325話:決死
防ぐのは不可能だった。
それこそ大真竜の全力に等しいか、それを上回る一撃。
予想される破壊の規模からして回避する余地もありはしないだろう。
粛正の剣。
アストレアの語る最強の一撃。
掲げる光を、後は振り下ろすだけという状態だった。
『どうする気だ、竜殺し』
「がんばる」
俺にできる事は多くない。
妨害も難しいだろうが、やる他ない状況だ。
余波だけでも凄まじい圧力だが、俺は再びアストレアに向かって走る。
防御も回避も無理なら、正面から活路を開く他ない。
それも大分可能性が薄い事は理解しながら。
「愚かな。さぁ、星の理に還るがいい――!!」
光が、粛正の剣が落ちてくる。
これは流石に死ぬかと、そう覚悟を決めて。
「―――オオオォォォオオオオッッ!!」
突然の咆哮と共に、アストレアの後方の地面が破裂した。
地の裂け目から立ち上がる巨影。
現れたのは――。
「トウテツ!」
「フンッ!!」
全身から血を流しながらも、トウテツは健在だった。
手に携えた大刀を、今まさに粛正の剣を振るおうとしたアストレアに向ける。
「馬鹿が!」
それは当然、神が纏う《光輪》によって弾かれてしまう。
アストレアには何の影響も及ぼさない。
しかし、それはトウテツも分かっている。
大刀の一撃が防がれると同時に。
「では、これならばどうだ!!」
空いた手で足元を叩き、そのまま地面の一部を引き剥がしたのだ。
《光輪》を纏うアストレアに、鬼であるトウテツの攻撃は直接は通らない。
しかし地面をひっくり返すのは、アストレア自身に触れるワケではない。
足場がいきなり崩れた事で、黄金の女はバランスを崩した。
「ッ、小細工を……!」
「何とでも言うがいいわ、傲慢な神よ!!」
笑うトウテツ。
転倒しかけたアストレアの手から、凝縮されていた光が霧散する。
あんな大技だ、発動に相当な集中力が必要なのだろう。
今のでそれが途切れたか。
粛正の剣は解けたが、それでアストレアが無力化されたワケじゃない。
すぐさま飛んできた光の「剣」は、強靭なトウテツの外殻に何本も突き刺さる。
その辺りで、俺も神様を剣の間合いに捉えた。
「おおおぉぉぉっ!!」
「ちっ……!」
気合いと共に剣を振り下ろす。
竜殺しの刃は、しかし《光輪》によって弾かれた。
が、俺は構わず何度も叩きつけた。
どれも渾身の一撃だが、一つの例外もなく《光輪》は通さない。
「自棄になって狂ったか!?」
「さてな!!」
叫び、アストレアの右手が動く。
光の「剣」を操作し、空に並ぶ切っ先を俺の方へと向ける。
俺は大上段、真っ向から剣を振り下ろして。
「《
脚力強化の魔法を唱えた。
しかし跳ぶのは俺じゃない。
倍増した脚の力を、剣に気を取られた神様に叩き込んだ。
剣はダメでも、俺自身は《光輪》には引っ掛からない。
「ッ……!?」
直撃の瞬間、「剣」を割り込ませて防御したのは流石だが。
威力を完全には殺し切れず、華奢な女の身体は思い切り吹き飛んだ。
「――私の《吐息》や魔法は通らないようだけど」
アウローラの声。
彼女もまた黙って見ているワケではなかった。
《
いつの間にやら幾つもの巨岩が空中――アストレアの頭上に浮かんでいる。
吹き飛び、地面に倒れたばかりの神様がそれを仰いだ瞬間。
「ただ重力に従って落ちてくるだけの質量はどうかしら?」
そう言って、アウローラは魔法を解除した。
始まるのは浮かんでいた無数の岩の自由落下だ。
人間より遥かにデカい岩が次々とアストレアの上に落ちて行く。
「ハッハッハ! 単に落ちるだけの岩は攻撃ではないと!
