「二人は……とりあえず無事っぽいな」

 

 拘束された状態のアウローラとイーリスを見つけ、少し胸を撫で下ろした。

 しかしまぁ、悪趣味な内装だなオイ。

 屋敷で見たのと似たような絵画と彫刻が、ゴロゴロと転がっている空間。

 その中心に、真竜――マーレ何とかもいた。

 よっぽど俺達が来たのが意外だったらしく、目に見えて動揺している。

 

『テレサ!!』

「生憎、もうお前の命令を聞く義理はないぞ。元ご主人様」

 

 真竜に名を呼ばれ、テレサは不愉快そうな声で応じた。

 洗脳とやらはアウローラが解除したのだから、当然の反応だろう。

 

『馬鹿め……! 後悔させてやろう!』

 

 そう言って、真竜は何かをしたようだった。

 いや、正確にはしようとした――と言うべきか。

 その手をテレサに向けてかざすが、別に何も起こらなかった。

 それはマーレ何とかにとっても予想外の事だったようで、あからさまに動揺する。

 

『っ、馬鹿な。どういう事だ……!』

? オイ」

 

 真竜の行動を嘲ったのは、拘束されたままのイーリスだった。

 弾かれたように顔を向ける真竜に対し、彼女はニヤリと笑ってみせる。

 

「そんなもん、最初からあるって予想してたわ。

 だから姉さんの動きを止める時、ついでに電流ぶち込んで壊してやったよ。

 アテが外れて残念だったなぁ、クソ野郎」

『この、小娘が……!』

 

 成る程、テレサの身体に何か仕込んでいたわけか。

 それを姉を助ける際に、イーリスが予想して壊しておいたと。

 流石に抜け目がない。

 ま、それはそれとして、だ。

 

「随分と余裕だな」

 

 敵が間合いに入ってる状況で余所見かよ。

 イーリスに気を取られたマーレ何とかに、俺は一直線に斬りかかった。

 同時にテレサも《転移》の術で姿を消す。

 此処からは打ち合わせした通りだ。

 

『舐めるなよ、人間風情がッ!!』

 

 突っ込んでくる俺に対し、真竜の動きは意外なほど俊敏だった。

 床を蹴り、此方から距離を取ろうと後ろに跳ぶ。

 それを予め発動しておいた《跳躍》の力で更に追い掛ける。。

 《跳躍》で加速する俺を叩き落そうと、マーレ何とかはその腕を振り回すが。

 

『ガッ!?』

 

 逆にその腕を切り裂いてやった。

 とはいえサイズがある為、剣の切っ先で軽く切れ目を入れた程度だが。

 痛みに顔を歪める真竜と、そのまま正面から対峙する。

 

「レックス殿、此方は問題ない!」

「おう、助かる」

 

 後方では、《転移》したテレサが人質二人を確保したようだ。

 振り向かずに応じて、俺は眼前の真竜に対して意識を集中させる。

 

『おのれ人間が、この真竜たる私に傷をつけただと……!?』

「そりゃ剣で斬ったんだから、傷もつくだろ」

 

 何を言ってんだコイツ。

 散々エラそうに喚いていたが、まともに戦った経験もないのか。

 

「――ええ、戦った経験なんてないのよ。きっと」

 

 俺の思考を読んだか、後ろからアウローラの声が響いた。

 

「真竜なんて言っても、所詮は肉体を失って弱った古竜を騙し討ちした輩よ。

 強大な力を手に入れてからは、ただその上で胡坐をかいていただけでしょう?」

『黙れ……!』

「幾ら悪知恵が回っても、そんなんだから足下を掬われるのよ。大体――」

『黙れと言ったぞ、《 》めっ!!』

 

 真竜は、叫ぶようにその呼び名を口にした。

 アウローラの声が途切れ、空気が凍り付いたのが分かる。

 それに気を良くしたか、マーレ何とかは卑しい笑みを浮かべる。

 

『そうだ、分かっているのか人間! その者の正体を!

 かつて《最古の邪悪》と呼ばれた竜王達の長子!

 その謀略によって多くの悲劇と災禍を生み出した原初の大悪!

 最も残酷な神に似たるが故に、果て無き悪逆を宿した蛇の名をっ!』

「…………」

 

 随分と気持ちよさそうに叫んでるな。

 アウローラが何かを言おうとしているが、真竜は構わず続ける。

 

『その行いは悪であり、必ずや大きな犠牲を生むぞ!

