324話:ハイロゥ
流石にヤバいかと。
そう覚悟を決めた、その瞬間。
眩い光を放つ「剣」の群れに、横から黒い影が突っ込んで来た。
手には鉈にも見える獲物を携えて。
「ふっ――!」
それは《巨人殺し》だった。
黒い装甲を身に纏い、落ちて来る「剣」の一部を蹴散らす。
「何っ……!?」
突然の横槍に、黄金の女も驚いたようだった。
俺たち以外の生き残りがいるとは考えもしなかったのだろう。
神様を名乗っていたが、何もかも見えてるワケでもないらしい。
残った「剣」をどうにか弾いて。
俺は再び、黄金の女に向けて刃を振るった。
相手の意識は乱入して来た《巨人殺し》に向いている。
その隙を狙う形で剣を叩きつけるが。
「ちっ……!」
やっぱり弾かれた。
そのつもりで気合いを入れて振り下ろしたんだが。
まだ力が足りないのか、剣は女の身体にまで届かない。
『これはただの防御というワケでもなさそうだな』
「良く分からんが面倒だなオイ!」
内から響くボレアスの声に応じつつ。
再び降り注ぐ「剣」を回避し、一旦黄金の女から距離を取る。
《巨人殺し》の方も同じようにこっち側に転がって来た。
ただ、彼女は「剣」を完全には回避し切れなかったようで。
腕や胴体に、数本の「剣」が突き刺さっている。
傷口から血を滴らせながら、《巨人殺し》は平然としているが。
「大丈夫か、それ?」
「問題ない」
即答だった。
割と死にそうな負傷に見えるけども。
「このぐらいなら死なないから、大丈夫」
「そうか」
本人が言うならその通りなのだろう。
死にそうって意味じゃ、俺の方も状況は大差ない。
相対する黄金の女は未だに無傷。
こっちの攻撃は今のところ一度も当たっていないのだ。
並び立つ俺たちの姿に、女は眉を顰める。
「そちらは何者だ。
《巨人》の一部を纏うなど、自殺志願者か?」
「…………」
《巨人殺し》は応えない。
女の言う《巨人》の一部とは、身に付けてる装甲の事か。
確か《
どうやら単なる鎧というワケでもないらしい。
少々気にはなるが、今はこの場を切り抜けるのが先だ。
『……あの女は《人界》の神。
連中は共通する権能として《
「《光輪》?」
ぼそぼそと囁くような声。
それは《巨人殺し》の装甲、その内側から聞こえて来た。
「クロ、もう少し詳しく」
『《光輪》の力は単純だ。
アレはこの星の神として、「穢れ」と認識したモノを弾く。
つまり《造物主》の力に対する絶対防御だ。
鬼や《巨人》など、悪神の力を帯びたモノからの攻撃は神には届かない』
「成る程なぁ」
鬼や《巨人》と同じく、古竜もまた《造物主》に創造されたもの。
だからアウローラの攻撃も完璧に弾かれたと。
「破る手段はないの?」
『無い。ただ一応、無敵の防御ってワケじゃない。
限界を超える力をぶつければ理屈の上では破れるとは思うが』
囁く声は彼女の耳にも届いていたようだ。
傍に降り立ったアウローラの質問に、クロは即答した。
破る手段はない。
《造物主》に関係するモノが弾かれるなら、こっちは大分キツいな。
少なくともアウローラと、ボレアス自身の攻撃は一切通らない事になる。
「……先ほどから誰と話している?」
「うん?」
訝しむ黄金の女。
どうやらあっちにはクロの声は聞こえていないようだった。
首を傾げる俺に、またぼそぼそと黒い蛇が囁く。
『俺はちょっと、向こうに気付かれると拙い事情がある。
出来れば知らないフリをしておいてくれよ』
「そうか、分かった」
事情は分からんが、特に断る理由もない。
《巨人殺し》の方も気にしていないようだった。
「アウローラ」
「……仕方ないわね。状況が状況だし、詮索はしないわ」
『悪いな。奴は――《裁神》アストレアは強いが、神としてはまだ若い。
「戦い」の経験も決して多くはないはずだ。
俺から助言出来る事なんざ殆どないが、どうにか切り抜けてくれ』
「その『どうにか』が、随分難しいけどね」