成る程、考えたな!」
「アウローラは賢いからな。で、そっちは大丈夫か?」
「大丈夫とは言い難いが、まだまだ死にはせん。
今はワシの事より、あの神をどうするかが先だ」
巨岩は既に小さな山の如くに積み上がっている。
これで生き埋めになってくれたら楽だろうが。
「――舐めるなよ、罪人どもが!!」
まぁそんな楽な話があるワケも無し。
岩山を内側から粉砕して、光と共に裁きの神が現れる。
ただ、その肌には僅かな擦り傷と土の汚れが付いているのが見えた。
神様だろうが、完璧でもなければ無敵でもない。
それだけはハッキリした。
「――――」
こっちが動くよりも早く、今度は《巨人殺し》が走っていた。
アストレアが岩山から出てくるのと同時。
そのタイミングを狙って、右の拳を振り上げる。
纏った《巨人殻》だが、右腕だけは肘辺りから剥がされていた。
確かにそれなら、拳は《光輪》に阻まれる事はない。
しかし、アストレアもやられっ放しではなかった。
「そう何度も、大人しく喰らうと思うな!!」
叩きつけられた拳は、当たる寸前に「剣」で阻まれる。
更に四方から飛んできた光が、《巨人殺し》の身体を貫いた。
刺し貫かれたのは全て胴体。
心臓とかも、明らかに直撃してる。
「ありゃ拙いな」
俺も走っていたが、間に合うか。
一人仕留めたばかりのアストレアは、再度向かって来る俺に視線を向けて。
「ッ……!?」
爆発。
熱と衝撃をモロに浴び、アストレアの身体がまた地に転がる。
いや、しかし今のは……。
「……けふっ」
《巨人殺し》。
今の爆発は彼女が仕掛けたものだ。
身体を貫く光の「剣」を砕きながら。
血を大量に流しつつも、彼女は両足で立っていた。
いや、流石におかしい。
誰がどう見たって致命傷だろ、コレ。
「大丈夫……なのか? それ」
「……そうね」
とりあえず、血塗れの《巨人殺し》の傍に来たが。
俺の問いに、少女は僅かに考える仕草を見せて。
「……私は、どうも死なない身体のようだから。
だから、このぐらいは大丈夫」
「死なない身体……?」
それは不死、という事なのか。
俺が知る中で、そんなデタラメは竜や巨人ぐらいなものだ。
《巨人殺し》の少女は、少なくとも外見上は俺と同じ人間のはず。
また彼女自身はアストレアの《光輪》に阻まれていない。
なら不死身の由来は竜や巨人とも異なるだろう。
だが、そうすると一体……?
「……人間如きが不死、だと?」
立ち上がる。
至近距離で浴びた熱と衝撃。
それでも裁きの神が受けた負傷は僅かなものだった。
《光輪》抜きでも、素の防御力も高い。
火力はぶっ飛んでるし、ホントに厄介な相手だ。
「あり得ん。一体どんなペテンを使った?
《巨人》の薄汚れた不死ならば、この身には触れられない。
神でもない人間が死なぬ事などあり得んはずだ」
「…………」
アストレアの言葉に、《巨人殺し》は応えない。
それを不敬とか不遜に感じたか、神様は顔を顰める。
いやホント、さっきからキレっぱなしだな。
ストレス多くて大変そうだわ。
「……答える気は無しか。
まぁいい。その不死が真実か虚偽か。
私の《粛正の剣》を受ければどの道明白になる」
「……またアレやる気かよ」
先ほどはトウテツのおかげで不発に終わった一撃。
本気でブッパなされたら、多分この辺りが全部更地になって余る。
一応溜めが必要のようだが、その溜め時間も長くはない。
また構えに入られたら、果たして今度は防げるか。
「……いい加減、闇雲に剣を振り回すんじゃなく。
少しは話し合いとかは出来ないの?」
傍に降り立ったアウローラが、やや呆れ気味に語り掛ける。
このまま戦い続けるのは拙いと。
漂う空気から彼女の思考が何となく理解できる。
事実、アストレアは恐ろしく強い。
《光輪》のせいで、俺の剣や古竜二人が半ば封じられてるのも痛かった。
俺の魔法やら素手やらで、一応ダメージを与えられてはいるが。
「罪人と話すことなど何もない。
大人しく裁きを受け入れろ」
「裁きも何も、私たちはまだ何も――」
「くどいぞ。口を閉じろ」