 貴様も本当は、その邪悪に利用されているだけ――』

「うるせぇよ」

 

 だから俺が遮る事にした。

 この部屋がだだっ広いせいか、自分でもちょっと驚くぐらいに響いた。

 マーレ何とかは――それと、後ろにいるアウローラも多分絶句している気がする。

 とりあえず、言いたい事は言っておくべきだろう。

 

「何かゴチャゴチャ言ってるが、こっちも大体知ってるよ」

『な、ならば』

「アウローラがすげー悪い奴だったとか、まぁ普段の言動からも想像つくしな。

 だから、別にそんな事はどうでもいいんだよ」

 

 そう、どうだって良いのだ。そんな事。

 元が悪い奴だったとか、まぁ何となく察してはいたし。

 でも全部忘れてる俺の事を、甲斐甲斐しく手助けもしてくれた。

 利用云々は知らんけど、俺を生き返らせてくれたのも事実だ。

 だったら少なくとも、俺にはそれだけアウローラから受けた恩がある。

 受けた分だけ、何かを返さなければ義理が立たない。

 故にマーレ何とかの言っている事は、俺にとっては全部戯言だ。

 

「それとも、今のは命乞いのつもりだったか?」

 

 下の方で下手糞な部下がいたが、ボスもボスで似たようなもんか。

 言葉を失っていたマーレ何とかの表情が、見る間に怒りに染まっていく。

 

「いっちょ前にキレたかよ、蜥蜴モドキ」

『砕け散れ、不遜な人間如きが――!!!』

 

 怒りの咆哮と共に、真竜の口が大きく裂けた。

 そこから放たれるのは眩い閃光。

 恐らくは熱線。竜の吐息ドラゴンブレス

 一瞬回避を考えたが、射線上にはアウローラ達がいる。

 ならば何とか受け止めるか――と、そう考えたが。

 

「いいわ、避けて。こちらは大丈夫だから」

 

 そう言われたので、俺は躊躇いなく回避する事にした。

 床をゴロゴロと転がれば、直ぐ上を真竜の吐息ブレスが貫いていく。

 直撃すれば、人間一人を蒸発させて余りある威力だろうが。

 

『なんだと……!?』

「動けない私達を巻き込む形で撃てば、避けられないと思った?

 まさに猿の浅知恵ね」

 

 熱線は確かに、後方にいたアウローラ達を直撃した。

 但し、それは呆気なくアウローラ自身の手によって防がれていた。

 さっきまで彼女を拘束していた鎖は、影も形も見当たらない。

 

『あり得ん、どうやってあの術式を解いた!?』

「あら、私は開発者よ?

 多少手を加えていようが、基礎が同じなら解除ぐらい出来るわ」

 

 アウローラはさも簡単な事のように言ってのける。

 マーレ何とかの反応的に、普通はあり得ないような神業みたいだが。

 ちらりと様子を見れば、イーリスの方はまだ拘束されたままだ。

 代わりに彼女の傍には姉であるテレサがいた。

 既に泣きそうな様子で、イーリスは姉の腕に保護されていた。

 

「……すまない、イーリス。辛い目に遭わせてしまった。

 私のした事は、到底許される事ではないが……」

「そんなん、もういいから……!

 無事で、ホントに良かった……っ」

 

 うむ、あっちはとりあえず大丈夫そうだ。

 ならば、やるべき事はあと一つ。

 

『舐めるな――!!』

 

 真竜は叫ぶ。

 同時に、部屋のあちこちで光が瞬いた。

 

「おっと……!」

 

 四方八方から、先ほど放たれたのと同じ熱線が襲ってくる。

 いや、威力自体はさっきより弱めか。

 直撃して確かめようという気はないので、兎に角避ける。

 跳ねたり転がったりと回避行動を行いながら、熱線が発射された位置を確認する。

 其処にあったのは、星のように輝く宝石の粒。

 

「……成る程、屋敷をふっ飛ばしたのもコレか」

 

 恐らくマーレ何とかがやったのは、ばら撒いた宝石による一斉砲撃。

 流石に見えないところから、大量に数を叩き込まれては堪らない。

 逆を言えば、見えてさえいれば対処は出来る。

 

『っ、何故……!?』

 

 部屋中に浮かぶ宝石から、間断なく熱線が放たれ続ける。

 俺がそれを捌き切っているのが、真竜サマには余程信じ難い事らしい。

 数こそ多く、浮遊しながら移動もしているが、宝石の動き自体はかなり遅い。

 だから撃ち込まれる方向は、毎度大きく変わらない。

 また熱線が発射される前に、空気を焼く音がする。

 これだけ分かれば、避けるのは別に難しくない。

 口から吐き出したモノより細いし、剣で弾けるかも試してみた。

 うん、割と行けるな。これなら何とかなる。

 降り注ぐ熱線を避け、弾き、真竜との間合いを少しずつ削っていく。

 