まったく《巨人殺し》の言う通りだな。
聞こえない声と会話する俺たちに、黄金の女――アストレアは。
「――まぁ良い。
狂ったのかどうかは知らんが、死ねば結果は同じだ」
半ばキレ気味に言い放つと、再び光の「剣」を操作する。
一塊にではなく、薄く広く壁の如くに広げていく。
まるで輝く巨大なカーテンが空の上から垂れ下がっているような光景。
見た目としては綺麗だが、実際には光の一つ一つが神様の殺意だ。
「その魂を、正しき《摂理》に返すがいい」
アストレアの言葉に合わせて、展開した「剣」が次々と射出される。
俺と《巨人殺し》、そしてアウローラが駆け出すのもまた同時だった。
テレサとイーリスは距離があるし、狙われていない。
万一流れ弾があっても、テレサなら対処できるだろう。
そう信じて、俺は目の前の敵に意識を集中させる。
固めた攻撃では防がれるし、回避も比較的に容易だと。
そう判断したのか、今度の攻撃は速度と範囲を重視したものだった。
降ってくる「剣」は間断なく、機関銃による掃射を思わせる。
確かに回避は難しいが。
「《
力場の盾を展開し、俺はアストレアとの間合いを詰める。
速度と範囲は広がっても、密度が薄くなった分だけ火力は減っている。
手にした剣と力場の盾。
それらで光の「剣」を弾き落としながら前へと進む。
勿論、俺一人で完璧に防ぐのは難しい。
「直接は私の攻撃は効かないようだけど、これならどう?」
アウローラの放つ《力ある言葉》。
それは器用に俺や《巨人殺し》は避けた上で、強烈な風を引き起こす。
高速で射出された光の「剣」。
それらは正面から叩きつけられた突風に大きく乱される。
成る程、《光輪》で守られているのはあくまで神であるアストレアだけ。
彼女が間接的に操っている「剣」は適用外なワケか。
この違いが分かったのはかなり大きい。
「小賢しい……!」
苛立たしげに呟きながら、アストレアは「剣」の数を増やし続ける。
《
思わず無尽蔵かと思ってしまうぐらいに、その力の底は見えない。
まさか本当に無限に振り回せるとは思いたくないが。
アウローラの援護を受けながら、「剣」を弾いて神様との距離を縮める。
アストレアは動かない。
向こうからすれば、虫ケラ相手に下がるなんて選択肢がないのだろう。
侮ってくれる分にはこっちが助かる。
仮に剣の間合いに踏み込んでも、俺の剣は《光輪》に弾かれていた。
それもまたアストレアが退かない理由の一つ。
だから俺は真っ直ぐに、死ぬ気でアストレアの眼前へと迫る。
《巨人殺し》もまた、身体に何本かの「剣」を生やしながらも止まらない。
「いい加減に無駄を悟れ! そんな事をしても――」
聞いている余裕はないので無視した。
光の「剣」を砕き、俺はアストレアの正面に踏み込む。
躊躇わずに放つ全力の刺突。
竜の鱗さえ容易く切り裂く、この世でただ一振りの竜殺しの剣。
しかしそれは、神が纏う《光輪》を貫けない。
先ほどの攻防の焼き直しだ。
アストレアが帯びる光によって、剣は容易く止められていた。
分かり切った結果を見て、裁きの神は嘲笑う。
「だから無駄だと」
「《
その嘲りに被せる形で、俺は《力ある言葉》を吼えた。
起点は突き付けた剣の切っ先。
刃の先端を中心に、真っ赤な炎が花開いた。
発動と同時に俺は後ろへ向けて地面を蹴り飛ばす。
爆発。轟音。
《火球》の魔法は正しく発動し、アストレアを赤い炎で呑み込んだ。
さて、効果は如何に。
「ッ……貴様……!!」
当たり前だが、この程度じゃ死なないか。
それは予想した通り。
合わせて、炎を引き裂いた女の身体には僅かに焼けた痕が見える。
こっちもまた予想通りだった。
《光輪》は《造物主》に関わる力を寄せつけない。
だからアウローラの攻撃は通らず、恐らく彼女が魔法を使っても同じだろう。
古竜の魔力で編まれた術も《光輪》の例外にはならないはず。
なら、俺の場合はどうだろう?
