26話:王が来る


「……人間? おい、アウローラ。それって」

「言ったままよ? まぁ意味が分からなくて当然だけど」

 

 戸惑うイーリスに向けて、私は小さく肩を竦めて見せた。

 それから、表情から笑みが消えた竜モドキの方へと視線を戻す。

 

「最初から違和感はあったわ。先ず真竜なんて呼び名からおかしいもの。

 仮にも本物の竜が、自分を「真なる竜トゥルードラゴン」なんて名乗るかしら?」

 

 それは人間が、自分を「本物の人間」なんて名乗るのと同じ。

 中にはそういう奇特な頭の持ち主もいるかもしれないけど、例外はあくまで例外。

 竜は己の生きた年月を、過去の積み重ねを誇る。

 故にこそ、年経た竜は自らを「古きものエルダー」と称する。

 百歳程度の未成熟な竜は、単なる「竜」でしかない。

 そこから千年以上の時を重ね、魂が永遠に至った者だけが「古竜」を名乗れる。

 だから竜が、自分を「真なるトゥルー」などと名付ける理由がない。

 

「イーリスから竜同士の争いがあったと聞いた時も、確証はなかった。

 気付いたのは、私を捕らえたこの術式ね」

 

 私を縛る鎖の術式。

 これはかつて私が協力者と編み上げ、《一つの剣》に組み込んだのと同種のモノ。

 竜の魂を捕らえて、その力を封じる専用の魔術。

 随分と手を加えたようだけど、原型は変わらないまま。

 

「真竜を名乗る何者かに、かつて起こったらしい竜同士の戦争。

 それにこの術式。――勿論、これはあくまで推測に過ぎないけど」

 

 マーレボルジェは無言のまま。

 だから私は、気にせず結論を口にする。

 

「お前達は、

 竜王を含めた古竜達の血肉を、その魂ごと。

 恐らくは、私が《一つの剣》を鍛える際に残した技術を使って。

 そうやって力を得て、後天的に竜になった。

 ……どう? 違うかしら?」

『その通りだ』

 

 私の言葉を黙って聞いていたマーレボルジェは、不意にそう応えた。

 

『そうだ、貴女の言う通りだとも《最強最古》。

 私を含め、真竜の多くは元々は人間だった。貴方の推測は正しい』

 

 誤魔化す意味はないと、どうやら完全に開き直ったみたい。

 コイツが元人間であるのなら、この人間離れした外見にも納得が行く。

 「人間を超越した者」である事を誇示する為、あえて奇抜な姿になっているだけ。

 何とも人間らしい発想で、思わず笑ってしまいそう。

 

『千年以上も前に、愚かな古竜どもは大規模な戦を起こした。

 争いのきっかけは私も知らない。

 今では真竜戦争と伝えられるこの戦いで、古竜の大半は共倒れになった』

 

 知らない、とマーレボルジェは言っているが。

 争いの理由については、大体想像がつく。

 それはズバリ、私がいなくなったからだろう。

 これでも《最強最古》と呼ばれた私を、ほぼ全ての竜は常に警戒していた。

 大体、竜なんて生き物は基本我欲が強い。

 かつては限られた世界で満たされていた反動なのか、それは分からないけれど。

 兎も角自儘に振る舞い、宝を奪って己のモノと抱え込む。

 それが私を含め、動き出した古竜達の在り方。

 けれどより強い者が幅を利かせれば、弱い者が割りを喰うのが常。

 私という絶対強者がいる限り、大半の竜は一定の不自由を強いられていたはず。

 そんな目の上のタンコブがいきなりいなくなったら、何が起こるのか。

 全員好き勝手やり始め、流れで戦い始めてそのまま自滅。

 肉体の死が仮初でしかないからこそ、何一つ頓着せずに殺し合ったのだろう。

 あくまで想像に過ぎないが、大筋間違ってはいないと思う。

 呆れて思わず笑ってしまいそうだけど。

 そんな私を他所に、真竜は熱っぽく長広舌を振るっている。

 

『そうして倒れた古竜達から、私達は奪った。竜の精髄を。

 全て貴女のおかげだ、古く偉大なる母よ!

 貴女が残した術式があったからこそ、我らのは成し遂げられた!