『砕けろっ!!』

 

 次に真竜は、《力ある言葉》を吐き出した。

 目の前の空間が一瞬歪み、次に衝撃波を撒き散らしながら炸裂する。

 ダメ押しとばかりに、宝石の熱線が槍のように俺のいた場所へ次々突き刺さった。

 

『ハハハハッ! どうだ!?』

 

 どうだと言われても、そこに俺はいないわけで。

 魔法による範囲爆撃が弾ける直前、発動した《跳躍》により上に逃れていた。

 爆発が視界を埋めたせいで、向こうは気付かなかったようだが。

 

「《盾よ》」

 

 小さく呟き、俺は足の下に力場の盾を展開する。

 魔法の消耗は、今は余り気にならない。

 身体の内では燃える火となった《北の王》が渦巻いているのが分かる。

 思うところがないではないが、今はとりあえず俺とコイツの意見は一致していた。

 即ち、「この糞野郎を叩き潰す」こと。

 王を僭称する身の程知らずに、《北の王》も大層お怒りなようだ。

 

「おらっ――!!」

 

 だから力場の盾をクッションにして、真竜の顔面に思い切り蹴りを入れてやった。

 こっちの落下の衝撃は盾と鎧で受け止めて。

 逆にマーレ何とかには、落下速度を上乗せした重量を叩き込んだ。

 

『ぎっ、ガッ……!?』

 

 不意を打った一撃。

 メキッとかバキッとか、真竜の身体から何かが砕ける音が響く。

 その上で、更に踏み潰した顔面へ剣を突き刺す。

 一度、二度三度と、鋭い切っ先が幾度も肉を抉って骨を削る。

 このまま頭蓋を叩き割るかと、剣を振り被って――。

 

『舐めるなと、言ったはずだぞ人間――!!』

「っ!?」

 

 その絶叫と共に、真竜が突然破裂した。

 いきなりの事に驚きながら、俺は荒れた床の上を転がる。

 直ぐに体勢を立て直し、改めて敵の姿を見る。

 

「……なんだこりゃ」

 

 思わずそう呟いてしまった。

 現れたのは、一言で表すなら巨大な蛇だ。

 手も足も、翼すらない縄の如き身体。

 シュウシュウと怒りを示す音を立てながら、その蛇は鎌首をもたげていた。

 しっかし、本当にデカい蛇だな。

 この部屋も大概広いはずだが、蛇の巨体はその半分以上を占めている。

 全身には色とりどりの宝石が鱗代わりにびっしりと並んでおり、酷く毒々しい。

 顔に開いた一対の金剛石の瞳に、爛々と燃える憎悪の炎を宿らせて。

 異形の蛇はおもむろに口を開いた。

 

『人間が、光栄に思うがいい。

 私の竜体によって死ぬ事が出来るのだからな……!』

 

 蛇――いや、竜の姿になったマーレ何とかは、俺達を見下ろしながら嘲笑う。

 竜体。確かアウローラは、竜としての本質を象った姿だと言っていたが。

 こんな姿が、こんな不細工な蛇が、言うに事欠いて竜だと?

 

「ホント、醜いったらないわよね」

 

 そう言ったのは、いつの間にやら傍らに来ていたアウローラだった。

 彼女も俺と同じように、真竜の姿に嫌悪を覚えているようだ。

 

「あぁ、こんなもんが竜とか、面白くもない冗談だ」

『貴様ら……!』

 

 口々に罵倒したら、鈍そうな蛇でも流石に頭に来たらしい。

 空気を歪ませるような怒りを浴びながらも、アウローラは気にした様子もない。

 軽く上目遣いに俺を見上げて。

 

「手伝った方がいいかしら?」

「危なかったら頼む。それよりも……」

「イーリス達なら、私が守っておくから大丈夫よ。心配しないで」

「悪いなぁ」

 

 そういうのは全て任せっきりだ。

 だがそのおかげで、こっちは後ろを気にせず戦える。

 さぁ、とっとと片付けてしまおうか。

 

『殺してやるぞ、人間風情が!!』

「どいつもこいつも似たような事を言いやがるけどなぁ」

 

 憤怒と憎悪を視線で叩きつけてくる真竜に、俺は正面から相対する。

 そうして剣を構え、一歩踏み出す。

 

「やれるもんならやってみろよ、

 

 どちらが「殺す側」なのか、直ぐに教えてやる。

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