アウローラの蘇生術式を施されてる、って点が不安要素ではあった。
それでも俺自身は、《造物主》とか無関係に人間だ。
剣の方はアウローラが鍛えた代物で、だから《光輪》の対象に引っ掛かる。
だったら俺が使った魔法ならばどうか。
結果は予想通りの期待通りだ。
「しかしまぁ、俺程度の魔力じゃやっぱ大したダメージじゃないか」
『神とて無敵ではない。それが分かっただけ収穫だろう』
「間違いないな」
ボレアスの言葉に頷く。
アストレアはこれまで以上の憤怒を燃やしている。
裁くつもりの相手に手傷を受けてしまった。
それが心底我慢ならないようだ。
で、この場で戦ってるのは俺一人じゃないんだけどな。
「――爆ぜろ」
淡々とした声もまた、現象を喚起する「力」が込められていた。
《火球》を受けた直後で狭まった視界。
アストレアの死角から《巨人殺し》が肉迫する。
《巨人》の骨から削り出した刃ではなく。
その手を伸ばし、神である女の身体に触れた。
そしてまた、紅蓮の炎が弾けた。
ゼロ距離からぶっ放す《火球》と考えると、ホントに頭のおかしい術だ。
当たり前のように自身も焼けながら、ゴロゴロと《巨人殺し》が地を転がる。
あっちこっち「剣」刺さってるし、これホントに大丈夫なのか?
「おい、生きてるか!」
「……まだ死んではいない」
『マジでそろそろ死ぬから、ちょっとは自分を労われよブラザー』
装甲に潜り込んだ相棒の気遣いを、少女がどう受け取ったか。
それは俺には分からないが、とりあえず《巨人殺し》は軽い動作で立ち上がる。
いやホント、生きてるのが不思議なレベルの負傷に見えるんだけど。
平気そうに立ってるのは、何か仕掛けでもあるのか。
まぁ、今はそれよりも。
「…………」
「……出来たらもうちょっとへばってて欲しかったな」
炎と煙を光の瞬きで切り裂いて。
アストレアは変わらずにその場に立っていた。
《巨人殺し》が叩き込んだ二度目の炎。
俺の《火球》と合わせて、それは神の肌に焼けた痕を残していた。
決して重傷というワケじゃない。
ダメージとしては皮膚の一部に火傷を受けた程度。
それでも負傷は負傷だ。
《光輪》で全部弾かれてたさっきと比べれば随分上等な結果だ。
「――慢心が過ぎたんじゃないの? ねぇ、神様?」
そしてここぞとばかりに挑発するアウローラさん。
まぁ多分、相手を退かせるために色々言うつもりなんだろう。
嫌がらせとか、スッキリするために罵倒する目的ではないはずだ、多分。
「窮鼠猫を噛む、なんて言葉がそっちに通じるかは知らないけど。
貴女が思っている以上に、私のレックスやそちらの彼女が手ごわいわよ。
下手に続けても傷を深くするだけじゃないかしら?」
「…………」
アストレアは応えない。
やや俯き気味のその表情は、俺の方からは見えなかった。
……何と言うか、嫌な感じだな。
嵐の前の静けさとか、なんかそんな雰囲気を覚える。
俺はチラリと、後方に引いている姉妹を見た。
イーリスを抱えたテレサが、こっちの視線に気付いて頷く。
何が起こっても、あっちはすぐに動けそうだな。
「貴女だって、これ以上は損するばかりなことぐらい――」
「粛正の剣を我が手に」
朗々と響くのは神の言葉。
アウローラの声を遮り、それは天高くに響き渡った。
そして、周囲の空間が軋みを上げた。
アストレアの元へと収束していく、莫大な量の魔力によって。
「何だコレ……!?」
「……たかだか罪人と、そう侮った事を認めよう。
そして改めて頭を垂れるがいい、《人界》の神たる我が力の前に」
淡々と告げながら、アストレアは右手を空に掲げる。
さっきまでその背に負っていた無数の光の「剣」。
それが今、掲げられたアストレアの手の中で一つになろうとしていた。
天上まで貫くようにも見える、巨大な光の柱。
それはアストレアが手にした「剣」が放つ魔力の余波だ。
或いはその力は、これまで遭遇した大真竜を上回るほどの――。
「我が権能、我が最強の一撃。
《
――抵抗は無意味だ。
諦めて、運命に身を委ねるがいい」
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