拒絶。
何一つ話を聞く気などないと。
完全に理解を切り捨てた断絶だけその言葉には込められていた。
「私は《
この大地を蹂躙した悪神の眷属ども。
そして《摂理》を侵す穢れた者。
そのどれもがこの星に対する罪を犯している。
故に神たる私が裁くのだ。そこに人の是非などありはしない」
「……分かったか? これが神という奴よ」
容赦ゼロの処刑宣告。
それを聞きながら、トウテツは軽く笑った。
「ワシらは生きているだけで罪だとな。
《人界》から出て来なければいいものを。
時折顔を出しては、《巨人》や見かけた鬼どもを殺して回る。
まぁ別に、それを恨みに思ってるワケではないがな」
「普通は恨みに思うもんじゃね?」
「かもしれんな。ま、弱けりゃ死ぬのがこの地の理よ」
俺の言葉に大きく笑いながら、トウテツは一歩前に出る。
半ば折れた大刀を上段に構えながら。
……何をする気なのか。
その姿を見ただけで、何となく察してしまった。
「神に狙われたなら、後はもう逃げる他ない。
だが残念な事に、ワシはこの地の王だった者としての役目がある。
最初の神の裁きで、生き残ったのはワシだけだ。
死んだ連中の無念を少しでも晴らさねばならんのでな」
「そうか」
否はなかった。
……このまま戦い続けても勝てるかは分からない。
逃亡は選択肢としては正しいし、恐らくそれ以外にはない。
だが、トウテツはそれを選べない。選ばない。
自分が殿を務めるから逃げろと、トウテツはそう言っていた。
「……愚かな。神の裁きに報復か?」
「さぁて。貴様が神であるのなら、ワシは小さいながらもこの地の王よ。
王ならば王の務めを果たさねばならんだけだ」
それだけに過ぎないと、鬼は笑う。
そこに恨みの感情は、本当にこれっぽっちもなかった。
「アウローラ」
「……一応言っておくけど。
彼の、トウテツの判断は正しいわ」
「分かってる」
『それでもやる気か?』
「あぁ」
頷く。俺もその辺は分かってるけどな。
「飯食わせて貰って、寝床も貸して貰ったしな」
その分の義理を果たさないまま、というのは。
俺としては非常に寝覚めが悪いのだ。
ただまぁ、流石に俺一人が加勢しても誤差な気はするので。
「……分かった。
どの道、貴方が行くなら私も付き合うしかないし」
『極めて遺憾ながら、我もお前とは一蓮托生であるからな』
「悪いなぁ」
竜姉妹の言葉に、俺は笑って応える。
いやホントに申し訳ないとは思ってるけど。
出来れば何か埋め合わせをしたいが、それを考えるのは後だな。
イーリスの方は、テレサに任せれば多分大丈夫のはずだ。
意識的に戦場を離れる形でズラしては来た。
俺たちは前に出たトウテツに並ぶ。
そして、もう一組も。
『……ブラザー』
「なに」
『これ以上付き合う必要あるのか?』
「無くても、ここまでやって私だけ逃げるのは嫌ね」
『相手は《巨人》じゃないぜ?』
「《巨人》は殺す。あとは、食べたご飯分の働きはする」
『……ブラザーのそういうとこ、嫌いじゃないけどなぁ』
うん、《巨人殺し》の方も話が纏まったらしい。
逃がすつもりの連中が、丸々同じ死線の上に出て来た。
その光景に、トウテツは大笑いする。
「ハッハッハ!!
なんだなんだ、どいつもこいつも馬鹿ばかりか!?」
「悪いなぁ。死に時を邪魔したか?」
「なに、これも愉快で悪くはないぞ。
王の役目を果たすついでに、傲慢な神に死に花を見せてやろうと思ったが」
「死ぬ気はないわよ、こっちは。
貴方が死のうとする分には止めはしないけどね」
「…………」
それぞれ、思うことも考えることも違うだろうが。
今は意思を一つにし、光を纏う神に相対する。
「――不遜が過ぎるな。魂の欠片も残さんぞ、愚か者どもめ」
これまでで一番の怒りを燃やす、恐るべき神に。
その右手に光が集う。
あの「粛正の剣」と呼んでいた代物だ。
どうあれ、決着は間もなく。
裁きの光に挑むために、俺たちは駆け出した。
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