 永遠不滅なる竜の魂を、我々は捕らえる事が出来たのだ!』

「……確かに、完成品である《一つの剣》以外の成果物まで気が回らなかったわ。

 落ち度と言えば、私の落ち度かしらね」

 

 母親呼ばわりは怖気が走るが、藪蛇だろうから突っ込まないでおく。

 マーレボルジェの語り口はますますヒートアップする。

 

『貴女の残した遺産を用いる事で、死した竜の魂を得る事は出来た。

 しかしそのままでは何の意味もない。

 これをが、偉大な第一歩だった』

「……それはまた随分死んだでしょうね」


 本来なら、他の人間の魂を取り込む事ですら相当の難事だ。

 血管に異なる他人の血を無理やり入れれば、大抵の場合は死ぬのと同じ。

 《一つの剣》が完成品だったのは、その「魂を喰らう」機能の高さ故の事。

 その刃に竜の魂を捕らえ、永遠に燃える炎として力を得る謂わば「炉心」。

 そういった神器アーティファクトの補助も無しに、竜の魂を喰らう。

 無謀などという言葉では到底足りない。

 愚か者の末路など、本来なら語るまでもないけれど……。


『あぁ、耐えられない者は多かったが、それも必要な犠牲だった。

 結果として少数の耐え切った者は強大な力を得て、自らを恐るべき竜へと変えた。

 ――そう、この私のようにな!』

「だから、真なる竜ね」


 確かに、大言壮語を吐き散らかすだけの事はある。

 少なくともコイツらは、竜の魂を喰らって竜の階梯に至ったのだから。

 ……けれど。


『そうだ! その通りだ! 古き竜は死に絶えて、我らこそが新たな竜!

 そして私こそが“輝石王”マーレボルジェ!

 古竜を殺し、新たな時代の玉座についた真なる覇者!

 今宵は千年ぶりの「戴冠の宴」だ! 祝い、讃えるがいい!

 最も古き王を喰らい、私は新たなる王冠をこの手に――』

 

 何処までも自分に酔いしれた、マーレボルジェの言葉。

 それを無遠慮に遮ったのは、私の上げてしまった笑い声だった。

 声にならないぐらいに大笑いをしている私を、イーリスはぎょっとした顔で見る。

 あぁ、ごめんなさい。でも仕方ないわよね。

 今、この小僧は何を言ったの?

 余りにもおかしくて、思わず腹を抱えてしまいそう。

 いえもう、実際に腹を抱えて笑い転げているんですけどね?

 私が笑っている事が癪に障ったのか。

 逆にマーレボルジェの顔からは、サッと笑みが消え去った。

 

『……何が可笑しい?』

「あら、自分で分からない?」

 

 余程、自らが真竜である事に矜持プライドがあるようだけど。

 私からすれば、そんなものは子供の戯言以下だけ。

 

「古竜を殺した? 古の王を廃した?

 お前達は単に、恥ずかしげもなく屍肉を喰い漁っただけでしょうに。

 それで王だの何だのと、面白い冗談でつい笑ってしまったわ」

『戯言を。形はどうあれ、今は私達が支配者たる真竜だ!』


 嘲笑う私に、マーレボルジェは無駄にカラフルな歯を剥き出しにする。

 あれだけわざとらしく余裕ぶっておいて、この程度の侮辱も聞き流せないらしい。


『真竜とは古き王を、愚かな古竜どもを殺した時代の覇者だ!

 そして私は貴女の魂を喰らい、更なる頂点に君臨してみせよう!

 そうだ、それこそが運命なのだ!』

「運命なんて、何を賢しげに語っているのかしら。

 

 

 淡々と、マーレボルジェの寝言を切って捨てる。

 さて、もう少し罵倒して遊んでも良いのだけれど――そろそろかしら。

 

『……何を待っているかは知らないが、無駄だ。

 この私の部屋に辿り着くのに、一体どれだけの防衛線を突破する必要があるか知らぬだろう』

「そうねぇ」

『そも、貴女の下僕はあの負傷では助かるまいよ。

 テレサは自分の傷は何とか出来ても、他人の傷は治療できない』

「へぇ」

『故に無駄だ、無駄なのだよ最古の御方!

 幾ら助けを待ったところで、誰も来たりは――』

 

 今度は爆音。

 爆ぜ割れたのは、この空間にただ一つある扉。

 それが外側から破壊されて、白い床の上を転がる。

 言葉を言い切れず、マーレボルジェは間抜けにも絶句していた。

 扉の向こう。白く漂う煙を軽く払って。

 「彼」は、躊躇いなく踏み込んだ。

 

「頭を垂れなさいな、マーレボルジェ」

 

 私は微笑みながら、愚かな小僧に向けて囁く。

 お前の語った事の全てが、何の価値もないと知る時だ。

 

「本物の竜殺しが――“王”が来たわ」

 

 私の声に応じるように。

 彼は――レックスは、手にした竜殺しの剣を構えた。

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